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1998年



1998_12_26

戦後を見る目の日米の違い

戦後を見る目の日米の違いは,日本人が東南アジアの経済発展を見る目を考えると,わかりやすい。あそこまで急速な経済発展を東南アジアが遂げたのは,日本を始め先進国が工場などを進出させて,資本を投入し技術を教えたからだと,多くの日本人が考えていることと思います。

これと同じ感覚がアメリカにはある。日本人の多くは,日本の戦後復興は日本人の勤勉さがもたらしたものと考えています。けれどアメリカ人は違うわけです。自分たちが資本を投入し技術を教えたからだと思っているのです。確かに日本人も,こうしたアメリカからの投入された要因は確かにあったと思っています。けれどそれは重心を右足にかけて立つか,左にかけて立つかのような基本的な違いがあります。この点をよく理解しておかないとアメリカの行動は理解できないと思います。簡単なことですけど,時々忘れている事ですね。

 

1998_12_25

サンタクロースの赤い服はコカコーラの赤

昔,コカコーラがキャンペーンにサンタクロースを使いました。その時にコカコーラのシンボルカラーの赤い服を着せたのです。これが始まり。多国籍企業の力がいかに広範なものかを物語るエピソードです。

 

1998_12_19

詩吟初段

詩吟初段をいただきました。嬉しいですね。ジャズ,ソウル,民族音楽,なんであれ熟した歌の神髄は,コブシですね。歌はコブシ。そう思います。

 

1998_11_21

風邪をひかなくなるハリ

風邪をひかなくなるハリを打ってくれる病院があるというので,行ってきました。場所は福岡県の柳川市。れっきとした病院です。打つところは左親指(写真矢印箇所)。ここに1打ちチクリ。すると免疫力が高まり,風邪予防になるというんですね。5回ほど通わねばならないって事なんですが,私は今回が初めて。待合室はその手の患者で一杯でした。本当に利くんでしょうかね?(町野病院 福岡県柳川市新船津町16,tel:0944-73-2246)

さて柳川というと,魚屋に有明海の特産物が売ってあることで有名。ふらりと寄って「ワケ」(写真)を買ってきました。これはイソギンチャク。湯がいて味噌炒めにするとうまい。ところでワケという名は,ワケノケツンスの略。「若い者のケツのス(肛門)」という壮絶なネーミングなのです。パワフル!地方の時代ですな。

 

1998_10_26

携帯電話の電磁波は有害

イギリスの携帯電話会社数社が,電磁波の有害性を認めたらしいですね。比較的強い電磁波を発している電気カーペットや携帯電話などの有害性は前から囁かれていますが,わが国では「なぜか」あまり表だって問題化されませんね。ところでリニアモーターカーというのがまだ実験してますね。

 

1998_10_23

政府が経済コントロール出来ない社会へ

日本経済が苦しくなるつれて,攘夷派開国派の対立が激化すると予想しています。それは経済問題から始まって,政治・文化問題へと飛び火すると思います。
その際に,理解しておかねばならぬ事は,現在わが国が進めている開国の流れは,電子ネットによって国境の意味が薄くならざるをえなくなるという点を見据えた政策だということです。電子マネーの発達によって経済の国境は溶解し,そして金融政策は利きにくくなっちゃうのです。政府がですね,経済をコントロール出来ない方向にいってるのです。

 

1998_10_17

1929年の世界恐慌

1929年におこった世界恐慌のことご存じですか? 今回はゲストに松原幸作氏を迎え解説していただきました。

Q.この恐慌の時はどのくらいデフレになったんでしょうか?

A.金融恐慌というのは、1927年の3月15日に始まり、モラトリアムの発令によって4月の25日には終息しています。つまり蔵相の失言による一時的な信用パニックだったのです。ですから中小の銀が倒産・休業して預金者による取付騒ぎが起こったものの、デフレ現象は顕著に現れませんでした。むしろ、その前後にあった戦後恐慌(1920年~)・震災恐慌(1923年~)や昭和恐慌(1930年~)の時が深刻な不況に見舞われていました。特に世界恐慌と連動した昭和恐慌はかつてない深刻な不況となり、物価は2~3割安、1931年には国民生産が前年の20%減となり、約200万人の失業者が発生し、失業率は8~9%になったと推定されています。ちなみに現在の失業率は4%強です。また、輸出品であった繭は価格が3分の1まで下落、米価は2分の1となり、農家は大打撃をうけて、一家心中、欠食児童が社会問題となりました。さらに東北地方では、娘の身売りを斡旋する村役場あったほどの異常さでした。また、大学卒業者の就職率は45%を切り、「大学を出たけれど……」という言葉が生まれました。 (松原)


世界恐慌の頃の日本

1918 ドイツが降伏し第一次世界大戦終結
1919 朝鮮で独立運動「万歳事件」。中国で排日運動「五・四運動」。ベルサイユ条約調印
1920 国際連盟加入、常任理事国に就任。戦後恐慌
1921 ワシントン会議で四カ国条約締結
1922 ワシントン会議で海軍軍縮条約、九カ国条約調印。日本共産党結成。
1923 関東大震災。震災恐慌
1924 第二次護憲運動
1925 治安維持法公布。普通選挙法公布
1927 金融恐慌。モラトリアム緊急勅令を交付(3週間の支払い延期)。第一次山東出兵
1928 最初の普通選挙法施行。共産党一斉検挙、3・15事件。第二次山東出兵。第三次山東出兵。張作霖爆殺
1929 山東省より撤兵。当初予算の5㌫緊縮予算を発表世界恐慌
1930 昭和恐慌。金輸出解禁の実施。ロンドン海軍軍縮条約
1931 満州事変。金輸出の再禁止
1932 上海事変。5・15事件
1933 国際連盟脱退
1934 ワシントン海軍海軍軍縮条約破棄
1936 ロンドン海軍軍縮会議脱退。2・26事件
1937 日中戦争おこる
1939 第二次世界大戦おこる

 

1998_10_16

呆れた三重大学の学生

三重大学の学生は……(脱力)。今テレビが,この大学で毒物事件があったとキャンパスから,現場中継しています。レポーターの後ろに,学生達が溜まってニコニコキャーキャーとカメラに向かってはしゃいでいます。馬鹿か!三重大学の大学生!! 諸君の大学で悲惨な事件が起こったのだぞ!大学生はそこまで墜ちたのでしょうか!まるで神戸サカキバラ事件の犯人逮捕の際,警察前のレポーターのまわりではしゃいでいたヤンキーか,某テレビ局のアナウンサーと同じではありませんか。どなたか,三重大学の関係者がいらしたら知らせていただきたい。

(追伸:本日10月23日の新聞によりますと,この件で三重大学が糾弾をうけてますね。同じ怒りをもたれた方がいらっしゃったことを喜びたいとおもいます。そしてこのことがインターネット上の抗議で問題化したとことも記しておきます。それにしても,しっかりせんかい大学生。情操面で欠落したお子ちゃま大学生には困ったものです。三重大学のイメージはあれで焼き付けられてしまいましたなあ)

 

1998_10_13

東京都が会社更生法適用的事態に

東京都が会社でいったら会社更生法適用的事態になりましたねえ。理由は不景気で税収入が減ったから。もっと引いた見方をすると,右肩上がりの歴史観にのっかっていたから。

 

1998_10_10

毒物カレー事件とマスコミ報道

事件発覚した際,マスコミは「なぜ早く青酸カリ中毒と早く発表しなかったのか」と当局を批判していました。
それが砒素中毒とわかった今,「青酸カリと軽々に発表したから,医療対応を誤り多くの犠牲者が出た。当局には責任あり」と言い始めています。??? マスコミがまたやっちまったのです。連中の責任はどうなるんでしょうか?

