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  • 私が担当するとあるプロジェクトでの話。初顔合わせは,計画の開始から3ヶ月後のことでした。というのも年度当初からその間,電子ネットワーク上で研究方針についての協議を頻繁に行っていたからです。初顔合わせの際,スタッフ全員の口から共通して出た感想は,「初めてあった気がしない」ということと,「実際に会って,どこかしらホッとした」ということの二点でした。この体験は,ネットワークの有効性を確認すると同時に,直に人と接することが,いかに根本的行為であるかを再確認するものともなりました。
    「あらゆる歴史上の大転換期の奥底には,人間関係の変化があった。」西洋史の権威である阿部謹也氏のこの指摘を,この頃よく思い出します。ニューメディアが,これから我々にどのような慣習や感情の動きを根付かせる事になるのでしょうか。阿部氏流に言うと,我々は歴史的転換点に立っているのかもしれません。
     振り返りますと私たち人類は,常に新しいメディアに情を託すようになってきました。雲仙噴火災害の際,被災された方々が最も大切に守り続け,あるいは探していらっしゃったのが,アルバムだったことを,私は忘れることができません。写真は登場したとき,魂が吸い取られるなどと恐れられていたメディアでしたが,100年後我々は愛おしく胸に抱いて眠っているのです。
    1999.12.23


     3年ほど前の話。その夜,私はキーボードを打ちながら,パソコン通信でお喋りを楽しんでいた。相手は某フォーラムのシスオペである。しばらくして次の話となった。
    s)こうしたチャットは,なんといっても,ほどよい距離感がいいね
    h)考えるのに,ほどいい距離感?
    s)そう,軽いフットワークの思考
    h)言語以外のニュアンスが剥ぎ落とされた世界
    s)そのことで,思い出した
    h)?
    s)チャットでやたら気の合う人がいてね。会うことにした。で,実際にあったら,彼には障害があった
    h)どう思った?
    s)自分と美術論の合う人がいた。会ったら,たまたまその人には障害があった。それだけ
    h)なるほど,いい話だ
    s)ネットを使うと,会う前からよく知りあえる。互いの内面をね。たぶん近くにいる多くの人より,彼との相互理解が深いと思うよ
    1999.12.23


    キルギスでの人質が話題となりました。けれどその肝心な説明がマスメディアによってされません,いつものとおり(苦笑)。
    今回の事件は,一言で言えばシルクロードの復活が起こってきていると言うことなのです。この地域の理解が進めば,世界史のイメージが変わってしまうでしょう
    旧ソ連のウズベキスタン,カザフスタン,トルクメニスタン,キルギス(タン),タジキスタンの事を“ファイブ・スタン(stateの意味)”といいます。頭だけをとると加藤タキ。覚えるには便利です。
    ここにはこんな顔をした人たちが住んでいます。「お,アジア人じゃないか」 そのとおり。おどろくでしょう?この辺りにはこんな顔した人たちが住んでいます。シルクロードですな。
    シルクロードは大帝国の繁栄した地域でした。中国,南北インド,ペルシャ,ローマ。裏を返せば欧米が優位に立ったのは,たかだか200年前に過ぎません。
    中央アジアは重要なハブ拠点だったのです。そして,いわば草原のハイウェーでもあり,スポーツカーのごとき駿馬を乗り回す遊牧国家が存在していました。たとえば,モンゴルは数十年でユーラシア大陸の大半を領土としましたし,もともと昔中国の西北部にいたトルコ人は今ヨーロッパに隣接しています。実際彼ら遊牧民族は強かったのですね。実は19世紀のアジアの大帝国として挙げられる清朝,ムガル帝国,オスマントルコ帝国のいずれもが,遊牧国家に起源をもつ国であることを認識していただけばいいと思います(「ムガル」という名は「モンゴル」のインド式発音)。だから写真のような顔なんです,簡単に言いいますと。
    で,再びこの中央アジアをみんなが注目しはじめています。なぜか?中央アジアは旧ソ連に組み込まれていたため,この地は世界から忘れ去られていました。封印されてたんですね。それが1991年,ソ連邦の崩壊後に歴史の舞台に再登場したのです。今後,中国がさらに開放政策に向かうならば,いよいよシルクロードが再現されてきます。オープンにされると元々が戦略的な要衝です。みんなが注目し,ここに利権と権力抗争が生じているのです。欧米諸国はNew Western(新天地)とさえ呼び始めているほどです。
    CF.【遊牧民族のお勉強】
    スキタイ,匈奴,突厥,フンなどはいずれも民族名ではなく,遊牧国家と考えたがよい(「遊牧民から見た世界史」杉山正明,日本経済新聞社)。たとえばモンゴル帝国の構成員のうち,支配者であるモンゴル人はほんの一部。その中には漢民族もいれば,スラヴ系の民族もいる。このようにハイブリッド的性格を「遊牧国家」は持っていた。高校世界史の教科書のように「勃興したフン族が移動してきたため,ゲルマン人の大移動がおこり……」などというと,「フン」民族が急に現われたり強くなったりしたという印象を受けるが,実はそうではなく,さまざまな民族を含んだ遊牧国家がやってきてる。だから急に強くなったり,瓦壊してどこかへ消えてしまったりするのも充分納得のいくことである。
    フィンランド,ハンガリーもアジア遊牧国家が起源で,世界史では有名なフンがルーツ。ゲルマン人の大移動を引き起こした後,彼らはヨーロッパに分散し,フィンランド,エストニア,ハンガリーができたわけだ。
    1999.10.29


