• 2013_08_31



    夏の終わり、雨の日。下のドアを押し開けて、見知らぬ世界へ出かける小旅行を(クリック)。ちょっとした「どこでもドア」です。




  • 2013_08_30

    安否を心配しています。お元気ですか?



  • 2013_08_29
    スカイラウンジ・ぽんぺ

    長崎大学附属病院のスカイラウンジ・ぽんぺで昼食。こんな洒落た空間。本日は午前中から夕刻まで病院に滞在。神仏のお力をかり無事懸案解決。めでたし。
    今回の芥川賞受賞作 『爪と目』 藤野可織著を読む。他界した人物のブログに関わる記述が面白い。以下一部抜粋。

    あなたは、それまでの生活を思い返した。大学に入学して一人暮らしをはじめ、父のマンションに越してくるまでの日々を。あなたはそれらの日々を、つつがなく生活してきたはずだった。幾度となく調理をし、掃除をし、洗濯をし、必要なものを買っては捨て、捨てては買い、身なりを清潔に保ち、大きく体調を崩すこともなく、そのときどきで相応に働いて金銭を得て、そのすべてにおいて、とくべつな苦痛も快楽も持たなかった。あなたには、書いて残したいことなどなにもなかった。まして、不特定多数の他人に見てもらいたいものなど、なにもなかった。
    あなたは、彼女たちの見せるものが、彼女たちの身を守る装備だということにまでは考えが及ばなかった。彼女たちが欲しいのは、傷ひとつない、ぴかぴかの体と心だ。あれらの記録は、彼女たちが懸命に貼り合わせてつくった特注品の体と心だ。



    • 2013_08_29
      たっしゃで
      長崎インターネットラジオには複雑系ネットワークの視点での理解と整理・展開が有効だなと考えるようになりました。この学問分野はまだ若く、15年程度の研究の歴史しかないのですが、多分野に影響を与えています。たとえば「主体的に」という意味もこれから変わってくるでしょう。それから「オレがオレがの自己表現」というものも、一昔の近代西洋美術の姿勢として整理されていくと思います。

      この複雑系ネットワークの考え方を、なるべく分かりやすく書かせていただいたのが、前回のオフ会の記録ページでした。



      その一部を紹介しますと次のようになります。
      「インターネットのようにオフ会に中心点がなく、 それぞれに生きている実感を楽しみ、明確な始まりもなく、明確な終わりもなく、 まみれ、心の循環が徐々に拡がっていくこと。」

      昨今、いくつかの小さな出来事の重なりで、私との関係がクローズした人がいます。その人がオフ会で知り合った方々と今も楽しく交流を続けていることを知り、嬉しく思いました。複雑系ネットワークの一つの果実です。これこそ、長崎インターネットラジオがつくろうとしていたこと。たっしゃで暮らしてください。



    • 2013_08_28
      小劇場

      東京墨田区「blackA」。岸田國士の『頼母しき求縁』『クロニック・モノロゲ』。小さな倉庫に30人ほどの観客、その客の間で展開される演劇。肉体性に説得されるひととき。愉快。



    • 2013_08_27
      驚くほどうまいギョウザ
      thomさんにご案内いただいた。

      場所は北九州の折尾。駅を出てすぐ右側に広がる酒場。

      その中の「餃子兄弟」。いい。味がある店構え。

      thomさんが水餃子をオーダー。私「?」
      食べてみて驚いた。ものすごくうまい。生涯食した餃子の第一等。焼酎を煽る。目の前で皮からつくられ、供される。

      店内は狭い。構わぬ。激烈にうまい。

      北九州には実に人間臭い店が愉快だ。この街を訪ね、こぎれいな店で飲む貧相さ。土地を感じたければ、こうした店を訪ねるべし。
      というわけで、もう一軒だけご紹介。私のお気に入りの旦過市場だ。

