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2011年11月



2011_11_28

杉岡広昭氏と立川談志氏の話

普段、ウエッブの裏路地でひっそりと店開きしているこのサイトがなんとなくザワついている。今日ふとそう感じ、さてはと杉岡広昭氏の名前で検索してみたところ、はたして当サイトが全国ランキング7位。毎日.jpや時事ドットコムや東京新聞に続いてのランクイン。以下、山小屋で話したその話題を記す。

元日興コーデアル証券 副会長 杉岡広昭氏の話


久々に里山。夜、散人さんご訪問。友人の元日興コーデアル証券 副会長 杉岡広昭氏の訃報を先ほど受けられたらしい。「我らが島原高校の同窓でめったに出ない傑物でした。彼は生き急いだんでしょうかね」 「杉岡さんに献杯しましょう」

散人さんの話はつぎのとおり(掲示板から)。

    昨日東京にいる高校時代の同期生から、「杉(すぎ)が死んだ。朝ゴルフ場で倒れて、運ばれて4時に亡くなったそうだ。心筋梗塞だ」と連絡が入った。

    通称 杉は杉岡広昭。彼ほどの「男」は知らない。どれほどの男だったかは、高校時代レスリング部のキャプを務め、大学は、「おれは貧乏百姓のせがれだから、特待生にならんとだめだ」と入れる実力は充分にあった東大を止め、五番以内だと学費免除になると早稲田の政経へいった。

    散人が一年遅れで東京にいくと杉岡が待ち構えていた。「おい、麻雀やれ」と誘い込まれた。杉岡の下宿がもぐりの雀荘だった。
    いくばくかのジャン代を取り、自分もうつ、やはりめっぽう強かった。腹が減ると即席ラーメンを定価に20円乗せてだしてくれた。メンバーは同郷組が10人くらい、小銭を取られることに誰も苦情は云わなかった。彼が誰よりも貧乏育ちと知ってたからだ。

    卒業して大手の証券会社に入り、「おれは親に稼いで仕送りをしないといかんから志望して営業マンになった」と云ってバリバリと活躍した。危ない系とも渡りあったそうだ。
    そのうち新宿支店長になり散人と近くなった。二年いた。毎週末六本木で飲ませて貰った。「Tよ、高校時代お前のおふくろさんから土曜日なると毎週晩飯食わせてもらって本当に助かったんだ」と私に奢ることを楽しんでいた。

    46歳で私は島原に帰った。杉岡の活躍がうれしかった。
    50歳で副社長までなった。50歳半ばで外資と合併し副会長になった。
    が好事魔多し。ある朝、ワイドショーを見てると、どっかで見覚えのある男が取材陣に対して深々と頭を下げお詫びしていた。杉岡だった。部下の不祥事の責任をとって会社を辞めた。清い男だった。

    最後にあったのは昨年。「ジムとゴルフが好きだ」と杉岡は云っていた。東京で毎年一回は会っていた。

    もう杉には会えない。
    あんな 凄い男はいない。
    友人でいてくれてありがとう。

立川談志師匠の話


さらに話は立川談志師匠の話に。立川師匠とも散人さんは東京のとある酒場で会われていて思い出話を聴かせていただく。「音楽など文化全般に造詣の深い方でした」 私も身近に噺を聴かせていただいたことがある。稀代の才人だった。散人さんの話はつぎのとおり。

    散人がまだ三十代のころ、よく新宿から甲州街道を走り環六?との交差点にあるスナックに遊びに行っていた。マスターと劇場の支配人が友達だったのがきっかけだった。そのマスターは特別な人だった。何が特別かというと戦前からの歌謡曲のレコードコレクターとして斯界では有名な人だった。

    その夜、例の通り支配人と行くと、談志師匠と色川武大先生が先客でいた。
    「おっ、玄人登場」と談志さんが支配人に片手を挙げた。
    「おいやでなかったら」「とんでもない」
    「若い人(散人)もおいで」「はい!ありがとうございます」で四人で飲んだ。

    話題は戦前戦後の昭和歌謡。支配人と二人の歌謡曲の話題は尽きることはなかった。そのままラジオの番組にしても充分楽しめたぐらいである。

    支配人がとんでもないことを云った。
    「師匠 小噺を二つばかり」
    「いいけど お座敷は高いよ」
    「三年間のパス券では?」
    「うれしいね、噺家には木戸御免てえのがなにより」
    とよろこんでと小噺を披露してくれた。バレ噺では腹の皮がよじれるくらい笑った。
    途中 色川先生は寝てた。
    が起きられていい話を聞いた。「玄人同志の勝負は厳しいものです。日の下開山の横綱大関は特別であとはよくて九勝六敗、八勝七敗です」と、自分の企画が外れて不入りを嘆く散人にやさしく諭された。
    あの夜の大人たちとの出来事は私の宝であります。あの三人の方々も今はこの世にはいない。

 

2011_11_26

最近のスナップ


私のケータイに眠るボツ写真から。

フセインの影武者デザイナ・ライトワークスさんと築町食堂で卵かけごはん。

アダム=スミスの『国富論』初版本。オーラを放っています。

吉岡歯科診療所。外観は古い蔵。内は白ずくめのモダンデザイン。

愛用の無線キーボードは、離れた大型モニター操作に欠かせぬアイテム。

 

2011_11_22

プレゼンテーションソフトPrezi

このプレゼンソフトは発想形式にピタリときて、使っています。まだ日本語版もなく、今のところイラストレーターを使いこなせないと厳しいソフト。また紙芝居的パワーポイントと違い、印刷物化することは基本的に難しくもあります。それを差し引いても、効果的なプレゼンが出来ます。

