Zone


4 霧

 震える程に細い点蒲のビニールチューブ。
 僕のこめかみや喉や脊髄や胸部や腹部や,その他身体のありとあらゆる所に刺し込まれているビニールチューブ。それらは湾曲を繰り返しながら,四方の闇へと紛れ込んでいる。
 少しだけ鉄錆の匂いがする。照明は落されている。湯船の対流が,かすかに響いている。美術館のように広い部屋だ。しかし,闇に紛れよく分らない。先ほどまで,柔かい夢を見ていた。幸福な夢のようだった。けれど,また一つ,夢を向うに落としてきてしまった。
 部屋の中央に,ポツリと小型のスポットライトが落とされている。温かい光の中に,フロアをくり抜くようにして埋め込まれたバスタブが浮かぶ。僕はそこに手足をゆったりと伸ばし,お湯と光に包まれている。心地好い。大理石の獅子の口から流れ出すお湯は,ゆっくりとうねりを続け,僕をまた遠い所へ旅立たせようとする。瞼は重く,楽園への誘いを受け続ける。
 そしてビニールチューブ。身体を動かそうとしたが,麻痺をしたのかままならない。
 右手の暗闇の中で息づく計器のメーターらしきものの光。白衣を着た男の人影がうごめく。彼はこちらに背を向け,作業を行っているようだ。
 そして僕は,世界をまるごと肯定している。

 虫の飛ぶような音がして,正面の天井から吊されたモニターテレビがオンになった。歪んだ画像が,濃紺のダブルを着込んだ男の像に収束する。
「目覚めたかね。まず,身を呈して我がマーゼン党員の救助にあたっていただいたことに対し,心よリの礼を申しあげたい。君にはいましばらくの休養が必要だ。身体がままならず夢見ここちなのも,投薬によるものだ。我慢されたい」
 四十代前半。髭剃りあとの青い,太い首を持った男だ。男の□からは,穏やかでありながらも芯のある声が流れてくる。
「マーゼン特別機動局局長を拝命しているジシュウインと言います。
 君の持つ力の話は聞いています。
 君はゾーンに至るまでの過去の記憶を,ほぼ完全に失っているようだね。君が求めているものは何だと思う? そのわだかまりとは何なのか,直視したことはあるかね?
 君の心に降り積もるわだかまりは,何なのか。
 食定りて心満つるものなら,もっと寝付きも良かろうに。
 住定りて心満つるものなら,もっと寝覚めも良いだろう。
 くる日もくる日も多くの人々と集い,何百回と交す会話と笑いにより,やっとのことで君は細く切れやすい人間関係の糸を保っているに過ぎない。糸が切れはしないかと君は五分毎に不安に駆られ,確認作業としての冗談を飛ばし,そしてやっと一息つく。会話と笑いは,もはや心休まるものでなく,ぴりぴりと張り詰めた命綱となりはててはいないかい? このようにして多くが語られ,そして,何も語られはしない。そう,アーケードでは何も語られはしない。
 君は告白したい。自分の内を明かし,そして理解されたい。そうだろう端的に,君は端的に理解を求めている。アーケードの住民の羨望もまたそれだ。全方位的理解と共和。賢い君はすべての人々がこのことを持ち焦がれていることすら,薄々気付いている」
 当為性を持って,男の声が流れ込んで来る。父性とはこのようなものか。
「君達は惨めなやどかり達だ。その内の脆弱さ故に,己れの殻を打ち破る事に怯え続けるやどかり達なのだ。しかし,なぜにそれほどまで痩せ細った。
 アルコールとクスリと異性に浸かることによって,勝ち得たものは余りに少なく,溶かし出されたものは余りに多大だった。時は暗く鈍色の潮流となってとうとうと流れ過ぎていき,君に蓄えられていた可能性さえ押し流して行った。かつて美しいものを美しいと言え,君の髪も素直に風になびいた日々。君はいつもその頃を振り返り吐息をついているのではないか」
 心地好い脱力感。込み上ける郷愁。幼児の頃親しんでいた未来への憧憬。
「我々は君の同胞だ。
 強くなるのだ。
 まずこの東塔五十七楷フロア全体をしめる我々のトレー二ングルームで,強靱な精神と肉体を手に入れるとよい。
 君のわだかまりの原因は,内にあり,そして同時に外にある。内と外の脆弱なるものの一掃を目指さねばならない。しかし残念なことに,今やこのアーケードは全面的に腐敗しようとしている。悪はファッショナブルな味付けと見なされ,物事はすべて斜めに吟味されるのだ。こうした愚か者達の屈折した嘲笑を許してはならない。自身の鍛錬と同時に,周囲も目覚めねばならないのだ。善を善と述べることに羞恥心を感じねばならぬ社会は,全体として病んでいるのだ。
 住民に働きかけていこうと思う。我々マーゼンは近々行動を起こすだろう。君にも力を借りたい。共に行動しようではないか」
 話し終えると,男は豊かな微笑を僕に投げかけた。僕はビニールの玩具のようにやわらぎ,涙を流していた。