      そこにあるカクウチ屋「あかかべ」。よろし。




    • 2013_08_26
      翻訳

      サリンジャーの『バナナフィッシュにうってつけの日』を読み返した。翻訳は野崎孝。1974年の訳とある。 読んでみて驚いた。とても読めたもんじゃない。なんというかデコボコしている。今からみるとひどい翻訳だと私でも思う。たとえばこんな訳。
      「あんた、どうして電話をくれなかったんですよ。あたしはもう心配で心配で」
      「ねえ、お母様、そんなにどならないで。お母様の声、すごくきれいに聞こえてるのよ」
      いつの間にか、こんな原文なんだろうなと思い巡らしながら、私ならこんなふうに訳すだろうなと頭に浮かべつつ読んでいた。英語が得意ではない私でさえだ。 これは翻訳家が悪いというわけでもない。時代に置いていかれた感覚に私たちが耐えられなくなっているのだ。 開高健がこんなことを言っていたと思う。「ライオンは倒した獲物の内蔵から食う。一番うまいからだ。けれどそこが一番腐りやすい。文章もそうだ。形容句が一番おもしろい。けれど一番先に陳腐になっていく」
      もはや1970年代の言葉は同時代性を持って感じられなくなっているようだ。時代が疾走している。



    • 2013_08_25
      里山美食倶楽部Ⅳ の開催ご案内

      久々に里山でパーティを致します。
      • 実施日:9月21日(土曜日) 晴れまたは曇80.0%、平均気温23.4度、最高気温27.2度
      • メインシェフ:しんのじさん
      • 参加希望の申し込み:「Bar指のつけね」にお書き込みを。ロム専の方で、まだ里山に来たことのない方もキャパの許す限りOKですよ。楽しみです。
      • 夕刻からはじめ、各位の体調に合わせ深夜いつまでも
      • 場所: 里山 島原市山麓に位置します。地図は後日参加希望の方に送付。 車隣接できます。 他県からお出での方には大村空港、あるいは諫早からの送迎も考えたいと思います。 その節は県内の方々のご協力をお願いできればと存じます。
      • 用意: ○食費1人3000円程。夕べの宴食は用意します ○そして焚き火、極上の会話も ○酒類は自分の飲みたいものをご持参ください ○虫除けスプレー持参推奨
      • 宿泊:つぎの方法あり
        • 1.車中泊
        • 2.テント泊(里山に張れます)
        • 3.ホテル泊 里山からタクシーで2500~3000円   ビジネスホテル千鳥 3500円   島原ステーションホテル 4200円   ホテル&スパ 花みずき 6000円など
        • 4.散人氏亭「不躾庵」(人数によっては布団確保可。寝袋をお持ちの方はご協力を)
      • 現時点参加者:しんのじ(シェフ)、散人、thom、あめこんこ、海蛍(初参加)、機械屋、樋口、yoppy、青タント、みやじJr(初参加)、けんじ、まつを。
      • 過去の美食倶楽部の様子はこちら



    • 2013_08_24
      品川プリンスホテル イーストタワー
      お粗末だったホテルの筆頭がここ。東京品川。古い、狭い、隣室の音が聞こえるの3拍子そろっている。そのため室内の写真さえ取っていない。今調べると一泊10,000円程度。それでなおかつ口コミがいい。だから検索して先頭あたりに出る情報は信頼性が薄い。長所もある。駅が近い。朝食がすばらしい。



    • 2013_08_24
      ホテル考
      リーガロイヤルホテル小倉

      シングルオーダーでこれ

      ゆったりとしたソファーとデスク

      バスルームもゆったり

      朝食はゴージャスなラウンジでバイキング

      東横イン

      狭い空間にダブルベッド

      ベットに隣接してデスク

      コンパクトなユニットバス

      朝食はおにぎりと簡単な惣菜と味噌汁などのバイキング

      見た目は前者がはるかにいい。けれどビジネスで使う目で見ると、両者の価値は逆転する。仕事では、仕事後に飲食をして、すぐに眠りについて、朝方起きてミネラルウォーターを飲んで、調べものして、朝食は昨夜の飲食もあってあまり入らない。
      したがって無益な部屋の広さは必要ない。事実今回、前者のホテルにポロシャツを忘れた。
      ミネラルウォーターは東横インだけが無料。
      インターネットは、リーガロイヤルはフロントに願い出をして30分だけ無料。東横インはフリーで無料。
      朝食も東横インの量で充分。
      シャツのアイロンサービスも、リーガロイヤルが400円、東横インが100円。
      宿泊代はリーガロイヤルが13,000円、東横インが5,500円。職場からは規定額が支払われるだけで後は当然手出しだ。利用目的に合わない宿はパス。かといって東横インのインテリアデザインもついていけない。ということで、今後ここをご覧になっている方のために、時間が許す範囲でコストパフォーマンスの高いビジネスホテルのレポートができるようにしたい。これまでできなかったのは、自分でホテル探しできるほどの時間的余裕がなかったことにある。ここへのアップは、今後の私自身用のアーカイブを作るという意味がある。



