• 2015_09_29

    古地図を解く

    以下、スリリングで推理小説を読んでいるようでした。

    古地図の面白みにはまり、この地図(クリック)で島原半島を見ていて驚きました。 「なんだ、この島原城から千々石に島原半島を横一文字に走る道は!? 無茶苦茶な道だな」 この地図は幕府の命でつくられた天保国絵図。幕府の命でつくられた地図に記されているということは、主線道と認識された道であるということ。 この道に何か書いてあるな、どれどれ……(上図アップ部分)。読めない。そこを捨老さんから「此壹里山之間坂有難所荷附馬不通」、つまり「ここから一里は山間部の坂で難所があり、荷物を付けた馬は通れない」という意味だと教えていただきました。合掌。当時から険しいコースであったことがわかります。
    どこだろう? 千々石(ちぢわ)から山の中へ分け入る道は心当たりがありました。千々石から田代原キャンプ場に至るコースです。通ったことがあります。これって九千部岳Ⅰ断層沿いの険しい道なんです。おいおい、あれを徒歩でいくなんて、とんでもないですね。

    一方、田代原キャンプ場から東へと伸びて島原城に至る道が思い浮かびません。どのコースだ? 島原城付近のコース周辺を確認しますと、三会村の寺中名と、杉谷村の山寺名が読み取れます↑。
    そこで 「三会村寺中名 杉谷村山寺名 街道」 で検索しますと、「伊能忠敬測量による長崎県内の主な街道・千々石街道」というサイトが出てきました。ここは以前拝見したことがあり、伊能忠敬が計測した道を辿っていらっしゃる優れたサイトでした。詳しく読んでいきますと、こんな地図↓が載っていました。

    赤い道が、千々石街道といい、伊能忠敬が計測して歩いています。お!、地図中に杉谷村山寺名があります。その近所に三会村寺中名があることも知っています。これか。探していた道は千々石街道というのか。そして伊能忠敬も通った道なのか。千々石街道の詳しいコース図はここからダウンロードできます(pdfデータ)。ダウンロードして地図を見ますと、田代原~島原市側の山道は前述サイト管理者も道不明瞭・危険と記した状況とのこと。実に興味深いルート。地図に見入ってしまいます。
    さらに「千々石街道」で検索しますと、一説には勝海舟や坂本龍馬が通った道との見方もあるとのこと。これは怪しいでしょうけれど。さらにこのブログ管理者は千々石街道を実際に歩いてらっしゃいます。体を張ったリポートはここから。江戸時代の街道跡が山中に残っているのですね。文章も面白いですし、掲載写真も必見です。やはりコースの多くが忘れられた状態になっているようです。

    • thomさんのコメント
      地図をずっと眺めていました。 礫石原から国道389号に抜ける部分がピンときません。 あの一帯は舞岳もあるし、稜線と深い谷が近い距離で並んでいますよね。 なぜあそこに荷物を運べない街道ができたのか? 歩き専用道ってのがあったのでしょうか。

    • まつをのコメント
      同感。 私もあの辺りが一番ピンときません。 歩いたリポートではここここあたりですよね。

      教科書的に言うなら、当時は大量荷物の運搬は海路であり、陸路中心の思考は現代になってから。車社会出現以前は身一つで移動する道も必要だったと。けれど、お立ち場の水から赤岩神社までのコースのとり方がピンときませんよね。今では消えていますし。それがなぜ主線道として活用される道であったのか……。

      クリックで拡大図
      わかったかも。 第1に、3D化してみると適切なコース取りです。 第2に、湯江川、土黒川と川を辿り、飲み水の確保ができやすいコース取りです。

    • thomさんのコメント
      なるほど、確かに。その道がなぜ現在に残っていないのかも不思議です。

    • まつをのコメント
      >その道がなぜ現在に残っていないのか
      その点が私たちが共通に思い浮かべていた謎でしたね。これも解けたようです。

      ↑湯江川上流をグーグルマップでアップしてみます。
      するとダムのようなものが見えます。これは砂防ダム。同じように土黒川の上流にも砂防ダムが見られます。実は湯江川、土黒川の上流は平素は水が流れておらず雨天時のみ流れる川のようです。つまり、先の、「湯江川、土黒川と川を辿り、飲み水の確保ができやすいコース取り」という認識は誤り。
      さらに、湯江川流域には地形的に氾濫しやすいと考えられる場所があるという論文があり、そこに土石流の氾濫予想ルートが記された地図を見つけました(『雲仙普賢岳地域の地形変化と災害危険度の予測.』- 京都大学防災研究所)。

