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  • 2016_11_30

    『いま世界の哲学者が考えていること』


    完読。そもそもは、下記の散人さんの書き込みに刺激されての購読。熊本旅行中読んでいました。温暖化現象は信用できないんじゃないかというのが哲学者たちのトレンドとのこと。クライメートゲート事件とか。この本からのネタはおいおい。

    • 散人さんのコメント
      私は今「いま世界の哲学者が考えていること」ダイアモンド社に取り組んどります。特に第四章の「資本主義は21世紀でも通用するのか」が興味深いです。ハイエク、フリードマン、ケインズ、ネグり、ハート、ピケティなどを援用しながら論が進んで行きます。それらを少しでも齧っていたのでなんとか付いていけますがそうでない人にはお勧めできません。






    • 2016_11_29

      熊本


      島原港をカモメに見送られながらオーシャンアローで熊本へ。このカモメは島原の名物として売り出していいのではないかと。

      仕事が終わって北住くんの案内で名店「西海道 ときとき 」へ。写真はすっぽんの唐揚げ。お世話になりました。

      翌日午後、熊本城へ。想像以上の崩壊に心が痛みました。写真のような崩壊が、広い敷地に延々と連なっています。






    • 2016_11_28







    • 2016_11_27

      ショウガで身体を温めよう


      皆さん、寒い日が続きます。こんな時期はショウガですよ。身体が温まります。ちょうど生ショウガがみずみずしくいただける頃。私は味噌汁をはじめいろんなものに入れています。
      写真はショウガフリークの私が摩り下ろすために愛用しているアイテム。上がツヴィリングのチーズグレータ。本来はチーズおろしですが、これが調子いいんです。ざっくり擦りたいときには、下の鬼おろしを使っています。






    • 2016_11_26

      雲仙溶岩ドームをドローンで観る


      この動画は島原人ならば観てみたかったものでしょう。

      出典:地理院地図  出てきたページの右上の「機能」-「3D」で上図のような画面が現れます。






    • 2016_11_25

      旅するラバーダック


      「鉄腕ダッシュ」ではアヒル隊長として名の通っているラバーダック。
      ラバーダックプロジェクトというのがありまして、以下そのサイトからの引用。
      • オランダ人アーティスト、フロレンティン・ホフマン氏により2007年に製作され、これまでにヨーロッパ、南米、アジア、オセアニア、中東、北米と、世界中の地域をめぐっている。
        作品のコンセプトは、政治的な意味合いで分断される国境も無く、年齢や人種など、異なった背景を持つすべての人々に癒しを与え、子供のころの記憶や思い出を呼び起こさせる、幸福の象徴であること。

      このように世界を旅するラバーダックですが、これのホンマもんがあったことはご存知ですか? こちらはウィキから引用
      • 1992年1月29日、香港からタコマに向かう途中のコンテナ船が悪天候に巻き込まれ、中国製の約30,000個のラバー・ダックなどを積んだコンテナが太平洋上に落下した。破損したコンテナ外へ漂流し始めたラバー・ダック達はそのまま潮流に乗って南下、3分の2がインドネシアやオーストラリア、さらに南米沿岸に漂着したが、残りの3分の1が南米から北米の大陸沿いに太平洋を北上。1年後にはアラスカに到達していることが確認され、さらに西へと進んだものが3年後には日本に漂着して太平洋をほぼ一周するに至った。そのうちの一部はベーリング海峡を抜けて北極海に入り、その氷に閉じ込められたまま移動したと見られ、8年後の2000年に大西洋域に達したラバー・ダック達が氷から離れて漂流を再開、2003年には北米大陸の北大西洋域で確認されるようになった。2007年、英タイムズ紙がこれを伝え、ラバー・ダックはイギリス・アイルランド沿岸に向かっていると報じた。

        この大航海は海流学者、気象学者の注目を集め、世界の潮流の動きやそれが気象に及ぼす影響の研究に大いなる貢献をすると期待されている。海を漂流したラバー・ダック達は現在では日焼け(紫外線)と海水(塩素)により白く退色しているものの、コレクターの間では高価で取引され、また米国の調査会社によって海岸で拾った場合の報奨金も出されている。






    • 2016_11_24

      長崎県一の美術館は


      写真出典:長崎孔子廟ホームページ
      それは長崎孔子廟にある中国歴代博物館です。行ってきました。
      すばらしい。県内の他の美術館や博物館とは、誠に失礼ですが展示物の格が違います。中国の国宝級の作品が陳列されています。作品群は北京故宮博物院をはじめとする中国国内各地か集められたもの。今回、訪れた際の企画展は『中国清朝の磁器』。明朝ほどではありませんが、清朝の作品は一般にキッチュなところがあって期待していなかったのですが、恐れ入りました。皇帝身辺を綾織る作品は圧倒的品格を内包しておりました。
      そんな作品をほぼ館内貸切状態で鑑賞できる贅沢。なお企画展は2~3年ごとに入れ替わり、今企画展は「開催期間 / 2016年5月中旬まで」とサイト上では記されていますが、まだやってます(笑)。