    • 2013_08_23
      旅のためのパッキング
      今年度やたらと出張が多い。自ずから旅のノウハウを考える。ここにその一部を書き留めてみよう。

      最初に旅の荷物について。
      下が私が夏場に1週間程度出かけるときの荷物だ。キャンプと一緒で物欲地獄に初期は浸かる。しかる後、フットワークを最優先するようになる。旅は動けてなんぼだ。荷物を精選。

      一番右がバック。縦35×横47×幅10センチのDOUGLAS社のものだ。もう25年ほど使っている。丈夫。このバックに、左側に写るすべての荷物を詰め込む。直接会議場に出向いてもイスの横に置いておけるし、飛行機の中でも問題ない。
      左の赤い圧縮袋には、下着2セットを入れ絞る。ホテルで毎日洗濯し干す。その上には、ディップ、薬、そして洗濯ハサミをそれぞれビニール袋に。洗濯バサミはとても重宝する。
      中央のグレイの袋には、ワイシャツ、白ポロシャツを納める。ワイシャツはホテルのクリーニングサービスに出してバリッとしたものを毎日着用する。
      その右に黒いシステム手帳。これを普段からどう使いこなしているかが整理の要点。その上に、時間があるときに読む文庫本と、テキスト打ちできるポメラ。実はこの文章もそうして打ったものだ。
      旅慣れた圧縮技術については高城剛著『LIFE PACKING』に詳しい。お勧めする。けれど重々承知していなけらばならないのは、どれほど圧縮して容積を小さくしても、重量は圧縮されないということ。ここを往々にして忘れる。ご注意。



    • 2013_08_18


      アントニオ=ロペス展。期待が大きかっただけに、晩年の有り様に寂しさを感じました。長崎県美術館はいい頃の作品を所蔵しているなと感心します。



    • 2013_08_17
      復元する里山

      この夏の里山。隣地との境の木々もやっと復元した。

      これが2009年の同アングル。隣接者に突如森が伐採された。心痛む暴力的行為だ。その後何度も木々の移植を繰り返した。4年がかりの境の復元。そう、上の写真は人工的に構築した緑だ。枕木デッキに打ち寄せる波のように緑が迫っている。



    • 2013_08_16
      夏休み企画


      当サイトのかつてのコーナー「里山道楽」。そのコンテンツのリバイバルです。懐かしいですね。リアルタイムでアップしていましたからね。島原半島にある「里山」と呼ばれる場所。そこに集う気心の知れた人々。人生で至福なひとときというのがあるのならこと。




    • 2013_08_16
      雲仙噴火災害の跡地に呼ばる男

      「昨夜、大浦教授、帰省中の「まつを」、料理係り「美和」と四人で拙宅にて宴会、また楽しからずや。大浦教授は東京の人で現代美術の泰斗、島原にて目下鋭意製作中。まぁなにを話したかは覚えていないがきっと愉快だったに違いない。」 これは散人さんのコメント。誠にお世話になりました。
      大浦氏は現代日本美術展毎日現代美術大賞等を受賞した現代美術作家、グラフィックデザイナーにして武蔵野美術大学共通絵画教授。'92年8月から、夏になると島原に来て雲仙普賢岳災害被災地を舞台に活動をなさっている。
      「いやあ、今回も最初は草むしりから」とのこと。
      「どうして島原に20年間も通い続けてるんですか?」
      「なんかね、呼ばれているとしか思えないんですよね」
      出た(笑)。そりゃあ、今後も毎年お出でになるだろう。
      大浦氏へのインタビューはこちらで聴けます。