      この図と千々石街道を重ね見ます。すると……。

      もうお分かりですね。二つの川は度々氾濫を繰り返していた。江戸時代は千々石が移動は主要街道の一つであったため、その度に修復されてきていた。しかし、鉄道の発達によって海岸沿いのコースに流れが移りました。戦前はこの一帯は住む人とて少ない地域でもありました。さらにモータリゼーションが発達。こうして修復の手は止み、氾濫に任される状態が続き、街道は消えていったのでしょう。






  • 2015_09_28

    寺が結界を張る都市「長崎」

    どこかにまとめた書物があるのかもしれませんが、自分の頭で絵解きしてみます。

    クリックすると原図を拡大で見ることができます。
    鎖国時代、長崎は海外に開かれた都市であったことはご存じのとおり。ですから長崎は人が易々とは出入りできない封鎖都市にする必要がありました。そのバリアとして寺を使っているようです。西洋都市ですと高い壁を築くところなんですけれどね。上の古地図に寺社の場所を赤いベルトで表してみました。ね、すごいことになっているでしょう? 一目瞭然。実際歩いてみると、隣接する寺の間は一分の隙もないよう密接して建てられています。寺の敷地にいる門徒以外の人間は「こいつ誰だ」となるわけです。
    地図上に東と北という時が大きく書かれてますよね。東北というと鬼門。その方向の山の上に春徳寺と書かれています。このお寺を調べてみますと曰くありげですね。

    実際、出島から春徳寺、そして私が長崎の鬼門の結びではないかと考えている七面山大菩薩が一直線上に並びます。
    今回の古地図も国立公文書館デジタルアーカイブで公開されている『肥之前州長崎図』です。






  • 2015_09_27

    漆とカシュ―

    前述の雑誌『Casa』には金継ぎの記事もあって、読んでいて幼いころの記憶が蘇りました。金継ぎとは、欠けた器を漆でつなぎ、その上を金粉等で上化粧する方法。父が金継ぎし修復した陶磁器がTVで使われたことがあったことを思い出したのです。

    そんな環境で育ちましたので漆について多少目が利きます(笑)。そして少なからぬ店舗でまがい物を漆塗りと偽って販売されている現状を寂しく思っています。偽物は漆ではなくカシュ―塗り。上写真のカバノンの矢印で示した横丸太やカウンターはカシュ―で塗っています。一般の方は、本物の漆はかぶれますので使えませんが、カシュ―はかぶれません。このように漆とカシュ―は体の反応からして別物なのです。漆はジャパンと呼ばれるこの国の文化を背負ったもの。そんなまがい物を漆塗りと称して販売している店舗は、分かってやっている場合とそうでない場合があるようです。いずれにしろ目か姿勢が曇ってをります。






  • 2015_09_26

    ルーシー・リー


    雑誌『Casa』がルーシー・リーの特集をやっています。リリシズム溢れる作品群。先日IKEAで見つけ購入したフルーツバスケットは彼女の作品のようなテイスト。長いこと居間のテーブルに置くフルーツバスケットを探していて、金属系に走ってみたり超レトロ系にも迷い込んだりしましたが、結局気軽に使えて、部屋全体を支配するようなものは避け、これに落ち着きました(落ち着いたか?)。
    もう一つ。陶芸で最近私が普段使いして愛でているのは、雲仙焼きの石川裕基さんのカップ。和洋が混ざり合い使いやすいところが気に入っています。






  • 2015_09_25

    こうなっていたかも県区分


    もしかしたらこういう風に県区分がなされていたかもしれません。明治36年の「府県廃置法律案」の文書に貼付されていた地図。この案は議会の解散のため提案までいたりませんでした。藩閥政治の時代なのに山口県や佐賀県が見当たりませんね。福岡県に下関が含まれていたり、鹿児島県も巨大であったり、そのため大分県・宮崎県がなかったり。これは調べてみると興味深い事情が出てくるでしょう。実際、長崎県は明治の一時期には現在の佐賀県を含んでいました。そのいきさつはこちら(出典:ウィキペディア)。
    「明治2年6月20日にはこれが長崎県へと改められ、旧肥前国域は明治4年の第1次府県統合の際に長崎県と伊万里県(現佐賀県)とに分立した。その後、佐賀県の統廃合の影響で徐々に長崎県の県域は拡大し、明治7年の佐賀の乱後には、政府による懲罰によって佐賀県全域が長崎県に併合されることとなる。明治16年、佐賀県の復県によって10の郡が長崎県より分離し、おおよその現在の長崎県が成立した。」
    この地図は国立公文書館デジタルアーカイブで公開されています。「大日本府県全図 府県配置法律案付図」で検索のこと。






  • 2015_09_24

    疑問に思わない愚かさ

    セラフィットは永遠に焦げないと信じたり、キミエホワイトが従前の薬より飛躍的に効果があると信じたりするのは、なぜ世界の国では政府がお札を刷るようになっていないのかという疑問を持たないぐらい愚かなことです。