    ケネディ家の子息が飛行機事故で絶望的との話。これが新聞のトップニュースで伝えられていました。違和感を感じました。
    彼は公人ではありません。なおかつ自己の過失で起こした事故のようです。
    コソボでは多くの人が,死にました。その視点のもとに,今回のケネディ家の事故報道をみると,門地意識(家柄意識)の台頭を感じてしまいます。公人でもない人物の死がトップニュース? 家柄がいいから,トップニュース? 新聞のワイドショー化が進んでいるようで心配してます。
    勝海舟だったでしょうか,アメリカに渡った感想記に「初代大統領ワシントンの子孫はどうしてますかと質問しても,アメリカ人はだれも知らなかった。これが民主主義か」と感嘆して書き残してました。ケネディという数十年前の大統領の子孫が死んで,新聞でトップ扱い。自由の国アメリカは,様変わりしてますね。パワーエリートが定着しているのです。一握りの階層が,富の大部分を牛耳っている国アメリカ。悩める者はカウンセラーに出かる。心の問題さえ,金による解決法をとる国アメリカ。精神医に払う金なき貧しき者は,悩みさえ解消できない国アメリカ。
    かつてアメリカの子供たちは,たとえば『トム=ソーヤー』といった名もなき男の子が自然の中で活躍する物語に心躍らせて育ちました。その国が,今は『スターウォーズ』という皇帝だ女王だを戴いた帝国の物語を紡ぎだしているのです。
    1999.7.25


    最近法事に出席することがありました。読経の後,若い僧侶(浄土真宗)が私たちに次の旨を話しました。
    お経というのは,死者のために唱えてるのではありません。また呪文でもありません。お経というのは,生きている皆さんに向かって,こう生きなさいよと呼びかけているのです」
    その話が終わった後,一人の親族が私に話しかけられた。
    「お経は何語で書かれてるの?」
    「元々は昔のインドの言葉です?」
    私達に話しかけてるなら,なんで今の日本語で言わんのかね?呪文じゃないというなら,音そのものに力があるというわけじゃないというんだろ。私達が聴いて分かるように言わなきゃ。それを,『これはあなた達に言ってるんだからね』と恩着せがましく言われてもなあ。それも坊さんは,こっちに尻向けて言ってたぞ。人に語るときは,話しかける相手に向かって,分かる言葉で言う。こんなこと当たり前だろ。そんなことも分かってなくて,あの坊さんは私達になにを話してるんだ?」
    一般化して話すことは,いつも対象をステレオタイプ化してしまう危険性があります。すべての僧侶がそうしてるのではないとまず断っておきましょう。その上で話をすすめるのですが,
    今,ここに迷える若者がいるとします。この男が,夜,寺の門を叩いて「すみません。深い悩みがあるのですが」と言ったとします。どれほどの仏教寺院が,その若者を招き入れ,話をきいてくれるでしょうか?そうした活動をされている寺院も知っています。逆に,「なにしにきたのか?」といぶかる顔をされるであろう寺院も多いことも知られるところです。今,オーム真理教が問題になっています。この責任を,仏教界は深く考えるべきだと思います。
    1999.7.21


