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  • 2014_01_31
    大明成化年製

    写真は私の写真フォルダに納まった一枚。骨董には疎い。改めて記された文字「大明成化年製」を検索してみた。その結果は次のとおり。
    「染付の最高峰とされているのが、中国明代成化年間に景徳鎮で製造された染付です。そのために中国明代末や清代、そして日本においても盛んに模倣して製造したために、大明成化年製と記載されたコピー製品が氾濫しています。」(以上転記



  • 2014_01_30
    『大漢和辭典』

    昨日の語源を巡る話題で思い出したのが写真の『大漢和辭典』。先日他界した義父所有のもので、書斎に鎮座している。世界最大の漢和辞典。以下引用。「諸外国の辞書にも例を見ない、最大級のことばの辞典。親文字5万字、熟語50万語。古今の辞書、および詩経・論語・孟子・老荘をはじめとする先秦の文献から唐宋の詩文、明清小説、歴代の史書などに至るまで、あらゆる資料を渉猟参酌して収録した最大級の言葉の辞典」。詳しくはWikiで。義父は仏教教義学習のために活用していた。
    現代は情報化が進展しなどと評論家がしたり顔で解説するたびに、この辞典が頭を過る。しっかと腰を据えて巨大な学問に対峙した先哲の偉大さと情報量に圧倒される。さてこれをどうしたものか。



  • 2014_01_29
    「絆」からはじまる語源の旅
    「Bar指のつけね」のお話に聞き耳を。

    田屋敷酒散人さんのコメント
    「絆」という近頃はやりの言葉が嫌いなのは前にも書いた。「絆」はもともと家畜が逃げないようにする「軛(くびき)」のことであり、欧州社会(ワイマール体制以前)では「キリスト教」が市民を縛り付ける「軛」であった。そのくびきからの逃げる果ては、結局皮肉にも依存と隷属を強いる「ナチズム」であった。が「自我の実現」も一つでありこの方向をとった市民たちは暗闇の洞窟に入り込む結果となった。私も折に触れ『自由からの逃走』を手に取っています。

    捨老さんのコメント
    散人さんの
    >「絆」はもともと家畜が逃げないようにする「軛(くびき)」のこと
    について朝から一考して見ました。
    これは明らかに漢字「絆・軛」を主体としての意味の連鎖で、辞書にもそのように説明される言葉です。ところが、馬車や牛車は漢文化によってもたらされたもので、当然「軛」を和訓するために造られた倭語「くびき→首木頸城・頚鬼」であったことになります。これにあわせて「絆」に和語「きづな」をもって「木綱」の意としたのでしょうが、もとより「木綱」では和語は意味をなしません。和語「きづな」は、きいと・きそば・きなり・きむすめ・きいっぽん などと同属の きづな であったと思われます。此の語群は後に重箱語で「生粋=きっすい」と言う語で説明されるように、生糸・生蕎麦・生成り(生也)・生娘・生一本 などと漢字表現されますが、「きづな」も「生綱」が原語に近い表記ではなかったかと思われます。つまり「純粋な繋がり」を表現し得た古語だったことになります。そしてこれが 半ば無意識下に、日本人が「絆」の語を愛する理由ともなるのかとも思いますが どうでしょうか(笑)。

    田屋敷酒散人さんのコメント
    捨兄、「絆」語源に関して誠に微に入り細を穿つご教授をありがとうございます。「生綱」ですね、生得の紐帯とも云うべきものなのですね。よく分りました。

    捨老さんのコメント
    蛇足ながら[新撰字鏡] によれば(笑)、「ほだされる」の「ほだ」も、漢字「捕拿」が和語化したもので、古くは「羈縻=「羈」馬の手綱 「縻」牛の引綱」を「つなぎとめる」の意として、「縻」字を当てて「縻される=ほだされる」であったものが、散人さんご使用の「絆(ほだ)されて」となったようで、肥前方面では「羈縻=きび」をそのまま「きびる=しばる」として用いる方言がありましたが、現在はどうなっているかあまり聞いたことがありません。
    【絆】の【半】字の違いもまた、当用漢字制定の際の不手際の置き土産のようで、曖昧なまま明朝体として残ったようです(笑)

    田屋敷酒散人さんのコメント
    「きびる」は島原のお年寄りは未だに使用しています。
    「絆」を英語でなんと云うか、見ると「Bond」、「ボンド」とある。あの接着剤のボンドである。日本語の「キズナ」は何か情に訴えるものがあるが英語は味気ない感が否めない。友情は「The bond of friendship」と云う。Bond は縛る、拘束の意味。絆(きずな)はどうしても「拘束」の意味が内在している。どうも人は自由より逃れて「拘束」されるほうが居心地いいらしい。

    捨老さんのコメント
    「きづな」という日本語の発生には、「純粋な」の背後に 散人さんご指摘の「生得」とでも言うべき、さらには「生まれる以前から」の「神的」とでも言うような、運命論的「しがらみ」が意識されていたのでしょうね。仏教が定着しやすい民族性だったのかも知れません(笑)。 柵(しがらみは)の語には 煩雑な絡み合いと 遮断の意思との、背反する双方の精神が含まれているように思えます。

    田屋敷酒散人さんのコメント
    弥生期に入りそれまで無かった柵を、環濠集落の周りに張り巡らしたそうである。それは勿論外敵を防ぐためであり、また稲の種を盗まれるのを防ぐ為であり、また謂わば労働力の源泉である婦女子を盗まれない?為でもありました。「しがらみ=柵」は柵内の「血」の繋がりをいい、物語「百年の孤独」も「しがらみ物語」であります。発展して「神国日本」も「しがらみの神話」であります。対して「埒外」は無法者を「柵」の外に放逐することであります。散人も無法者の烙印を押されて「埒外」に置かれています。

    捨老さんのコメント
    気分だけでも(笑)、せっかくいい時代ですので(笑)、好んで埒外者の気分で生きておりますが、世間も自分自身も 埒外にはなかなか辿り着けないものです。何処まで行っても しがらみが張り巡らされた浮世です(笑)。「埒」がつきまといます どこまでも。すでに馬場柵からはみ出て仏教語(笑)。十返舎一九の膝栗毛には「臈次もない女ども」とある。出家した僧が独り暫く籠って雨つゆをしのぐ「」での規律(次第)を「臈次ラシ→ラチ」と言ったそうです。