 

1998_10_06

愚かな世界観の歌

洗われるような声をしたkiroroの歌

「ほら あしもとをみてごらん これがあなたのあゆむみち ほら まえをみてごらん あれがあなたのみらいぃ~♪」

あ~あ,泰平な世の中だったんですねえ,いままで。とっぷり浸かりおって。この歌は「わたしたちの未来は見えるのよ」と歌っているんです。「このまま延長して,何年後はあんなになって……」予定調和。いい子たちだからこそ,困っちまうんですよねえ。しっかりしてね。経済のクラッシュでも来た日には,なんて馬鹿な歌をうたってたんだと気付くんでしょう。人生は作れるし,時代は作り上げられていくもの。

 

1998_10_03

国際化は庶民のリスクを大きくする

中小企業の方たちはこう思ってらっしゃるに違いないと思います。「この不況,何か私たちが悪いことをしたか?円が安くなっている。土地が安くなっている。製品は出ない。銀行は貸し渋る。私たちが何か悪いことをしたか?」

そうなんですね。原因が遠くにある。国際化するほど,原因は遠くのブラックボックスの中でおこる。では多くの経済学者が言ってますように,それは需要・供給の法則で起こっているのでしょうか? 仮にそうだとした場合,国際化は庶民にとっては不可抗力のリスクを極めて大きくすることになりますね。

「自分の財産は自分で守らねば,それが賢い消費者というもの」と経済評論家達はテレビでキャンペーンを続けていました。特にビッグバン(金融の自由化)をやった今年のはじめの頃ですね。でもあれはウソです。

例えば「株売買で本気に儲けようなんて,少しの金しか持たないやつにはホントは無理なんだ」ってことは,その株売買の世界の常識。大量の資金を持つものが勝つ世界。それが自由競争の支配する世界です。

貯蓄が株売買ににてきた現在,庶民にとって自分の資金が守りにくくなったことは,この頃実感としてわかるのではありませんか?これが金融の自由化なのです。匿名の人々が大量の資金を使って世界を闊歩し,金をせしめ金をすり,そんな博打ちどもの余波として中小企業の方たちが「私たちは何か悪いことをしたのか」と呟かなくてはいかない。そして匿名者たちは,ボルト一本生み出していないのです。

国際化だけでなく連動するエリアが広がっているから,経済はブラックボックス化するんですね。ではもっと広がるんでしょうか?その傾向は続くでしょう。そしてどこかでクラッシュする。

 

1998_10_01

人類史を考える

プレ文明

極めて荒っぽくて申し訳ないのですが,プレ文明(というのでしょうか?有史以前に存在したかもしれない高度文明)っていうのは,考察してもいいのではないかなと思う気持ちが最近どこかにあります。人類史を「単純な右肩上がりのイメージ」で捉えるのは,どうも解せないというだけの理由なのですが。分かっているだけでも,文明史は山と谷を経験してきています。コロッセウムを作った古代ローマから,中世社会になり,そして近代へというヨーロッパの歴史だってそうでしょう? ルネサンスだって,古代ギリシャ・ローマを発見し,復興したんですからね。どうも人類史を単純な右肩上がりとする思想は,近代独特の時間感覚に囚われているという気がして懐疑してるのです。

プレ文明の証拠ってどこかにあるんでしょうかね?考えてみれば,現代人が今消滅したとして,12000年後に発掘されたとしますね。そうすると文明の痕跡として何が残っているのでしょうか?

海中に眠るプレ文明

ウルム氷期(最も最近の氷期,70000~8000年前)のころ,海水面は現在よりも130mぐらい低かったのです。これは海水が氷河となって陸上にあったからです。この氷期が終わるとき海面上昇が起こりました。これは均一に上昇してきたのではありません。10000~8000年前の2000年間には,海面の高さが急激に25m上下しています。これは大変なことです。氷期の頃,もしプレ文明があったとしたら,寒かったわけでしょうから,氷河が積もる山地ではなく臨海地域,それも赤道近くの臨海都市があったと想定できないでしょうか。そうなればその都市の遺跡はどこにあるか? 海中深く眠っていることになりますね。で,世界地図を見る。すると例えばインドシナ半島からオーストラリアに至る海中に,広大な大陸棚が広がっているわけです。う~ん。

現在俗にいう4大文明をはじめ古代文明といわれるものの多くは,基本的に地上で発掘されています(水中考古学というものもありますが未だその途についた状態)。もし8000年前にプレ文明があったとしたら,上記のような陸上発掘作業により文明発祥の地はA地だB地だと論じられていること自体が,滑稽だとは思いませんか。

わずか300世代で高度文明ができるとは思えない

私たちのような人類(これを新人,ホモ=サピエンス=サピエンスといいます)が現れたのが約40000~10000年前といわれています(笑)。中をとって20000年前を想定しましょう(爆笑)。そこから10000年間で,ある程度高度な文明ができるでしょうか?100年3世代といわれます。ということは10000年間で300世代。300世代で高度文明ができるでしょうか?いかがですか?新人がスタートするとき,すでに火,道具,言葉の使用などはあったことは前提とできます。

過去の気候

過去の気候をかなり推定することができるようになっています。近いところで特徴的な時代を見てみましょう。

6000~4500年前は今よりも温かく,海面も6mほど高かったのです(縄文海進といいます)。この時代に我が国では縄文文化が始まります。関東地方に珊瑚礁があり,今の奄美の気候でした。縄文時代は分厚い毛皮を纏っていたイメージというのは間違いです。

1645~1715年は気温がとても低い時代でした(マウンダー極小期っていうんですけど)。この時代に,旧来の神聖ローマ帝国は崩壊し,イギリスは英蘭戦争で覇権を奪い取りつつ議会制度を確立し,フランスでは太陽王ルイ14世が,ロシアではピョートル1世が絶対主義をとり,中国では明にかわって清が長きにわたる帝国を建設していき,日本では江戸幕藩体制の安定期に入っていくのです。江戸時代は寒かったのですね。

ミランコビッチ周期

寒い時期と暖かな時期が周期的にやってくるのはどうしてでしょう?基本的に三つの原因があります。これをミランコビッチ周期というんですが,ここでは一つだけ簡単にお話しておきます。地球というコマをイメージして下さい。コマは回転しているとき,その軸が円運動でふらつくでしょう? これによって26000年の周期がおるというものです。ただし現在起こっている温暖化は,人間が及ぼしているとはご存じのとおり。

文明は初期に攻撃的・侵略的で,徐々に穏和で循環的に

「農業でもして,ゆっくり暮らします」なんて言葉を耳にします。農業には穏やかなイメージがあるんですね。けれどこのイメージは昔からあったものではないんです。それどころか農業文明はその初期,極めて凶暴なものでした。これは農業文明を持ち込んだ弥生の遺跡,例えば長崎県壱岐の「原の辻遺跡」などをみれば明らかです。農具と一緒に多くの武器が出てきますし,戦いで傷ついた人骨も出てくるんです。

今回は,文明はその初期には攻撃的・侵略的だが,それが飽和すると穏和で循環的な性格に変わっていくということを書きます。

そのことを日本を例にとってみてみましょう。まず紀元前300年頃,農業文明をもった弥生人が,縄文人のいた日本に武装侵略してきます。この農業文明の侵攻と紛争の波は,戦国時代にピークを迎えます。その後江戸の鎖国政策とあいまって文明の飽和状態を迎え,循環的経済が志向されるようになったんです。人糞を畑にまくなんていうのは,その代表ですね。こうして農業のおだやかなイメージが定着していきます。

18世紀後半に始まる工業文明もいっしょ。初期は植民地化政策に明け暮れ極めて攻撃的です。そろそろこの文明も飽和状態が見え始めました。温暖化など地球的問題ですね。そして循環的経済を志向する穏やかな集団が,今,各地で立ち上がろうとしているのだと思います。