    今日は,ヨーロッパ史が動いた1日でした。1.日本人が考えている意味での英国が今日なくなりました。 2.ドイツの首都がかわります。
    1について。つまり,スコットランドとウェールズで議会が独立したのです。この議会は,外交や防衛,主な経済政策などを除いた権限をもっています。つまり,ついにイギリスは分封状態になったわけです。スコットランド議会では,議長がスコットランド議会をここに「再開」する旨を宣言したのです。300 年の時間を経て「再開する」といったわけですよ。この発言の際,スコットランド人は身震いしたでしょうねえ。(詳しくは,このコーナーの1999.1.12分を参照のこと)
    2について。これまでのドイツの首都ボンでの最後の議会本会議が本日終了。今度は,戦前の首都ベルリンに移動します。
    解体へと向かうイギリス,統合の進むドイツ。それを大きく覆う,EU化の波。
    ヨーロッパでは,イギリス人,ドイツ人ではなく,ヨーロッパ人を作る教育を進める合意ができていて,EU統一の歴史教科書もできています。
    こう書きますと,すぐに日本人の評論家の中には「ほれ,だから日本は遅れている」という安直西洋万歳人が出てくるのですが,それは少し考えて欲しいものですね。たとえば議会制民主主義の発祥の地イギリスでは,今でも貴族院が存在します。つまりステレオタイプ的なイズムに流されぬ社会というものの存在を確認すべきでしょう。
    それにつけても悲しむべきは,マスコミの俗悪ぶりです。今日,野村幸代のスキャンダル報道にあてた時間と,このイギリス,ドイツの歴史的瞬間の報道に当てた時間,どちらが多かったか。たぶん後者は,多くの人の耳にも届かなかったと思います。
    1999.7.1


    実はこの4月に引っ越しをしました。山里です。昔から大村に住む人に,新しい借家の住所を言うと,目を丸くされます。つい最近開けてきた場所なのです。日によっては朝,ウグイスが鳴いています。辺りには緑がうっそうとし,そして大きな道が通っています。ある朝,5時ぐらいから庭に穴を掘り,石でまわりをかためました。炉の完成です。以来,時間があればそこで暮らしています。ほんとにささやかな庭に,足の膝ほどの深さのささやかな炉なのですが,なぜか気に入ってしまいました。例の俵山氏もよく来ています。炉に炭を炊き,肉や魚を焼いて食する。至福の一時でもあります。
    1999.5.19


    やっと復活。コンピュータが壊れ約1ヶ月半,ネットにまともに入れませんでした。この期間に経験した「足るを知る」感覚について書きます。
    コンピュータが2月末に壊れました。フリージアコンピュータは1年10ヶ月しかもちませんでした。ウイルスにやられたのかもしれませんね(これからコンピュータは,ウイルスにやられて壊れるケースが増えてくるでしょう)。大変でした。拡張した自分の脳味噌が機能しなくなったのと同じです。私の場合,データはほとんどハードディスクに入れています。すぐにMOに移しました。この作業をする中で,あらためてコンピュータというのはデータとして引き継げない調整が多いかを思い知りました。まだコンピュータの再調整をせねばならないことを考えると,今もうんざりしてます。
    最初のうち,ネットに繋げないことが不安でした。「まつを’s BAR」はどうなっているだろう?Eメールはどうなっているだろう?
    けれど2週間もすると,なんといいましょうか,この不安感がなくなってきます。そしてたっぷりの時間が私にやってきました。時間がこんなにたっぷりあったんだと,思いました。私の場合,仕事がら情報を得るためにもホームページを見ています。ですからこれをしなくなったということは,専門書を読まなくなったということでもあります。
    それでも結構やっていけました。実に小市民的な平和を私は満喫しました。細かいことや,直接自分に関係しないことなどに,頭を使うことなく生きる生き方がそこにありました。「これは幸福なのか?」と自分に問いました。私は「そうだ」と思いました。単純にそう思ったのです。
    例えば朝5時頃,目が覚める。
    コンピュータがある時ですと,それからすぐネットに入り,家族が起き出す頃まで続けてました。その中でいろんなことを考えたり,発信していました。
    コンピュータのない生活では,朝5時に起きて,手持ちぶたさにしばらく呆然とし,本を読み始め(そうそう,ぼうっと街の灯を眺めてたこともあります),外が明るくなると,外にでて家庭菜園などを楽しんでいました。すがすがしい一日が始まっていました。
    「足るを知る」生活があったように思います。
    けれど「あなたの知らない世界があるよ」と言う言葉に私は弱い人間でもあります。好奇心がむくむくと頭をもたげます。
    その辺りの整理が私には必要なようです。
    とりあえず,かつてのように「まつを’s BAR」に毎日出勤することを,私自身に義務化しないようにしたいと思います。あのログ作りに要していた時間は,振り返りますときついものがありました。皆様のご理解をよろしくお願いいたします。はからずしも,私が今回コンピュータ流民となっている間,BARは皆様のパブリックな場へ成長したようでもあります。気ままにお楽しみいただければ幸いです。私はずぼらなバーテンダーとして,気が向いたときに私的整理としてログをはらせていただきます。
    1999.4.23