    • 代治朗さんのコメント
      ウイキペディアの政府紙幣から。リンカーンは南北戦争時の戦費調達用として発行した政府紙幣を、戦後も続けると発表した。 その一ヶ月後暗殺された。 1963年6月4日にケネディ大統領の大統領令11110 (Executive Order 11110) によって 政府紙幣が復活するが、その約半年後の11月22日にケネディ大統領は暗殺された。
      陰謀論的な偏った視点からばっかり理解した政府紙幣に関する前回の投稿↑を、ちょっと待てよと、ねっとでもう少し検索してみました。 「政治家に(権力者)紙幣発行の全権を委ねるのは、非常に危険な事」というのが 中央銀行の存在意義のようですね。 選挙前に紙幣を刷って、国民全てに金を配れば、配った政党は大勝するでしょうからね。 これじゃ、買収を適法化してしまいます。
      調べていて、もう一つ理解した事があります。 国債の件ですが、日本国が発行する国債の95パーセントは国内投資家(金融機関、年金基金等) と、個人投資家であった。国債を日銀が引き受ければ政府が紙幣を発行するのと同じ意味になり 其れは禁じ手とされていたのに、インフレ目標の為の金融緩和で、 日銀が大量国債を引き受けるという、禁じ手を現在進行中だという事。 ここで、又、陰謀論に戻りますが(笑) そうやって刷り上げた、否、国債を日銀に買わせて得た円で、政府は 絶対に売る事ができない米国債を買わされ、軍産ネオコンから兵器を買わされているのだ。






  • 2015_09_23

    ラグビー日本代表 歴史的勝利

    里山での話題の一つ。世界的強豪南アフリカ戦の歴史的勝利。
    散人さん 「ラグビーはラッキーで勝ち上がれるような競技じゃないんです。強いものが勝つ。そんな競技なんです」
    早速、帰宅して試合を見ました。すごい。ラガーマンにはかないません。
    私の通った高校では体育の授業でラグビーがあってました。私もヘッドギアをつけて頑強なラグビー部員の疾走に目を丸くしながらグランドを右往左往していました。プレーの前に「鎖骨が折れやすいから、よく叩いとけ」と先生に指示されていたことなどを憶えています。昨今こけたときの受け身もできず骨折する子供が増えていると言いますが、途上国だった当時の日本に育つ子供は平均的に見ると今よりも基本的に運動していたんでしょうね。身体性を実感していました。身体性のない思考なんて。
    というわけでラグビー。あれはとてつもないファイトが必要な競技です。ラガーマンにはとてもじゃないが敵わない。長崎インターネットラジオのゲストの皆さんの中で元ラガーマンは散人さん山口博和さん。成人になってもラグビーで培われたファイトはその身を包んでいますね。
    今日の試合は22:15 ~ 24:25、対スコットランド戦。



    • 代治朗さんのコメント
      日本対南ア戦を ユーチューブで観ました。英語の解説だったが、凄いですね。 巨漢同士が、二時間近くぶつかり合い倒しあい、でも、喧嘩もなくラフプレーも無く フェアーな両チームに感動しました。 サッカーのようなわざとらしい倒れ方や、頭を抱えて痛がる何てことを全くしないプレー。

    • 散人さんのコメント
      高校時代一番女生徒に嫌われるのが柔道、とラグビー部でした。野蛮なのです。 我が島原高校ラグビー部は15年間も農業高校に勝てませんでした。体力が違うのです。それを私が二年生の時に破りました。皆唖然としてました。一番泣いてたのがコーチでした。相撲やレスリングしながら楕円球をパスして敵陣にトライするスポーツです。なぜ私がラグビーをしたかというと、中学時代に柔道をしていてもっと強い男とぶっつかりたかったからです。今回の南ア戦は奇跡です。スクラムでは背骨がきしんできます。バックスでは敵が自分めがけて突進して来ます。恐ろしい怖い泣きそうなスポーツです。もう筋肉をヨロイみたいにするしかありません。今は67歳になってブヨブヨな身体になってますが、高校時代にラグビーの練習後、上級生の女生徒が「触ってよか?」と私の胸板を撫でたのを今でも忘れません。ゾクゾクっと総毛立つ思いがしたのを今でも忘れません。






  • 2015_09_22

    里山ベストシーズン
















    • 2015_09_21

      バルコニーバル


      外飲みにはベストシーズン。
      一人バルコニーに出て夕方から一杯。
      時代は風のように来ては去る。
      シャワーを浴びてまたイスにもたれ、聴き慣れた曲に安心しつつ、また一杯。
      「魂よ、謎なぞを解くことはお前には出来ない。 さかしい知者の立場になることは出来ない。 せめては酒と盃さかずきでこの世に楽土をひらこう。」 オマル・ハイヤーム
      日暮れて溢れる虫の音、街の灯。