現代人の右肩上がりの時間観と、近代以前の振り子のような時間観

この前少しふれた現代人独特の時間感覚について。私たち現代人は時間がたてばたつほど,物事は発展するんだというイメージを持っています。未来という言葉は,今と異なった文明の姿をイメージさせるでしょう?これがいわゆる「右肩上がりの歴史観」と私が呼んでるやつです。

けれど,かつて人類は時間に対してそんなイメージは持ってなかったんです。近代以前,時間は振り子のようなイメージでとらえられていました。自分の父も祖父も曾祖父も私と同じ生活をし,そして私の子孫も永劫まで私と同じような生活をするという感覚です。たとえば中世ヨーロッパでは,人間が歴史を作るっていう発想はなかったんです。つまり,全能の神に抱かれたキリスト教の歴史観ってやつです。ところが,こんな時間感覚に疑問を抱く連中が現れ,近現代の時間感覚を植えつけ始めます。まずイギリスのベーコンという学者は,進歩とは物的進歩と捉え,思想を技術的問題としてとらえることで,現在への流れを導きました。その後,弁証法を唱えるヘーゲルやマルクスの思想がこれに裏打ちをしていったのですけどまあいいか(ジョン=ロックの機械体系的社会認識やアダム=スミス以来の経済学ってやつも,この発展をめざす時間感覚に沿ったものです,なんてうるさい補足)。

このように時間感覚の変化には,学問が「理由」を問ってた時代から,「方法」と結びついた時代への移行が背景にあるんですね。「理由」を問い続ける文化では「人間ってなんだろう?」という点にいつも帰りますが,,技術を追い続ける文化は効用性・能率が支配する直線的なものなんです。

でプレ文明ってやつを考え始めたのも,私自身ももしかしたらこの「右肩上がりの歴史観」にとっぷり浸かってしまって今まで疑ってこなかったんじゃないかい?という自分自身への懐疑があったからなんです。だれか論証立てて否定してくれたら,まるで地下鉄はどうやって地下に潜ったんだろうという疑問が解決されたぐらいさっぱりするんですが。よろしくお願いします。

 

1998_09_29

鳥取砂丘は環境破壊の跡

鳥取砂丘は環境破壊の跡です。古墳時代(4C~6C),中国地方の山中で砂鉄を原材にした製鉄業が始まりました。この砂鉄を溶かす木炭を作るため,山中の木々が伐採されました。そのため土砂が流失し海へと流れ出て,さらに細かい砂だけが冬の季節風によって打ち上げられ長年の間に堆積したのです。大砂丘になったのは安土桃山時代。中国地方ではこのような被害がひどかったようで,松江藩ではこの保護に乗り出しているほどです。実はこの製鉄場のことをタタラといい,映画「もののけ姫」の舞台ともなりました。

ところが現代日本人の多くは,このことを読んで驚くかも知れません。このような歴史を教えられていないからです。歴史が,人間と人間の抗争中心の記述では,大切な側面が欠落してしまいます。歴史は人間と環境の関わりをもっと記述すべきではないかと思うのです。未来を見通すための道具として歴史は語られるべきです。
もう少し,そんな例を語ってみましょう。

メソポタミアについて。前8000年頃から人類最初の農耕牧畜がここを含む「肥沃な三日月地帯」で始まりました。メソポタミアとは「川の間の土地」という意味で,ティグリス・ユーフラテス川にはさまれた地域です。ここに成立した都市を地図上に確認していくと,面白いことがわかります。最初シュメール人が前2700年頃に建設した都市国家ウル・ウルク・ラガシュ,次に古バビロニア(前19~前16C)の都バビロン,さらにアッシリア(前11~前7C)の都ニネヴェ。これらの都市はだんだんと川の上流へと上がっていっているのです。これは環境破壊によります。灌漑農業にともなう塩化現象で土地が白く水産化カルシウムで覆われてしまい,上流へと逃れていった跡なのです。この地の収穫量はかつての最盛期(前2400年)と比べると現代4分の1だといいます。

このように環境が歴史に与える刻印には,大きなものがあります。フランス革命期は寒冷期であり食料が不足気味でしたし,1989年の東欧革命の際も,天候不順による農作物ととりわけ食肉の深刻な欠乏がその底にありました。

 

1998_09_18

二日間断食

二日間,断食をした。体重が増え,体がだるく,頭が冴えなかったためである。数週間前から運動を心がけていたが,どうも埒があかなかった。絶食の間,次のものは取った。お茶類,マルチビタミン(武田食品),松寿仙(和漢薬研究所,人参や松葉のエキス),野菜ジュース(1日1缶/190g)。9月16日朝から開始。スタート時体重は69.5kg。その日の午後,気のせいか体が軽い。だるさがなくなったのだ。パワーは落ちており,感情の起伏も緩やかになってくる。職場から帰り計測すると68.5Kg。夜,眠れるかなと心配していたが,野菜ジュースを飲んで横になると,10時半には爆睡していた。6時半に起床。爽快である。職場でも体のだるさが取れ,思考のフットワークが快適である。鈍行列車から,快速に乗り換えたようだ。家に帰って計測。67.8kg。しかしその後1時間ほど脱力状態となる。野菜ジュースを飲む。しばらくすると活気が出た。10時半就寝。1時15分目が覚める。腰が痛い。66.2kg。野菜ジュースを飲む。断食は2日目昼食までにしておかないとダメージがありそうな気がする。3時45分再び床について6時半起床。体重は結局66.3kg。2 日間で3.2kgの減。朝食はお粥から戻していき,運動を習慣化する予定。まず胃を小さくすることが必要なのだろう。最近の日本経済と同様だ。

 

1998_09_15

聴いてきた音楽

聴いてきた音楽のことを書き止めてみたくなりました。

最初に買ったレコードは,メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲」。高校1年のことです。あの耽美性にまいったのでしょう(笑)。クラシックフアンだったかというと,そうはいえません。お金もありませんでした。格安レコードを1枚買うと月の小遣いの半額が吹き飛んでいってました。その頃,すり切れるほど聴いたレコードはバルトークの『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』です。あの不安さが,高校生時の私に響いたのでしょう。

ピンク・フロイドも好きでしたねえ。演奏が恐ろしいほど下手なバンドでした。プログレッシブ・ロックっていうものです。1ヶ月前にドラムを始めたみたいなニック・スイメンの,ズ・ポンポ・ド・ポポンという(本当にこのワンパターン)へなちょこリズムに,草履のように長い顔をしたロジャー・ウォーターズのベース(長い顔と言えば元XJapanのボーカルが,顎が長いことがコンプレックスで自己啓発セミナーに行ってどうのこうのと騒いでますなあ。なんだか平和だなあと気が抜けるというか呆れるというか)。一番のお気に入りアルバムは『エコーズ』でした。

大学でジャズも好きになって(田舎じゃジャズは生まれませんよね),でもライブに複数回行ったのは憂歌団。これは巧かった。

どれ,僕の好きな曲って何でしょう?まるで20代のHPのようですね(笑)。『カインド・オブ・ブルー』 マイルス・デイビス『アバロン』 ロキシー・ミュージック,『鏡面界』 ブライアン・イーノ『レクイエム』 フォーレ……あげればキリがないので止めときます。

 

1998_09_13

黒澤明逝去

黒澤明が亡くなりましたね。素晴らしい才能だと思っていました。晩年の映画は,長回しがどうも厳しかったですね。そういえばスタンリー・キュブリックも実際に見ると本当にワンショットが長いんですね。しかし見て暫くして振り返ると,とてもいい映画になって私の中で反芻されるんです。キュブリックの『バリー=リンドン』という作品をご覧になったことがありますか? 最も心に残る作品の一つです。

 

1998_09_12

安全圏の思想

自分ではなにもしない。なのに批評はうまいという輩は,こまったものです。自分を見せず,外部化した問題を批評する態度は,安全圏の思想ですね。「そこに,なおれ」と言いたい。「私はこんな事をやる者です。で,もの申すが……」ということで,同じ土俵に乗ったことになるのです。もう一度書きますが,「やること」と「批評すること」では雲泥の差があります。ささやかな食堂の調理人と,口の肥えた料理の出来ない男なら,私は前者と語りたいと考えます。私は現場が好きです。