元々、「オフィス」シリーズ・ソフトの無骨さが嫌いな私。マイクロソフトの開発チームはどうにもデザイナー的目線が不足しています。そこでなるべく避けてきていましたが、ことごとく「オフィス」の蔓延によってデータの互換性を失い、「ロータス123」をはじめとする数々の素晴らしいソフトが駆逐されてきました。もしかしたら今回のソフトも駆逐される運命にあるのかもしれません。

 

2011_11_21

わが親族は喉が弱い

喉にやさしい暖房機はないでしょうか。先般、親族が集まったときの話題。
「ねえ、みんな、喉は弱くない」
「弱い」 「弱い」 「弱い」 「弱い」 「弱い」 
「やっぱり。血だね」
というわけで、職場の暖房機具で困っています。
いい方法をご存知の方は教えてください。

 

2011_11_16

うんざり 公務員たたき

人呼んで不躾倶楽部。久々の開会。
場所は長崎の天ぷら屋「夢風」。日本酒が実においしゅうございました。心許せる人と楽しいひとときを過ごす。人生の楽しみはこれに限ります。

「かの国じゃワイロ渡さにゃビジネスも出来ん。世界的に見ても真面目なわが国の公務員を叩き続けるマスコミはバカじゃないか」 「国家公務員の待遇を引き下げて、どんな人材に国の舵取りさせようとしてるんだ?」 「ほれ、マスコミは米国の意向どおり書くからさ、日本の中枢部をノータリンにして属国化促進に手貸してるんじゃないか」

 

2011_11_15

体重減

振り返ればそれほど苦とすることもなく徐々に体重が落ちてきた。炭水化物の摂取を減じたのが7月22日。73.4Kg。11月15日70.0Kg。まだ家人より食事量を採っている。昨日読んだ『女子栄養大学のダイエットクリニック』の提示するメニューよりも採っている。人間って、こんなに少量で動けるのだなと改めて感慨に耽る。

 

2011_11_13

講演

昨日は5時半起床、6時半自宅出発で県北へ。まず、道路整備に驚きました。長崎から鹿町まで2時間弱。ご無沙汰していた方々とも再会しつつお仕事を務めさせていただきました。合掌。久々にお会いする方々が活気溢れていらっしゃるのに接することは、うれしいことでした。合掌。

 

2011_11_04

勲章はこの方たちに

なお、原因が津波であるとする説には、現在疑問符が投げられています。

 

2011_11_01

世界は閉じていこうとしている

各国は国を開いていることにウンザリしはじめている。

ギリシヤ崩壊でヨーロッパ各国の国民は、EUを組んでいる意義に疑いを持ち始めています。「昔のように一国の方が気楽でよかったじゃないか」と。
日本も東日本大震災で弱っているところに、沖縄普天間基地問題、TPP問題と米国から重圧をかけられ、「うるさい。こりゃ同盟国扱いじゃなく属国扱いだろ」と不満が高まっています。
米国も米国でドルの信用はガタ落ちで、国家としての危機を迎え始めています。他国のことどころじゃないお家の事情。

世界人口は70億人を超え、かつて人権を尊重されながら地球に生きていける定員は60億人と某学者が言っていたことを考えますと空恐ろしくなる状況です。
こうして世界各国は自国を閉じ始めようとしています。グローバリズム推進の時代に各国は幕を下ろそうとしています。そんな中、東日本大震災で傷を負いつつも、他国のために金をせびられ続けているわが国ってなんなんでしょうね。がんばれ、日本の政治家。

国際通貨を避ける方策を模索し始めている

ウォール街でのデモでも理解できるように、国際的金融ギャンブラーの素行が、世界各国の金融安定政策をチャラにし続けています。この金の亡者達の動きを、国家レベルでは(笑)規制することが出来ません。
ならば国際経済から緩やかに手を引き、地域の経済安定を図るべきだという意見がではじめています。

こうして、世界各国は自国を閉じようとしています。ブロック経済が復活し、衝突し合う時代に突入しようとしているのでしょうか。
この時代になって、のんきに「グローバリズムの時代、皆さんは」とお飾りのこどくスピーチに入れて悦に入っている輩は、自らの無知を曝け出しているようなものです。

第二次世界大戦はブロック経済の衝突によって起こった

第二次世界大戦はどうして起こったのか?
端的に言えば、ブロック経済の衝突によって起こったのです。ブロック経済とはブロックで囲うように、貿易を自分のテラ銭が稼げる範囲でやってしまう国際的な経済域をつくることです。英・仏・蘭はそれぞれ自国と植民地内だけで貿易。米・ソはそれぞれ広大な国内だけで経済活動。そして残った後発の日・独・伊などは新たな植民地を求め拡大。これらのブロックはやがて衝突の時を迎え、第二次世界大戦となりました。

今、世界はブロック経済化していこうとしています。そしてその代表がTPPなのです。アメリカ経済圏、中国経済圏など、世界は内向的になっていこうとしています。

世界は閉じようとしています。
「TPPは関税撤廃を謳い自由貿易を促進しようとしてるじゃないか」とあなたは反論するかも知れません。よく見てください。自由貿易が促進されるのはブロックの中だけ。内部の自由貿易化は、結果としてブロック外部との貿易を遮断していきます。それこそブロック形成です。

もう一度。
世界は閉じようとしている。歴史を振り返るとそれは危険な兆候です。TPPに入ることなく、多角的貿易を促進することこそ日本の繁栄に繋がります。
報道はこのことを伝えるべきです。

 

 


 


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Profile まつを


Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。