    インフルエンザで寝込んでいた。前回の記憶がないほど久々である。私にとって貴重な経験なので,書き残しておこう。実はインフルエンザに苦しむ最中で,尿管結石まで出た。私は次のように考えている。①1/31(日)に3時間ほど歩いた。その後サウナに行きバブルバスで腰を打たせた。さらにビールをあおった。 ②次の日(月),立ち仕事の最中,腰痛がしだしたので,勤務後に整体院にいった。 ③次の日(火)も,途中から腰痛がした。 ④次の日(水)に左肋骨下の腹部が痛み出す。 ④次の日(木),帰路上より状態急変。悪寒。防寒具を着て夕食をとり,すぐ床に入るも,全身が冷えあたたまらない。特に足先の冷えひどし。異様な寒さ。鼻うがいをし,ユンケル,アリナミンを飲み,ホッカイロを張る。 ⑤翌朝(金)起床すると,腰と大腿とフクラハギが凝って痛い。年休をとる。病院へ。インフルエンザと診断される。「インフルエンザの菌は熱で焼き殺すんです。なるべく解熱剤を飲まないように。水分を補給するように」と医者。アタタと寝る。 ⑥翌日(土),うなされ寝る。耐えられず,途中で解熱剤を飲む。トイレに行くと,米粒径のギザギザとした尿 管結石が出る。寝る。 ⑦翌日(日)の早朝,熱を測ると35度まで下がっていた。薬のせいである。正午から体温は順調に上がり,39度付近へ。もうヘッタリとなって寝続ける。解熱剤を控えるがつらくない。ただ体を動かすのも億劫なほどスタミナがなくなってしまっていた。夕闇迫る頃,光明が見えはじめ熱が下がり始める。 ⑧翌日(月),熱は下がった。皮膚がまだぞわぞわとする。 ⑨翌日(火),医師の出勤OKの診断をとる。出勤。
    【省みる】今回の経緯をこう考えている。結石が出る際,腰痛が起こり,お腹がゆるみ,精神的に多少不安定になる。そして最後に強烈な寒さが突然やってくる。今回も最初はこうだったのだろう。このようなバランスの崩れた状態に,インフルエンザがいったという顛末。
    【付録】風邪対策 ①親指に鍼 ②鼻うがい ③ビタミン剤 ④うこん ⑤ユズを煎じる ⑥ひき始めにはアリナミン
    1999.2.10


    日本の産業はほぼ2割ぐらい過剰だといわれています。過剰設備,過剰雇用,過剰債務ですね。これは縮小することになります。ということは……。
    1999.1.19


    ではみんな昔に戻ればいいのでしょうか?そんな画一的なものでもないということは,ちょっと考えれば分かります。例えば,江戸時代の幼児死亡率の多さを,我々は受け入れることができるかということです。あるいは,昔の食べ物を食べ昔の生活をすれば体によいのならば,なぜ人生50年だったのか。
    私たちの世代は,発展途上国の生活というのはどんなものだったのか,子供の頃実際に体験してきて育ちましたので知っています。特に私は田舎育ちでしたのでね。その良さも悪さも知ってます。井戸から水を汲んで飲んでました。電球は便所の二燭光の薄暗い電球一つでした。小学校の時分に扇風機がやって来たとき,これで夏も涼しく過ごせると思ったことを強力に憶えています。
    昔あった地域コミュニティの再建がよく叫ばれています。この問題が語られるとき,雇用者の増加と人口移動でその崩壊が起こったように説明されています。けれどそれだけじゃなかったことも私たちは知っています。中にとっぷり浸かっている者にとっては,けっこう鬱陶しいものでもあったんですね。単なる仲良し組織ではなかったんです。あれは枠であり,規制であり,互助であったんです。例えば,旅行一つするにも,近所近辺に断りを入れて出掛けるというような。けれど,これが社会の風紀を保ち,子供の教育的役割も果たしていた。ですから,私たちは選択を迫られているわけです。
    1999.1.18