    • 2013_08_16
      長崎市都市景観賞

      長崎市都市景観賞の作品募集が始まった。2年に1度の募集だ。詳しくはこちら。建築に興味のある人にはたまらない賞。写真は第一回の受賞建築物。

      島原にもまち並景観賞というのがあるのだけれど、この受賞一覧ホームページがない。観光都市を標榜する島原の行政意識の低さが残念。



    • 2013_08_16
      水撒き

      こう暑いと朝夕の水撒きも大変だ。高齢の母にとっては応えるだろう。ということで散水チューブ(クリック)を庭に這わせた。これで水道をひねるだけで庭への散水ができる。大分楽になることだろう。灌水ホースというのもある。



    • 2013_08_15
      お盆

      一時間に一本の列車が人を乗せ、闇から現れ闇に消える。遠くから爆竹の音が聞こえる。

      やがて掛け声が近づき、祖先を乗せた精霊船がその灯を表す。
      島原独特の切子灯篭だ。リリカルな姿を愛している。今年は通り過ぎて行った精霊船の数が少なかった。徐々にこの行事は地方では萎みはじめている。

      仏間に家族で集い、亡き祖父母と父の思い出を語り、子どもたちに伝える。



    • 2013_08_14
      虹のつけね


      小学生のころのことだ。学校から帰ろうと、校門を出た私たちが見たのは、くっきりと鮮やかで太い見事な虹だった。その虹の大地とのつけねが、なんと50mぐらい先にあった。すごい。私たちは虹に浸かろうと、つけねに向かって走った。けれど走っても走っても、虹のつけねは遠ざかっていくのだった。今でも鮮やかに憶えている光景だ。
      古代ギリシア神話の虹の女神のことをイリスという。イリスは天界とこの地上を結んでくれる神だ。
      • 大閑道人さんのコメント
        洋の東西を問わず、「天界とこの地上を結」ぶモノは「煙」。お線香は、あの世とこの世を繋ぐ道具。煙は架け橋。映画「メリー・ポピンズ」でも、煙の階段で天界へと昇る。東南アジアでは、竹細工のお供え物を燃やす煙が、供物をあの世へと送る。いや、贈る。
        魂魄、という。魂には二種類あり、「魂」は天上界へ昇り、「魄」は地へ帰る。魄の「白」は、白骨の意味で、魂の「云」は、「雲」のこと、つまり、煙となって天上界へ昇るの意。
        お墓参りでは、煙の出ないお線香は、使っちゃいけません。「意味」がない。それと、煙の出ないお線香の原料は、木炭なので、温度が高く、危険もある。
        煙が、この世 → あの世、の架け橋ならば、虹は、あの世 → この世、への架け橋。
      • 散人さんのコメント
        代治朗さん、メリーポピンズの歌「スーパーカリフラジェスチックアラドウジャス」を貼り付けて下さい。ジュリー・アンドリウス(英語版)です。こんな楽しいナンバーは他にはありません。ミュージカル嫌いな方も好きになれる筈であります。古今東西ミュージカルにおいてはジュリーアンドリウスを超える人はいません。
      • 代治朗さんのコメント


      • いわさんのコメント
        私の会社同期が、昔、ラスベガスでとあるディナーショーに行って、良い席をと、チップを50ドル(当時だと1万円位)出したら、一番良いテーブルに入れました。同じテーブルに座っている女性がスゴイ オーラ というか どうも見たことがある。ジュリー・アンドリウス でありました。我々の世代には、サウンド オブ ミュージック でのみ知る、大女優です。ほぼ 神の領域。ディナーショー自体よりも感動して、ショー終了後に、サインをお願いすると快く、サインしてくれた とのことでした。ラスベガスで、席を予約するときには、予約係に、しこたまチップを握らせるに限る。と彼は言ってました。



    • 2013_08_13
      思考停滞
      気のせいだと思うが、この時期になると毎年気が晴れない気がする。それは半分異界との接続がなされたかのような感じだ。暑さで閉じこもりぎみだから、発想が貧弱になっているだけだと思うが。
      そんな頭に浮かんできたのは、建築家の責任について。
      長崎にドラゴンプロムナードという建築がある↓。
      http://space.geocities.jp/atrium0510/archi/naga/01dra.html
      ここが近年問題になっている。目に触れない広場が、夜の青少年の非行の場として問題になっているのだ。
      美しいものは大切にされる。けれど建物、空間は、おのずとその空間に合った人と行為を呼ぶ。昨今、一部で取りざたされるアフォーダンスってやつかな。
      建築家やそれを採用する側はそのあたりをきちんと考えねばね。



