• 2015_04_30

    穴場のゲキ安宿


    ご紹介しました宿「六文」について実際に宿泊された方から多少詳細な情報が入手できましたのでご紹介します。いやはや、思っていた以上にすばらしく良心的なお宿のようです。
    今どき、一人一室で眠れてなんと込々で2700円だそうです。和室の6畳ぐらい。バリッとノリのきいた浴衣と布団にくるまって眠れます。気のいい夫人がお一人でなさっているため、ゆるい感覚なようで、門限はご夫人が起きてらっしゃるまで。出かけるときは大まかに告げていきましょうね。前回のオフ会の時も飲んで帰って間に合ったようです。素泊り。風呂とトイレは共同。予約のみ。眼鏡橋近く。繁華街から徒歩で帰ること可。ネットとは無縁のいい宿が存在するのですね。
    なお当宿が満杯になっては困りますので、この情報は短期で消去しますし、「激安宿泊長崎」からも除くことにいたします。転載厳禁。
    考えてみれば、ネットで肝心なことを、縁もゆかりもない人物から無料で手に入れようとすることが、そもそも筋違いなんですよね(笑)。






  • 2015_04_30

    県外から訪れた方を案内する超マニアック・オススメ・コース


    超マニアックないわさんをどこに案内するか。
    「え~、次の三つなんかどうかな。一つ目がオランダ坂方面に行って東山手地球館でエスニック料理を食べる。二つ目が館内町に行って生活感のある中華世界を味わう。三つ目が長崎湾を一周する」
    三つ目、thomさんのベンツで長崎湾岸一周をセレクト。
    旭大橋 ~ 旧ロシア村と呼ばれた稲佐 ~ 三菱長崎造船所 ~ 女神大橋 ~ 小菅修船場跡 ~ 旧ウォーカー商会のバンザイ炭酸水工場 ~ 旧香港上海銀行。簡単な歴史レクチャーを入れながら1周。グラバー園も中華街も行ったことがある遠来の客には、長崎湾岸一周コースを案内するのがベストのような気がします。ご興味のある方はこちらをご覧ください
    その後、食堂「一平」で超マニアックなうどんチャンポン。このセレクトは相手のマニアック度によって反応が大きく異なります。激渋な店。けれどまぎれもなく上品な一品です。
    次におすすめの宿へ案内。観光地 眼鏡橋の近くにあって、一室一人でゆったり休め三千円也の超穴場の宿「六文」。すぐ近くに中華のよこはま、そして酒場。






  • 2015_04_29

    唐突オフ会


    大阪からいわさん来﨑。よき人、よき酒、よき一時。
    • いわさんのコメント
      本夕、お目にかかりました皆様ありがとうございました。10年ぶりの長崎の夜、誠に楽しく過ごせました。またお目にかかる日が待ちどうしいです。と言うか、長崎に引っ越したい位です。






  • 2015_04_28

    メール2通

    • 4月22日の記事で取り上げた富田、つまり三十数年ぶりに連絡が取れた小説『昔走った稜線』のモデル富田から拙小説を読んだとのメール。プーケットから。再会はそれほど遠い日ではないようです。一献傾けましょう。
    • 『ドゥーパ!』編集部からのメール。里山を取り上げたいとの取材依頼。有難いことだと思います。けれどお話は見送らせていただきます。編集部の方がご覧いただいていましたらこれがお応えです。合掌