    エネルギー奴隷という考え方があります。現代の生活は,エネルギーに換算すると人間何人分になるか。現代のアメリカンライフで,一人当たり奴隷1700人使っているのに等しいといわれているようです。ということは日本人の生活は,一人当たり奴隷760人使っていることに等しい生活ということになります(参考:一次エネルギー1人当たり消費量比較)。
    1999.1.17ー2


    「足るを知る」は,フルで書きますと「足るを知る者は常に楽しむ」となることわざです。この問題を論議していきますと,一方の極として「足るを知る人間なんか誰一人いないのが社会で,それでこそ社会は生成発展するのである」(三島由紀夫『小説家の息子』)という結論が出てくると思います。それは了解しつつ,少し考えてみましょう。私自身も混沌としている問題です。人文的問題というのは,常に自分自身に質問を帰しせながら進んで行かざるを得ないのです。
    1999.1.17-1


    湯川秀樹は,中国思想の素養豊かな家庭で育ちました。ある時,秀樹が老荘思想を読もうとしたところ,父親から「お前にはまだ早い」ととめられるわけです。「それは大人が読む本だから」と。私の心に焼き付いているエピソードの一つ。老荘思想は,足るを知る思想です。
    1999.1.15


    冷蔵庫。これ省エネが年々進んできたというイメージがあるでしょう?確かに省エネは進んできた。けれど消費エネルギーとなるとそうじゃない。理由は簡単。大型化が進んだからです。全冷蔵庫中で301リッター以上の冷蔵庫が占める割合は,1983年に9%だったものが,1990年には44%にまで拡大しているんです。私たちの物質的欲望ってやつは,煽られれば限りなく膨らんでいくんですね。映画『ET』を見たとき,主人公の坊やは貧しい家庭の子という設定のようだったようですけれど,映し出される家屋や家具や冷蔵庫は,はるかに私の家のものより豪華だった。恐るべしアメリカンライフ。あれで「ボクは貧しいんだよう」という認識をもってるわけで,頭を抱えてしまいます。以上が,科学技術だけでは,私たちの満足感はみたされないという話。
    ここいらで,自分にとってはなにが大切で なにが大切でないかを,はっきりさせておくべきですね。自分の人生で最も重視するのは,第一にこれで,第二にこれで……と五位ぐらいまでランキングをして,グラつかないように人生上のどこかで決意しておく。そういう意味で「足るを知る」 そうしないと,この世の中はもっと忙しくなっていくと思います。
    「GNPは何%の伸びた」なんていうのも,あれはもの凄いことをいってるわけです。なにが凄いかと言いますと,あれは複利計算なわけですね。「昨年より何%伸びた」ってことですから,毎年ごとの複利計算。つまり「この10年間,毎年GNPが2%ずつ伸びた」っていうとき,それをグラフにしたら直線にはならないで,徐々に急激に上に向かうカーブになるわけですね。そんな価値観で国も比較をしてきた。社会の欲望の伸びを示唆してるようでしょう?
    このごろ当サイトのBARの方で複数の方が,途上国の人々のゆったりとした生活について書き込んでくださいっています。考えてみる必要がありますね。こんなこと書きますと,科学技術はみんな悪かのような言い方をするyes,no人間が時々いらっしゃいますが,そんなものじゃない。技術は私たちに一面で幸福をもたらしてくれています。もう一度書きますが,足るを知るということが大切なのだと思います。
    1999.1.14


    1月11日から下痢と嘔吐が続きました。どうしたんでしょう。まるで胃の蠕動運動が停止したようで不快そのもの。おかげで2kgのダイエットが成功。
    1999.1.13