    • 2015_09_20

      3Dで地図を見る


      「誰でも・簡単に・日本全国どこでも」地理院地図を3次元で見ることができます。上図は長崎市を3D化したものです。ここでつくれます。マニュアルはこちら。
      これもハザードマップを探す際に見つけた副産物。それほど探さないと使いやすいハザードマップには出会えないということ。

      もう一つご紹介しましょう。自分の住んでいるところの標高がワンクリックでわかる地図。地図をアップしていってカーソルをあわせ、右ボタンをクリックするだけで標高を知ることができます。この地図には他に、新旧の航空写真を合わせ見ることができる機能も付いています。時代の流れを読み解き感慨深い一時を過ごすことができますよ。画面左上の「情報」→「表示できる情報」→「地図・空中写真」→「写真」。長崎の場合はここで、「最新(2007年~)」と「1974年~1978年」が使えます。この間には長崎大水害がありました。






    • 2015_09_19

      日が暮れていく








    • 2015_09_18

      長崎市ハザードマップ



      総合的なハザードマップ
      はこちら (土砂災害・洪水・高潮・地震津波・避難場所)。
      やっと見つけました。散々探し回らないとアクセスできない状況はいかがなものでしょう。人命に関わる情報が速やかなアクセス状況にないことは問題です。忘れないようリンク集にアップ。た日本全地域については国土地理院の「身の回りの防災に役立つ情報をまとめて閲覧」サイトなどがあります。

      • thomさんのコメント
        行政に頼らない
        私が中学生の頃、実家の横の崖が大雨で崩れそうになった時に、父が役所に相談しましたが、何も対策はせずに逃げろと言うばかりでした。近所の集会所は自宅以上に危ない場所にあり、どこにも逃げ場がないと判断した父は崖の上に登り、崖に雨水が流れないように溝を掘り、ブルーシートで崖を覆い、掘った土を詰めた土嚢で固定して我が家一帯が難を逃れたことがありました。
        やがて雨が上がり、綺麗な作業着を着た役人がゾロゾロとやってきて崖を眺めていましたが、父が張ったブルーシートは、翌年の大雨シーズン前にも放置されたまま、何の対策もされぬままで、崖の下にカラーコーンが置いてあったのを覚えています。それはまるで犬のマーキングのように思えました。
        私はその後実家を離れて、都合5回家移りをしましたが、いつの時も自然災害が起きない場所であることを第一に棲家を決めてきました。おかげで大雨が降っても大風が吹いても枕を高くして眠ることができています。仮に先祖代々の土地があったとしても、もしそこが危険だと判断すれば私はそこには住みません。死にたくないですから。
        我が北九州市のハザードマップも確認していますが、参考レベルというか、標高で塗り絵をしただけに思えます。実際に大雨洪水警報が出ている時でも、市のHPには「災害対策本部を開設しました」程度の情報しか上がってきませんし、自治区会においても避難所開設の訓練もありませんでしたし、区会長に尋ねても「なんじゃそりゃ」と回答が来たほどに脳天気(市内全域に大雨が降ってるのに)で呆れてしまいました。
        行政を信用して被害に会い、行政に責任を求めるくらいなら、金を溝(ドブ)に捨てる方を私は選びます。命はひとつです。

      • まつをのコメント
        thomさん、結局そうです。雲仙災害で学んだことは、自分の命は自分で守れということと、昔からの言い伝えは守れと言うことでした。「島原の水無川沿いには家を建てるな」という言い伝えが古い家にはありましたが、災害の際に実際そこは埋まりました。

      • いわさんのコメント
        thomさん まつをさん の仰る通りです。
        役所ばかりが悪いわけではなく、昨年の広島の土砂災害でみなさん知られた通り、危険エリアの指定をすると、不動産価値が下がる ということで地元関係者が反対するのです。指定されないと、指定地より対策は後回しになります。というか、対策されない というべきでしょう。
        これと同じ理由と言うべきか、自治体が作成した立派な資料は、どこに公開されているか分かり難いんです。今は、インターネットがあるので、丁寧に検索すれば見つかりますけどね。昔は、全然分からなかったと思います。
        GISで作成されたシミュレーションは、利益関係の変な影響を受けない科学的事実をそのまま表示してくるので、指定エリアかどうかは関係なく表示してきます。
        今は、丁寧に検索して資料をみつけ、地形図、現地調査、伝承 でもって自分の地学的知識によって判断するしかないと思います。なお、今は、衛星の精度5mのデータが1平方キロあたり数百円で誰でも買えます。活用は、素人では、難しいところはありますけどね。画像で見てもかなり色々分かります。常総市あたりの鬼怒川の写真を見ると、三日月湖らしい痕跡があちこちにありました。元々、高低差のないあのエリア一帯をグネグネと蛇行して流れていたわけです。
        それとね、問題ある場所は、周囲より値段が安いんです。お得感のある土地は、そこだけ低いとか、元々湿地だったとか、地盤が弱いとかあります。神戸でも、阪急神戸線より海側は砂礫の堆積層、山側は岩盤で山側の住宅は被害が少なかったです。不動産は、良く調査しないといけないでしょうね。