  • 2015_04_27

    ダイブ


    ナイトダイブさんのインタビューを思い出します。「1分間に18mを超えて浮上してはいけません。血液中の窒素が沸騰します。一方、潜水する際は一気にいけます」






  • 2015_04_26

    ギャラリーEM


    Gallery EMで、「塚本猪一郎展 - 油画と版画」が開催中。作家を囲んでクロージングパーティー。塚本氏は吉田隆氏の先輩。






  • 2015_04_25

    驚いたTV番組


    1週間ほど前に久々にTV番組を観て驚きました。番組名は『気まぐれ下車の旅  長崎 島原鉄道 有明海絶景を行く』。下調べなし。地元の人が薦めた場所に行く。これを徹底して番組がつくられています。私にとっては詳しい地域ですから、番組がいかに突拍子もない場所を訪ねていくのか観ていてはらはらしました。
    たとえば、宿泊することろを探そうと多比良で下車し、旅館やホテルはないかと出会った人に聞きます。若者1「ここにはない」。若者2「ここにはない」。その近くにいた年配者「4軒むこうが旅館」。ということで地元若者に旅籠として認識されていないところに宿泊。そこでまた食事場所を訪ねると、勧められたところが私たちが耳にしたこともない店。と、こんな塩梅。二人の旅人も1日あたり20キロぐらい歩いたのではないでしょうか。
    • しんのじさんのコメント
      島鉄電車下車の旅ですが、僕もちょこっとだけ観ました。これぞ、テレビ東京お得意のぶっつけ路線かと思います。この路線を決定づけるきっかけとなった番組は、おそらく同社の「路線バス乗り継ぎの旅」。これはリーダーの、ルイルイこと元アイドルの太川陽介氏、異才?蛭子能収氏に加え、毎回少々盛りを過ぎたマドンナがゲストで登場し、この三人組で決められた期限(3泊4日など)のうちに設定されたゴールに、地図だけ渡され、路線バスと徒歩だけでノープランで向かうという、シンプルなテーマの番組す。毎回、特番形式で放映されます(動画サイトにたくさんあります(笑))。これが結構面白い。真面目で前向き、いつも明るいが少々気の短い太川氏に対し、蛭子氏はとことんマイペースでルーズ、わがままで毒舌。でも、どうしても憎めない。ここに絡むマドンナも、ボロ出しまくりで、かなり人間性が良くも悪くも露呈して(良い方は露呈と言わないか(汗))しまいます。ヤラセがゼロではないにしろ、ギリギリまで減らしているものと思われます。ちょっと長めの番組ですが、お暇な方にはお勧めします。特にお勧めは第17回でしょうか。マドンナも蛭子氏も、心身ともボロボロになってしまいます(笑)。






  • 2015_04_24

    日本製家電のモサさ

    いつからこうなってしまったのでしょう。数か月間、わが家に置く炊飯器と、固定電話を探しているのですが、納得できるデザインと性能を兼ね備えた製品を見つけ出すことができません。日本製品の機能はいいのですが、デザインがモサい。いつかも書きましたように各社のハウスデザイナーのプロトタイプには秀逸なものが見られ彼らの腕は落ちているとは思えません。おそらくマーケティングと会社幹部の会議がダメにしているのではないかと拝察しています。また、近年このダメデザイン化が進んできたようです。不景気がデザインを守りにはいらせているのでしょう。
    私がプロダクトを選定する際の基準にしているのは、部屋の空間に調和していること。個体で主張しすぎないこと。この基準で購入しますと、日常使いで部屋が散らかした状態になっていても、全体に馴染んで落ち着いた空間が保てると考えています。

    ここに置く炊飯器。そろそろ現在のものも限界に来ています。無理やりえらぶなら、今のところこの商品? 固定電話機に至ってはこんなものしかないようです。電話機は部屋ではオブジェ的存在となりますので、もう少し洗練された姿をしていてほしいのですが。






