Zone
8 タイムアウト
風のわたる丘に住む。
目を閉じると,
西斜面からはいあがった草のそよぎが,
ここで彼方へと散っていくのがわかる。
幾筋かの風は,
丘のそこここに末路を溶かす。
街の喧騒から吹き寄ってきた風が,
日溜りの中に身を寄せ休んでいくのだ。
しなやかになびく広葉樹の間から,
わずかに湾が望める。
海は,腕時計の鏡面のようにきらめき,
みはるかす眺めに深みを与えてくれる。
そして時折,
視界を切って野鳥が滑る。
丘には,一本の搭がある。
携帯電話の中継搭だ。
鉄骨で組み上げられたそれは,
鈍い銀色に塗られ実に武骨だ。
何万という会話がここに集い,
散っている。
幾人かは笑い幾人かは泣き,
数え切れぬ程の打ち合わせ事が交わされ,
そして通話が切られていく。
けれど不思議だ。
行き過ぎる僕には,何も聞こえない。
通勤しつつ,いつもそう思う。
辺りには,
わずかばかりの風が素知らぬ顔で吹いている。
丘の頂上には墓地があって,
これは僕の部屋のすぐ裏手にあたる。
丘はいつも静かだ。