    • 2013_08_12
      熱い夏


      モヘンジョ=ダロ。訳すると「死者の丘」。この古代インダス文明の都の跡地には、争いのあとがない。戦争に寄らずしてこの都は放棄されたのだ。原因は気候変動であったとされる。暑くなりすぎたのだ。古代メソポタミア文明、エジプト文明跡地の風景を思い起こしていただいても荒涼たる風景だ。
      なお、日本の最高気温は1945年8月6日広島、8月9日長崎6,000度である。黙祷。



    • 2013_08_11
      アンドリュー=ワイエス


      散人さんから刺激を受け、最近ワイエスの絵を何度も観直した。彼の絵を観るたびに、絵を再び描きたいという衝動に駆られる。ワイエスのような画力には遠く及ばないけれども、そんな根底からつきあげられるような欲求を湧きださせられる。
      今回張った動画は、彼が水墨画的力も持っており、そうしたハイブリッドな才能の上で作品が成り立っていることを分からせてくれる。



    • 2013_08_10
      東京の緑管理のすばらしさ
      近年東京に行くたび、樹木管理のすばらしさに感心する。

      長崎では樹木の剪定がちんちくりんなまでにカットされる。街路樹は日差しをさえぎり歩行者を保護するためにある。東京ではそのように管理されているところが多い。

      たぶん地方では電線が地下埋設でないために、ああいったちんちくりんカットになっているところもあろう。けれどそういう条件でないところの樹木をみても、ひどい状況のところがあまりに多い。業者のセンスがわるいのか、行政の指示がわるいのか。どちらなのだろう。

      ツツジの剪定の見事なお見本。これは皇居内のツツジ。通路を歩く人影と比べていただくとその低さがお分かりいただけるだろう。長崎の公園などでは、ツツジの高さが高すぎる。
      これは治安・防犯の問題。公園や学校など広い緑地を持つところでは、視野が抜けていることが大切。過去悲惨な事件が発生した長崎の公園では、いまだにツツジが高い状態のままに管理されている



    • 2013_08_09
      平成25年長崎平和宣言
       68年前の今日、このまちの上空にアメリカの爆撃機が一発の原子爆弾を投下しました。熱線、爆風、放射線の威力は凄まじく、直後から起こった火災は一昼夜続きました。人々が暮らしていたまちは一瞬で廃墟となり、24万人の市民のうち15万人が傷つき、そのうち7万4千人の方々が命を奪われました。生き残った被爆者は、68年たった今もなお、放射線による白血病やがん発病への不安、そして深い心の傷を抱え続けています。
       このむごい兵器をつくったのは人間です。広島と長崎で、二度までも使ったのも人間です。核実験を繰り返し地球を汚染し続けているのも人間です。人間はこれまで数々の過ちを犯してきました。だからこそ忘れてはならない過去の誓いを、立ち返るべき原点を、折にふれ確かめなければなりません。

       日本政府に、被爆国としての原点に返ることを求めます。
       今年4月、ジュネーブで開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議準備委員会で提出された核兵器の非人道性を訴える共同声明に、80か国が賛同しました。南アフリカなどの提案国は、わが国にも賛同の署名を求めました。
       しかし、日本政府は署名せず、世界の期待を裏切りました。人類はいかなる状況においても核兵器を使うべきではない、という文言が受け入れられないとすれば、核兵器の使用を状況によっては認めるという姿勢を日本政府は示したことになります。これは二度と、世界の誰にも被爆の経験をさせないという、被爆国としての原点に反します。
       インドとの原子力協定交渉の再開についても同じです。
       NPTに加盟せず核保有したインドへの原子力協力は、核兵器保有国をこれ以上増やさないためのルールを定めたNPTを形骸化することになります。NPTを脱退して核保有をめざす北朝鮮などの動きを正当化する口実を与え、朝鮮半島の非核化の妨げにもなります。
       日本政府には、被爆国としての原点に返ることを求めます。
        非核三原則の法制化への取り組み、北東アジア非核兵器地帯検討の呼びかけなど、被爆国としてのリーダーシップを具体的な行動に移すことを求めます。
       核兵器保有国には、NPTの中で核軍縮への誠実な努力義務が課されています。これは世界に対する約束です。
       2009年4月、アメリカのオバマ大統領はプラハで「核兵器のない世界」を目指す決意を示しました。今年6月にはベルリンで、「核兵器が存在する限り、私たちは真に安全ではない」と述べ、さらなる核軍縮に取り組むことを明らかにしました。被爆地はオバマ大統領の姿勢を支持します。
       しかし、世界には今も1万7千発以上の核弾頭が存在し、その90%以上がアメリカとロシアのものです。オバマ大統領、プーチン大統領、もっと早く、もっと大胆に核弾頭の削減に取り組んでください。「核兵器のない世界」を遠い夢とするのではなく、人間が早急に解決すべき課題として、核兵器の廃絶に取り組み、世界との約束を果たすべきです。