  • 2015_04_23

    霧見台


    一昨日の霧。窓の外に広がる浮遊感。20代後半に書いた小説『ゾーン』を思い出す。

    ----------------
     霧。
     物憂い午後。
     霧見台……。
     陽光は朦々とデッキを照らし,霧はビーカーの中の無数のプランクトンのように浮遊し,水滴はイワサキと僕のダウンジャケットをしっとりと濡らしていた。
     見舞いのついでにと,イワサキはここに僕を誘った。
    「霧見台は初めてですか?」
    「ええ」
    「そうですか。各塔のゾーン奥地へ面した高層階には,こうした霧見台がいくつか突き出しているんですよ。夏場になるとデッキチェアーに寝そべり,ひがな霧を楽しむ人も多いのです。しかしこの時期はさすがに荒涼としたものですね」
     我々以外誰もいなかった。そのことが今はとてもくつろげる。僕はハンカチでぬるぬるとしたカビを拭うと,冷たい金属製の手摺にもたれかかった。
     手摺の向う側は,霧だけに許された世界だ。視界全面に漠とした乳濁が沸き上がる。霧は一時も止どまることを知らない。滲みは刻々と変り,その様は見るものを不思議な内省にいざなう。時折霧はルーレットのように小さな渦をあちこちで巻いては平静に戻る。その度にチカチカと線香花火のような光が飛び散った。ずっと上空では虹色のたゆたいがうっすらと認められる。霧はゆっくりと笑い,ゆっくりと悲しむ。
    「アーケードの方には?」 イワサキがきいた。
    「出かけてません。このところなんとなく……」
    「分ります」
    「なんとなく悲しいのです。ミルのみんなは元気ですか?」
    「この前,立ち寄ってみました。相変らずでしたよ。アーケードはまだ騒然としたところがあって,パトロールが巡回しています」
     イワサキは一メートルほどのホース状の器具を手にとると,頭上で回した。
    「エイを呼んでみましよう。この辺りにはエイがいるのです」
     器具は回転しながらホーッという白い音を響かせた。幼い日に落してきた深い溜息のようだ。
    「どうですか。マーゼンには慣れましたか?」
    「僕の放浪は長すぎたようです」
     エイはさほど持つことなくその巨体を現した。
    「そこにある綿菓子を取って下さい。彼等の好物です。あんな顔をしていますが,性格は実に人なつっこい連中です。人を乗せて飛んだという話さえあるくらいです」 イワサキが言った。
     綿菓子をちぎり,虚空へ投げ浮かす。空飛ぶエイは,とてもうまくそれを捕えて食べた。ゆったりと反転をするたびに,彼等の身体はジュラルミンのように輝いた。
    「綿夢を食べてばかりいるエイは,実に滑稽な顔をしているでしょう?」
    「お父様とは、あれから会っていますか?」 と僕が問う。
    「あなたは?」
     イワサキは霧の向こうを見ながら僕にそう言うと,ホース状の器具を回し続けた。
     僕らは綿菓子を投げ続ける。
     エイは綿菓子を食べ続ける。
     以来,霧見台は僕のお気に入りの場所となった。それほど持つことなくして,エイは僕の手から餌をもらうほど懐いた。






  • 2015_04_22

    人生の曳航


    そのころ僕たちは大学生で、充分に中途半端な自分たちの歳を持て余していた。「レコードってやつは」と彼は言った。「小市民の人生に似てる。広がりがあるようで、実はか細い一本の線だ。傷つきやすく、そしてよくぶつぶつ言う」

    上は20年程前に書いた短編小説の一節です。この拙作の主人公 富田にはモデルがいます。もちろんフィクションではありませんから多くの創作も入り込んでいますが、この小説にはれっきとした主人公がいます。そしてこの主人公のように男気のある人物でした。彼とは大学卒業以来あったことがありませんでしたが、後にこうして彼をモデルにするほどその人柄は魅力的でありました。しばらくして富田の消息を思い出したかのように探すこともありました。彼は教育学部でしたので教員になっているのではないかと、その筋から調べてもらったこともあります。けれど彼は見つかりませんでした。
    そして、昨日、富田からメールを受け取りました。唐突というのはこんなことをいうのだろうというようなメールの飛来でした。
    「私はといえば、大学在学中に休学して自転車でいろいろな国をぶらぶらした後、まあ、頭の中の充実感がいまいちでしたので、筑波大のドクターに行きました。スポーツ科学の専科でしたが、私の興味は哲学や語学にあり、原書講読を進めていくうちに……」。
    三十数年ぶりの富田節。そう、小説では富田は昇天していますが、しっかと元気。教員にならず、会社を立ち上げ活躍してくれていました。人生の曳航とも呼べるほど、引きずってきた思い出が一気に立ち上がった瞬間です。
    小説は『昔走った稜線』といいます。クリックしていただくとお読みいただけます。写真は大学時代の私のライフマスク。






  • 2015_04_21

    ご案内


    ここ数日、「ブラタモリ 長崎 小島」の検索で当サイトへお出でになる方や、長崎人による地元発信情報をお求めになってお訪ねになる方が多いようです。そんな方のために、普段はバックヤードに置いている当サイトのページ案内リンクを以下に添えておきます。