      その後、ウォーキングで新設なった出島へ。ボランティア・ガイドにご案内いただきながらゆったりと1時間。楽しめました。これが無料で提供され、予約いらず、2名をガイドしていただくという贅沢。ガイドさんとのやりとりも味があって愉快でした。多くの観光客は時間が惜しいと駆け足で立ち去っていかれております。バケーションとはバッキューム、空っぽからきています。






    • 2016_11_23

      スーパームーンと巨大地震

      煽ることがないように淡々と書きます。一つの説としてお取りください。

      今年の9月12日、東大の地震科学研究チームの井出哲教授らが科学雑誌「ネイチャーオンライン」に 「巨大地震は、潮の満ち引きの原因となる月の引力が強くはたらく時に発生しやすくなる」 という研究結果を発表しています。同チームは、マグニチュード5.5前後の地震1万件以上と、潮の満ち引きを起こす力のデータを分析。高潮の力がはたらいているときにM5.5クラスの地震が始まると、M8かそれ以上の巨大地震に発展するケースが多いことが分かったといいます。

      ネットで「ニュージーランド→日本の法則」と呼ばれているものがあります。ニュージーランドで大地震があると日本でもその後に地震が起きるというのです。
       2011年2月22日 クライストチャーチ(M6.3)
       2011年3月11日 東日本大震災(M9.0)
       2011年3月19日 スーパームーン

      今月の一連の流れを整理しますと次のとおり。
       11月13日 ニュージーランド地震(M7.8)     ※この際の地殻変動分析はこちら
       11月14日 スーパームーン
       11月17日 千葉県北西部地震(M4.1)
       11月22日 福島県沖地震(M7.4)

      [今年10月23日~11月22日の地震情報]


      出典:地質図Navi  上図をご覧になるには地質図Navに行き、左欄の[データ表示] → [USGS地震情報]

      気象庁は、今回の地震は5年前の巨大地震のあと地震活動が活発になっている地域で発生していて、一連の活動と見られるとしたうえで、「今後、1週間程度は同じ規模の地震が起きるおそれがあり、その場合は最大で震度5弱程度の揺れを伴う地震が起きて、再び津波が発生する可能性もある」として引き続き注意を呼びかけています。ご注意ください。

      また、今回も災害時に悪質なデマを流布する輩がいました。実刑になることもあります。厳禁。
      今回のデマツイート 熊本地震の際のデマツイート
         
      左画像が今回流布されたデマ。東日本大震災の写真を張り付けて7時44分に発信したもの。現在発信者は特定され通報されています。右画像は熊本地震の直後に流布されたデマ。発信者である佐藤一輝(20)は偽計業務妨害の疑いで逮捕されています。






    • 2016_11_22

      急激に寒くなります








    • 2016_11_22

      機能性ヨーグルト


      コタツの時期になると、私のヨーグルト作成が始まります。機能性ヨーグルトが増えてきましたね。
      [私の作り方] 容器をアルコール消毒する。これで牛乳をレンジで40度ぐらいに暖め、市販のヨーグルトを入れる。ビニール袋に入れ、バスタオルで包む。コタツに入れ一晩。おいしいヨーグルトのできあがり。






    • 2016_11_21

      オリンピックのボランティア・ユニフォーム変更へ

      「東京都の小池百合子知事は18日、2020年東京五輪・パラリンピックに向けて、外国人観光客を案内している東京都のボランティアの制服を問題視し、「ちゅうちょなく変えていきたい」と述べた。」
      (出典:朝日新聞2016年11月18日
      賛成。

      なお上写真はそのユニフォームではなく、吉本芸人の銀シャリのものです。ボランティア・ユニフォームのデザイナーの手による紙袋デザインも、デザインと言える代物ではありません






    • 2016_11_20

      サイトの文字調整

      皆さんはARUGAというワープロソフトをご存じですか? 1つの画面でワープロと表計算と作図ができるスーパーソフトです。これが生き残っていません。優秀なソフトでもシェア競争に負けると消えます。ARUGAで書いた私の文章も残っていません。
      サイトデザインに関わる新しい技術が登場し、様々なサイトデザインが登場しています。けれど当サイトはウエッブの基本的技術でなるべく作っていくように気掛けています。消えては本も子もありません。

      デザインの中でとりわけ大切なことはフォント使い。見た目がよくても、読みにくかったらアウトです。印刷物の場合、1行は15~35文字程度、行間は0.5~0.8字分が読み手に負担なく読んでもらえると理解しています。私は印刷物の場合、25文字あたりで調整。これで読みたくもない文章も、負担を減らすことができます(笑)。当サイトは1行45文字。これを本日次のように調整。

      今までの文字調整 (フォントサイズ12pt、文字間調整なし、行間22pt)
      やってみた文字調整 (フォントサイズ14pt、文字間0.1em、行間25pt)