 

1998_09_05

うらびれた飲み屋が好き

私はうらびれた飲み屋にたまらなく惹かれます。そこに人生の澱みたいなものが集まってきているような,濃いその地域の色が漂っているような,そんな場末の飲み屋に惹かれます。

こう書いた後,店名を挙げるのははばられるのですが,昨日そんな場所に知人と二人で行って来ました。長崎県は大村市にある「もとむら」です。工事現場をすり抜けてたどり着く朽ちかけた入り口がたまりません。中にいると,値段の書いてない茶色に変色した品書きが張ってあります。BGMなどありません。我々の会話と,注文した焼き鳥の焼けるジュージューという音しかありません。親父さんは無駄口など叩かずむっつりと仕事をこなします。いい味出しています。そして極端に安い。しかしここも後暫くで新装になるとか。残念です。

これを書いてる今,テレビでプロポーション作りのダイアナという会社がCMを流しています。これは何を私たちに訴えようとしてるのでしょうか?私たちの会社にかかれば,贅肉と同時に,脳味噌もそぎ落とすことができますと伝えてるのでしょうか?

 

1998_09_04

独占は不景気の時に進む

独占は,好景気の時ではなく,不景気の時に進みます。これも歴史が教えてくれること。

 

1998_09_03

現在が末法であるという発想は,すべての世代が犯してきた過ち

現在が末法であるという発想は,すべての世代が犯してきた過ちです。

 

1998_09_02

国民国家の弱体化

(国民)国家が弱くなってきている,とよく言われます。そして国家に変わって,力を持ってきているのが世界的規模の企業です。

マイクロソフト社がWindows98を発売しました。これに裁判所は独禁法に反する疑いがあるといって発売をひかえるようにいいました。この意見を,無視して発売に踏み切ったのです。もはや一企業が国家を恐れなくなってきているのです。(この弊害をマスメディアはあまり書きません。なぜなら大スポンサーだからです。)

大企業は,国によって法律が違うと,仕事をするときにめんどうです。そこで各国の規制をとっぱらって同じものにしようとします。このことは,言い方をかえれば国家を溶かすことです。そしてこの時グローバル・スタンダードという表現で,その国に圧力をかけます。

かって私たちは「世界連邦」という言葉を夢見たことがありました。それはバラ色に輝く言葉でした。でも世界は,最終的にこうした大企業の力で結ばれ,一つになるのかもしれません。

 

1998_09_01

未来は「鉄腕アトム」的イメージか、「風の谷のナウシカ」的イメージか

「未来」をイメージして下さい。どんな風景が頭の中にでてきますか?
これを読まれている方のイメージは,2つに分かれます。「鉄腕アトム」的イメージと,「風の谷のナウシカ」的イメージです。
戦後,私たちの生活は,活性化し続けてきました。この右肩上がりのイメージが,多くの人の中に染みついています。その上に人生設計がなされ,保険が契約され,国策が立案されています。
しかし歴史が,活性期と沈滞期を繰り返すというイメージはいろんな学者が語っています。そして,それはいつになるか分かりませんが,沈滞期におちいらぬ社会はないということを,歴史が教えてくれています。

 

1998_08_27

くさや

くさやを,初めて食べました。
友人から電話がかかってきて,「まつをさん,くさやを貰ってきたので食べよう」とのこと。
くさやは,臭いので有名。先日,行きつけの店のマスターが言うには「焼き始めると便所の臭いがする。火が回ると糞の臭いそのもの」という話を聞いたばかり。友人宅で七輪に火を起こしました。そして,くさやを焼く。とたんに友人はオエッという声をあげました。結局,私は大丈夫でした。美味くも不味くもない食い物というところです。臭いはたしかにします。くさや=糞=マルタイ屋台ラーメン(すみません,ローカルで),の図式が頭に浮かびました。写真は,友人が一口食べたところ。そう言えば私は,ドリアンも大丈夫。ある本にドリアンは「朝潮の靴下の臭い」と表現してありました。私としては,プロパンガスが漏れた臭いというところ。

 

1998_08_26

現世と来世

お盆の日に書いた記事について,日本の宗教事情を研究しているあるお坊さんから以下のような解説を頂きましたので紹介します。
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後世は、現世の延長線上。したがって、後世とは、現世の未来のこと。来世は、現世とは全く切れています。つまり、無関係、ということ。

後世を構成するのは、現世の人間の記憶です。別の表現では、歴史です。中国人は(小室直樹によると)歴史による救済が目的だそうで、如何に歴史に名を残すか、それは とりもなおさず今生きている人間に、如何にして自分の名と業績を記憶させるか,そして、それを歴史に留める(ということは後世へも記録として残させる)か、これが眼目だそうです。

自分の肉体の死後、自分に関する記憶が、自分自身も含めて、現世から一切消失してしまうのは耐えられない! 漢民族の死後観は、現世を生きるための手段である肉体と魂が分離し、いわゆる死を経た後も、 肉体の根元(である 魄 )と 精神そのものである魂とは,つねに(分離したままではありながら)この世(=現世)に留まる。

後世 も 現世 も 同じ世。ただ、自分の 肉体と精神の状態が違う。 それが現世 と 後世 の差です。

世間という 器 を支えているものは 人間です。もっと言えば、人間の記憶です。この記憶がある限り(つまり 覚えていてくれる人がある限り )「生きている」のです。ここに、仏教的なニュアンスを含めて言えば…… 「かわいそうに、 織田信長は400年経っても まだ、 死なれない。死なせてくれない」。この「かわいそうに」というところが大切なのです。来世に行かないから、現世のままで評価 にさらされる。なぜなら、人格の連続性を保持したまま、行動の手段である肉体と精神を消失しているから。評価を逆転させる 行動( たとえば 裏話のリークなど )を取れないから。

 

1998_08_25

平和5原則

皆さんは,平和5原則というのを憶えていらっしゃいますか?教科書にも載ってました,あれです。
①領土・主権の相互尊重 ②相互不可侵 ③内政不干渉 ④平等互恵 ⑤平和共存
1954年中国の周恩来とインドのネルーの共同声明として発表したものです。

 

1998_08_20

「アメリカではこうなっとるから,日本もそうなるべし」論

おととい,久々に例の「アメリカではこうなっとるから,日本もそうなるべし」論を聞きました(笑)。「アメリカではこのような教育法をやって,日本より30年進んでいる。日本も追いつかねば」という論調でした。ところでアメリカの教育現場はどんな状況になっていましたっけ? 30年進んでいると言うことは,今日本でその教育法を取り入れた場合の,30年後の姿をアメリカに見ることが出来ると思いますが。

 

1998_08_19

「人生なんて糞だ」と言った人

「人生なんて糞だ」と言った人がいました。たぶん[その人の]人生は糞だったのでしょう。そういうことです。私たちが人生を語るとき,それは「自分の人生は」という条件がついてまわっているのです。「諸君,人生というのは……」というフレーズもそうです。ここが人文的世界の滑稽なところでもあり,面白いところでもあります。それでいいのです。語る人が上記の点を理解して発するのならば,それは勇気であり,それなくして私たちは触発されないのです。自己表現たる芸術が是とされるならば,人生観の吐露は否定されるべきではありません。過度の懐疑や斜視は生むものがなくなります。

それにしても,どうして評論家というのは,ああも小綺麗な格好をしているのでしょう。創作者の現場というのは,常に混沌としていることを考えると,いかに彼らは安全圏にいるかがわかります。

 

1998_08_18

クリントン大統領の不倫

今は昔,宇野という総理がおりました。彼は「不適切な関係」を持っていたが故に,その職を追われました。このスキャンダルが出たとき,USAの某ジャーナリストは「わが国で,かようないかがわしい行為を政治家が行うことは,その政治生命を失うことだ」といった旨を述べ,日本社会を未発達なものとして批判しておりました(「そうか?」と当時思ったのでよく憶えているのです)。さて今回フリントン,もといクリントン氏の一件が出ました。さあ向こうの番です。彼の地の民主社会のお手並み拝見といきましょう。

 

1998_08_17

キャスターの矛盾

キャスターが近頃よく次のようなパターンを繰り返しています。
「景気は一層深刻な局面を迎えています。政府は,早急に有効な景気上昇の手だてを打たねばなりません」と政府批判をした後,
「今日も暑い日が続きました。これも温暖化現象の影響でしょうか。地球環境はどうなるのでしょうか?」と深刻な顔をしてみせる。
???