  • 2015_04_20

    ベランダ・ガーデニング


    ベランダ・コンテナへの植栽は春の楽しみの一つ。この場所は、冬は北風が吹きつけ、夏は烈火が注ぎます。このコンテナをつくって数年の過酷な環境を乗り越えた愛いグリーンに、新たな仲間を探しにお店へ。いつも私は植物たちを世話していらっしゃる店員さんに、上記環境にどれがいいかをお聴きしコーディネイトしていくことにしています。今回、出向いて改めて感じたことは、私と同じ条件で植物を求められる方が多いんだなと言うことでした。耐乾、温度差に強い植物や、長期間花を咲かす植物が昔よりももっと増やして揃えられていました。たぶん、ベランダなどで育てていらっしゃる方が多いのでしょう。
    購入したのは、名前が分からない植物と(笑)、アイビーゼラニウム。写真は室内のテレビ越しに見たコンテナ。玄関グリーンもユーカリグニーに入れ替え。






  • 2015_04_19

    テラス開店


    謹啓 時下ますますご繁栄のこととお喜び申し上げます。平素は何かとお引立てを賜り厚くお礼申し上げます。さて、まつを家では、陽光温暖の好季を得て、上写真のとおり昨日からテラス開店の運びとなりました。里山に出かけるまではと感じられるささやかな時間など、この場をご利用いただければと存じます。よろしくご交誼のほどお願い申し上げます。敬具
    というわけで、吉田さんじだらくさんと持ち寄りで一献。3時間ぐらい。力抜いて、ちょっとしたツマミで、ちょっと空いた時間で、たのしいひと時。すぐ近くでウグイスが鳴いていました。遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん。室内で飲むにはもったいない季節。
    代治朗さんによるファイヤーピットではバーベキューもできます。吉田さん、じだらくさん、エイヒレなどキープいたしております。また。






  • 2015_04_18

    ブラタモリに小島さん登場


    本日4月18日のNHK番組『ブラタモリ』に、先般から里山で一緒に飲んでた小島健一さんが登場し、池島でタモリ氏を案内します。放送時間は午後7時30分から8時15分。
    私と小島さんの出会いも、私が池島を訪ねて行った時に、彼が案内してくれたことがきっかけです(上写真)。その時のことをまとめたページが「池島 スチームパンクな異世界へ」



  • 2015_04_18

    日本語は目上の人に二人称代名詞を使わない

    敬意の対象となる相手は、代名詞で呼ばないのが普通。相手の名前にさん付けするか、主語をカット。そんな言語感覚をもつわが民族の、身をくねらせるようにしてタブーを避けているその涙ぐましい工夫はこちらをご覧ください(クリック)。「そうだなあ」と笑えます。youと常時付ける言語感覚と大きく異なる点です。






  • 2015_04_17

    カタログくん

    「バー指のつけね」へのコメントうれしいことです。私の「日本語には『笑う』という語彙が乏しい」という拙文に、これだけのコメントを展開していただいたことをうれしく思います。血の通う知。
    一方、昨日張り付けた動画を見て、「あ、その動画知ってる」ぐらいで終わった人がいたら、それが「カタログくん」と呼んでいる人です。バラバラな情報は知っているけれど知の温度が低い輩。村上春樹もおんなじこと言ってたと思います。「そんなこと知ってるというような顔して通り過ぎていく女の子」とかいうような表現だったと思います。困ったもんだと思っていたんでしょうね。そんなんでは「創造」などできません。身体的裏打ちをされた言葉を持たない輩。知は血が通ってないとね。






  • 2015_04_16

    日本語は「笑う」という語彙が乏しい


    先日文章を作っていて痛感したことです。たとえばWeblio辞書で「笑う」をひくと次のようになります。
    • 〈声を出して〉 laugh、 〈微笑する〉 smile、 〈くすくす〉 chuckle; giggle、 〈歯を見せてにこっと〉 grin 、〈にやにや〉 simper、 〈げらげら〉 guffaw
    笑うという表現にバリエーション豊かな言葉が育っていないということは、日本人は笑うということへの認識が細分化されていないということなのでしょう。

    • 大閑道人さんのコメント
      笑いは、人によってもたらされる。思い出し笑いだって、何を思い出しているのか、と自問すれば、他者とのかかわり。だから、笑うことは、失礼なことなのだ、……という、日本人的美学、ではないか、と推測。

