世界帝国の秘密
誰がグローバリズムが嫌いだって?
フェイスブックの危険性を知りつつ、周囲の方々がフェイスブックに鞍替えしていっているのを見ると、底知れぬ恐ろしさを感じます。その恐ろしさは、壮大な歴史的検証の果てに見えてくる人間というものの姿の恐ろしさです。
カップ麵は多くの添加物が入り、遺伝子操作でできた作物を使っていると知っていても、食べ続けている習性と同じ。違うところといえば、フェイスブックはある程度の知性を持った人たちがそれを取り入れているということです。
結局、人間というものは、ああだこうだと社会批判をしても、ごく身近な自分の利便性のためには、安々とその支配下に身を委ねるのです。
啓蒙思想家たちが信じた理性的存在としての人間像
人間とはどのような特性を持つか。
この問いに、17世紀にはじまり18世紀に隆盛した啓蒙思想家たちはこう答えていました。
「人間は理性的な存在である。」
デカルトは『方法序説』の書き出しを次のように始めています。「良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。」 理性(良識)はすべての人に分け与えられているものであると高々と掲げられたこの宣言は、ロックやルソーなどの啓蒙思想家たちに受け継がれ、彼らの思想に裏打ちされてフランス革命をはじめとする各国の市民革命を推し進められ、現在の国民国家がつくられていき、人権の概念も形作られていきました。その裏には次のような信念があったのです。
「確かに今の庶民たちは理性的ではない。それは教育を受けていないからだ。教育を受け磨き上げられれば、人間は誰しも理性的存在になれる。」
崩れた理性的存在としての人間像
そして2世紀半が経過。かつて啓蒙思想家たちが信じたように、人間はブラッシュアップすれば理性的になれたでしょうか。もう、そろそろ、この壮大な人間性に対する仮説と検証は終えていいのではないか。そう思う一団が現れているのかもしれません。2世紀半の歴史的検証によって浮かび上がってきた人間の特性に応じた応分の義務と権利。そしてそれに応じた政治体制の在り方ってどんなかたちになるのでしょうね。
散人さんのコメント
「帝国」
ネグリとハートは2000年に著書「帝国」を発表しました。どんな内容か?
国民国家ではなくグローバルな主権
グローバル時代の新たなる主権と資本主義のあり方を発表したもので、現代の「共産党宣言」とも言われました。国家国民に変わる「グローバルな主権」が新たに登場しています。グローバル化の進行情況を受けて、もはや国民国家は重要な担い手ではなくなってきているのです。
国境を超えた権力システム
かつての「帝国」は、ローマ帝国や大英帝国、あるいは比喩的な表現である「アメリカ帝国」のように、権力構造は中心となる国王や国家が領土を拡大していくものでした。これに対して、通信技術や輸送技術の進歩とともに地球上にあらわれたものが新しい「帝国」です。新帝国は資本主義のもと、アメリカ政府や多国籍企業、G20、WEF(世界経済フォーラム、通称ダボス会議)などが国境を超えてネットワーク状に複雑に結びついた権力システムのことをいいます。新帝国は中心を持たず領土の拡大も必要としません。新帝国において、核兵器などを持つアメリカの役割は強大です。けれどもアメリカもまたこのシステムに従う必要があり、アメリカ=新帝国ではありません。
この新帝国は日常生活のすみずみまで浸透し、私達を資本主義に順応させるために、いたるところから管理・育成しているとネグリとハートは言います。
(出典:『哲学用語図鑑』)
さてネグリとハートはそのような新帝国に対抗するにはどうすべきなのかを考えます。それがマルチチュードの考え方です。
まつをのコメント
散人さん、すばらしい展開に敬意を表します。もう出していいでしょう。これまで今回のテーマについては書くことを控えていました。第一に、身辺の安全のため。第二に、このテーマを明らかにすれば、その動きが揺るがぬものと認識され、社会に諦観が蔓延することが憂慮されるため。けれど、もういいようです。散人さんが挙げてくださった書籍をはじめ、学界ではこのテーマについて大っぴらに論議が進んでいます。みなさん、もはや胡散臭いサイトをご覧になる時期ではありません。学術書に進む時期です。散人さんが提示してくださったキーワードで検索すると次々と読むことができます。
マルチチュード 新帝国へ民主化を求める勢力
マルチチュードについて私から説明させてください。誤解を恐れずにザックリ言えば、マルチチュードとは新帝国へ民主化を求める勢力のことであり、その言葉は元々は民衆という意味です。世界規模の新帝国に対し、世界規模の民主主義を実現する団体ですとか。これがネットワークをどう張れるかは今後の人類史上の注目点でしょう。
絶対王政国家と国民国家間の断層に匹敵する大断層が今生じている
絶対王政の時代、つまり国家が王のものであった時代の庶民には、今のような国家の在り方は想像すらできなかったでしょう。想像しろというのがどだい無理。その時代と現代の間には歴史の断層があるわけです。では、どこに断層が走っているのか?