       核兵器のない世界の実現を、国のリーダーだけにまかせるのではなく、市民社会を構成する私たち一人ひとりにもできることがあります。
       「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」という日本国憲法前文には、平和を希求するという日本国民の固い決意がこめられています。かつて戦争が多くの人の命を奪い、心と体を深く傷つけた事実を、戦争がもたらした数々のむごい光景を、決して忘れない、決して繰り返さない、という平和希求の原点を忘れないためには、戦争体験、被爆体験を語り継ぐことが不可欠です。
       若い世代の皆さん、被爆者の声を聞いたことがありますか。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫ぶ声を。
       あなた方は被爆者の声を直接聞くことができる最後の世代です。68年前、原子雲の下で何があったのか。なぜ被爆者は未来のために身を削りながら核兵器廃絶を訴え続けるのか。被爆者の声に耳を傾けてみてください。そして、あなたが住む世界、あなたの子どもたちが生きる未来に核兵器が存在していいのか。考えてみてください。互いに話し合ってみてください。あなたたちこそが未来なのです。
       地域の市民としてできることもあります。わが国では自治体の90%近くが非核宣言をしています。非核宣言は、核兵器の犠牲者になることを拒み、平和を求める市民の決意を示すものです。宣言をした自治体でつくる日本非核宣言自治体協議会は今月、設立30周年を迎えました。皆さんが宣言を行動に移そうとするときは、協議会も、被爆地も、仲間として力をお貸しします。
       長崎では、今年11月、「第5回核兵器廃絶-地球市民集会ナガサキ」を開催します。市民の力で、核兵器廃絶を被爆地から世界へ発信します。

       東京電力福島第一原子力発電所の事故は、未だ収束せず、放射能の被害は拡大しています。多くの方々が平穏な日々を突然奪われたうえ、将来の見通しが立たない暮らしを強いられています。長崎は、福島の一日も早い復興を願い、応援していきます。
       先月、核兵器廃絶を訴え、被爆者援護の充実に力を尽くしてきた山口仙二さんが亡くなられました。被爆者はいよいよ少なくなり、平均年齢は78歳を超えました。高齢化する被爆者の援護の充実をあらためて求めます。
       原子爆弾により亡くなられた方々に心から哀悼の意を捧げ、広島市と協力して核兵器のない世界の実現に努力し続けることをここに宣言します。

          2013年(平成25年)8月9日 長崎市長 田上 富久




    • 2013_08_07
      皇居に入る

      地方にお住まいの方は、皇居に一般人が入れるものだと思っていらっしゃらない方が多いと思う。

      この堀の内に入る。

      巨大な石垣。歩く人影と比較されたい。

      これが江戸城天守閣がそびえたっていた跡。

      芝生のところに広大な江戸城執務箇所および大奥があった。

      皇居の中に造られた雑木林。天皇のご意向でつくられたもの。

      ここが園遊会で使われる場所だと思われる。

      厳重な警戒の中に、ぽっかりと佇む空間。猪瀬直樹の著書『ミカドの肖像』の出だしの以下の引用を思い浮かべた。
      「いかにもこの都市は中心をもっている。だが、その中心は空虚である」- ロラン・バルト

      これらは皇居東御苑といい、一般に公開されている。予約などの手続きなどは不要。詳しくはこちらを。



    • 2013_08_03
      東京の小劇場スケジュール



    • 2013_08_02
      トマトごはん

      トマトを一個入れてご飯をリゾットにする。コンソメ一個、オリーブオイル少々。うまい。

       

       

       

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。