    • 捨老さんのコメント
      〈声を出して〉 laugh、 〈微笑する〉 smile、 〈くすくす〉 chuckle; giggle、
      〈歯を見せてにこっと〉 grin 、〈にやにや〉 simper、 〈げらげら〉 guffaw
      挙げられた語は 実は付随語とでも言うべき いわば形容詞~副詞でありまして、〈○○+笑う〉となると 自在に展開できるのも日本語の特徴でもあり、漢字の「微笑」だけは 何となく名詞っぽく扱えそうですが これも同じく〈頬で+笑む=ほゝえむ〉という結合詞で 〈笑む〉で成り立つ語であります。したがって「なく」も表記だけは〈泣・啼・鳴・哭〉などとありますが、展開は同じようなことになるのではないでしょうか。
      形容詞~副詞となると、逆に「笑う」という日本語に当てはまる英語が存在しないことになりそうです。日本語の《笑う》は古くは《咲う》と表現されており、大いなる観念を孕んだ語のようであり、大いに研究される余地がありそうです。
      イヌイット語では 「今夜は二人で笑え~昨夜はあいつと笑った」など、《わらう》と言う語自体にSEXが含まれるといいます

    • 散人さんのコメント
      薩摩武士には「三年片頬(さんねんかたふ)」という言葉がある。武士は三年に一度、それも片頬をすこし動かす程度しか笑わない、という意味。

    • 大閑道人さんのコメント
      >  薩摩武士には「三年片頬(さんねんかたふ)」という言葉がある。
      懐かしい。中学3年のとき、夢中で読み嵌った本の著者が薩摩武士だった。その著者に影響されて、九州男児は歯を見せない、と信条とした。ご本山での修行では、もっと厳しく、歯を見せないを徹底された。それが身上となって、笑わない、がトレードマークだったが、それでは世間でのお付き合いが出来ないことを知って、笑顔を作るように訓練した。そして……今の大閑道人があるのであります。笑顔は、人を和ませます。

    • 散人さんのコメント
      古代ギリシャ、アルカイク美術の彫像に見られる独特の表情を「アルカイック スマイル」という。ずっと下って 奈良時代の日本(7C)に広隆寺 弥勒菩薩半跏思惟像(はんかしいぞう)も「アルカイック スマイル」と云われている。口元のみわずかに両端を上げ、ほのかな微笑を浮かべている。

    • 捨老さんのコメント
      「アルカイク・スマイル」と言う語も 20世紀以降の言葉で、前6世紀のギリシャ彫像の、いわゆる「笑み」が当文化にとって、「何と呼ばれ 如何なる意味をもったか」は 未明のまゝです。彫像の表情を表す初期段階の技術と解釈するのが、いわゆる美術世界での解釈です。以後、立像のポーズに主題を置いた「コントラポスト」と呼ばれる彫像の流行へと移っていき、「アルカイク・スマイル」は消えていきます。勿論、日本の仏像の時代には、間をおかず仁王像や能面など、表情は多岐にわたっていきます。

    • 散人さんのコメント
      赤ちゃんの微笑み。生後0ヶ月~2ヶ月は新生児微笑(エンジェル スマイル)という。2~3ヶ月になると社会的微笑、つまりコミュニケーションの為のものとなる。それ以降は社会的選択微笑、つまり世話をしてくれる人に対して、パパやママに向けられたものとなる。

    • 捨老さんのコメント
      人は泣いて生まれて来ます。
      「社会的微笑」と言うように 笑いは習得本能に属するものなのでしょう。不孝にして「あやしてくれる」反応の相手を失った野生児に、「笑いを」覚えさせるのに長い時間を要した例はいくつもあります。笑いは母性に源泉を持つもののように思えますが、日本語の「咲う(笑う)」の《ワラ》もまた、古語では「藁(ワラ)→産褥(ワラ)→童(ワラ)」と明らかな母原語となりますが、かつて坂本屋さんが 白川辞典から紹介されたように、女神出現の巫女の踊りに「笑」字の原型を見出す説もあります。折よくこのことを執筆し終えたところでした(笑)。

    • 散人さんのコメント
      表情に乏しい人を「能面みたい」というが、能面にも笑みを持った「笑尉(わらいじょう)」というのがある。
      捨兄さん、「神々 笑いゑらぐ 招魂の巫女」ですね。この踊りはかなりエロティクです。その昔、日劇ミュージックホールで天岩戸前の巫女踊りを再現してまして、私は袖からみていて妙に興奮したのを憶えています。松永てるほさんが踊ったように記憶してます。