    大閑道人さんのコメント
    > 古くは「羈縻=「羈」馬の手綱 「縻」牛の引綱」を「つなぎとめる」の意として
    高校の世界史の授業で「唐蕃会盟碑」の中で、羈縻政策といって、唐が、周辺諸国、とくに、吐蕃に対して用いた懐柔策、と習った。そのついでに、「しばる」意の「きびる」の語源は、これだ、とも習った。いまから、45年前のこと。

    田屋敷酒散人さんのコメント
    世界史では「タタール(モンゴル人)のくびき」というのも習いました。

    捨老さんのコメント
    「臈」はどうやら僧侶の修行年数を表す仏教語のようですが、「臈たける」などの表現は長幼の順列を表すようで、臘やとも書くところをみると 蝋が滴り溜る様子と、「老」につながる音「ロウ」を重視して、キャリヤを意味する語のようですね。どうも漢字文化は誤魔化し臭くていけません(笑)。ことに中国の異民族蔑視と排他の精神は、漢字表現に顕著ですが 歴史が長すぎる。ソンツェン=ガンポが建国した誇り高き仏教の国を、「吐蕃=吐き出した野蛮国」などと とんでもない(笑)。

    田屋敷酒散人さんのコメント
    東夷西戎南蛮北狄。すべて動物に見立ててある。

    代治朗さんのコメント
    漢字文化圏から縁切りした国は、韓国とベトナム。日本はそれから離脱できない、属国か?(笑)



  • 2014_01_28
    除菌アルコール

    以前から「ドーバー パストリーゼ77」というアルコールを除菌用に愛用している。アルコール77%の強力除菌力。サトウキビ原料由来の醸造用アルコールを使用しているため食品に直接使用可だ。南極越冬隊も利用したことあり。
    大型タンクを里山のカバノンに置き使用し、小分けしたものを自宅で使っている。里山は長期使用しないまま食器を置く。そのため水洗いだけではカビが発生する。水洗いの後、これでアルコール消毒しておくと次回爽快に使用できる。
    インフルエンザ流行時期は、帰宅後すぐに手をこれで除菌する。



  • 2014_01_27
    津軽弁

    津軽弁をお話になるおばさまたち。ショックでした。ここまで分からないとは。何とおっしゃっているのか全くわかりません。なんといいますか、下にあげたフランス語を聴いているようです。どなたか、津軽のおばさまたちがなんと仰っているかお分かりでしょうか?




  • 2014_01_26
    『自由からの逃走』

    『自由からの逃走』を読み返している。言わずとしれたエーリッヒ=フロムの名著だ。
    この本は無理してでも若い頃に読むべき本の一冊だと思っている。多感な頃これを読むと、例えばナルシズムの罠から逃れやすくもなる。オッサンになって読んでも、今まで拾い上げていなかった思考に出会い感動したりする。その中から以下にご紹介。そうか、私はすでに数十年前にこの発想に浴しているのに、心が添えなかったのかと恥じ入る。

    「ルターやカルヴァン、またカントやフロイトの思想の根底にある仮定は利己心と自愛とはおなじものであるという考え方である。すなわち他人を愛するのは徳であり、自己を愛するのは罪であり、さらに他人にたいする愛と自己にたいする愛とはたがいに相容れないという考えである。これは愛の性質につ いて、論理的に謝った考えである。愛は、もともとある特定な対象によって「惹きおこされる」ものではない。それは人間のなかに潜むもやもやしたも ので、「対象」はそれを、現実化するにすぎない。……すなわち愛は「好むこと」ではなくて、その対象の幸福、成長、自由を目指す積極的な追求であり、内面的なつながりである。」



  • 2014_01_25
    首都圏の危機
    都知事選挙に関わる記事がこれほど取り上げられているにもかかわらず、首都直下型地震対策にスポットが当たらないのも不思議だ。
    言うまでもなくM7クラスの地震が起こることは確実視されている。東大地震研究所によると4年以内の発生率70%。発生時を「冬夕方18時・風速15m」と想定した場合、建物の全壊・焼失は85万棟・死者は1万1000人規模で、阪神大震災を上回ると予測されている。また、避難者数は最大700万人、震災1ヶ月後でも410万人と想定され、大都市丸ごと1つ分の生活基盤が失われる計算となり、震災前の日常を取り戻すには、かなりの時間を要するとされる。
    なお、今回のシュミレーションでは、性善説の視点から定量化しやすいものが最低限算出された結果であり、以下にあげるような事態も覚悟しておく必要がある。
     ◎長周期地震動による高層ビルの壊滅的な被害
     ◎余震や大量降雨による2次被害(河川の決壊等)
     ◎大規模集客施設での火災・パニック行動
     ◎商店や留守宅での盗難や治安の悪化
     ◎新幹線を含む鉄道や高速道での衝突・転落事故
     ◎株価や為替暴落による経済活動への影響(被害総額112兆円は国家予算を上回る)
     (以上出典:東京地震情報(首都直下型地震)
    また、富士山の噴火を指摘する声も上がっている。
    さらには福島原発による放射能被害。世界的に権威のある科学誌ネイチャーのデータはこちら
    こうなってくると居住区としての首都圏の適性について、冷静に判断する必要もあると考えられる。
    これに加えて、南海トラフ地震による大阪の被害想定が公表された。最大で全府民の94%に当たる832万人が断水の影響を受ける恐れがあり、234万軒(府内の55%)が停電、115万戸(同34%)のガス供給が止まると試算。建物や物流などの経済的被害は28兆円を超える。
    九州の持つ重要性がいよいよ浮かび上がってくる。



  • 2014_01_24
    動く名画

    以前、画家ブグローをここで紹介した。クリムトの若いころの作品が好きな方なら好まれるかもしれないと紹介の仕方をした画家だ。そんなアカデミズムの名画の数々を動かした作家がいた。その生々しさに驚く。昨日に引き続き、生々しい作品のご紹介。



  • 2014_01_23
    ロバート・フレデリック・ブラム

    ロバート・フレデリック・ブラムの絵がネットで話題になっている。江戸末期に日本にやってきたこの画家は、当時の我が国の情景を描き残した。当時の息遣いが伝わってくる。納得させられる作品。『かぐや姫の物語』に関わり説得力ということを考えていたら思い出した画家だ。彼の作品はこちらで。