復習をしておきましょう。
景気上昇すれば,エネルギー大量放出社会に向かうことですから,地球温暖化はすすみます。
つまり,前述のキャスターの態度は,矛盾そのものです。知っていて,スポンサーのために流す擦り寄り?ならば罪が深すぎます。
我々は,文明的選択の局面を迎えているのです。それは実に厳しい二者選択となります。

 

1998_08_15

日本人の死生観

お盆にちなんだお話を書きます。

インドでは死者は49日後に他に転生すると信じられております。ですから基本的に墓がありません。もう他のものに生まれ変わっているわけですから,墓は必要ないという捉え方です。

日本では49日は序盤戦で,それから何度も法事を行っていきます。このように日本の仏教はインド感覚のものとずれがあります。

儒教では,人が死ぬと,魄と魂に分かれると捉えられています。魄つまり肉体は地行き,魂は天に行くのです。そして魄と魂が合体すれば,復活があるとされ,そのため古代一族の長は,重大な決断を下さねばならぬ時,シャーマンとなって魄である先祖のシャレコウベをかぶり,魂を呼び寄せ,祖先の決断の言葉を聞いたと言われます。これが儒の初期の形です。そしてもう一つ大切なことがあります。儒教は輪廻思想を持ちません。祖先の魂はたとえば空の雲の上にずっと増え続けて行くわけです。ですから,子孫を絶やすことは一大事なわけです。なぜならば祖先と自分の魂が路頭に迷うからです。脈々と一族の流れは絶やしてはならず,魄を納める墓も重要と言うことになります。

日本の仏教は,このようなインドと中国の来世観がミックスされ,さらに道教や神道が入り組んでいるのです。現代日本の仏教者の本が,原始仏教について述べるとき歯切れが悪くなるのは,こうした背景があるのです。
それどころかギボアイコ氏が「あなたの肩のところに,亡くなったお爺さんがいらっしゃいます」などと発言するテレビ番組が,かって高視聴率を取っていたと言うことは,日本人の多くは,お盆に限らず祖先の霊が自分の身近にいると信じているのかもしれません。というのも先ほどの発言は「あなたのお爺さんは成仏していませんよ」ということなのですから(この成仏という言葉も多くの日本的特色をしょっています),これを聞いて怒らないということは,もともとそういう世界観を持っているということなのでしょう。

しかし,ミックスされた仏教などおかしいじゃないかという発想も短絡的です。本来,文化とはその地の人々が持つ共通したタブーなのであり,その地ごとに根付いて行かざるを得ないものなのです。それぞれの形があって文化なのです。

 

1998_08_14

林羅山の選択

お盆になると,江戸儒学の祖,林羅山のことを思い出します。
彼は幼少のころ仏教寺院で学びました。そのうちに寺が,彼に仏門に入ることを勧めたのです。彼が親(養父母)にこのことを話しますと,涙ながらに止めるよう説得されます。家が絶えるではないかというわけです。以後,彼は仏教が世間を抜けた宗教であると考え,仏教から儒教へ転換するわけです。このことは仏教の根本を示した問題です。またゆっくり書きましょう。

 

1998_08_13

マスコミの垂れ流し情報

毒混入事件が起こっております。痛ましいことです。
皆さん,マスコミがこの事件をどう報道するのか,見ておいてください。私は本日からお盆の休みに入りましたので,ワイドショーを眺めておりましたら,あれですね。オウム事件での河野さん誤報以来,だいぶマスコミも慎重にはなっているようです。しかしなんと言いますか,ちらほらとその性癖が見え隠れしています。「同じ事を2日も3日も。事件が解決してから報じれば,いいんじゃないの?」とは,とある老人の名言。
神戸児童殺傷事件の際,多くの人が「予想される犯人像」を逮捕前に語っていましたね。多くがみごとな外れでした。判明後に,予想を語っていた幾多の文化人の映像をつなげて番組にして見せてもらえませんでしょうか。無理でしょうかね。マスコミが垂れ流した情報に,いかにゴミが多いかを証明するような番組になりますから。

 

1998_08_12

映画「タイタニック」は強欲女の話

映画「タイタニック」を「21世紀の子ども達に残したい100の映画のひとつ」と評した意見がありました。それも「これはスペクタクル映画ではなく,人間の生き様の映画だ」というのです。困ったものです。以下は,もうすこし柔らかく書くべきなのでしょうが,あまりに憤慨しましたので,そのまま書きます。子ども達に残すというのならば黙っておれません。
ローズ(女性主人公)の生き方が「21世紀の子ども達に残したい」生き方のひとつ?彼女は,不満を持ちつつも大金持ちと婚約し,彼を毛嫌いしながらも手にしたダイヤは一生ガッチリせしまたままで,知り合った男とはすぐに交情し,そこまでジャックを愛したのなら一生思って生きると思いきや,ぬけぬけとまた他の男と結婚する。このローズは,猿です。目の前にある快楽は喰らい,不快には唾する。そんな人間の生き方を描いた映画が,「スペクタクル映画ではなく,人間の生き様の映画として,21世紀の子ども達に残したい100の映画のひとつ」と評する人は,物事の大筋が掴めない人でしょう。

ところでダイアナは聖女でしょうか?世論はそのように扱っています。私はタイタニックの映画を見たとき,ローズとダイアナがダブって見えてしまいましたが。

 

1998_08_07

チキンラーメンで嘔吐感

事実を淡々と書きます。本日8月7日昼食に日清のチキンラーメンを食しました。賞味期限が1998.8.20でした。現在夕方6時ですが吐き気がして胃の薬を飲みました。昔,食品には製造年月日がかかれ,そして賞味期間○○日と記されていたのです。これが法改正され,タイムリミットを記すようになりました。つまりいつ作られたのかわからなくなりました。
【問】この法改正は消費者のためになされたのでしょうか?

 

1998_08_02

日本のホテル・旅館は高い

日本のホテル・旅館は高いですね。旅館なんぞは明細書を見せなさいと言いたくなります。この料理はいくらだったの?と.。旅や宿のガイド本も,いい加減にしてくれといいたくなるのがありますね。ガイド本の利用者側と,旅館側の,,どちらの方に気配りしながら書いてるんだと。このHPに登場する俵山氏はかつて旅館業を営んでいましたが,ガイド本の取材が来るとなると無料宿泊・飲食の接待をしていたといいます(全てのガイド本がそうか否かは別)。ガイド本を書いている方と,このことについて話したことがありますが,彼は「ガイド本でいい宿と記されていて,不愉快な対応しかしない宿だった場合(これは主観のレベルを超えた問題について),それは消費者側の自己責任だ,ガイド本に責任なし」という趣旨を言い放ちました。この点について法的にはどうなっているのか,極めて興味のあるところです。どなたか詳しい方は,メールをいただけませんか?