    • 2015_09_17

      水害のハザードマップ

      昨日の土砂災害に続いて、水による災害のハザードマップを二つ紹介します。


      1.津波浸水想定ハザードマップ
      最大クラスの津波が悪条件下において発生した場合に想定される浸水の区域(浸水域)と水深(浸水深)を表したもの。県内全地域が網羅されています。


      2.浸水想定区域・ハザードマップ
      こちらは河川の氾濫による洪水の想定をあらわしたもの。河川ごとに示されています。上図の諫早の本明川流域想定は厳しいですね。






    • 2015_09_16

      土砂災害ハザードマップ 長崎県電子国土総合防災GIS

      いわさんに次のようなコメントを寄せてもらいました。今回のような災害があった際、マスコミはこんなサイトを紹介し周知してくれるといいですね。また地域住民はハザードマップを求める際、在住市町村サイトにアクセスすることが多いでしょうからリンクを張っていただければと思います。

      ----------------------

      長崎県電子国土総合防災GIS
      というのが、ありますね。動きが少々重い。
      ※お住まいの地区の土砂災害危険箇所、土砂災害警戒区域を見られることをお勧めします(まつを)。
      阪神淡路大震災以降、国が電子地図化を推進し、防災情報をそれにレイヤーでかぶせるというのをどこの自治体でも進めていて、やってない府県はありません。茨城県もちゃんと整備していて、それを見ると常総市の浸水は、そのシステムのシミュレーションとぴったり同じです。それは当然といえば当然.。情報はあっても活用できるかどうかは別。

      グーグルが開始したGoogle クライシスレスポンスを見てください。よくできてます。また、現在整備されているのは予測であって、リアルタイムに現況を把握するシステムはできていません。各種センサーの設置、UAV、監視カメラ それらからのデータをリアルタイムに処理して視覚化するシステムが必要になります。
      ※このページから例えば国土地理院撮影の下のような動画に行けます(まつを)。



      実は、そういうものの基盤になるシステムのマーケティングを今引き受けてます。中に動画がいくつか載っているので、お暇なら見てください。動画はこのページです。かなり強面な内容です。








    • 2015_09_15

      ハザードマップ

      桜島そして阿蘇と、九州の火山活動が危ぶまれていますね。20年前、私は島原に住み、そこで雲仙岳噴火災害を体験しました。右写真のように火山灰が自宅に降り積もり、火砕流や河川から溢れ出る土石流から逃げたりして生活していました。
      さてそんな体験をしてきた島原だから、ハザードマップはしっかりしているだろうと覗いてみました。「島原市 ハザードマップ」で検索するとこんなふうに出てきて(クリック)、一番トップに出てきた「島原市防災避難マップ」をクリックして、出てきたマップを見てショックを受けました。島原市は本当に避難場所を伝えようと思っているのでしょうか。マップに記された避難場所が読み取れない粗さのマップを載せています。喉元過ぎればという言葉が頭をよぎりました。
      なお、島原市ホームページで調べるとため池ハザードマップが出てきます。これは住民に伝わりますね。
      さらにさんざん検索しますと、火山ハザードマップデータベースの中に、島原市防災マップなどが掲載されています。このようなマップを島原市ホームページは掲載されないのでしょうか。








    • 2015_09_14

      シーズニング


      シーズニングが進んでいく四代目さんから頂いたダッジオーブン。しんのじさんと機械屋さんの料理をバルコニーで楽しませていただきながら、3時間かけてじっくりとブラックポット化。しんのじさんの指導がなければできるもんじゃないなと痛感。代治朗さんのファイヤーピット、快調! みなさん、合掌。