  • 2014_01_22
    かぐや姫の物語
    どうにも苦手だ。なんだろう、このペランペランの登場人物の薄っぺらさ。直視に堪えられない。映画館ではこれを1時間以上観るわけだろう。苦行だ。製作技術で話題をとろうとしているが、それは作り手側の都合を言っているに過ぎない身勝手さ。予告編でよく取り上げられていた桜の下で舞い踊るシーンや、館から血相変えて走り出ていくシーンに至っては、どうしたんだお前いくつだ、しっかりせいといったところ。結局、脚本に核となるメッセージがないためにこんな羽目になるのではないか。そのため、大人が考えた子どもの視線というあざとさが前面に出て鼻につきしょうがない。失敗作だ。さあ、早く忘れてしまおう。



  • 2014_01_21
    モネ『日傘の女性』

    リョーユーパンがCMで「世界の名画美少女シリーズ」を続けている。現在流れているのは上作品からの引用。モネの作品は現物を観た方がずっといい。
    そうでもない画家が「青いターバンの女」のフェルメール。あのペタ塗りは印刷物やグーグル・アート・プロジェクトで観るものとモネほどの差異を感じない。



  • 2014_01_20
    夢の中で飛ぶ
    飛んでいる夢を時々見ている。確信が持てないが多分そうだ。
    飛ぶと言っても、スーパーマンのようなスマートな飛び方ではない。腕をバタバタと動かし、どうにかこうにか空中を移動していく、そんな飛び方だ。
    先日そんな飛び方に出会って驚いた。
    Wii Fit Plusという運動をするためのソフトをクリスマスに購入した。その中の一つのトリムに「パタパタ飛行」というのがある。これが夢の中で体験していた飛び方にそっくりの体験をさせてくれる。
    「おお、これは私がよく体験している飛び方だ。まかせなさい。よくやっていることだから」
    トライすると、さすがにまあまあの腕前である。なにせ記憶がないほど昔からやってきたことだ。ただし、このトリムで飛ぶ際には、私のアバターは屈辱的ニワトリのコスチュームを着用することになる。



  • 2014_01_19
    九州の秘湯

    この時期になると、よく観られているのが「九州の秘湯」。確かにこのページはマニアにとっては垂涎の的となるのかもしれない。温泉博士の異名をとるお二人のガイドがあって成り立ったもので、私一人の力では書けなかった記事だ。ここでも強調しておきたいが、特に鍋山の湯、へびん湯などはこれを観て思い立って行こうとしてはいけないし、上達者のガイドなしでは行けない。実際、殺人事件も過去に起こっている。
    もし、この時期、温泉で温まりに行かれたいのだったら、別府の街中に点在する温泉巡りをお勧めする。こちら「別府温泉巡り」をご覧いただきたい。私は訪ねあぐねて16湯巡らせていただいたが、一人で十分楽しめシュミレーションゲーム的な喜びもあった。



  • 2014_01_18
    最近車で聴いている音楽
    『YOU STEPPED OUT OF A DREAM』 トヌー・ナイソー・トリオ
    トヌー・ナイソーは、大学時代ジャズ研であったという聡明な女性から薦められた。「これ、北欧エストニアのピアニスト。正直な感じこれが一番お気に入りです」そう彼女は紹介してくれた。振り返ってみればもう10年ぐらい前の話になる。今では私の机上のアラームもこのアルバムの一部が鳴るほどに愛聴している。カクテルピアノと括ればそうなんだろうけれど、3枚1,000円で売られているような類いの退屈な音ではない。心が洗われる。北欧の澄んだ空気のようだとよく表現されている。この手の音楽で、昼聴いても、夜間に聴いてもしっくりくる曲というのは少ない。
    『ザ グレイト アメリカン ソングブックvol.2』 ロッド・スチュワート
    ボーカルを聴きたいときに筆頭かけているのがロッド・スチュワート。これもまた和む。この歳になったらがんばって音楽を聴きこむ時間は少しでいい。ゆっくりいこう。
    ロッド・スチュワートの写真を目にするたびに容姿が似ていたタカハラさんを思い出す。野外にテントで眠っていてゾッとして目をさましたことが生涯に一回だけある。ソロで出かけたキャンプだった。説明できない何かに私は怯え、テントをたたみ車に乗り込みその場を後にした。で、深い山中で脱輪した。深夜12時はとうにまわった漆黒の闇の中に一人。そのときに助けてくれたのがタカハラさんだった。それから数年後、彼は突然私たちの前から姿を消し、以来会っていない。元気だろうか。
    私の頭のなかに残っているのは、私自身のほんとうの記憶ではない。無意識のうちにもアレンジされたものだ。そのことは拙作『自分のいる風景』で書いている。近年の私の記憶にBGMがつけられるものならば、この2曲を選びたい。 いずれも上リンク先で試聴ができる。






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    1 過去のオフ会のようす
      こちらをご覧ください(出てきた写真をクリック)。
    2 場所
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  • 2014_01_18
    あ、いらっしゃい
    企業が顧客分析に大枚を叩いている時代に私たちは生きている。その専門家の講演も拝聴した。彼らは情報収集とその分析結果を企業戦略の基礎として売る。私たちのネット上の行動情報は商品となっている。私たちはそんな時代に生きている。
    もっと分かりやすくご説明しよう。皆さんが覗く多くのサイトには、程度の差はあれ上記システムが付いているとお考えいただいていい。昔は訪問者数を示すカウンターがサイトに張られているほど素朴だった。今はほとんどのサイトには張られていない。なぜか。それはもっと微細な訪問状況がわかるからだ。サイトが小売りの商店だったとすると、訪れていただいた皆様と対面販売しているようなものだ。あ、今この方にお出でになっていただいているなというのがだいたい分かる。

    もっと分かりやすく説明しよう。これが当サイトが採用しているシステムの一部だ。

    上図は当サイト訪問者の大きな流れだ。訪問者がどのページにどのように移動してらっやるかがこんな感じでわかる。

    どの地域からお出で頂いていて、どのくらいサイトに留まっていただいたのかも分かる。
    他の分析要素の一端をあげるなら、ユーザー(サマリー、年齢、性別)、地域(言語、地域)、行動(新規とリピーター、リピートの回数や間隔、ユーザーのロイヤリティ)、モバイル(サマリー、デバイス)などとなる。