    • 捨老さんのコメント
      神話の天宇受賣(天鈿女=アメノウズメ)の段は、現代人にはどうしてもエロティックなシーンとして想像されやすい場面ですが、『水蛭子伝説』を引用してうまく説明しているサイトがあります。http://blog.zaq.ne.jp/soratobukujira/article/370/

    • 散人さんのコメント
      捨兄、読みました。そこで思い出したのが「ディオニュソス」について。あの鈴木忠志演出、白石加代子主演「バッコスの信女」であります。調べてみると私が観たのは1974年岩波ホール演劇祭であります。テーバイの王ペンテウスは邪教ディオニュソス教団を弾圧迫害するが、逆にディオニュソスの凄惨な報復に遇う物語。最後の場面、我が子と知らずテンペウスを八つ裂きにした母(白石加代子)が舞台正面に血まみれで立ち尽くし、そこでなんと森進一の「襟裳岬」が流れてくる。音楽終わると白石があの独特の憑依声で、「ないにも ない 春 です」と云う。私は震えたのです。






  • 2015_04_15

    パラオがミクロネシア連邦に加わらなかった理由は何だろうか

    これは知人が私に問うてくれた疑問です。まず、とりあえずこの疑問に答える学者のレジュメがありましたので以下に引用します(出典)。
    --------------
    三田 貴(大阪大学グローバルコラボレーションセンター)
    パラオでは、スペイン統治時代とドイツ統治時代にすでに植民地統治を経験していたが、日本統治時代と比べると、近代国家システムの導入は限定的であった。日本統治時代には、政府や行政といった近代国家のシステムが本格的に浸透するとともに、「同化政策」や「皇民化教育」によって、パラオ人は日本を「自分の国」として意識するようになった。戦争が目前に迫るなか、「お国のために」と言いながら戦争準備のために日本人に協力したとき、パラオ人にとっての「お国」とは、パラオのことではなく日本が意識されていた。一方、戦後の米国統治時代になると、米国は、脱植民地化の過程でミクロネシア地域全体を単一の地域として扱ったが、パラオ人は「ミクロネシア」というくくりのもとでの国家形成は望まず、パラオとして独自のナショナリズムが意識された。その結果、パラオはミクロネシアから離脱して単独で「独立」(米国の自由連合国という政治地位)を獲得した。
    日本統治時代を生きたパラオ人は、米国の政治体制に取り込まれていく中で、幼少時代の経験や当時の世界観の中に大きく占められていた日本や日本人に対する「思い」から分断されることとなった。そのため日本と関連づけた形での国家意識を再び持つことはなかった。しかしながら、パラオとしての国家アイデンティティを明確に確立した今日のパラオにおいても、日本に対する何らかの「思い」を持ちつづけている人々が一定程度存在するだけでなく、近年の日本における保守的な言説において「親日性」を持つとして賛美される人々は、日本統治時代経験者を中心にパラオにはいまだに数多く存在するという印象を実際に受ける。
    --------------
    上記視点を紐解いていこうと調べ始めますと、戦後教育によって育ってきた私たちに封印されてきた風景が開かれていく思いがします。この手の事実とその捉え方については十分なバランス感覚の元に読み解いていかなければならないということも感じます。






  • 2015_04_14

    島原 有明海の珍味


    しんのじさん、カメノテは採りに行ったが早いようですね。ご一緒しましょうか。軍手と、バールやマイナスドライバーと、ザルを持って行って、岩場で採るようです。上動画はスペインのカメノテ漁。なんでも高級食材だそうです。美味しいものは命がけ。
    「まつをさんは、なんば言いよらすと?」と、「ヒトデ卵のニラ玉炒め」の話を聞いた一休ママさんの当惑顔が浮かんだのを承知で、謹んでご提案申し上げます。 「地酒、地魚、良心価格」をキャッチコピーとされる一休の話題づくりに、次のメニューもご検討されてはいかがかと。
    「ナシフグのガネ炊き、マジャク、シャコ、マテ貝のバターソテー、クラゲの生姜ポン酢」
    島原だなあ。