    • 2015_09_13

      東日本大災害


      今回の東日本の洪水は実りの秋を襲いました。一昔なら飢饉であり、国家が転覆危機さえ迎える事態が発生しています。今回政府はその認識を持って動くか注目。
      日本人が食料を満足に食べられるようになったのは40年前、昭和も戦後の話です。それは農業関係者の絶え間ない努力の成果なのです。そしてご存じのとおり、食糧は国家安全保障の問題なのです。
      飢饉も遠い話のことではありません。昭和5年~9年、昭和東北大飢饉がおこりました。これは『昭和東北大凶作 娘身売りと欠食児童』 山下文男著に詳しく書かれています。以下一部引用。
      • 昭和六年(1931)凶作の追い打ち
        大不況と凶作と「満州事変」/粒々辛苦の甲斐もなく/北海道――辛うじて飢えをしのぐ飢餓地獄/青森県――ワラビの根を掘って食料に/岩手県――茅の野原のような田んぼ/秋田県――収穫皆無地1300町歩
      • 昭和七年(1932)悲惨、娘身売りと欠食児童
        売られ行く娘たち/欠食児童全国20万
      • 昭和八年(1933)戦争への道行と三陸大津波
        救農事業と「自力更生運動」/地主様と小作農民の悲哀/軍国美談の陰で/厳寒・暁の大津波
        写真:昭和9年凶作による飢饉で大根をかじる東北地方の子供(クリック)

      2・26事件は東北の疲弊が引き金となったことを忘れてはなりません。こううたわれていたのです。
       権門(いい家柄のこと) 上に傲れども 国を憂うる誠なし  
       財閥富を誇れども 社稷(国家のこと)を思う心なし
      こうした事態にならぬよう、国は国民の疲弊を直視し対策に取り組まれることを期待します。今回の水害が発生してから、皆さんは首相のコメントを耳にされましたか?

      • 代治朗さんのコメント
        橋本政権、小泉政権で治水事業費は半減させられ、 さらに民主党政権が二割も削った治水事業費 具体的額は、橋本政権期で2.3兆円、民主党政権期にはわずか0.8兆円 安倍政権は0.9兆円に戻したが、ピーク期の37.7パーセントというから 驚き桃の木山椒の木ですね。削られた予算はどこに行ったのでしょうか? 何に使われたのでしょうか?と、思うのは私だけでしょうか。 あ!そうだ、国家予算が堤防を削ったんですね。 常総市の洪水は、ハザードマップで決壊場所も浸水地域もほぼ正確に 予想されていた、その対策へ予算も付けず放ったらかしにしていた 国交省の責任は重大、そして何よりも緊縮財政で国民の生命と安全を守る 治水事業費を削った、財務省の責任はより重大ではなかろうか、と思うのです。






    • 2015_09_13

      室内用家具を屋外で使用するために


      室内用テーブルをバルコニーに置くために、撥水仕様化する塗装をしました。選んだのは船舶用塗料。主剤であるポリエステル樹脂FH-123に硬化剤を100:1で混ぜ、ラッカーシンナーで薄め使用しました。必要な厚みに積層させた硬化樹脂は、鉄や木材のようにさびたり腐ったりしない丈夫なプラスチックになります。木部には浸透します。本来はガラスクロスと併用するものですが、今回はそのまま塗装。写真のセットで2000円程度。ナフコで購入。
      塗装中、強烈な刺激臭があり身体への悪影響もありますので、有機溶剤用マスクをつけ長袖・長ズボン着用。使用後はシャワーを浴びました。身体への悪影響と対策方法についての詳細はこちら
      アドバイスいただいた いわさんと機械屋さんにお礼申し上げます。分野を問わず、それぞれの専門家にお聴きするのが一番勉強になりますね。素人がどう学習してもこのレベルまで到達するには日が暮れます。お話をお伺いすることで、その分野の基本的な考え方、ものの捉え方を理解できれば、後の道筋を進むのが早いですね。なにより実践者の言葉には説得力があります。今回も資材を購入に行ったナフコの店員さんに「勉強になりました」と言っていただく状況。というか、店員の皆さん、売っているものについて勉強しててください。ここを読まれている皆さんもご経験があると思いますが、最近、資材屋さんや電機屋さん(特にこれ)の店員さんが商品に疎いのには閉口しています。






    • 2015_09_10

      今週の驚きの一言

      「先日あった福山雅治コンサートのチケットを両日各々20枚で、計40枚持ってたんですけどね。結局行かなかった。数時間立ってるなんて嫌じゃないですか」
      あるところにはあるという話。不景気だと言いながらも「七つ星」予約が大人気なのと同様。気づくと、この国は総中流社会を脱して久しいということ。あるところにはあり、庶民には回らない社会。






    • 2015_09_09

      ヘリングとイケア


      お気に入りのキース=へリングTシャツを着た息子とイケアの食堂。妙にフィットします。






    • 2015_09_08

      ダッジオーブン


      四代目さんからダッジオーブンを頂きました。わざわざ手ずからお届けいただきましたことも恐縮至極であります。ファイヤーピット用として大事に使わせていただきます。合掌。