    リアルタイムで訪れいらっしゃる方の状況分析がこれだ。現在深夜4時で最もアクセス数が途絶える時間帯だが、上図のように2名の方が訪れてらっしゃり、その内、姫路からの訪問者は初めての方で、バー・ウェイヴァリィのページをご覧になって5分ぐらい経っているということが分かる。
    サイトは現在対面販売の状況にあるとは、こういうことをいう。私のように趣味で運営しているサイトでもこのくらいのシステムがある時代になっている。
    じゃあ、こうした分析情報を何にどう使うか。
    私は特になんにも使わない。やろうと思えばたとえば、ウケるページに広告でも出し、ウケる内容のページを書いて、小銭を稼ぐことができる。実際、広告を出さないかという勧誘メールがしばしばくる。捨て置いている。
    すきなようにすきなことを書く。広告も張らない。仕事の話も書かない。うたっているとおり、ここはテレビ好きの人がテレビを見るように、私にとって息ぬきの場だ。アクセス分析システムは、ただ「あ、いらっしゃい」と番頭さんが声かける感覚でみてニコリとさせていただくためにだけある。



  • 2014_01_17

    2014ランタンフェスティバルの皇帝パレードの皇帝役に、岡野雄一さんと片岡鶴太郎が予定されているとのこと。ペコロス皇帝役。まるで栄養ドリンクだ。愉快愉快(笑)。



  • 2014_01_17
    日産ノートに愛着が湧きつつある

    元来ゴーカートのように地面を走っている揺れ感が好きだ。人生最初の愛車は軽自動車のホンダZだった。 まさにゴーカート。ノートにもどことなくその感じがある。フットワークも軽い。ほいっと曲がり、ほいっと止まる。よっこらしょ感がない。この気楽な感じが気に入っている。
    これまでに乗り継いできた車は6台。同世代としては少ない方だと思う。学生時代が前述のホンダZ。社会人になってサンルーフのスターレット。頭上に空が見え、ルーフも取り外して走ることができた。けれどオープンで走って快適な期間は極めて限定的だ。冬は寒い。夏は頭頂が焼ける。春秋は突然の雨に何度も手こずった。次が父の形見のシルバーのスカイライン。父は生涯スカイラインを乗り継いだ。美しい車だった。その後にマークⅡに乗った。面白くもない車だった。結婚したてのころ家人が俳優の仲村トオルを指して、見た目がよくても面白くない男と評価したことがあった。そんな車だ。セダンはもういいと思わせた。で27万キロ走破したS-MX、ノートと続く。
    ノートで雲仙に行ってみた。登って降りてトータルの燃費は17.5㎞/l(上写真)。すばらしい。その内訳は登りの燃費が9㎞/l。帰りはエンジンブレーキだけで降りてくる状況だ。いい感じでエンジンブレーキが効く。車重が軽いからだろう。 雲仙行きより、我が家の近くをとり回したときが、明らかに燃費が悪い。さすが坂の町だ。



  • 2014_01_16
    脳が文字を読む?
    まずこの文章にさらっと目を通してみてください。

    ------------------
    こんちには みさなん おんげき ですか? 
    わしたは げんき です。
    この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
    にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
    じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
    わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
    どでうす? 
    ちんゃと よゃちめう でしょ?
    ちんゃと よためら はのんう よしろく
    ------------------

    人間は文字の最初と最後の文字さえ認識できれば、あとは今までの自分の経験や記憶に照らし合わせながら予測機能が自動的に働き、読めてしまうのかもしれません。
    また「英国ケンブリッジ大学の研究結果」というのは都市伝説であるとのことが、このサイトに掲載されていました。ここにはこの現象に関わる歴代の研究がまとめられています。



  • 2014_01_15
    武士道
    Bar指のつけねで武士道についてのお話が最近交わされました。実に興味深いものでしたのでこちらに転載させていただきます。時間軸的には上からお読みください。
    • おはようございます  投稿者:代治朗さん
      1868年の明治維新は、下級武士の革命であったのでは?と、思います。あくまで主導権を握っていたのは、下級武士だったということですが。当初は草莽の士の幕藩体制内改革であったものが、列強国による植民地化という脅威が、外様諸藩による日本は神国であるという名目の元、団結させ、討幕へと動いた革命だったのでは? ま、革命の意味さえよくわかっていないので、ちと不安 (笑)。
      かように、歴史を動かしたのは一部の武士公家階級、大半の真面目に働いた農工商民。中には勤めに精出す盗っ人や詐欺師もいたでしょうが(笑)。その平民が、関わらなかったとすれば、階級闘争とはいえませんよね?
      話は逸れますが、武士道精神が、現在日本人の根底にあるというのは錯覚だと思います。何故なら、大半は農工商の子孫なんですもの。

    • そうですね。  投稿者:田屋敷酒散人さん
      明治維新は「革命」のようなものだったみたいです。
      「武士道」を云いだしたのは学者「新渡戸稲造」であります。明治30年代、アメリカ滞在中刊行した著作に「武士道」という新しい言葉を生み出しており、内容は騎士道、仏教、儒教を混ぜたもの。古来日本にあったものではないのであります。

    • おはようございます  投稿者:捨老さん
      代治朗さん 朝から明晰な歴史眼ですね。但し
      >大半の真面目に働いた農工商民…
      と言う点については、幕末当時 圧倒的(60%ちかく)武士人口だったと言う説もあります。不毛による飢饉での農村の衰退や経済の疲弊が、薄禄や無禄の武士を増産したと云うのです。事実 新撰組や勤王の志士達も 農民や郷士の出身者が大半でした。
      しかも この俄か武士達が 旧来の武士より遥かに武士道意識が高く
      >武士道精神が、現在日本人の根底にあるというのは錯覚
      何故なら、大半は農工商の子孫という点も いかがなものかと思われます。武士道精神は明治以降の流行であったとも言われます(笑)。世は 否応なく全体主義への道を突き進んでいたことになります。