      家人に「どう?」と意見を求めると、「今までの方がいいです。スマホで見ても今までの方がいいですね」。ということで今まで通りに戻しました。

      根本にありますのは、大サイズ画像を張りたいという欲求。そうすることで訴求力が高まります。ところがそうなってきますと幅が大きくなり、画像下に続く文字の一列文字数が増えてしまいます。両者の葛藤なんですね。






    • 2016_11_19

      還暦


      というわけで、お仲間にはいらせていただきます。これからもよろしくお願いいたします。

      • 散人さんのコメント
        だいぶ私より若いと思っていた「まつを」さんももう還暦ですか。70近い散人ですが少しも泰然たるとこはありません。多動性老人であります、私は。その職をつつがなく全うされようとする「まつを」さんに賛辞を贈ります。

      • ryujiさんのコメント
        60歳の頃ゴルフで一緒になった方に 「60? 60なんて俺に言わせりゃまだ若造だ。」 「年だなんて言うんじゃない!」と一喝されました。あの東京オリンピックでヘーシンクに敗れた神永を育てた柔道家で、当時85歳とか。 カートにも乗らず、とっとと早足でプレーして行く方でした。 60代は、まだまだ若造です。 枯れてはいけません。






    • 2016_11_18

      歳を重ねると幸福感が増す

      「歳をとると、こんなに幸せになるんだと驚くことが多い」
      百寿者の調査を行っている慶応大学の広瀬信義教授がそう言っています。
      1989年にスウェーデン大学のラスル・トルンスタム教授が提起した「老年的超越」という概念もその一つです。トルンスタム教授は、「超高齢になると物質主義的で合理的な考えから宇宙的、超越的、非合理的な世界観に変わることにより、幸せ感が得られるようになると、次のように主張しています。

      • トルンスタム教授は老年的超越が 3 つの領域から構成されることを示し、各領域に含まれる徴候を以下のように記述した。

        「宇宙的領域」
        • 時間と子ども時代:時間の定義が変化し、子ども時代に戻る。過去と現在の境界の超越が生じる。
        • 過去の世代とのつながり:過去の世代への親密感が増す。個人間のつながりから世代間のつながりへの見方の変化を自覚する。
        • 生と死:死の恐怖が減少し、生と死に対する新たな認識が生じる。
        • 生命における神秘:生命における神秘的な領域を受け入れる。
        • 喜び:大きな出来事から些細な経験に喜びを感じる。小さな宇宙の中に大きな宇宙を経験する喜びが現れる。

        「自己の領域」
        • 自己との対面:自己の隠された側面 -良い面も悪い面も- を発見する。
        • 自己中心性の減少:最終的には、世界の中心から自己を取り去ることができるようになる。
        • 身体の超越の発達:身体の世話は続けるが、身体にはとらわれなくなる。
        • 自己の超越:利己主義から利他主義へと移行する。
        • 自我の統合:人生のジグソーパズルの一片一片が全体を形作ることに気付く。

        「社会的・個人的関係の領域」
        • 関係の意味と重要性の変化:表面的な関係に対して選択的になり、関心が減少する。また、一人でいる時間の必要性が増す。
        • 役割:自己と定められた役割との違いを理解する。時には役割を放棄しようとする。
        • 解放された無垢:無垢が成熟を高める。必要ない社会的慣習を超越する新たな力である。
        • 現代的禁欲主義:財産の重さを理解しつつ、禁欲主義から自由になる。現代の定義での生活必需品を十分に持ち、それ以上は持たない。
        • 日常の知恵:善悪を表面的に区別することに気が進まなくなり、判断や助言を控えることを認識する。善悪二元論を超越し、幅広い考え方と寛容さが得られる。

          (出典:『老年的超越理論に関する一考察:実証的研究と批判の動向』中川威


      • 散人さんのコメント
        誠にそうです。もう二度と若い頃には戻りたくないと思う今日此の頃であります。自己以外の外部環境(親や自分の家族、会社等)から「強いられる」日々が、若い頃であったと云えます。
        両親とは早い時期に死に別れ、妻とも別居、娘は嫁いでもういない。なんとまぁ自由なんだろうオレはと思う日々であります。上記の中で、友人たちも選択し「一人でいる時間の必要性が増す」。本当にそうであります。

      • 大閑道人さんのコメント
        まるで「釈迦の悟り」ですね。
        これで連想したこと。 「ココロねっこ」運動。

      • しんのじさんのコメント
        ……だといいけれど、初老期うつ状態の人が少なからずいらっしゃるのも事実。仕事一筋すぎた方に多い傾向があるように思います。身体の変化、環境の変化(退職、転職)に心がついていかず、今まで通りの自分のペースで几帳面にやっていくことが難しく、自殺の原因になっている(老年期の自殺の8割近くはうつ状態を合併)ことも有名です。
        ハッピーでない方も潜在数としては多いということです。