  • 2015_04_13

    ヒトデはうまいらしい


    食べてみたい。対岸の天草ではヒトデを食するといいます。島原ではその習慣がなく、食べたことがありません。中に詰まった卵がウニやカニミソに近く芋焼酎にあうのだそうです。旬は4月~5月。地元でゴホンガゼと呼ばれるキヒトデが食用。こちらにはヒトデを食べさせてくれる本渡の秀寿司での食レポ。こちらはその秀寿司の名物料理「ヒトデの卵のニラ玉炒め」一休さん、トライしてもらえないかなあ(笑)。報道に入ってもらえばブレイクしますよ。






  • 2015_04_12

    バー・カバノン


    イベリコ豚のスモーク。その後ろに並ぶボトルの数々。気の合う仲間との豊かな時間。
    皆さん方がライブで里山の状況をネットにアップされることに驚きました。そういう時代になったのですね。以下、小島さんのアップから。
    https://twitter.com/kojimakenichi/status/586833282207064064
    https://twitter.com/kojimakenichi/status/586844479602081792
    https://twitter.com/kojimakenichi/status/586851858955767808
    https://twitter.com/kojimakenichi/status/586889561839546368






  • 2015_04_11

    天皇陛下のパラオ訪問

    この時期に陛下がパラオに出かけられたことに頭が下がります。なぜ今、なぜパラオなのか。今上天皇のお姿には平和希求の深いお気持ちを感じます。パラオの位置すらあやふやなまま聞き流している方はここが考えどころです。以下、陛下の御挨拶から。
    ---------
     ミクロネシア地域は第一次世界大戦後、国際連盟の下で、日本の委任統治領になりました。パラオには、南洋庁が設置され、多くの日本人が移住してきました。移住した日本人はパラオの人々と交流を深め、協力して地域の発展に力を尽くしたと聞いております。クニオ・ナカムラ元大統領はじめ、今日貴国で活躍しておられる方々に日本語の名を持つ方が多いことも、長く深い交流の歴史を思い起こさせるものであり、私どもに親しみを感じさせます。
     しかしながら、先の戦争においては、貴国を含むこの地域において日米の熾烈(しれつ)な戦闘が行われ、多くの人命が失われました。日本軍は貴国民に、安全な場所への疎開を勧める等、貴国民の安全に配慮したと言われておりますが、空襲や食糧難、疫病による犠牲者が生じたのは痛ましいことでした。ここパラオの地において、私どもは先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います。
    ----------

    「NHK戦争証言アーカイブ」が無料で公開されていることをご存じでしょうか。パラオのペリリュー島元兵士の証言は私たちに多くを教えてくださっています(クリック)。以下抜粋。
    「海岸から今度、大勢、見てやんだよ。すごかったよ。数を数えるような状態じゃねえなんだから。 うん。もう、列になって上がったよ。ガーッと。 海上も上空もアメリカのなんだんかな。上空なっちゃってるから、日本の抵抗する船も来なければ飛行機もこないんだから。向こうのアメリカ軍は、演習をやっているような状態。日本からは、たいした砲撃やしねかね。砲撃すれば、そこは発見されるからね。今度は徹底にそこつぶされるから。本当に有効に確実になんないやつはむやみに撃たねえかんね。」






  • 2015_04_11

    豊かな人生と人材

    「劣った者がローカルにとどまり、優れた者がグローバルにはばたく」という発想自体がおかしいですね。なんというか貧相な発想です。それはちょうど、ワークライフバランスを言い始める前の貧相な世界観と同じテイスト。騙されてはいけません。けれど、方々でこの思考法を基盤にした有識者の発言や計画が見受けられます。地方創生論の中にもこの思考法で論じている輩がいて苦笑する始末。
    と、ここまで書いて、youtubeで「豊かな人生」と検索したらこんな感じ(クリック)。銭と霊感商法。どうした日本人。しっかりしろ。