    • 家元制度。  投稿者:田屋敷酒散人さん
      「道」と云えば日本においては「家元制度」と深く関わりがあります。剣道・武道・華道・歌道・茶道等、全て家元はお公家さんで、具体的な作法が巻物で記述してあり、まぁ「免許」ですね。ある程度修業してお金を出して、お家元から恭しく「皆伝」賜る訳であります。なにせお家元の通りしなければ、いけない、比較検討できないものですからいい加減なものではあります。
      新渡戸博士がいう漠とした精神論は「道」ではありません。

    • 道  投稿者:捨老さん
      「武士道」を揶揄するつもりは毛頭ありませんが、そもそも この語は柔道や剣道と同じく、道教漢字かぶれの 明治以降の言葉のようです。
      それ以前の武士たちは「禅」を基本教養として、御家流と伝統の術を旨としていたわけで、柳生流の奥義書など 武術の指南書であるより、武家政治の精神の教本だったわけで、武蔵の五輪の書しかり、平家納経の絢爛、大三島神社に奉納された甲冑武具に見るまでもなく、夥しい死の荘厳を眼前にする時、浄土経を一縷の望みとして荘厳せざるを得なかった、死を生とした時代の精神を理解するには、あまりにも平和に生きてしまいましたが、「葉隠」を例とするなら、本来竜造寺血族 引いては部族郷土愛に根ざした素朴な身内戒めのための家々の口伝であったものが、鍋島藩の風紀粛清の教本(鍋島論語)として採択され、体制に利用される結果となって、太平洋戦時においては 士官の経典ともなり、陸軍内での高級士官は佐賀弁~九州弁が標準語化するありさま。笑えない話です。

    • 武士道  投稿者:大閑道人さん
      元来、武士でなかったものが、幕末動乱期に、多少とも腕が立つ、ということで武士もどきに「引き上げ」られた。だから、「本当の武士」であろうとしたわけだが、姿形が武士と同じであったとしても、元来が武士ではないので、いわゆる、武士のお作法=教養を身に付けていたわけではない。なので、武士道「精神」なるものを想定し、それに憧れた。だから、武士ではなかったものが武士らしくあろうとして憧憬の対象としたのが「武士道」となった。逆接めくが、農工商の子孫だからこそ、武士道「精神」が根底にある。・・・と、代治朗さん、私は思うわけで。

    • 方便次第。  投稿者:田屋敷酒散人さん
      まぁなんでも「道」がすきなんでしょう。商売の方々も「商人道」なんてことを云います。だれでも己の職業のアイデンティテイを欲しがるのでしょう。武士なんて完全に生産構造の埒外に存在していた訳で、当初はまだ宮廷警護や荘園警護の役割を果たしていたが、パックスオブトクガワーナになると無用人に成り果てた。で後半下級武士の反乱が起きた。
      現代でもこの「社会の為になっている」という職業的存在証明が欲しいばかりに、職業的理念を掲げる。松下幸之助翁の「社是」なるものをオフィスに掲げるというような稚技のようなことをする。三菱などは岩崎弥太郎の社訓である。
      資本主義も行く着く果ての現在に「利益追求」を糊塗するそれら「道」理念は、ある種「金稼ぎ」に対する引け目乃至自己撞着が見て取れる。
      それまで3、4千万円の報酬だった日本の上場企業の社長連中が、外資が入ると一億円の報酬に跳ね上がっていた。道も理念もへちまもない本来の金稼ぎの実態がまたもや「外資」という「黒船」で明らかになった。
      日本乃至日本人は大好きだが、現実と乖離する存在証明を欲しがるのはもう止めにしたらどうか。



  • 2014_01_14
    刈水庵

    デザイナー城谷耕生さんショップ・カフェ「刈水庵」に寄ってきた。小浜。印象に残ったのは商品レベルの高さと、スタッフの人柄の良さ。気持ちのいい店だ。場所は訪ねあぐねていく村の家屋といった風情の場所。昔、大工さんの家だったという。街中にあるショップと、流れている時間が違う。落ち着く。インタビューで語られていたことを実行に移され始めたんだな。東京在住が絶対条件でなくなりつつあることは城谷さんや画家の柏本龍太さんへのインタビューで語られている。
    この店への行き方は、地域の人に「炭酸泉はどちらでしょう?」と尋ねるといい。マイナー情報だが、小浜には炭酸泉がある。私も今日飲んできた。硫黄のにおいのする炭酸だ。



  • 2014_01_13
    里山

    里山カバノンにソロ泊。中島さん差し入れのジビエを喰らう。時々必要な一人の時間。何するともなく過ごす一人の時間。月夜だった。人の気配なし。濃厚な樹木の気配に包まれながら、レンタルDVDを観るともなく観て、ぼうっと過ごす。寝る。
    元々はキャンプで雨に会う確立が多いことにヘキヘキして建てた。この国では野宿で雨に会う確率は極めて高い。特に春秋期は天候が不安定で高い。雨にあった人はお分かりだろうが、本当につらい。インターネットを参考に大工仕事を憶えた。手作りで2年かかった。極小小屋だ。もう一度書く。小屋だ。けれど立派なシェルターとして役立ってくれる。雨天からも、仕事上のプレッシャーからも立派にシェルターとなってくれた。
    常々書いていることを言う。
    職場と自宅。その2か所しか居場所のない男はかわいそうだ。あれだけ働いて、くたくたに疲れ自宅に帰っても、自分の空間さえない。自分が稼いできているのに、だ。
    家庭の団欒は安らぐ。それはわかっている。けれど時には真空パックのような静寂の中に、自分の身を浸していたい。 私は断言してもいい。世の男性は全員、身の置き場のなさにいたたまれなくなった経験を持っている。そんな時、ある男は雑踏の中を歩き、ある男は酒をくらい、ある男はパチンコ屋に走る。
    カバノンは、社会的責任を負わざるを得なくなった年代の男性にこそ必要だ。



  • 2014_01_13
    チームラボ

    皆さんの中にはNHK『美の壺』のタイトルを憶えてらっしゃる方も多かろう。あの作品を手掛けたのがチームラボ。優秀な若手たちの台頭という言葉が頭をよぎる。なんという美しさと深さと認識論。ジャパネスク。こんな作品が出てきたら千住博氏もたまるまい。下はチームラボ代表・猪子寿之氏のプレゼン。こちらを聴きながら、上の作品などを鑑賞されるとよかろう。興味深いことが語られている。なお、プレゼン中の、レイヤーとはアニメーションで重ねる一枚一枚のセル画のようなもの、パースペクティブとは見通しとかいわゆる西洋型の遠近法のことだと思うと分かりやすいだろう。