      • しんのじさんのコメント
        まつをさん、四代目さんから粋なプレゼントが届いたのですね! おろす前の未加工ダッチオーブンは、何といっても最初のシーズニングが肝腎。 僕は海に持ち出して無茶な使い方ばかりしていたのと、疲れて帰って後の手入れ を怠ったこともあり、何個もボロボロにしてしまいました。今や、シーズニング が不要な鍛造鉄の製品を使っています(ある意味、邪道かも)。
        陸専用で使うなら、丁寧にシーズニングした鋳鉄製は、雰囲気も良く、気持ちよ く使えますよ。 下記に、一般的なシーズニングの手順をご紹介します。洗剤を使うのは、この鍋 では最初の1回だけです。シーズニング後は一生、この鍋には絶対に洗剤は使わず に対処します。焦げ落としに重曹を使うのは大丈夫です。 ワックスや油をしっかり焦がすと、結構強烈な匂いがします。ご留意のほど。な お、使用する油は一般にオリーブオイルの安いの(焦げた時の匂いが苦手な方も いらっしゃいますが)、また贅沢して匂いの少ないのが良いならグレープシード オイルがお勧めです。タイミングが合えば、ご一緒にシーズニングしたいですね。 http://11joho.biz/200/250/






    • 2015_09_07

      ずっとリフレインで頭の中になっている曲


      この曲と「世界遺産ブギ」が最近ずっと頭の中で鳴っています。
      ブラームスの交響曲第一番。昨夜、松尾薫さんに鼻歌で歌ったらすぐに曲名を答えてもらいました。運命の壁がこちらに向かってきているような圧倒的威圧感の曲に魅了されています。






    • 2015_09_06

      インタビューに答える難民はなぜ英語をしゃべっているのか


      日本を被せると当地の騒動を捉える足しになります。この距離か。ブルガリアやギリシアに入ればEU域内の国境は基本的に平時はユルユル。密航手数料を払え英会話OKのエリート層が多いらしい。北アフリカ・アラブ諸国の動乱に続き、今回の移動の直接的引き金になっているのは、異動に成功した人のフェイスブックなどのSNSの影響であるとか。
      でもどうしてハンガリー? インテリ難民さん達はハンガリーのお国柄をご存じなのかもしれませんね。今年3月5日にここに記した記事の一部を再記します。
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      ……かつてオーストリア=ハンガリー帝国がありました。この多民族国家を束ね君臨していたのがハプスブルク家。モーツアルトやクリムトを育んだ洗練された文化の苗床となった世界。
      こうした多民族を束ねて広範な地域を目指すというハプスブルク家の基本は現在も活きています。これがはっきり表れたのがベルリンの壁の崩壊の際。あの大きなきっかけの一つにハプスブルク家が噛んでいます。ヨーロッパ・ピクニック計画。ピクニックに行こうと呼びかけ東ドイツ国民の大量亡命を実施してしまった事件です。詳しくはここを読んでいただくこととしましょう
      ハプスブルク家の命脈は現在にまで至り、こんな言葉が残されています。「戦争は他家に任せておけ。幸いなオーストリアよ、汝は結婚せよ」
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      でもこの一件で感じる不自然さはなんでしょう。なぜ突然、この時期か。もっと報道すべき事案があるでしょう。また一連の動きは、TPPと同様に国民国家が解体していく動き。






    • 2015_09_05

      よく働くアリ・普通のアリ・働かないアリは2:6:2

      昨日、身近な人とした話。
      「アリの社会を見るとですね、20パーセントのアリは働いてないんだそうです。で、働かないアリをその集団から取り除くでしょ。すると、また20パーセントが働かなくなる。社会ってそんなもんなんだそうですよ。社会にはそんな人たちもいてバランスが取れていると」
      「人間もですか」
      「スカブラって言いましてね、炭鉱にはみんなが汗みどろになって働いているときに働かない人がいたっていいます。その横で冗談やY談をしたり、お茶を入れながらブラブラしている人。そんな人がいるから場も和むわけで、みんなから小ばかにされながらも、かわいがられていたらしいですよ」
      興味がある人はエドワード・オズボーン・ウィルソンのページもご覧ください。






    • 2015_09_04

      めまいがする


      なぜ家族・親族は止めなかったのでしょうか。あるいはなにかの陰謀でしょうか。






    • 2015_09_03

      陰謀論

      ウィキにはしばしば予想を超えるページがあります。そのひとつが陰謀論一覧のページ。世に広く流布されたものから、たとえば、ゆとり教育陰謀論、ビートルズ日本公演は安保闘争つぶしの謀略説、ロック・ヒップホップ陰謀説まで。どんな連中がこのページをまとめたのでしょうね。






