2020_12_05

島原のカワハギ

晴れ日が続くので庭木が気になり、島原の旭亭に来てみると、おっとっと、移植したコデマリの木がまずい状態に。早速散水。すんでのところで救えたかな。

温暖な木造

島原は暖かく感じます。TVの天気予報では長崎市と同じ最高気温のようなんですが。
番組「建もの探訪」で散々名建築を見てきた渡辺篤史が、肝心の自宅をコンクリート打ちっぱなしにして大失敗したという有名な話を思い出しました。
「コンクリートは、冬寒く、夏暑い! 床暖房をかなりやったのよ。それで凍死しなかった」(渡辺談)
現代の木造建築は断熱材が効いてますからね。

今が旬のカワハギ

そんな話をlineでしていると、散人さんからお誘いが。

いただいた島原の幸、カワハギ。肝は今が旬で絶品。コロナの感染も未だなく島原パラダイス。
散人さん「私の妻はね、徳川が江戸入府した際にご一緒した牛込二十騎町の子孫。その義父が言ってた言葉を思い出すよね。『江戸前の細工した寿司じゃなくって、素材のままの寿司を食ってみたいんだよ。本音はね』ってね。素材そのものの旨味が島原じゃ食えますよね」
「いつか、ソバをツユたっぷりで食ってみたい」って話に通底しますね。

Twitterにこの写真をアップするとみるみるイイねが。みなさんにも島原の豊かさが伝わるみたいですね。

 

 2020_12_04

オランダ人を救った日本

「長崎出島GIN 伝之進1812」。じだらくさんから頂きました。ありがとうございます。このジンの所縁には実に興味深いものがあります。

オランダは出島で細くつながっていた

オランダ国旗がひるがえっているのが、世界中で出島ただ一か所だけだった時期があります。ナポレオンの侵攻によってオランダがフランスに併合され主権が消滅していた5年間、1810年から1815年のオランダ復活までのことでした。

救った日本の幕府

出島が孤立し本国からの支援を失ったこの時期、オランダ人を救ったのは日本でした。幕府は出島のオランダ人が飢えぬように食料などの生活必需品を無料提供し、その他の品は長崎会所(商人組合)に立て替えさせました。

この頃、長崎奉行所の目附であった茂伝之進が醸造し出島に納めたジンがありました。この再現を目指したというジンが「長崎出島GIN 伝之進1812」。製造元は杵の川。

上記の由来は、商館長ドウフの「日本回想録」に次のように記されています。

    日々の食料品及びその他の必需品は、幕府の命によって長崎会所より規則正しく供給されたばかりではなく、長崎奉行は毎週二、三回人を遣わして、何か不足の品はなきや、また用達人が正当に供給するやと問わしめ、彼らは力の及ぶかぎり我らの惨憺たる境遇を慰めんと努めたり。

    目附 茂伝之進は我らのため、ジン酒を蒸留せんと苦心し、予はこれがためにたまたま予の手許にありたる大なる蒸留釜および錫管を貸与せり。彼はよほどこれに成功せしも、ネズ松の樹脂の異香を除去すること能わざりき。ただし彼の醸造せるブランディは実に優良なりき。

 

 2020_12_03

プロの中華をご家庭で

  • しんのじさんのコメント

    ご家庭で中華系の炒め物を作る際のポイントをご紹介します。

    プロのテクニック「油通し」の代替策

    プロのやる「油通し」。大量の低温ゴマ油で火の通り難い食材を予めバラバラに火通ししておくテクニックですが、面倒なのと大量の無駄な油を作ってしまうため、なかなか家庭ではやる気になりません。
    けれどこの方法で下処理しておいてから素材を炒め合わせると、野菜は艶がありつつ、しかもシャキシャキ、しかも必要十分に火も通っているという、矛盾する要素を上手く解決する非常に良いテクニックです。

    その代替策。多めのお湯にゴマ油を大さじ3程度混ぜたもので火の通り難い野菜を強火でサッと数分間茹で上げておくと、火通しと油コーティングの双方が達成可能なので、油通しとほぼ同様の効果が出ます(実は以前、中華の名料理人がTVで喋ってました)。
    ただし肉類や貝類はこの方法だと味が抜けてしまうから行えないのが欠点。代わりに具材を一緒に炒め合わせる時、少し多めのゴマ油で先に火を通しておくことで対処可能です。

    片栗粉のテクニック

    あと、片栗粉の活用。最後にトロ味をつけるため、粉1:水2位の比率で混ぜた物を最後に注ぎ入れるのもいいですが、予め肉類にまぶしておくと、旨味が逃げず、かつ良く味をまとってくれるのでお勧め。
    また、海老や貝類は濃い目の片栗粉水を作って予め絡ませておき、水を切ってから炒めるとすごくプリプリに仕上がります。

    プロの味付けに近づける

    味付けで僕がお勧めしたいのは、塩コショウをベースにお酒少々、加えて米酢少しと、ナンプラー+カキ油(1;2位の比率で)で仕上げたもの。コクとさっぱり感の両方が同時に味わえます。これらのテクニックを組み合わせると、プロが作る炒め物とそうクオリティが変わらなりレベルの仕上がりになります。