  • 2014_01_12
    わが前を歩める犬のふぐり赤しつめたからむとふと思ひたり
                                                芥川龍之介

    寒い日が続いています。ニューヨークは-17℃だとか。皆様いかがお過ごしでしょうか。
    先日、今年の私にとってベストバイになるんじゃなかろうかというものを入手しました。その一品とはユニクロの部屋着。これが信じられないほどに暖かい。私は今までなにを着ていたんだろうかと後悔するほど薄くて暖かい。上下ともフリース素材ですのでね。商品名は「マイクロフリースセット(長袖)」。



  • しばらくは、オフ会に参加されるクリエイターの皆様方を以下にご紹介。


  • 2014_01_11
    ライブ@オフ会!

    オフ会の大きな特色となっているのがライブ。ご参加の皆様がご自身も楽しんでいただける範囲でお聴かせ頂いているもの。会話と交流も互いに楽しむためお一人様ワンプレイ程度とさせて頂いています。本当に贅沢な時間。合掌。
    毎回さりげなくプレイヤーの方々の輪も広がっていかれて上写真のようになる。左からしんのじさん後藤美樹さん松尾薫さんクリックでコンサート時の演奏)、ラリラリピノさん。オフ会の雰囲気をよく伝えてくれる一枚。薫ネエさんの配慮も見事。



  • 2014_01_11
    デザイナー 吉田隆さん

    長崎インターネットラジオのアドバイザリーフェローを務めて頂いている。
    今回の岡野雄一さんを巡る一連の晴れやかな流れの中で、吉田隆氏がオレがオレがっ的態度を見せることなく粛々とした態度を続けていることに心から拍手を送りたい。
    本人は恥ずかしがると思うが、書く。
    氏はまだ光が当たっていなかった岡野氏の作品の秀逸さを見抜き、自身の店「カフェ豆ちゃん」で漫画個展を開催し続けた。自主製作版漫画のデザインも手がけた。店頭販売もした。こうしたステップの延長線上に岡野氏の成功が実を結んだ。もちろん岡野さんご自身の高い才能もあってであることは言を待つまでもない。
    「カフェ豆ちゃん」は確かにこの長崎に、そして日本に文化の花を見事に開かせた。岡野さんの成功をその象徴としつつ、私たちがこうして今も交流し、長崎、島原、西彼、佐世保など県内はもちろん福岡等の九州そして全国各地とのネットワークを存続している要因の一つは、確かに吉田氏のあの店にあった。 素晴らしい環境だった。オフ会もそこで行い、毎回気さくで熱気に包まれたものだった。その店は惜しまれつつ昨年幕を下ろした。
    もう一度書く。この功績を前に楚々としている吉田氏に拍手を贈りたい。

    なお、今回のオフ会会場については幾人かの方々に意見を聴き、幾つかの条件を考慮しつつ、「ティア長崎銅座店」とした。最終的決め手となったのは店のブログだ。行間から人柄が伝わってくる。期待したい。



  • 2014_01_10
    スポーツ整形外科医 山口和博さん

    長崎インターネットラジオの趣旨はクリエイターの皆様方のご紹介と、相互交流のきっかけづくりにある。訪ねていき、お話をお伺いさせていただく。皆さん、すこぶる面白い話をなさる。
    いろいろな方にインタビュー経験を重ねていくと、ある特色に気付く。普段話し慣れたお仕事についていらっしゃる方は鉄板ネタがある。熟練された鉄板ネタだ(クリックで音声)。勉強になる。一方、普段お話が仕事でない方の場合は、ご本人の口から語られたがっていた言霊が吹き出してくるような不思議な魅力がある。その一例が、医師 山口和博さんのトークだ(クリックで音声)
    氏の、米国クリーブランドにある世界屈指の人工材料研究で知られるケース・ウェスタン・リザーブ大学の研究所での体験は、日常生活でほとんど語られることのない話題だと拝察する。鮮やかな色彩をもって語られる情景の美しいことに驚いた。氏はサンシンの演奏者でもある。



  • 2014_01_10
    写真家 松尾順造さん 、ライター 下妻みどりさん

    昨今話題になったと言えば写真右端の松尾順造さん。長崎が世界新三大夜景に選出され、その写真集『長崎千夜一夜』が話題となった。長崎在住の写真家としては抜きんでていらっしゃる。その報道のようすはこちら
    写真中央に座るのは下妻みどりさん。彼女が出版した長崎愛に溢れる著書『長崎おいしい歳時記』も一昨年話題になった。御両名の本を手にしてらっしゃらない方はお勧めします。長崎がもっと好きになります。
    その隣に座るのが、現在のペコロスブームの立役者の一人で西日本新聞記者の竹井晋治さん。福岡に昨年転勤。ここの記事見てたらオフ会にどうぞ。
    一番左で喰らいついてるのは岡野さん。
    写真はオフ会から。



  • 2014_01_09


    岡野さんが原作を描いた映画『ペコロスの母に会いに行く』が、2013年 第87回キネマ旬報 日本映画第一位に選ばれました! すごい。岡野さんの作品が日本文化史に残るということです。これはすごい!  以下、サイトから転載。
    「日本で最も長い歴史を誇る映画雑誌『キネマ旬報』が1924年(大正13年!)より主催してきた映画賞、それが「キネマ旬報ベスト・テン」です。世界的に見ても非常に歴史ある賞で、アメリカのアカデミー賞より1回多く開催していることも密かな自慢です。 また本賞は、選出者を数多くの作品を観ている方に厳しく限定しており、さらに各人の評点をすべて開示していることから、 映画業界内外で「最も中立的で信頼に足る映画賞」という評価をいただいています。」
    今、本人と電話で話したところ「ありがと。今日は忙しかった。またカクウチで飲みましょ」とのこと。おめでとう!!!  オフ会は岡野さん大祝賀会の意味も込めてやりましょう!
    さっそくNHKでもニュースに。
    いまさらですが、岡野さんのトークをまだ聴いていない人はここをクリック(音声が出ます)
    • 岡野雄一さんのコメント
      ありがとうございます。 皆さん、祝福していただき、本当にありがとうございます。 二年前の夏からロケハンが入り、いろいろ案内したりついて回ったり飲んだり。 この国の西の果てに多い時では80人超すくらいのスタッフが入り込み、 とてつもない体験をさせていただきました。 一緒に飲み食いしたオジチャンたち…若い人もたくさんいたけど、平均年齢の高い塊がとても面白い人たちでした…そのオジチャンたちが超一流の制作陣だったのですが。 漫画も映画も、この小さな坂の町に居て、経験出来てるのが嬉しいですね。 漫画で賞をとった時より映画のこの賞が嬉しい気がします。 監督と乾杯したいと思っています。 くりかえしになりますが、皆さん、ありがとうございました。