    イギリスは解体する可能性が近年高まっているとおもいます。あるとき一緒に飲む機会のあったアーティストに「キミはイギリス人かい?」と質問をしたところ,彼は顔をゆがめて「いいや,オレはウェールズ人だ」と答える。どうもこの傾向は彼の国には強いようで,自分はウェールズ人,スコットランド人,アイルランド人,イングランド人と思っているようです。アイデンティティからしてこの有様。さらにEUという組織に内包されたわけですから,英国という外枠の必要性はより弱まるのではないかと思います。
    王室の弱体化の問題もあります。サッチャー首相はひっそりととんでもないことをしていったのです。つまり王室に税金を払わせるようにしたんです。これはそれほど騒がれませんでしたが,歴史的に見ると名誉革命に並ぶ出来事だと思います。王室から税金を取ると言うことは,決定的なことでしょう?大英帝国のシンボルの王室も一般国民と近い地位に引きずりおろされつつあるのです。それに追い打ちをかけるのが,ダイアナ問題です。これによってチャールズの人気は落ち,その息子たちも聞くところによりますと,王位を継ぐ意志が薄いようですね。もし,国王がいなくなったら,どんなことがおこるでしょうか。実は国の三権(司法・立法・行政)のシステムがみんなチャラになるんです。英国の議会は,貴族院と庶民院からなっています。任命権をもつ王室がなくなったら貴族院が消失する。すると最高裁判所(正式には最高法院)が消失する。といいますのも英国の最高裁判所の裁判官は,貴族院に属する法服貴族がつとめているのです。さらに内閣をとりまく枢密院も消失する。こうして基礎的な政治システムを組み直さなくてはならなくなる。この過 程で,国家解体が起こる可能性が高いと思います。
    実はすでに各地方ごとに議会法の在り方を変えています。解体の方向に向かう流れがすでに始まっていると考えるのは間違いでしょうか。
    1999.1.12


    景気がいいって,どういうことでしょうか?近代経済学的にいえば「高速に大量のお金を回す」ことなのです。
    見事な例えがありましたので紹介します。
    「水不足は節水のせいだということになる。①誰もが水をじゃんじゃん使ってじゃんじゃん水を流し,ぐいぐい水を飲んでじゃあじゃあと小便をする。 ②大量の水および小便が下水を通じて排出され,海や川に流れ込む。 ③水が蒸発して雲になる。 ④雲が雨を降らす。 ……ヘンだと思わないか?が,不況について,我々はいつもこの手の説明を聞かされているのである。」 
    金を使え一点張りの経済理論に疑問を呈した文です。近代経済学の理論には,資源が有限であること,それに伴って社会倫理がどうなるかという視点が欠落していると思います。
    1999.1.10


    ユーロについて。この頃は盛んにメディアがユーロを取り上げてますね。マスメディアが書きにくいことをここに書いておきます。
    ユーロを作ったということは,政治が金融機関と戦ったということ。歴史のお勉強。銀行のルーツは両替商です。フィレンツェのメディチ家なんかもそうでしょう。ユーロにするということは,参加各国のお金を両替して儲けるってことができなくなります。次に,各国のお金を売り買いして博打のように儲けるディーリングができなくなります。金融機関はユーロ創設に反対したですよ,たぶん。金融資本主義といわれるほど,金融機関は強い力を持ってます。この声をねじ伏せてでもユーロを作らなくちゃいけないほど,ヨーロッパは追い込まれてた。
    ②その追い込まれた原因は,最初,日本の台頭だと言われてました。ユーロの発想が始まった頃,そう言ってました。でも今はそれよりも,ディーリングだデリバティブだという国際的金融ギャンブラーに対抗して,安定した経済を作ろうとしたのでしょう。(もちろん原因はもっと複雑ですが,とにかく分かりやすく書きます。)
    ③さっそくコラムニストがこんなセリフを言ってました。「世界中が同じ通貨になればいいんですよ」 この意見もおバカさんの意見です。一種類の通貨になれば,その国独自の金融政策ができなくなると言うことです。途上国にはメチャクチャ厳しい経済状態にあるところが多いのです。一つの通貨にしたら,貧困している国はイッキに崩壊します。
    1999.1.9


    サラ金地獄について書きます。まず次の計算をしてください。これ以上の金額のローン引き落としをされている人は,ちょっとしたトラブルから自己破産になる可能性のある人だと一説にいわれています。
    (手取額 - 住宅ローンの支払い等)×20
    例:(月手取額25万円×12カ月+ボーナス150万円-住宅ローンなし)×20%=年90万円(月で割ると7.5万円)
    ①現在ではクレジットカードを持たない人はまずいないでしょう。ところが現在,サービス財の購入に関して,私たちは法律(割賦販売法)で保護されていません。ですからエステティックサロン・外国語会話・学習塾・家庭教師派遣業などでトラブルが多いのです。
    サラ金地獄は,クレジットの返済ができずサラ金に駆け込んだ時点からスタートします。ここでサラ金疑獄のシステムに乗ったわけです。3年後には夜逃げなどの悲惨な状況が待っているといいます。平成9年で自己破産7.1万人,夜逃げはこの2倍の数と言われており,自殺者は3,000人,これに絡んだ犯罪はメディアでも伝えられているとおりです。
    ③どのくらいの利息をとられるのでしょう?クレジットで10~14%,銀行系利息なし,キャッシング35%,大手の武富士あたりで25~30%というところでしょうか。サラ金の貸付金利は『グレーゾーン金利』といわれ,おおまかにいって18~40.004%の間でなされています。この金利は法のすきまをぬったものです。
    ④まず消費者としてしっかりとした自覚を持つことが,こうした地獄を見ずにすむ第一歩ですね。もしご相談なさるならば,まず各地方公共団体にある消費生活センターにご相談なさるのもいいでしょう。
    1999.1.7 