      • 大閑道人さんのコメント
        環境依存型の人生だと、しんのじさんのご指摘のごとくだ、と思います。
        マスターが主張している「カタログ人間になるな!」は、環境依存型にならないためにも、重要な提言だと思います。その点で言えば、女性は(主婦は、と言い換えましょう)、環境依存、というよりも、環境創造というべきか。

      • 散人さんのコメント
        幸せとか、愛とか、充実した人生とか、この世に「あるのか、ないのか」はっきりしないことを、あたかも明確に存在しているかごときに云われ続けて生きてきた多くの人々は、年老いてそれが嘘だったことに気づいた時には、親にしろ学校の先生にしろ、問いただそうにももうこの世にはいない。
        こころが大事だと、シラケたことを抜かす人々は後を絶たない。何がこんなにも日本人をして生き辛くしたのかって? それは無理やり近代化したことに他ならない。欧米植民地主義列国に追いつけ追い越せで教育し、家族第一主義等を無根拠に詰め込み、戦前は兵士、戦後は経済戦士に仕立て上げた。
        今度はグローバルだと抜かす。戦前植民地政策、今はグローバルか、いずれにしても国民は使われて右往左往するだけです。それらが「老齢うつ」の真相です。欧米型近代化がうつの原因です。

      • 捨老さんのコメント
        トルンスタム教授の「老年的超越」の「超越」は、なんだか大仰な言葉のようにも聞こえます。「釈迦の悟り」となれば尚のこと。というのは、教授が仰る「 3 つの領域」は、若輩者には皆無かと云えば、そうでもない気がするからです。
        若者にも同じように、重層的あるいは複合的に内在すると思われる、その領域への自覚の頻度や深度はともかくとして、それらを覆い隠す表層領域がもたらす若さゆえの迷いや葛藤、さらには混乱こそが、若き生命(エネルギー)の証しであるのならば、老人のそれは「超越」と呼ぶよりも、老いたがゆえの表層エネルギーの「剥落」であり、「核心の露呈」とも言える成り行きであって、核心を直視するかしないかは、これもまた個人差を伴う成り行きでしかなく、老化現象の一つと言えそうだからです。
        願わくば「核心」の存在に早めに気づき、葛藤や混乱に直面し挑むことに尻込みしない青春であったならば、しんのじ先生の仰る「初老期うつ」の壁をやり過ごせそうな気がするのです。
        いずれにしても女性に比べ、男性は生きること自体がヘタクソのような気もします(笑)。
         どんぐりの 落ちて虚しき アスファルト ―横溝正史
        それでも生きてまいります。死ぬまでは(笑)。

      • 大閑道人さんのコメント
         >「超越」は、なんだか大仰な言葉のようにも聞こえます。「釈迦の悟り」となれば尚のこと。
         >というのは 教授が仰る「 3 つの領域」は、若輩者には皆無かと云えば、
         >そうでもない気がするからです。
         >若者にも同じように、重層的あるいは複合的に内在すると思われる
        だから、「釈迦の悟り」と同じだな、と連想した次第で。釈迦は、29歳の成道以来、まさしく、そのように生きてきた、ということです。
        あ、そうそう。だから、ココロねっこをも、連想したのです。

      • 散人さんのコメント
        生まれたくて、生まれたんじゃない。己の意思でこの世に生を受けた訳じゃないのにこのクソ面白くもない、だからいかにして面白く生きようかなんて日夜考えてはいるがクソ面白くもない、結構永い時間の人生を親からあてがわれる。もともと人生なんて意味もないのに必死で意味附けようとする「道を説く」人々。
        自死だって勝手じゃないか。だって自分の意思で生まれたわけじゃないし、せめて死ぬことぐらい自分で決めたい。以前も書いたが「何故生きなければならないのか」「この世は生きる価値があるのか」を明確に聞いたこともない。
        この人間世界をすっきりと説明できる思想なんて、三界に渡ってありゃしない。すべてが仮説にすぎない。それをあたかも定説みたいに云うの胡散臭さがいやになる。
         老齢の 足もつれて 溝のなか 
        散人なんとか生きております。

      • 捨老さんのコメント
        どもども、お騒がせを(笑)。
        大閑さん、よく解っています、ボクもね。
        実証に乏しいトルンスタム教授の「老齢的超越」説の難点を、《老年的超越=釈迦の悟り》ではないと指摘したかっただけでして、「人が歳をとると そのような徴候が見られるとしても すべてがそうなるワケではない」と云う反駁は、多くの研究者が表明しているところだからです。でないと、そこら中が加齢とともに、お釈迦さんだらけになってしまいますもんね(笑)。
        散人さん、
         >「何故生きなければならないのか」
         >「この世は生きる価値があるのか」を明確に聞いたこともない。
         >死ぬことぐらい自分で決めたい。
        それゆえに、人は生きることも勝手に決めて営々と歴史を重ねてきたのでしょうね。出来ることなら「心地よい生」であって欲しいもんです(笑)。