 

1998_08_01

スイス女性には参政権がない

前回の続き。欧(ヨーロッパ)もまた様々です。例えばスイスでは未だに女性には参政権がありません。

 

1998_07_31

欧と米は違う

よく「欧米ではこうなっとる」という論法を目にします。これが困ったしろものです。欧(ヨーロッパ)と,米(アメリカ)は違います。その例を書きましょう。次のようなイメージができてませんか?
1 「欧米では消費税が高い」……実はそうではありません。欧で高く,米で低い。
2 「欧米では健康保険が整っている」……実はそうではありません。欧で高く,米で低い。
3 「欧米では年功序列型賃金・終身雇用制ではない」……実はそうではありません。ホワイトカラーについては,欧では年功序列型賃金・終身雇用制となっており,米でそうなってないのみ。
挙げればキリがありません。一口にいって,アメリカは自由主義なのです。稼げない者は落ちていく。つまり貧富の差は広がりやすい。一部の者に富が集中すると,犯罪が増え,社会が不安定になるという説があります。

 

1998_07_30

食料と為替レートは戦略兵器

現代社会において,食料と為替レートは戦略兵器のようにつかわれているようです。久米宏が経済再建にあたる某要人Aを批判していますが,困ったものです。久米氏の近視眼は,一人自身の近視眼に終わるものではありません。ポリティカルな詰め将棋が彼には見えてないのでしょうか。分かっていてその全容を口に出来ぬA氏の哀しみたるや,いかばかりのものかと思います。

 

1998_07_24

滅亡前のローマ帝国のような状態

「最近のテレビは,グルメと温泉しかやっとらん」と70代の男性が,ポツリ。するどいですねえ。

古代ローマ帝国の爛熟期,ローマ市民はグルメと,国立の巨大入浴施設にはまりこんでいました。これは有名な話ですが,彼らはカウチに寝そべって宴会を開き,食べきれなくなると鳥の羽で喉を刺激して吐き,また食らい飲む。今に日本人も寝そべって宴会するようになるんじゃないですかね。国立入浴施設は,サウナありライブラリありで,いわば現在の温泉センターをもっとグレードアップしたものでした。そう言えば拳闘士たちの死を賭けたショーも楽しんでましたね。これが現代で言えばK-1にあたりましょうか。

ではローマ帝国はどうして亡びたか。簡単に言いますと,祖先返りしたのです。このあたりは他の国とはレベルが違います。なんといいましょうか,国家が滅んだというよりも,一世界が消え入ったという感じです。興味がある人は調べてみて下さい。

 

1998_07_20

愚かな27時間テレビ

フジテレビが27時間テレビをやってました。愚劣ですね,相変わらず。何をやろうとしてるんですかね。空き缶を利用した作品を日本中から中継してたので,環境・エネルギー問題を訴えるつもりでしょうか。ならば真夜中には番組を中断しなさい。それに缶の後かたづけも手伝わずにテレビ局の連中が帰ったことは,想像に難くありません。
番組締めのドミノ倒しでは,予定していたように倒れず,むりやり手で倒すことの連続。予定調和のために,インタビュー等があることは,よく経験するところ。特にキー局は,往々にして無理矢理に倒してでも,予定の結論へと結びつけていく傾向があるのです。残念なことです。

一方,地方局NBCのアップル・ツディは,今日「海の日」にちなんで,漂着物コレクションをやってました。身近な海岸にもある廃油ボールやプラスティックに焦点をあてて,エコロジー上の問題を語る内容でした。朝からいいものを見せてもらいました。ちなみに雲仙災害の時も,地元民は島原新聞や長崎新聞などの地方メディアの報道姿勢に好感を持っていたことは事実です。

 

1998_07_19

セミはノイローゼか

セミがうるさい。連中はあんなに大声で鳴き続け,ノイローゼにならぬのか,他人事ながら心配です。泣くから悲しくなる,といったのはゲシュタルト心理学。セミは泣くことによってノイローゼへと猪突猛進してるのではないでしょうか。南無。無常ですな。

 

1998_07_14

雲仙岳噴火災害の頃の我が家


7月5日にアップした雲仙災害の写真に関して,何人かの方からご感想のメールを頂きました。ご丁寧に有り難うございました。本日は雲仙岳噴火災害の頃の我が家の様子をアップします。こんな状態だったのです。しかし我が家がこうむった被害は,当地では微細なレベルだったことも付け加えておきます。

 

1998_07_13

中学2年生の時の模写


この前実家に帰った際,なくしたとばかり思っていた絵が出てきました。それは私が中学2年生の時,クールベの『波』を模写したものでした。なんというか,こまめに描いとります,いや感心感心。

 

1998_07_10

「現代」とは言葉が同じ感覚で伝わる範囲

「現代」とはどこまでをいうか。これについて阿部謹也氏が面白いことを書いてらっしゃいました。現代とは,言葉が同じ感覚で伝わる時代範囲を言う。そんなことです。つまり明治期の書物の中には,すでに現代訳しなければならない書物も出てきていますので,現代ではないというわけです。なるほど,簡単なのですが私には諮詢に富んだ言葉。

 

1998_07_05

雲仙岳噴火災害の跡地

久々に雲仙岳噴火災害の跡地に行って来ました。

 

1998_07_04

ゴジラはUSAの核実験の被災者

常識となってますが,ゴジラはUSAの核実験の被災者として登場したわけで,あの皮膚はケロイド,吐くのは放射能です。

ニューヨークタイムズが,ゴジラに大蔵省を襲わせればよろしいというジョークを書いています。う~ん。ジョークにしてもUSAの考え方を象徴してますなあ。ゴジラの存在を曲解させた上で,その国を批判する。USA版ゴジラはフランス核実験によって出現することになっっているらしいですね。う~ん。で,日本の中枢部を襲わせる?う~ん。そういえばUSA要人の訪問後,すぐに我が国は大胆な改革方針を打ち出しましたね。

 

1998_06_26

文化とはタブーである

アルゼンチン,ヨルダンの両国からいらした方とお話をする機会がありました。ハイパーインフレーションの頃のアルゼンチンでは,強盗も冷蔵庫に直行していたとのこと。なるほど。ヨルダンの方は生まれ故郷がパレスティナ。多々考えさせられるものがありました。そして自分自身,日本人としての特性を痛感しました。文化とはタブーであると誰かが言っていました。ネットによる交流も魅力的ですが,実際に会うということ,その力強さも再認させられた一時でした。

 

1998_06_24

眠るのには体力がいる

眠るのには,体力がいります。用もないのに朝から目が覚める。ああ,目が覚めてしまった,と思います。そこでやおらネットにいるわけです。あと20年もすると,早朝のテレホーダイタイムは老人利用が集中することでしょう。

 

1998_06_22

自分がやれ

ワールドカップ日本代表選手団を批判するなら,自分がやれといいたいですよね,サポーターとよばれている応援団の連中。フランスに応援に行ってた日本人の何割が,5年前からサッカーに入れ込んでいたのかと考えると,鼻白むと思いませんか。
「知ってる」ということと,「できる」ってことの間には,雲泥の差があるのです。選手団たちはわかった上で,血反吐をはいてギリギリのところでやってる。マスコミを旗振りにして外野が,どーたらこーたら言っている。

代表に漏れたサッカー界の連中の論評には,説得力を感じません。油の使い方も知らぬ美術評論家たちの論評,ギターのチューニングさえできないやつの音楽論。所詮,炎天下の海で働く漁師を,リゾートホテルの窓越しに見て論評するような行為。そこまで入れ込む時間と熱情があるのならば,自分が挑めばいいのです。あらゆる創造行為は,批評という単なるテクストの羅列を越えたもの。

 

1998_06_13

日本のツブし方

ほらほら,ニュースがアメリカの景気の話を書き始めましたよ。きてます。
日本円の実力は,1ドル=180~200円。これは80年代から言われていたことなのです(これを購買力平価といいます)。
一旦意図的に円高にし,力技でキープする(85年プラザ合意)。 → このため日本産業が経営体質をより海外依存型に変わる → 変わりきったところで,元の実力のレートに円を戻す(現在)!