    • 2015_09_02

      パクリ


      まずはじめに申し上げておきますが、他作品から学ぶことなく作品を創ることができるという発想は誤りです。池田満寿夫も著書『模倣と創造』のなかで「すべての創造は模倣から出発する」と書いています。 イギリスの学術書などは膨大な引用に少量のオリジナルが付くスタイルが常です。日本でも芸は盗んで学べと言う言葉があります。
      そう弁護を記した上で、今回の佐野研二郎問題については、サントリートートバッグが完全にパクリであった時点でアウト。「刑事被告人の作品は採用できない」と明確な一線を引くコメントで十分。当局の不採用に至った会見での長い言説は、デザイナーにとっては迷惑千万。似ているからどうのこうのと長いコメントは、これから似ていれば攻められる風土を作ることになり、多くのデザイナーに迷惑をかけています。
      パクられるというのは嫌なものでして、私のサイトのコンテンツでさえも時折あります。
      そうそう、昨日ニュースを見ていたら、島原でアーティストを無料で住まわせ活動させる事業をしているとの報道。これはアーティスト イン レジデンスと言いまして、私が島原でやればいいとたびたび言っていたのですがやり始めたようですね。よかった。






    • 2015_09_01

      降りますね


      まるで梅雨のような天候ですね。わが家は山の上にありますので、ご覧のように雲の中から世界を覗いているような感じになっています。







      平年と比べますと今年8月の降水量がやたらと多いですね(出典:気象庁)。もともと日本は世界で3番目に降雨量の多い国。年平均1718mmの降水量があり、これは世界平均の約2倍(出典:国土庁)。けれど今年は多すぎます。そこで日照時間が少なくなり、気温も↓こんな低温化。











      海面温度が変化しているのかなと見てみました。上図が平年との差(出典:気象庁)。日本近海における、2014年までのおよそ100年間にわたる海域平均海面水温(年平均)の上昇率は、+1.07℃/100年。 この上昇率は、世界全体で平均した海面水温の上昇率(+0.51℃/100年)よりも大きな値だとのこと。どなたか詳しい方が解説してくださらないかなあ。
      年間降雨量世界記録を持つインドのメーガーラヤ州チェラプンジの動画を掲載しておきます。こんなことになりませんように祈りを込めて。








    • 2015_09_01

      野外活動初体験の記憶3・4

      代治朗さんと散人さんの 野外活動初体験の記憶に聞き耳を

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      代治朗さん

      キャンプは嫌いです。蚊やムカデの不快害虫、おそらく夜は蛇も近くを這っていることでしょう。テント設営なんてな、七面倒臭い作業があり、不味いカレーを食わされ、期限切れ前の非常用携行食を無理矢理食わされた事もあります。寝ていて、顔が濡れた気がして目を開けると、犬に顔を舐められていたこともありました。
      今夜は危ないな、雨になりそうだなと思って寝る。案の定テントを叩く音で目が覚めると、体の下のシートのそのまた下に、水流となった雨を背中で感じたこともありました。
      もう、お分かりでしょうが、靴も履いたまま、服も着たまま、銃を抱いて寝っていた自衛隊入隊直後に受ける部隊配属前の教育期間、半年間での経験でした。
      戦争は、99%の退屈と1%の恐怖と言われます。トラックで運ばれ行軍し塹壕を掘り敵を待つ。先ず設営地へ着いたら、何をすると思います?穴掘りです。自身を守るための穴、音を出す発電機を隠す穴、山腹にトラックを隠す穴。
      もう二度としたくない経験ですが、懐かしく思い出しました。


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      田屋敷酒散人さん

      昭和43年(1968年)に上京した。一年早く行っていた山田の下宿にころがり、込んだ。酒飲む金が欲しくて先輩がやってる中学生向け塾の講師をした。ところが、なんと山田が塾長の女に手を出し二人とも首になった。山田は悲嘆して九品仏川に飛び込んだ。が深さが足首しかなく軽症ですんだ。
      ジュンとネネの「愛するってこわいね」が流れていた。
       ♪ 愛したその日から ひとりぼっちがこわいの
         逢いたくなって 逢いたくなって なぜかこわいの
      夏に山田と一月かけて北海道を旅行した。大きなリュックを背負って歩いた。その姿から「カニ族」と云われた。今度は散人がやらかした。羅臼の居酒屋の娘と出来、彼女が来年春に東京に来ると云いだした。山田にひどく怒られた。
      秋には新宿騒乱があった。東口にデモと野次馬二万人が集まった。逃げ遅れた。散人は19日間拘束された。山田はいたく同情して差し入れを運んでくれた。警察はこのころから本気になっていた。
      巷には千昌夫の「星影のワルツ」が流れていた。

       

       

       

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。