      • 夕凪さんのコメント
        仕事がら、高齢者の方とお話しをさせて頂く機会が多いのですが。
        その高齢者の方々に、張りのある時代、輝いていた時代を回想して頂くんです。その際、いつも思うのは、前回のお話しより美化されていることが多々あるのです。
        そこで思うのは、自己肯定することが、心地よい生に繋がっていくのではないかと、それが生きる意味として社会との繋がりを実感できる瞬間なのではないかと思いました。
        若輩者の流涎だと思い笑って頂ければ幸いです。

      • 捨老さんのコメント
        いえいえ。夕凪さん 流涎などとは、とんでもない。半ボケ老人のモタつき話を よくぞ 小ざっぱり まとめて下さいました(笑)。こちらこそ 面倒をおかけしてモウシワケナイ。






    • 2016_11_17

      上海のカオス


      こんな動画を見るたびに中国の底力を見せられる思いがします。心血を注ぐという言葉がありますが、この動画はまさにそれ。この作品を成立させているショット数の多さ、そこに込められるアイデアの多さ、足を運び交渉した回数の多さ、そしてそれを処理するテクニックの多さ。こんなことをする日本人っているのかなと思います。それも無料公開の動画のために。製作者はJT Singh。この一種の畏怖は、中国の現代画壇の作品を観た時にも感じるものです。






    • 2016_11_16

      カレーハウスCoCo壱番屋の創業者の自己開示


      最新号の『文藝春秋』記事で心打つ記事に出会いました。カレーハウスCoCo壱番屋の創業者である宗次德二氏(68)が自身の出自を語っていました。3歳で孤児院から養父母に引き取られ、ロウソクの灯りで暮らし、野草を食べて飢えをしのいだ少年時代。そんな少年が世界一の店舗数を誇る同社を築きあげた事実。短い文章ですが心を打ちます。






    • 2016_11_15

      ジェフ・ベック来日


      偉大なるギタリスト ジェフ・ベックが来日公演します。
      大学時代に無謀にもScatterbrainをコピーしようとして到底歯が立たなかった懐かしい思い出。世界一のギタリストだと思っています。もうずいぶん前からピックを使わず指引きがメインで、頻繁にノブとアームを使い、エフェクターを切り替える。そんな他のギタリストが追随できない程の細やかな音作り。すごいの一言です。動画では手元をアップして見せてくれています。昔はどんな風にして引いているのか分からず、分かったら分かったで度肝を抜かれます。
      ライブもいいですが、こんな風に手元が見られる幸せ。ビデオっていいと思います。
      動画中の女性ベーシストはタル・ウィルケンフェルド。21歳ごろにはもうジェフの相棒を務めていた凄腕です。
      2月3日(金) 福岡サンパレスホテル&ホール 18:15 open/19:00 start
      【料金】 S ¥12,000、 A ¥11,000






    • 2016_11_14

      スーパームーン


      ニュージーランドで大地震発生。世界の地殻が動いています。






    • 2016_11_13

      シャカの世界の認識

      < 苫米地英人(とまべち ひでと)が語る仏教。シャカの世界認識が刺激的表現で語られています。シャカの語ったことと、悟ったこととは。ご興味のある方はクリック。





  • 2016_11_12

    Perfumeライブ

    Perfume @ 福岡ヤフオク!ドームに。参加は家人と娘。
    音楽は歌まで録音されたデータ。でも、そうでないとこの高度なダンスは無理。
    したがって、ステージは3人のみ。これに味付けするハイテクデザイン。といいますか、これを観にいってきました。







    • 2016_11_08

      人間ドック


      帰着。参った。自制します。






    • 2016_11_07

      一昔前よりもずいぶん評価が上がったもの

      • ラワン材

        子供の頃は安い材でした。軽くて加工しやすくって、学校の技術の授業で木工というとラワンでした。ところがどっこい。フワフワした材と思っていたものが、年月が経つとがっしりする良材。それが今、絶滅期樹種に指定されています。


      • 金がない時に食うものでした。大学時代、コンクリートの禿げた床に置かれた折りたたみ椅子に座って、裸電球の下、白波のアテに鯨の刺身を食ってました。

      • 先代の林家三平

        子供の頃テレビにこの人が出ていました。面白くもなかった。子供心に芸のない悲しげな人だなと思っていました。亡くなってから爆笑王とかはやし立てている一派がいますが、いかがなものか。

      • thomさんのコメント
        ラジオを聞いてて吹いたこと。
        「落語ってなんで続編がないんですかね~」
        「まんじゅうこわい2とか?」
        「寿限無Ⅵなんてね」
        個人的には "粗忽長屋 エピソード0" なんて面白そう。
        あぁ見えて八っつぁん、昔はしっかりものだったんだよ。