 

1998_06_07

カズの代表落ちについて

経済評論家がしたり顔で,「いやあ,カズが落ちたことは,終身雇用制型から能力主義のスタイルへと変わってきていることの象徴ですな。野茂がドジャースから出されたのもそう。これはサラリーマンも同じ事で」と宣っております。
困ったものです。
高額所得者と一般庶民。同じグランドで話す神経が,困ったものです。
カズや野茂の給料を考えていただきたい。あれだけの額をもらって勝てなかったら,同情でおいておくことはできません。

ビッグ・バン

ビッグ・バンとやら。理解している人が,この国に何人いるでしょう。
「ビッグバンで日本は欧米並の国になる」と経済評論家はいいます。EUの平均失業率は10パーセント。最近,日本は失業率3パーセントから4.1パーセントになったと大騒ぎ。なるほど日本は着実にビッグバンのお陰で欧米に近づいています。欧米並に能力主義に会社経営が変わるとか。これで国民の老後の心配がなくなればいいですが。
(ホワイトカラーについて,EUも終身雇用制・年功序列型賃金体系になっていると専門家たちは言っていますので念のため。参照:「文芸春秋」1998.6)
「欧米並の国になる」という言葉を聞いたとき,「いい国になる」という風に感じる日本人が多いことをついた,見事なキャッチコピーのなせる技でした。

 

1998_06_06

映画タイタニックと雲仙災害

映画「タイタニック」。体験した雲仙災害の頃のことを重ねて見てしまいます。「そうそう」とか,「そんなにはならないよ」とかですね。

沈みはじめても人の反応は鈍い

「そうそう」と思った箇所は,船が沈み始めてもしばらく船客の反応が鈍いでしょう。そうなんですねえ。人間は,非常時になっても日常性に執着するんです。

逆に「そんなにはならないよ」と思った箇所は,最後の大パニックシーン。あのころ島原では,山体崩壊さえ囁かれていました。ある日,車を運転しているとき,ラジオの放送が突然途切れて臨時ニュースが流れました。「皆,家の中に行ってじっとしているように」という旨のニュースでした。山体崩壊が頭に浮かびました。それがあれば命はありません。一斉に周りの車がUターンし島原を離れる方向に向かいました。けれど脇道から出てくる車があると,皆譲ってそれを入れてやっていたのです。
もう一度書きます。道は秩序の中にあり,譲り合いがそこここにみられたのです。あの光景を誇りに思います。子供の頃,もし明日死ぬと言われたら滅茶苦茶やって死ぬんだろうなと思ってました。でもそれは違います。私はそう思います。それまでとあまり違わない日を送るものなのだと思います。あの頃の島原にいた時,頭の片隅にいつも「もしかしたら今日死ぬのかもしれない」という気持ちが,薄くありました。かなりの人がそうだったと思います。けれど,あの街の人たちは秩序の中にあったのです。それを誇りに思います。

そんなことが頭の中に浮かんできて,どうも映画自体に入っていけませんでした。

でも,デカプリオはいい役者ですね。テレビで騒いでいるのをみててもぴんときませんでしたが,作品をみるとなるほどと。彼があの映画をしょってましたね。

 

1998_06_03

肋骨にヒビ

肋骨にヒビがいってました。病院に行ってレントゲンを撮ったら,そう告げられたのです。なるほど痛かったはず。2週間前に自転車のハンドルで脇腹をしたたか打ちました。最初はなんということもなし。10日ぐらいしてから痛くなって,もしかしたらヒビが入ったかと頭をかすめはしたのですが,まあ病院にいっても「はい,安静にしておいてください」と言われ,レントゲン線を浴びるだけ損だと思って放っておいたのです。そうしましたら,昨日呼吸がつらいほど痛み出しました。こりゃいかんと,病院にいってみたら,案の定でした。
みなさん,骨にヒビが入ったときは,病院にいきましょう。コルセット(というんでしょうか?)で固定すると楽ですよ。痛みが軽減します。おかげで私は久々にやたら姿勢のいい生活をしております。

 

1998_05_27

九州では8時頃まで明るい

昨日の海に沈む夕日は大きくて美しいものでした。日が長くなりましたね。こちら九州では8時頃まで明るいのです。5時からですと3時間も太陽が空にあります。つくづく日本のタイムスケジュールは東京を中心に作られていると思いますね。それは地理的に見ても妥当なこととは思いますが。それはそれで,九州人は,ライフスタイルを考えなおしたがいいような気がしています。

40過ぎての放浪生活は

海岸で夕日を眺めていると,軽自動車に寝ころぶ40代の男性から声をかけられました。ヨロン島から放浪していると言います。正直に書きますが,30歳までの男が放浪生活をしていると一種のロマンを感じてました。しかし,このことを書くには抵抗があるのですが,40過ぎてからの男性が明日をも知れぬ生活をしているというのは,なんといいましょうか,「おい,ちったあ世の中に貢献しようよ」と思ってしまったのです。40にもなって自分のことで手一杯というのは,いかがなものかと。

そう考えますと,今もてはやされている山頭火も,どうでしょうかね。閉塞感のある現代社会が,彼をして一種のヒーローにしておりますが,離れて眺めてよしとされる人ではなかったんでしょうかね。

 

1998_05_25

チャイナ・ネットワーク

チャイナ・ネットワークインディア・ネットワーク。世界地図を眺めるとき,こんなネットワークを頭に入れて見ていないと,世界の動きは理解できないと思います。最近報じられる世界的動きには,実にポリティカルな詰め将棋を感じます。

 

1998_05_21

世界の動き

この頃気になっていることを列挙してみましょう。もしかしたら,現代世界の真相が見えるかもしれません。
ジョージ・ソロスという大金持ちがいます。彼は世界を股に掛けて投資をしています。彼がどのくらいのお金を動かせるかと言いますと,1992年にイギリスのイングランド銀行(日本の日本銀行のようなもの)とやりあって勝つほどです。想像を絶しますね。彼はアメリカのアドバイザーのような仕事もしてました,たしか。
●このように各国の通貨を売ったり買ったりして,お金をもうけようとする人たちがいます。まるで博打です。ものすごく多くのお金を売り買いするので,ときどき国の経済が困ってしまうほどです。
●さて,アメリカなどはアジアに,経済の開放をせよ,と要求してきました。
●そこで東南アジアのタイやマレーシアなどは,変動為替相場制度に昨年踏み切りました。つまり毎日毎時間毎秒,「1ドル=自国通貨」(これをレートといいます)が変わる制度にです。
●その後,これらの国々は経済崩壊しました。
●マレーシアのマハティール首相はカンカンです。「ソロスなどが,東南アジアのお金を売り買いした。だから東南アジアは経済崩壊したんだ」と怒っているのです。
●経済崩壊した国はIMFから借金をしました。
●IMFというのは,国相手のサラ金会社のようなものです。
●IMFから多くの借金をすると,このIMFというサラ金会社のいうことを守らねばなりません。会社で言えば,銀行管理になってしまうようなものです。
●IMFではお金をだした国ほど発言権があるのです。ですからIMFで最も発言力があるのはアメリカです。
●1998年5月現在,マレーシアで内乱が起こっていますが,これはIMFの管理下に置かれたインドネシア政府が,公共料金などを上げたのも一原因です。韓国の経済混乱もご存じですね。
●日本も今年4月,アメリカの経済解放の要求に従ってビッグバンをしました。
●各国を一年間の予算順に並べる。それからそこに,多国籍企業を年間収益順に並べる。するとあなたはびっくりするかもしれません。
●バーミンガム・サミットの宣言文を読みましたか?これは「国」の代表者が決めたものかと,目を疑いました。あれは民主主義を守る仕事の人たちが書いたのでしょうか。
「さあ,バンバン経済の自由化をして,強いものが勝つようにしよう」とあの宣言の3分の2のスペースを使って書いてありました。
●民主主義の基本は,自由と平等です。自由だけではヘンなのです。こんなことは小学生でも知っています。

さあこれからどうなるでしょう?