  • 2014_01_09
    街中のお茶の水博士 中島洋一郎さん

    中島さんと初めてあったシーンはよく憶えている。
    島原の猪原金物店の駐車場だ。私は湧水を汲んでいた。そこに大型スクーターに乗った中島さんが居た。フジツボのように多くのポケットが付いたベストを着用した氏は、私を見ると「な~んだ、普通の人じゃないですか」と言い放った。
    こういうところは今も変わらない。すこぶる心根がやさしい。そして理系的実直人間だ。思ったことを口に出す。悪意は全くない。で、時々相手から怒られる。
    あるオフ会では、松尾薫さんがピアノ演奏中に一人大声で話し続け顰蹙を買った(クリックでその時の動画)。ある夜は、知り合ったばかりの散人さんに無謀にも議論を挑み、言論的血祭りにあった。
    繰り返しておくが、どこまでも博愛の人で、誰よりも率先して動かれる。 みんな中島さんをほんわかと好きだ。 「ボクはね」と中島さんは言う。「みなさんと交流するようになって、人生の楽しみを知ったよ」そんな言葉でジーンとさせてくれたりもする。
    里山改造のメインエンジンは近年、氏であったことは誰もが認めるところだ。目に見えて変わっていく。
    散人さんは、中島さんに向け「座らんですか」と言うのが常だ。ずっと立ってバーベキューのサーブをしてくれる中島さんを見ての言葉だ。誰かが中島マグロ説を説えていた。マグロはずっと泳いでいないと窒息死する。しかし実は氏のバーベキュー歴は幼少の頃に始まる筋金入りのものだ。



  • 2014_01_09
    見学家・フォトグラファー 小島健一さん

    あるとき新聞におもしろい記事をみつけた。地域おこし協力隊といって地域をコーディネイトするスタッフが長崎市内に何人か採用されたという記事だった。
    もともと私には工場のメカニックなパンクさを好んだり、文明の痕跡残す廃墟を好む傾向がある。そんな私がある日『見学に行ってきた。』というサイトに出会った。施設、工場、史跡、お店、土木関連、博物館・美術館などあらゆるところに出かけたレポートが書かれていた。ツボにはまった。
    そのウエッブマスターは『ニッポン地下観光ガイド』という本なども著していることも知った。面白い人がいらっしゃるなと感心した。
    それからしばらくして、その筆者が長崎市の地域おこし協力隊の一員として池島にいらっしゃることを知った。なんという素晴らしい人材を長崎市は得たものだ。ご本人に連絡をとったところ、池島を案内してもらえるという。早速ザック担いで出かけた。小島さんはフェリー着き場で待っていてくれた。
    その結果書いたページが『池島 スチームパンクな異世界へ』だ。小島さんの丸一日かけた丁寧なガイダンスのおかげでこの島のフアンになった。そしてその夜、池島のカクウチでインタビューさせていただいた内容がこちら(クリックで音声)
    小島さんは今回はじめてオフ会にご参加いただく。はじめての方やごぶさたしている方がいらっしゃることで、オフ会の豊かさは倍増する。楽しみだ。



  • 2014_01_08
    造形作家 安藤真由さん

    はじめて彼女の作品を目にしたのは佐世保市美術館だった。その展覧会で滞在時間の大半を彼女の作品の前で過ごした。しびれた。どんな人がつくっているのだろうと思った。
    次に出会ったのは長崎のKTNギャラリーでの個展でだった。今度は本人にお目にかかった。淡々としたたたずまいだった。近くのデザイナーさんのところに行って、すぐに二人で引き換えしもう一度作品群を観た。そしてインタビューを申し込んだ。その潔さにしびれた。居合のような鋭さだ。カフェ豆ちゃんオーナーの吉田さんも作品群の魅力を認め、結局カフェ豆ちゃん最後の展示は彼女の作品展になった。
    この中で、昨年のオフ会を行った。彼女の作品を観た散人さんしんのじさんがしびれ購入された。
    それから数か月後、彼女は全国的な賞を受けた。行動美術展の損保ジャパン美術財団賞だ(上作品)
    私たちは彼女の受賞を喜ぶと共に、自分たちの審美眼が証明されたようで誇らしさを感じた。



  • 2014_01_07
    書家 井上龍一郎さん
    今回の紅白歌合戦の中で針が振り切れるほど元気だったももいろクローバーZ。観ていて頭に浮かんだのは彼女らの男祭り女祭りDVDの題字を書いた龍一郎さん。氏の作品としてはお茶の山口園の文字なども有名だ。
    どこか岡野雄一さんと同じにおいを感じる。飄々というか、超然とした生き方だ。「どうでもして人間ってのは生きていけるさ」といった腹のすわった高潔なあり方だ。散人さんの紹介文から抜粋する。「井上は右翼に付け狙われ危険な場面が度々あった。ドスを右手で掴んだときポロポロと指先が落ちた。けれどこころやさしい男である」
    こんな魅力的な人とまたオフ会で会える。オフ会では岡野さんとも会える。そういえば龍一郎さんは岡野さんと話したことがあるのだろうか? たぶん似たものを感じると思う。
    • 散人さんのコメント
      おい!龍一郎早く俺の注文を仕上げろ!  あいつは暮れに俺にわざわざ書をプレゼントした。  「これ散ちゃん の人生テーマ」と云って差し出した。  「生涯 ばかちん」と書いてある!  この野郎! 俺のことを「ばかちん」とはなんだなんだ、そうなんだ。  と納得した。お前は、右翼とやりあったりしてカッコいいとこあるが、おれなんか女  だもんなぁ、グズグズでズブズブの果てに切られるわ、灯油かぶられるわ、ほんと情けない人生で人には云えません、て云ってるけど。  でも今は落ち着いてるよ、当たり前か65過ぎてんだから。 教師止めて書一本で生きて行く、よししっかりやれよ、と云うと少したって  から今度はアフガンに云って灌漑用水の仕事をしに行くと云い出し、こりゃもしかして二度と井上に会えないかもしれないと仲間と壮行会をしたら、 また少したって「50歳過ぎは事務局の仕事をしてください」と諭されアフガン  から返されたといった。あんたも「ばかちん」である。オフ会でまた逢おうね。