答えは、フランス革命期に外国からフランスが侵略される危機が迫った際、庶民がラ・マルセイエーズを歌いながら「オラたちの国を守れ」と各地から集まってきたとき。この瞬間から、国は「オラたちの国」になったのです。こんな国家のことを国民国家といいます。王ではなく、国民のものである国家。そこでは国民は国のありようを決める権利、つまり主権を持ちますので、主権国家とも呼びます。
さて、そのくらい大きな歴史の断層が今走ろうとしています。あと40年後の世界を私たちはまだうまく想像できないかもしれません。今、国民国家、主権国家を単位とした世界は終焉を迎えようとしているようです。世界史的断層が走ろうとしています。
大閑道人さんのコメント
この「新帝国」の、帝王・皇帝・国王(なんでもいいや)や、宰相・大臣等は、誰なんだろう?
宮殿・朝廷は、どこなんだろう? そういう中心点がないのが「新帝国」の特徴なんだろうか?
まつをのコメント
「帝国」は三層からなる
基本的に概要は散人さんの解説と、これまで当Barでの皆様方の話題からお分かり頂けると思います。一歩踏み込んだ解説は次のようになります。
「現代「帝国」のグローバル統治も、それに則した三層構造になっていて、アメリカが頂点にいるのは否めないが、周りに第一階層として、G7、WTO、IMF、世界銀行、国連安保理、国際組織などの君主制組織があり、第二階層に、貴族制風に多国籍企業と200国近い国連加盟国のなかの中小国民国家が接合され、第三階層には、メディアや宗教団体、市民社会組織、NGOが「民会」風に入っている、というわけです。」
(出典:『マルチチュードは国境を越えるか?』 加藤哲郎 一橋大学教員・政治学)
散人さんのコメント
ローマ帝国は道で拡大、モンゴル帝国は馬で拡大、新帝国はネットで拡大
新帝国がこのまま推移していく文脈の中にTPPも繰り込まれています。これは日本の主権者である国民の意志には関わらず締結されて行くでしょう。与野党も関係ありません。国際決済の集中オンライン化の一つがTPPなのであります。
ホッブスに習って云えば今は「グローバル リヴァイアサン」の時代です。ローマ帝国は道で拡大、モンゴル帝国は馬で拡大、新帝国はネットで拡大。
まつをのコメント
TPPがモノを、TiSAがサービスを
TPPがモノを、TiSAがサービスを、新帝国化への道へと通じさせるものなのかもしれません。
イメージ化する世界とトランプ
イメージを買う
今年、眼鏡を買いました。鯖江(さばえ)。世界に誇る眼鏡フレームのブランド。いままで使っていた眼鏡が「眼鏡市場」のレンズとフレームで1万円こっきりものだっただけに、購入する喜びに満ちていました。私にとっては大枚を叩いて購入。けれど、冷静にモノとしてみた場合、鯖江と眼鏡市場の製品に何倍もの差異があるものではありません。
先進国の人々はモノ自体というよりも、ブランドというイメージを買っています。プロダクトデザインもイメージ、商品の入るパッケージデザインもイメージ、広告もイメージ。
通貨もイメージの産物
さらにモノを購入する通貨もイメージの産物。1971年にニクソンが金(きん)とドルの交換停止を発表してから、世界の通貨は金(きん)というモノとの関係を失い、価値を象徴するアイコンとなっています。今回私はカードで眼鏡を購入しましたが、カードはもはや紙というモノさえ捨て去っています。イメージ化した商品を、イメージ化した通貨で購入する。
人々はイメージの中で暮らしている
人々の生活はイメージの中で循環しています。イメージ化した世界。一昔前ならば、一握りの哲学者が考察した状況を、今では一般の人々が飄々と暮らしています。
実体を超えた世界へ
ここまでイメージ化した世界ではどのようなことが起きるか。金融を掌握し、メディアを掌握すれば、市場を手中にできます。
さらに経済行為は抽象的な局面に突入していきます。通貨で通貨で買う。数で数を扱う段階。いよいよモノから世界は乖離。それは気づくと加速度的に拡大していき、今では実体経済の数十倍の規模で世界を駆け巡っています。実体経済をはるかに超えた金融経済が世界を被っています。
実体経済と金融経済。(出典:少額投資の可能性を探る) |
62人が全世界の半分の富を持つ
こうして「たったの62人」の大富豪が全世界の半分の富を持つ異常な世界が生まれました。マネーゲームの欠点の一つは多くの労働者を必要としないという事。多くの雇用は生みません。格差社会は加速していきます。そしてウォール街はデモ隊に占拠され、5年後にトランプを選出することに繫がりました。
衰退しつつある中流階級の怒り
もう一度、トランプの勝利についてのサンダースの声明を記しておきます。
ドナルド・トランプは衰退しつつある中流階級の怒りを刺激し活用したのだ。彼ら中流階級は支配層の経済、支配層の政治、支配層のメディアに嫌気がさしている。長時間労働と低賃金にうんざりし、きちんとした働き口が中国やその他の低賃金の国々に持って行かることにうんざりし、億万長者たちが国税を払わないことにうんざりし、自分の子供を大学に通わせるだけの金銭的余裕もないことにうんざりしている。その一方で、超富裕層はもっと富裕化していっているのだ。