      • 散人さんのコメント
        三平と談志ですなぁ、元々落語は本筋の、例えば歌舞伎など木戸銭が高くて、江戸庶民はそうそう観られないものを簡便に伝えたものや、講談など高尚で言語も難しいのを易しく語ったもの、です。それでも江戸庶民にとってはお勉強でした。この流れが「古典落語」といわれ談志などが守ってきた。
        ところがご維新後西洋化し帝国主義国家としての中央集権が促進され東北九州 (散人も)からわんさか花の東京へ集まりだした、労働者ですな。で大帝都に変貌した。途端無知蒙昧な大衆とやらが文化の主流へと踊り出た。
        小難しいものよりゲラゲラ笑える落語を要求したのであります。これは今日のテレビバカ文化と同じ現象であり120年変わらない。この群れは戦後民主主義の波に乗り、高座から平座へ落語家を引きおろし、天下は天皇のものでもないし、はたまた代議員制度も無視し、わが世の春を謳歌しているのであります。

      • しんのじさんのコメント
        昔より価値がどーんと上がったもの。コールドチェーンが進歩して、小エビや 貝類は価値が上がりましたよね。特に貝類は、乱獲や環境汚染に伴うものもあ って。蛤やアゲマキは、めったに食べられない高級品になってしまいました。 遠方の岩ガキなどは夏場に出回るようになり、もはや風物詩と化している感も あります。






    • 2016_11_06

      子守みそ


      味噌や醤油は幼少期に口にしたものが決め球になるものでして、私の場合は「子守みそ」がその一つ。普段、パッケージを目にすることはありませんので、改めてみますと凄みさえ感じさせる解脱感が漂っています。「デザインってなによ」と言っとります。そう、更なるデザイン化に手を出してはいけません。化粧を30年したことのない田舎のオバチャンのごとき大地に根ざした神々しさ。
      この味噌に行きつくまで多少の変遷があって、やっぱりこの地元物よとなった次第。
      麦味噌。先ほどamazonで評価をみますと高い。また、「味噌おすすめ厳選10品」では全国8位。私もうれしくなります。おいしいですよ。

      この味噌でつくったみそ汁を毎朝家人は出してくれます。結婚するときに、「朝ごはんは、ごはんと味噌汁にしてね」とお願いしたことを、家人は守ってくれているわけであります。上の椀は天然木・本漆塗り。

      • しんのじさんのコメント
        島原の子守り味噌ですか。懐かしいですね。麦味噌らしい、素朴さがしっかり 残った味ですね。無理に味をまとめた感じがないけれど、具材の味を引き立て る力はすごくあると思います。僕も小さい頃、うちで結構長い間、使っていたようでした。あのパッケージはよく覚えていますので。
        パッケージの絵をみていると、ふと、ほら、いつぞやスペインでばあさんが勝 手に修復して悲惨な仕上がりになっちゃったフレスコ画があったでしょ(笑)。 子守り味噌のイラストと、テイストが似てるんです(爆)。何となく気になっ て見返してみると、やっぱり少し似てる。






    • 2016_11_05

      松方コレクションの不可解な顛末



      • 散人さんのコメント
        前日記事の「長崎を駆け抜けた薩摩の偉人」を見て、やはり気になったのは松方正義(1835~1924)である。松方は総理大臣まで勤めた偉人であるが。私は子息の幸治郎の方が興味がある。
        というのも松方幸次郎(1866~1950)はあの国立西洋美術館の収蔵品の母胎となった「松方コレクション」のその人である。この美術館が今年、世界文化遺産に認定された。「まつを」氏が夙に詳しいコルビュジエの設計である。

      • まつをのコメント
        「松方幸次郎の美術品、英で焼失のリスト発見 計953点」
        これは今年9月に流れたニュースです。いい機会ですから、松方コレクションについて少しお話しましょう。
        松方幸次郎は超エリートなんですよね。東大で放校処分食らってエール大学・ソルボンヌ大学卒業。財界の大物。文化へのリスペクト・マインドに富む。彼がブラングィンをアドバイザーとして、第一次世界大戦後に疲弊していたヨーロッパで造船で稼いだ金にまかせ買いまくり集めたのが松方コレクション。でも、彼の会社が破綻。さらに第二次世界大戦でごたごたが続きます。現在私たちが見れるのは松方が集めた美術品のうちの一部なんですよね。国外に保管していた作品のうち、たとえば上記ニュースのように953点のコレクションは火災で焼失してしまったりですとか。
        破綻してなければ、ブラングィン設計のオリジナル美術館が、麻布の仙台坂、大まかに言いますと六本木ヒルズの近くに建つ予定でした。なおこのブラングィン、夏目漱石の名作『それから』にも次のように登場しており、当時は著名なアーティストだったようです。
        「やがてブランギンの所ところへ来きた。代助は平生から此装飾画家に多大の趣味を有つてゐた。」
        実際、ブラングィンの絵は、ミュシャが持て囃される現在では再ブレイクするかも知れません。