 

1998_05_17

説教強盗アメリカ

インドが核実験をして以来,アメリカが批判を繰り返しています。この頃,こうした説教強盗のごとき輩が多くなってきているようです。インドを庇う気はありませんが。

 

1998_05_16

異常気象

「いやあこの頃は,暖かくなるのが早いね」ですとか「今年は雨が多いね」とかよく聞きます。この「この頃」や「今年」という言葉を聞いたとき,私たちはもっと大きなスパンで頭の中にグラフを描くべきなのでしょう。現在文明を変容させていく要因として,この異常気象を認識しておかねばなりません。
私は11月生まれです。「あなたが生まれたとき雪が降っていた」と母はよく話します。私が在住する地域では,近年の11月では紅葉がまだ続いています
世界的に雨が降っていた所に降らず,降ってなかった所に降る。それだけで,植生は変わり,農業分布は変わり,流通体系が変わり,経済が変わり,ライフスタイルが変わります。今年オーストラリアの珊瑚礁が白くなり死滅し始めたとメディアは伝えています。

 

1998_05_10

5才になる女の子の話

親しい5才になる女の子の話。彼女は幼稚園に通っています。最近チャットに凝っているんです。父親がインターネットを使っているのをみて,自然に覚えてしまったのですね。今では,父親とテレビのチャンネル争いのように,コンピュータ争いをしています。
自分でコンピュータのスイッチを入れ,マウスを使ってソフトを立ち上げ,自分の使うホームページに訪ねる。そこはキティちゃんのホームページ(マグネティック・フィールド)でして,自分の家が登録されています,画面上に,自分がデザインしたお家がでてくるんですね。その家の前にポストがあって,お友達からイーメイルが来ていると,お手紙が出たり入ったりしているんです。先日はポルトガルの女の子,その子のお父さんが日本人なのですが,その子からイーメイルをもらって,喜んでいました。これに自分でキーボードを打ってお返事を書くのです。実は,彼女はまだきちんと字を書けません。でもキーボード上の「ひらがな」なら読めるので,キーボードを打てるというわけです。打ったテキストに「ぬり絵,つけよっと」といって添付ファイルをつけて送信しています。それが終わって,チャットに行く。これがこの頃の日課の一部。
様子を見ていますと,なんといいますか,少し頭が混乱します。こんな時代になったんだと思います。そしてこれから,どんな時代になるだろうと思います。ひらがなを書くよりも,インターネットでイーメイルを打つ方が簡単。それはそうだけれど,と思います。この事実は,ちょっと衝撃を受けます。
そんな時代を迎えようとしているときだからこそ,不易と流行ということを確認しておかねばならないと思います。時代を超えて変わらない側面と,時代に対応していく側面。これをきちんと理解し,対応しておくこと。よく「すべてが新しい時代となった」などという表現を見かけますが,こういう表現は十分注意すべきですね。

 

1998_03_29

インターネットを知ってから始めたこと

インターネットを知って以来,二つのことを始めました。その一つが,詩吟を習い始めたことです。自分自身がどう思っていようとも,外から見れば私は日本人。どうであれ私たちは,日本人をしょって歩かねばならないのです。手ぶらでジャパネスクを披露できるのは,歌以外にありません。
というわけで,今日は詩吟の初の昇級試験がありました。無事一級合格。岳精流です。やれやれ,やるとクセになります。気づくと唸っているのです。

 

1998_03_13

むしり取るアメリカ

クリントンは今年の年頭教書で,「アメリカ国民の勤勉さと高い目的ゆえに,今はアメリカにとってよい時代だ」と述べた後,合衆国の今年の財政赤字がゼロになるかもしれないといいました。これには失業率低下,物価上昇の鈍化,生活保護該当者数の低下という現状も踏まえられています。けれど貿易をはじめとした海外との赤字は,90年代に入って拡大の一途を辿っています。これがアメリカの経済を支えているのです。日本銀行は単独で、近年なんと35%に当たる金額をアメリカに資金援助しているのです。

 

1998_03_12

アメリカンライフは目指すべき生活スタイルではない

世界中には約190の国があります。アメリカは1国で,世界の1/4の経済活動をし,1/4のエネルギーを使っています。
ですから世界を考えていくとき,アメリカの動向はよくみつめなければなりません。
世界に59億人の人々がすんでいますが,アメリカの2.6億人で世界の1/4を使っているのです。これがアメリカンライフです。このような実状の上にアメリカの様々なシステムや思想が築き上げられているのです。ですから「アメリカでは常識よ」と言ったとき,それは世界の常識ではないのです。このことは簡単なことですが,よく専門家も間違えて語っています。アメリカがこのような傾向だから,日本もそうすべきであるなんていうのは,その典型ですね。しかし確かにアメリカは我々にとって現在様々な意味で,かけがえのないパートナーで考慮しなければならぬことも多々ありますが。
長い意味で「持続可能性(sustainability)」を考えれば,アメリカンライフは目指すべき生活スタイルでないことも理解できます。放蕩三昧の生活を世界中の人々が目指せば,地球的規模で環境エネルギーはクラッシュしてしまいます。しかし,中国が近年このライフスタイルの方向を目指し始めました。12億人が立ち上がろうとしています。けれど私たちが,このような他国を批判することはできません。

 

1998_03_07

金がアジアからアメリカに移動した

アメリカ経済のもう一つの不安材料として,海外依存度の高まりがあります。1995年以来,海外から大量のお金がアメリカにはいっています。これに最近のアジア経済の危機をリンクさせて考えると,世界経済は実に分かりやすい。いつでも基礎は簡単なことです。お金が,アジアからアメリカに移動したのです。その子細については,また後日。

 

1998_03_01

ビーパルは自己分裂している

『植村直巳と山で1泊』という本を読みました。以外だったのは極地で使用していた鍋が一般の家庭用のアルマイト製であったことに代表されます。不器用でセルフエスティームのためにも探検をしていたのではないかと考えると,痛々しいですね。それにしてもこの本を出版しているビーパル編集部は,自己分裂しているところで問題ありだとおもいます。自然保護を訴えながら,カンガルーバンパーを装着した車の広告を出す。そんなパラドクスに赤面しないのです。

 

1998_02_27

ホームページはコンテンツこそ大切

技術者の方々は別にして,
私にとって,ホームページはそこに表示する内容(コンテンツ)こそが大切なのだと思います。
ホームページを立ち上げてしばらくは,技術的なおもしろさにのめり込んでいくのですが,しばらくするとこりゃいかんと帰ってきます。こう考えるといいですね。ワープロの様々な機能にこっても,肝心の文章が書けていなければなんにもならない。メカの技術はまあまあでよろしいわけです。

 

1998_02_21

『科学の終焉』

『科学の終焉』(ジョン・ホーガン,徳間書店)という本を読んでいます。次の言葉に象徴される内容。
「純粋科学は終わりをつげるのではないか。」
各分野の一線で活躍する科学者に対するインタビューを中心に構成されています。その仕事の分かり易い解説も出てきて,人類が今どこまで走っているのかアウトラインがたどれるように工夫された書物。ちょっと面白かったのでご紹介まで。

 

1998_02_17

ホームページを作る際の配慮

ホームページを作る際に,配慮すること。
それは職場環境を出さないということ,
そして家庭環境も出さないということ。
フラリと訪ねた方が見て,「まつを」某である記述にするということ。

 

1998_02_09

ホームページ立ち上げ

本日,このホームページを立ち上げます。記念に次の詩を載せておきます。
 庭上の一寒梅
 笑って風雪を侵して開く
 争わず又力めず
 自ら百花の魁を占む

 

 



 


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Profile まつを


Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。