長崎の
キャンプ場

 

瀬戸内ヨットクルージング


出航

傑作映画『未来世紀ブラジル』のラストには、主人公が抑圧された世界から自然豊かな楽園への解放を夢見る美しいシーンがある。


遠ざかっていく北九州工場群。遠ざかるスチームメタル・テイストの世界。まるで『未来世紀ブラジル』ラストのようだ。

めざすは芳醇な自然溢れる瀬戸内。はだかる闇を緒突せん。艇名は「嫦峨」、34フィート。乗船は艇長、thom氏、そしてレポート役の私。


出航後、すぐに若戸大橋を潜る。


さらに関門橋を抜け、九州に別れを告げる。

夜を走る


夜がきた。

艇は常に揺れている。遅いシャッタースピードではブレまくる。徐々に写真化できない時間へ。

ナイトクルーズで進む瀬戸内は点光に満ちた世界だった。

視界確保のためジブセイルを巻いたまま機帆走する。ほぼ満月の月が重い腰を上げ、やがて天空の支配者となって輝くと、波紋の踊る海原が浮かび上がった。視界に散かれた無数の点光が水平に広がる。

操舵者は街の灯や航路ブイや灯台が複雑に絡み合う中から、走行する船の光を見つけ出し、記号を読み解いて夜の水面を走る。見上げると点減を繰り返しながら航空機がナイフのきらめきのように滑り降りていった。

デッキで古いジャズを聴きながら、ビールを楽しみまどろむ。ヘレン=メリルが「貴方が帰りを待っていてくれたらとても素敵」とささやくように歌う。

現実の光景と夢が交錯する。艇の揺れと浮遊する夢が一体となる。何度も向こうの淵に落ちては戻り、徐々に深度を増して眠りの中に融けていく。


目覚めると5時半だった。場所は長島沖。北九州の八幡を夕暮れ時に出航して13時間が経っていた。夜露に濡れたデッキに出て朝日を拝む。夜通し操舵を預かるタフな両人に感服。


艇は自転車の速漕ぎ程度で進む。けれど、行き着く早さに驚く。くねった陸路を行くのとは訳が違うのだ。古代国家のライフラインにして現代まで脈々と続く海路の重要性を思う。かつて歴史学者 網野義彦は、西の民は海の民、東は馬の民と看破した。

艇長


博学にして温厚なる艇長。生まれは明石。

「幼い頃遠くの島々が見えてましてね。ある時その島が近くに寄ってそこに建つ家屋が見えるイリュージョンを見て。今でもその夢は時々見ます。ヨットはそんな夢を現実にしてくれるんです。憧れていた対岸の島。そしてその向こうには瀬戸内の島々が連なり、九州が広がる。ヨットにはそんな幼い頃の思いを叶えているというところがあるんじゃないかな」

山のあなたの空遠くだ。

----クルージングの魅力は?
「まず風景。それを眺めながら海と一体になるというか、光も風も波もダイレクトにこの体で感じるでしょ。それと対応しながらヨットを進める楽しみ。道路と違って全方向に進める自由さもいいね。人と交流も捨てがたいですよね」

----お気に入りの場所は?
「どこも捨て難いね。ヨットだとどこでもテーマパークですからね」

----あえて言えば?
「ここ瀬戸内と五島かな」

----五島の魅力は?
「外海の荒々しさと内海の穏やかさ両方が楽しめる。それに教会がある。そこで信仰を続けられた人に思いを馳せるというか」


美しいフォルムの艇「嫦峨」。


デッキ部分。自動操蛇中。この装置は優秀。


外部に張り出すように設えられた座席もあり、ここに座ると提督になった気分を味わえる。


キャビン内部。応接セット、キッチン、冷蔵庫、トイレ、シャワー、船首と船尾部分には個室になった寝室等々豊かな設備。

右写真が、逆側から見たキャビン内部。中央にデッキに上がる階段が見える。外部が海中に浸かっているため思いのほか涼しい。爽やかな風を浴びてクルージングは楽し。


安居島

2日目正午、松山市安居島のポンツーンに寄る。昼食、シャワー。鳥の鳴き声が人影のない集落に響く。限界集落だ。


再び出発。のたりのたりと時が流れていく。資本主義社会で細切れのチョコレートのようにパッケージされた時間を解き放ち、自分を緩める。バケーションとは本来なにもしないこと。バッキュームと同じ語源だ。狂おしい消費活動を欲望の消化とする時代は終わっていく。

しまなみ海道


艇長が大三島を周遊するコースをとってくれる。しまなみ海道を海から巡る美しい光景が続く。

瀬戸内海という言葉は明治に入って外国人が名付けたものと艇長から教わった。それまでは各々の瀬戸と灘の名前で呼び慣わしており、一帯として捉えられていなかったという。美しく、そして穏やかな海だ。

鼻栗瀬戸

大三島と伯方島の間の鼻栗瀬戸。潮が劇流となってぶつかり合い、艇が左右に大きく揺れるところだ。楽しむ。


多々羅大橋。現代美術のように美しい世界最大の斜張橋だ。


「ひょっこりひょうたん島」のモデルと言われる瓢箪島が現れる。


バウ(船首)に移り座る。波をじゃぶじゃぶかき分けて進む感覚がダイレクトに伝わってくる。

大三島「みやうら海の駅」


夕暮れが近づく。大三島「みやうら海の駅」に着岸。夢の置き場のように静かな港町だ。夜半に目覚める。静かさは深さを増し身体に染み込んでくる。


ポンツーンに千葉から来た70歳の男性の艇が停泊していた。聴くと、ホームポートを大分にし、3月から10月までをクルージングして過ごしてらっしゃるという。世間は広い。いろんな方がいらっしゃる。

広島県三原で下船


朝の爽快な空気と光を切って本土へ。艇長の華麗なる舵裁きによって、広島県三原で下船。

お礼と気付き

ヨットは人間リセット装置だ。
艇長さんとthomさんにお礼の敬礼。
家に帰り着くと1.8キロの減量となっていた。


わははははとクルージング中のまつを。今回はポメラ・カメラ・録音機持参で当レポートをライブ作成ながら同行。9月に入って急に涼しくなったころだった。

初めての方のために、実直な私の気づきなどを以下に添えておこう。

  1. 水を飲もう。クルージング中、thomさんが「水は採っているか」とよく声をかけてくれた。ヨットでは四六時中、風に吹かれている。気づかぬ間に脱水症状になるという。粉末のポカリを水に溶かし意識的に飲んだ。ビールもよく飲んだが、これは脱水促進の方向とthomさん指摘。

  2. 暑さは、風によって炎天下14時あたり以外は思ったよりも感じない。ただし風と同じ方向に走るとき、相対的に風も止むことになる。そうなると暑い。

  3. 日焼けはUVカットクリームでOK。最近の製品は優秀だ。さらっとして効果大。激安のニベア製で十分。サングラスは必需品だ。ないと目が痛くなるだろう。

  4. 着替えは多めに持っていった。薄手素材の長袖上下も持参。ゴアテックスのレインウエア上着は汎用性が高いので持っていこう。艇の上で履くクロックスや、オーデコロンもあるといい。

  5. 揺れは心地よかった。「私たちはお母さんのお腹の中で酔ってなかったでしょ。艇に身を任せて」とは艇長の言葉。この時期の瀬戸内はやさしい。デッキで揺れながら眠るのは最高だ。今回の旅ではここで眠る時間が多かった。ただし夜露が降りるのでご注意。

9時。その後、厳島神社、ひろしま美術館を巡り、15時33分高速バスに乗車、博多で乗り換え帰宅。

 


 

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