        ゴーギャン『ヴァイルマティ』 ゴッホ 『アルルの寝室』 モロー『ジョット』
        戦後、フランス政府に押収されていたコレクション中、上の作品のような名作を除いて日本に返還されることになりました(おかしな話でしょう。個人財産ですよ)。その際、美術館を建設するという条件も出されました。つまり「うちの巨匠ル・コルビュジエなんていかが?」と。で、出来たのが国立西洋美術館。ル・コルビュジエは最初「忙しくて、そんな遠方に行って美術館を立てる暇が無いわい」とニベもなかったらしいのですが、最後には引き受けます。で、送られてきた図面は、なんと寸法が入ってないものでした。バカにしてますよね。がっぽり稼いでですよ。それを日本人の弟子たちが苦労してきちんとした設計図面に起こしてやっと出来たのでありました。国立西洋美術館が世界遺産になった際にこのサイトで採り上げなかったのは、こうした経緯があるからです。







    • 2016_11_04

      長﨑さるく

      出歩くには暑くもなく寒くもない日和。考えてみれば散策日和はそれほど多いものではありません。ということで、人が群れるイベントを避けて長崎市内漫遊。ぶらりと単独で出向くスタイル。
      参考は長崎さるくマップ。その中からチョイスしたのは「長崎を駆け抜けた薩摩の偉人」。
      ふんわりと楽しかった日でした。7.5㎞、1時間半。

      気になったのは晧臺寺の山門にあった家紋。これは豊臣秀吉の家紋である五七桐紋ですよね。晧臺寺は慶長13年(1608)の江戸期に創建なのに、なぜ豊臣の家紋なのか。
      調べてみました。晧臺寺は曹洞宗。曹洞宗の宗紋は久我山竜胆紋(久我竜胆紋・久我竜胆車紋)と五七桐紋とのこと。では、なぜ曹洞宗の宗紋に五七桐紋が用いられることになったのでしょう。どなたかご教示いただけば幸いです。

      五七桐紋については以下引用(出典:ウィキ
      [ 政治上の桐紋の歴史 ]
      桐が鳳凰の止まる木として古代中国で神聖視されていたことに倣って、日本でも一説には嵯峨天皇の頃から、天皇の衣類の文様に用いられるなど、菊紋章に次ぐ格式のある紋とされた。室町幕府以後は、武家が望んだ家紋とされ、足利尊氏や豊臣秀吉などもこれを天皇から賜っている。このため、五七桐は「政権担当者の紋章」という認識が定着することになった。ただし、征夷大将軍に任命された徳川家康のように、これを断り、紋章として桐を使用しなかった者もいる(ただし、家康個人は大御所時代になってからは桐紋も用いるようになっている)。豊臣政府や徳川幕府では、小判などの貨幣に刻印されたため、全国に流通したことにより、それぞれの政府を表す紋章としての地位を確立した。1872年には、明治政府が大礼服を定め、勅任官は、その上着に「五七桐」を用いることとされた。
      [ 日本政府における桐紋 ]
      政治上においては、皇室・朝廷の副紋として五七桐が多用されていることがあり、標準的な図案だけではなく、豊臣秀吉(太閤桐)のようにその変種を使用した例もある。図案は五七桐に限らず、五三桐も使用された。大日本帝国憲法憲政下の政府は皇室の菊紋章を多用した。日本国憲法憲政下の日本政府(内閣総理大臣・内閣)は桐紋章を用いている。 明治政府以後は、旭日章の意匠に取り入れられたり、皇室を表す紋章である「十六八重菊」に準じるものとして、ビザやパスポートなどの書類や硬貨(明治政府以後の金貨や、現在の500円硬貨)の装飾に使われたり、菊紋と共に賞杯や、官邸の備品や、総理の演台に取付けられるプレートに使われている。 また、皇宮警察本部や法務省では「五三桐」が紋章として使われている。日本国有鉄道の帽章も、桐紋に蒸気機関車の動輪を組み合わせたものだった。

      • 散人さんのコメント

        天皇は菊、政権担当者は桐、と聞きました、が詳しくは何方かご教授いただければ。宰相の紋章です。

      • 大閑道人さんのコメント

        五七桐紋
                 
        久我山竜胆紋
        久我山竜胆紋について。我々に伝えられている話しによれば、道元の出自が、久我家だから、ということです。
        > 道元は、正治2年(1200年)、京都の久我家に生まれた。両親が誰であるかについては諸説ある。
        > 一時定説化した仏教学者・大久保道舟の説によれば、父は内大臣・源通親(久我通親または土御門通親とも称される)であり、母は太政大臣・松殿基房(藤原基房)の娘である藤原伊子であって、京都・木幡の松殿山荘で生まれたとされていた。