    cf.この件に関し,常連客のこばえさんから次のようなレスを頂きました。
    「 サラ金地獄は 投稿者:こばえ  投稿日:01月11日(月)00時32分30秒 ……弁護士さえちゃんと立てて裁判にもつれ込めば、意外と簡単に片付く問題ですよね。日本は、裁判というものの有効活用をあまりしていない国で有名だったりします。サラ金地獄に陥り、返済が不可能になった人は、まず消費者相談窓口に行き、その旨を相談する。そして、民事の訴えを起こすんですよ。<返済を迫られている場合。そして、今現在の収入や、就労状況などの説明をし、双方で弁護士を立てて話し合い、月の支払額を再決定することも可能なんですよ。万が一、それでも決められた額を払いきれないとする。その時は、例えば月に1000円でもいいから振り込むんです。そうすれば、再度訴えられたとしても、「払う意志あり」と見なされて、懲罰はなしです。……こういうの、公言しちゃいけないんだけどね。<計理士談。 でもそんな事で自殺するなんてもったいないもんね、使わなきゃ、裏技も。(苦笑)


    中国は2300年前に出来たEU(ヨーロッパ連合)のようなもの。そう考えると分かりやすいと思います。例えば日本をみていただけばわかりますが普通の国では,諸外国の文化に触れたり離れたりすることで,文化が変わってきました。ところが中国では歴史上,次々に新しい文化が生まれてきました。他の文化圏と大きな融合をすることもなく,一国内でふつふつと異なる文化が沸き上がってきたのです。これは内部に,本当なら別々に国家を作っていていいほどの複数の民族や集団がいるからなのです。つまり複数の国家の集合体。この集合体は前221年,秦の統一以来少しずつ強固なものになってきました。
    中国の歴史をみますとおおまかに次のようなパターンになっていることが分かります。
    「強引に中国を統一する大国ができるがすぐに潰れる → 大帝国が長期に続く → バラバラになる」
    1999.1.6


    この「最近のまつを」コーナーを読んでますというお声を,この数日間に数人の方からかけていただきました。有り難いことです。実はこのコーナーで扱う内容を,徐々に「まつを’s BAR」に移動させていき,最終的にはこのコーナーを終了させてもいいかなと考えていました。例えばケインズの近代経済学は,某経済学者との新聞紙上における討論によって練られ完成されていきました。そのような形にしたがいいかもしれないと思っていたのです。しかし,このコーナーを継続して読んでくださっている方が,いらっしゃると知りまして,その思いを新たにした次第。いくつかはBARの方へ移動させますが,このコーナーは継続していこうと思います。と申しましても,今まで同様ぽつりぽつりとではありますが(笑)。
    「転がる地球」で書きたいネタは,まだまだたくさんあります。マスメディアではそれほど取り上げられないのですが,知っていて欲しいことがまだまだ多くあります。ただその際に,なるべく分かりやすく書きたいのです。私が簡単に書けないことは,私が本当には分かっていないことだと思います。
    1999.1.5


    ではさっそく,よく間違ったニュアンスで使われる名言の例として福沢諭吉の「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らず」をみてみましょう。あの名言の後には次のような文章が続きます。
    「天は人の上に人を造らず 人の下に人を造らずと言えり。されば天より人を生ずるには,万人は万人皆同じ位にして,生まれながら貴賎上下の差別なく,万物の霊たる身と心との働きをもって天地の間にあるよろずの物をとり,もって衣食住の用を達し,自由自在,互いに人の妨げをなさずして 各ゝ安楽にこの世を渡らしめ給うの趣意なり。されども今広くこの人間世界を見渡すに,かしこき人あり,おろかなる人あり,貧しきもあり,富めるもあり,貴人もあり,下人もありて,その有様雲と泥との相違あるに似たるは何ぞや。その次第甚だ明らかなり。実語教に,人学ばざれば智なし,智なき者は愚人なりとあり。されば賢人と愚人との別は,学ぶと学ばざるとによって出来るものなり。」
    厳しい指摘ですね。人は生まれながらには差はないが,生後その差が現れるといっているのです。つまり結果の平等は否定されているのです。ここがよく間違われて引用されるところですね。
    1999.1.4-2