  • 2015_04_10







  • 2015_04_09

    マルゲリータ


    息子の高校入学。お祝いでマルゲリータで食事。
    スピーチ 「私の友人に、山に木を植樹し百年の森を子どもたちに残そうとしている人がいます。その人は、まず拾ってきたドングリの実を小さな植木鉢に植え付け、20センチの大きさになるまで育てます。その後、その苗を大きく育てるのはどうすればいいでしょうか。そうです。大地に植えかえるのです。私たち人間は誰しも、幼い頃にはまるでドングリの苗のように、家庭という植木鉢の中で育ちます。青年期を迎えたら、世間という大きな大地に植えて見守り育て続ける。そうすることで大木に育っていきます」






  • 2015_04_08

    家バル


    気づくと缶詰が進化を遂げていました。この「家バル」シリーズはすこぶるおいしい料理が詰められています。皆様にもおすすめ。まさに家で楽しむと共に、カバノンバーのためにあるようなものですね。
    江戸時代までの日本人はのんびりとしていたと言います。明治に来日したイギリス牧師が日本女性とそんな話になり 「日本人は花見だのなんだのと、ちょくちょく仕事を休むね」と言うと、「外国の方は私たちを怠け者のようにおっしゃいますけど、でも、ほら、あんなに桜がきれい……」と花にみとれて、話そっちのけだったとか。
    よろしいですなぁ。さあ、年度初めで少々バタつきましたので、里山にでもまいりますか。






  • 2015_04_07

    皿うどん オススメの店


    ちゃんぽんより皿うどんが好き。実は長崎の私の知り合いにはそういう人が多いような気がします。呑兵衛にとって皿うどんは食事というよりも、酒のつまみなのであります。
    では皿うどんのオススメの店はどこか? 答えは宝来軒別館。言っておきますが金をもらっているわけでもなく、知り合いの店でもありません。知人の中でここがうまいという人が多く、また私もそれに異存ありません。ちなみに私は細麺ではなく太麺の方が好きです。






  • 20415_04_06

    現実離れ


    住居からは、しばしば現実離れした光景が窓の外に広がる浮遊感が楽しめます。写真は昨日の朝の光景。家は雨雲の中に浸っています。






  • 2015_04_05

    オヒトリサマBBQグリル


    愚の骨頂。






  • 2015_04_04

    スマホ、子どもが長時間使用したら保護者に罰金

    台湾では18歳以下の子供が長時間にわたってスマートフォン・タブレット・PCを使っていると、保護者に対し最大約18万円の罰金が課せられます。
    韓国も16歳未満のゲームユーザーの夜間プレイを禁止する法律を採用しています。
    EUも「学校におけるすべての携帯電話とPC用ワイヤレス・ネットワークの利用禁止」・「子ども、青少年を対象として健康被害に関する情報の普及を目的としたキャンペーンの実施」を勧告しています。
    不肖ながらわが家も18歳未満までの間は子どもにケータイは所持させません。






  • 2015_04_03

    メール復活

    thomさんのご尽力で、当ページの右上にあるメール送付機能が復旧しました。thomさん、ありがとうございました。おかげで光が見えました。


    光といえば、この頃の注目話題はこれ。まるで太陽光が差し込んでいるような照明器具。上の動画は地下室ですが、それを感じさせないわけでして。建築設計に変化が表れてくることでしょう。照明名はCoeLux。イタリアでの発明。


    地下といえば、トルコのカッパドキアで巨大な地下都市が発見されています。
    「カッパドキアに新たな地下都市、過去最大と推定  礼拝堂やワイン醸造所、水路や通気口などのインフラも完備」
    と言いましても、照明とか、トイレとか、疫病が流行ったときとかどうしていたんでしょう。






  • 2015_04_02

    ヘボコン


    息子がディスプレイを見ながら大笑いしているので覗きますと↑この動画がありました。第18回文化庁メディア芸術祭 エンタテインメント部門 審査委員会推薦作品。時代は進んでいっております。笑う門には福来る。力強さを感じます。






  • 2015_04_02

    メール機能が停止していました


    昨日、しんのじさんからご指摘を受け、メール機能が停止していたことが分かりました。
    「ぷらら提供CGI」の提供は2014年7月15日(火)をもって終了いたします。」だそうです。参りました。この表現ではメール機能が止まるとまでは、小生レベルではピンときません。いったい何通のメールが消えて行ったのでしょう。
    取り急ぎ該当ページ削除。thomさーん、ヘルプ・ミー。






  •  2015_04_01

    今年のエイプリルフール







     

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。