    A-プライスの冷凍むきガキ

    最近は、今まで使ったことのなかった冷凍むきガキ(A-プライスなど)に開眼。50℃位のお湯に袋ごと5分ほど漬けて半解凍し、片栗粉水をまとわせてから炒め合わせればご機嫌な半生の仕上がりに。割安(生の半額以下)で美味しい見事な素材です。

    IHでは平底かつ深型の鉄鍋で高火力

    IHだと中華の炒め物は作れない!? そんな事はないようです。丸底の中華鍋の代わりに平底かつ深型の鉄鍋を高火力ヒーターで加熱。鍋底全体が熱をもつため、鍋は振らずにしっかり混ぜることで、ほぼ同様の効果が得られると中華の料理人もコメントしているので、きっと何とかなるでしょう。

  •  

     2020_12_02

    三原庭園バー

    バーが始まるらしいよ、三原庭園。

    この12月オープン

    メディアで取り上げられている三原庭園。ウイークデーで来園者が疎となる時間帯に覗いてみたら、「お!」、バースタッフと思しき方が。お話を聞いてみました。

    「ここもう開いてるの?」
    「今日がオープンなんですよ~」
    「そうなんですか。休業日と営業時間は?」
    「しばらく営業しつつ固めていこうと」
    「うまくいくといいですね」
    「ありがとうございます」

    好印象の方でした。居心地よさそうですよ。メニューを見せていただくと、アルコール類が600円、ノンアルコールがえっといくらだったかな、400円ぐらいだったと思います。それとツマミは乾き物。
    現在、車は10台ほど駐車できます。また、年内に50台ほどの駐車場を準備されるとのこと。車ではノンアルコールの方とお出かけくださいね。

    さらにカフェも敷地内のバーと少し離れたところにあって、こちらは営業時間は11:00〜18:00。ドリンクやワッフル、おつまみなど楽しめます。

    異次元の美しさ

    夜は三原庭園もライトアップされ、バー周辺は美しいイルミネーションに満ち、眼下には街の夜景が広がっています。別次元に迷い込んだかのような耽美的世界。最高。長崎の穴場の誕生ですね。

     

     2020_12_01

    DIY 洗面台のタイルやり直し

    今年夏にDIY製作した洗面台。気に入っていたのですが、タイル貼りを失敗しました。

    タイルボンドは厚く

    初めてのタイル貼りは見事に失敗。
    暑い時期が過ぎ始めたころ一筋のヒビが走ったかと思うと、あれよあれよとタイルは浮き上がっていきボロボロと崩壊。センスに頼りっきりで慢心した若手デザイナーの自信のような崩壊。塗ったタイルボンドの厚さ不足が原因です。

    振り出しに戻る

    ワッセワッセとタイルとタイルボンドをきれいに剥がし取る。で、もう一度、タイルボンドを厚く塗って作業に係ろうと思っていたのですが、これがどっこい。洗面ボールと基板の間が、10mmちょいしかなく、そんな作業は不可能なんですね。

    本物タイルを樹脂止めしたシート

    で、試行錯誤の末見つけたのがこれ。36個の本物タイルが樹脂で留められた15×15cmのシートです。こんなものがあるんですね。実際のタイルそのものですから、絵柄でできただけのタイルもどきシートとは質感が違います。

    まずべニア板にウレタンニスを3層に塗り、シートの接着を高める。中心部のタイルシートを張る。べニア板をビスで基板に留める。その後に他のシートを張る。最後に周囲をセメダイン防水シールでシーリングする。

    復活

    ほい、完成。復元完了です。

    いやあ、水回りの作業は難しいですね。洗面ボールを外してから作業すればいいじゃないかと思われる方もいらっしゃいましょうが、あの辺りはもう触りたくなかったんです。

     

     2020_12_01

    エールロス

  • 散人さんのコメント

    朝ドラ「エール」が先の土曜日で幕を閉じた。

    その中で後半から大活躍する「池田二郎(北村有起哉扮する)」が、戦後 古関裕而と名コンビを演じる「菊田一夫」だと云うことは直ぐに分かった。

    あの「君の名は」の映画化(昭和29年)が島原半島の雲仙でロケがあった。岸恵子と佐田啓二主演、岸恵子さんが手をついた岩を眞知子岩と云う。 菊田氏は幼少時代の一年半を半島内 加津佐で暮らしていてあの雲仙連峰を毎日眺めていたともいう。で雲仙ロケとなった次第。

    菊田氏が東宝役員(演劇担当)になったのが1955年。私が入社したのが1972年。翌年に亡くなられた。当時は専務だった。
    前年、新宿コマ劇場で江利チエミさんのミュージカル「アニーよ銃を取れ!」の舞台稽古を菊田専務が観に来られた。ボーツと場内に立っていた私を専務が手招きされた。私は緊張が走った。
    「名は?」
    「〇〇です」
    「出身は?」
    「九州島原です」といった途端先生の眼がキュとなったように思えた。
    「志望は?」
    「制作室です」
    「大衆演劇は時代に半歩遅れた企画をしなさい」

    この言葉は生涯の宝になった。

     


     


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    Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

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