    「ソクラテスは次のように言っている。『人間にとって最高の徳とは,知である。』 このように……」なんぞといった引用スタイルの文章がよくありますね。あれに出くわすたびに「で,あんた自身はどう考えとるんかい?」と思ってしまいます(みなさん,自分の意見を書きましょうね)。まあ多くの場合は,自分の論を正当化するために使われていますから,上の文は次のように読み替えていいでしょう。「偉い人はね,こんなに言っているんだよ。だからボクの言ってることは正しいんだったら……」 これはこれでいいと私は思います。偉大な思想はそんなに簡単に超えられないものですから。こんな文を書くときには,以上のようなニュアンスを自分が書いていると意識しておいてくださいね。
    ところが始末におえない連中がいるんです。自分の主張を正当化するために,一方ではソクラテスを持ち出し,一方ではソクラテスに対立していた人を持ち出し,なおかつ両者の関係の吟味をしない奴らです。私はこれを標語主義と呼んでいます。いろんな先哲の名言,たとえば「人間は考える葦である」だとかそんな言葉を,思想体系を理解することもなく断片的に使うんです。やさぐれ批評家にこのてが多いんですね。
    これは儒学なんかの影響が大きいんじゃないんでしょうか。孔子の時代に紙はまだなく,書き留められていたのは竹簡といって,竹を薄くひょろ長くしたものを革ひもで綴ったものに書いていたんです。ですから論語の文章も短く標語的なものにならざるを得なかった。この伝統があって,水戸黄門の印籠よろしく,名言をここぞというときに出す。
    でもそれは断片であって,やたら滅茶苦茶な使い方をして威張っている輩がいるわけですね(よくカントの言葉なんかは,滅茶苦茶な使われ方をされていて目眩がすることがあります。道徳法則なんかそうです)。「合掌するのは,手のシワとシワを合わせるので,幸せなのよね」なんて言っているのと変わりはしないんです。そしてそんな言葉に,「そおかあ~」と納得している顔をしてる人をみると,「まあどっともどっちだから,まあいいか」などと脱力。どうして例えば「それじゃその時,指のフシとフシを合わせるから,不幸せなんてことも言えるじゃない」とでも考えないのかなあ。検証的情報の受容こそが,情報操作に陥ることない情報活用能力の基礎なんですけどね。今からバーチャルな世界が拡張されるに従って,こんな態度が形成されないと,情報操作が実に容易なことになっていくのですが。
    1999.1.4


    紅葉しています。本州以北の方は信じられないことでしょうが,正月というのに,ここ九州の島原半島ではあちこちで紅葉が見られます(写真は本日写したもの)。赤い葉はさすがにまばらですが,黄色く色の変わった葉はあちこちに見られます。そしてこんな時期に紅葉が見られたのは,私が生まれて以来初めてのことです。ある学者は,あと十年もすれば九州でマラリアが発生する可能性があると指摘しています。
    1999.1.3


    私が大学を卒業する頃,大学生に最も人気のあった就職先は商社でした。その次が金融関係。この業界に最も優秀といわれた人たちが就職していったのです。今の状況をみますと,これらの業種が破綻しかかっています。もう一度書きます。最も優秀といわれていた人たちが,中堅となった業種が現在破綻しかかっています。人間の知恵とは何だろうと思います。人間の賢さとは何でしょう。確かに時代的・構造的な問題があるでしょう。国際情勢という問題もあります。しかし私がここで申したいのは,もっと広い視点を含めた問題です。それは例えば,自分の進路を考えるとき,時代的・構造的な問題も考えて進路選択をしなかったのだろうかと言うことです。自分の一生を考えるとき,長いスパンでみつめることをしなかったのでしょうか。それが出来ないのならば,人類の将来を長いスパンで見つめることなどできないというわけです。優秀と賞賛される人が,近視眼的視点しか持っていないのならば,これはまずいのです。そういう意味で,教育は大切なことだと思います。
    1999.1.2

     

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。