  • 2014_01_07
    マン・オブ・ザ・イヤー 岡野雄一さん

    昨年の私的マン・オブ・ザ・イヤーは岡野雄一さん
    だ。私の周辺の方々なら異論はあるまい。売れに売れた。『ペコロスの母に会いに行く』を描いた漫画家だ。この自伝的作品は映画化された。上写真は年末に山本正興さんと3人で年忘れの図。
    人が売れるということはどういうことか身近で見た。驚嘆すべきスピードだった。
    岡野さんと出会ったころ、氏は月に何日か仕事をしている状態だった。ところがフェイスブックで話題になり、西日本新聞に連載が始まり、サンデー毎日に採り上げられ、文藝春秋に作品が載り、NHKで本人がドキュメンタリーで扱われた後BSでドラマ化され、日本漫画家協会賞優秀賞を受賞し、週刊朝日に連載が始まり、映画が封切られ、全国各地で公演活動となった。あれよあれよである。
    これが若手ならすっかり有頂天となっているところだろう。けれど岡野さんの偉いところは、今も息子さんからお下がりの服を着て、安居酒屋で焼酎をすすっている。威張りも驕りもない。大したものだと思う。苦労は人間を育てる。
    • 捨老さんのコメント
      異論なし! 岡野さんが月に何度かの仕事と仰いますが 長い地道な積み重ねが あればこそのザ・マンに違いない! 快挙!益々の活躍と健康を 心底祈ります!
    • 散人さんのコメント
      そうです、昨年は正にペコロス元年だったのです。 私は数年前 フィギア界の雄海王堂が「人生は爆発だっ!」の岡本太郎フィギァを 作り気に入ったのでペコロス氏に進呈した。きっと今年あたりはペコ氏のフィギァが 出来るだろう。  みなさん!来るオフ会は昨年大活躍した岡野さんの祝賀会に致しましょう。



  • 2014_01_06
    田屋敷酒散人さんの書庫

    結婚してから現在の住まいに居着くようになるまで、7回引っ越しをした。平均すると一か所に3年程の滞在ということになる。
    これだけの転宅になると、開けない段ボール箱が出てくる。次の引っ越し作業の際も、前回のままの姿で押し入れ奥から姿を現す荷物だ。これは結局使わないんだからいらないじゃないか、処分しようとなる。その第一の標的となったのが書物だった。それに、本を納めた段ボール箱は鬼のように重い。
    ちょっと待て、実用になるならないの基準だけで物事を判断するのは、文化の貧困だ。なかんずく書物のストックというものは、知の軌跡を眺望するものであるのだからなどと主張し死守した。けれど、そのうち押し入れの大半を書籍段ボールが占めるようになった。ある引っ越しの際、ついに転住先の収納キャパシティを超えていることが判明した。
    そこで、収納庫を故郷の森に置き、書籍をはじめとする私の趣味のものを詰め込んだ。トラックが牽引する引っ越し用コンテナを転用したものだ。ここが私の書庫と言っていい。
    それでも収納できない書物は燃やした。かつて私が愛でた文字たちは立ち上がる煙となって天に昇っていった。
    碩学 散人さんの住まいを訪ねると、無造作にキッチンカウンターにガルシア=マルケスの『百年の孤独』が置かれていたりなどする。
    氏の書庫の様に圧倒される(上写真)。特筆すべきは書棚に全集物がないことだ。私のこれまでの経験からいって、全集物はインテリアに等しい。読み込まれた全集に未だ出会ったことがない。散人さんの書庫の壁面は、全集物なしで圧倒的数の書籍がひしめき合っている。美しい。実に羨ましいと思う。これに比するも恥ずかしいが、処分した書物たちを思い出す。壁を埋め尽くす書籍は、いくつになっても憧れだ。



    • 2014_01_05
      里山カバノン

      年末、里山に出かけ、まずは枝打ちと間伐。体に汗が吹き出す頃には山盛りの落とした枝葉となります。その後、カバノンの掃除機かけ、雑巾かけ、さらにアルコールかけ。そして最後に餅を飾り、一年のお礼を捧げました。昨今、なかなか出かける回数が減じましたが、今年は機械屋さん監修で露天風呂計画が本格始動の兆し。楽しみです。



    • 2014_01_04
      里山

      娘を里山に連れて行った。5年ぶりだという。そうか、そんなに経ったか。後で気づくと、カバノン内の写真を少しだけ撮っていた。そうか、こんなところに目が行くのか。

      上写真はドア。小物入れのカゴに収められているのは、ヘッドライトとビクトリノックスのナイフ。下がっているのはバードウォッチング用の双眼鏡。下写真はライトスタンド。外で食事を楽しむときに出して使う。



    • 2014_01_04
      自動散水化

      旭亭苔庭のメンテナンス軽減化のために散水システムを組んだ。苔が息を吹き替えし、緑が鮮やかになるのがうれしい。水の街島原。新鮮にして芳醇なる水が生活を潤す。水道代の安価さは全国に誇れるものの一つだ



    • 2014_01_03
      今年もよろしくお願いいたします。

      わが家の正月料理のメインは鯨であります。紅白を家族に付き合って観ていて、グッと来たのはサカナクション。時代の音楽。驚いたのはオペラ座の怪人化した森進一。表情筋が動かず。ボトックスやりすぎですか。



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      新しい年が皆様にとり素晴らしいものとなりますことをお祈りいたします。

       

       

       

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。