        曹洞宗の宗勢は、道元→懐奘→義介と三代目までは越前・永平寺を拠点にしております(義介は金沢・大乘寺にもいた)が、三代目はすんなりと決まったわけではない。
        そもそも、道元は、師の如浄の厳命に従って、権力から距離を保つために深山幽谷に修行道場を開いた。しかし、これは、道元個人にそれなりに資産があってのこと、道元以降は、永平寺の経営には苦慮している。それで、三代目以降は寂れていく。
        現在の曹洞宗は、道元から数えて四代目、義介の弟子である瑩山と、その弟子・峨山によって拡大した。その拠点は、能登半島・輪島の総持寺(現在も、大本山総持寺の祖院として、本山に準じる地位。総持寺本体は、明治末期に火災にあい、横浜・鶴見に移転。石原裕次郎の墓所で有名)。
        総持寺は、五院制度という輪番制で、任期制で住職を交代した、それ故に、教線を拡大できた。
        ※ この辺の事情は、けっこう、オモシロイ。
        で、その瑩山が使用した、というか、総持寺の寺紋が、この五七桐紋。曹洞宗15,000ヶ寺の、80%以上は、総持寺を本寺とするので、晧台寺が五七桐紋を掲げるのも、それが背景でしょう。曹洞宗は、右に久我山竜胆・左に五七桐紋を配して「両山紋」と称しています。

      • 散人さんのコメント
        久我(こが)家といえば久我美子(くがよしこ)という女優がいた。黒澤映画にも出ていた女優。村上天皇まで遡る村上源氏の流れを汲む家族の子女であった。「侯爵のお嬢さんが女優になった」と騒がれた。

      • まつをのコメント
        永平寺の寺紋が久我山竜胆紋、総持寺の寺紋が五七桐紋ということですね。ご指摘の通り五七桐紋は門の左側に配してありました。
        「三代目はすんなりと決まったわけではない」というご指摘で、三代相論を知りました。また瑩山(けいざん)の名を初めて目にしました。ありがとうございます。
        この中で、曹洞宗と密教の関わりを知りました。つまり、道元は晩年に寺院以外での加持祈祷を禁止。3世の義介は密教の祈祷を取り入れ、瑩山も密教的な加持祈祷などを取り入れたと。瑩山が後醍醐天皇との関わりがあったとの記述も見かけました。
        現在の曹洞宗では特に永平寺の流れにおいて加持祈祷はどのような状況でしょうか。
        それにしても曹洞宗のことを学ぶにつれ、この宗派はインテリなんだなと痛感します。

      • 大閑道人さんのコメント
        後醍醐天皇が、超常的な力を求めて瑩山に接近した。「十種の勅問」というので有名ですが。
        中沢新一の「悪党的思考」によれば、後醍醐天皇は超常的な力を体得して武士政権を倒すことを意図した。そのために、日本各地のその種の能力者を訪ねて回った。その中の一人に瑩山がいる。ただし、瑩山はその依頼を断ったので、曹洞宗は、戦国期の武装勢力にはならずに済んだ。……という見方を私はしています。
        現在の曹洞宗では、大般若祈祷が毎月18日に行われています。「火防災大般若」。いわゆる、火除けです。分厚いお経本を、蛇腹のごとくにバラバラと右に左に繰り出します。
        インテリは、臨済宗でしょう。曹洞宗は、アタマよりカラダです。






    • 2016_11_03

      荷風の七輪

      湯に浸かりながらの読書を習いとしています。文化の日の本日は昼風呂を楽しみました。伴としたのは『作家の住まい』(平凡社)。『作家の酒』、『作家の食卓』など興味深く気軽に眺められ、お気に入りのシリーズですのでお勧めします。

      出典:『作家の住まい』(平凡社)
      上は永井荷風の終の棲家となった家。彼は住んだどの家でも七輪を居間に持ち込み自分で煮炊きをしていたといいます。この家も新築だったらしいのですが畳にずいぶんと焼け焦げが目立ち、雑然としていますね。今ですとカセットボンベを持ち込むの図でしょうか。この写真を初めて見た時、強烈な印象が残り、以来荷風先生というとこの写真が頭に浮かぶわけです。
      なお「青空文庫」には荷風先生の77作品が現在納められています。

      • 散人さんのコメント
        荷風先生! 我が生涯の師。これぞ理想の姿であります。
        傾注するが「淫」しない生き方。酒女仕事まるっぽであります。淫すると主体が客体にからめ捕られるのであります。特に家族なるからめ捕りの名人がいるので捨てる訳であります。
        さて今から大石が造ってくれた一人鍋のすぐれもの(しんのじ氏も所有)で湯豆腐でもするか、寒いよって今夜は。でフラリと巷の女どもと戯れに行こう。






    • 2016_11_02

      ビートルズの曲を人工知能に作曲させると


      AI作曲のビートルズ風はこんな感じ。なんでしょうね、この底知れぬ薄気味悪さは。
      けれど、これから育つ世代はこの薄気味悪さを感じなくなるでしょう。音楽産業が低コストを求めて流れていくのは世の常。耳が慣れ、AIの作る曲やデザインに不自然さを感じなくなる世代はもうそこまで来ていることでしょう。といいますか、私たちでさえ半世紀前の同年代から言わせれば、すでにその方向にずいぶんと近づいているではないかと指摘されるに違いありません。
      なお編曲、プロデュース、歌詞には、フランスの作曲家が参加しているとのこと。






    • 2016_11_01

      霜月



      秋深き 隣は何を する人ぞ      芭蕉

       

       

       

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。