 チューブを抜かれ,バスタブから出て,薬剤が切れはじめた時,僕を襲ったのは張り裂けそうな恐怖感と罪悪感だった。血飛沫を上げて男の足が膝からもげ飛び,立て続けに別の男の凍りついた顔が粉々に砕け散る。その画面が針の飛んだCDのように,何度も何度も脳裏で渦を巻いては繰り返された。胃の中の物をみんな出してしまうと,あとは痙攣と緑色をした胃液が残った。見かねた医師が安定剤を打ってくれ,やっと僕は一息ついた。
 人を殺してしまったんだ。
 夢を呼ぼうとしたが,続きはやって来なかった。嘔吐が収まると,今度は激しい震えに襲われた。僕は化け物なのだ。
 僕のガイダンス役となったマーゼンのヒガキは,あれは正当防衛だったのだ,もう署は了解しており処理済みとなっている,と簡潔に述べた。
 トレーニング・ルームに入った僕は,がむしゃらに身体を動かした。トレーニングを続けざまにやり,自分を苛めようとした。等身大の力がいいのだ。僕は一ミリの筋肉の突出に一万リットルの汗をかこう。そして忘れたい。トレーニング・マシーンの無機的で単調な軋みの音を聞きながら,僕は時間を強引に過ぎ去らせていった。

 ゾーンの若者達に二極化現象が現れていた。歓楽街へ消えるか,あるいはマーゼンに参入するかだ。
 マーゼンは確かに強烈なものを持っていた。強烈な磁力にも似た魅力だ。
 街角でレザースーツの腕にマイクを握り,彼等は訴えかけた。
「ショーウィンドゥにきらびやかな贅沢品が並び女性達を誘惑するとき,若者が腕輪をぶら下げ,ファッションリングをはめ,目に青いシャドゥを引き,女性のように腰を振ってアーケードを歩くとき,一部の女性達がウーマン・リブの叫び声を上げるとき,フリーセックスが新しさの象徴となるとき,男が男の子と呼ばれブティックに群がり始めるとき,解放された女性達が結婚は売淫だと罵倒するとき,ロックやディスコ・ビートが巷に溢れ,ポルノグラフィーが居間にまで入りこみ,ゲイが現れ,他方では女丈夫が活擢するとき――,このような時こそ,民主主義が危機に落ち込んだ時であり,一撃を加える必要のある時である! アーケードよ,目覚めよ!」
 大鉈で叩き切るようなスローガンは,鬱積した中年男性に,強いものに憧れる女性達に,強力なインパクトを与えていった。それだけではない。ファッションリングをはめ,目に青いシャドゥをひいたゲイ達にさえ「カッコいい!」とスカーフを振らせた。マーゼンの勢力は急速に伸び,ゾーン域内議会において彼等の発言力は熱を持ちつつあった。
 アーケード炎上事件以来,彼らの献身的活動は目覚ましい。パトロール隊の多くはマーゼン党員だ。そして火災現場で出会ったイワサキはマーゼン政治局のポスト付きらしかった。

 僕はC5の能力のためか,一種の特待として取り扱いを受けていた。
「けれど私達は嬉しく思います」ヒガキが一緒にアレーを動かしながら言う。
「こうして沢田さんは毎日自己改造に努めていらっしゃる」
 確かにそうだった。体力トレーニングと,マーゼンの基本的テーゼの学習。飽きもせず,僕は黙々とそれらをこなした。ただ,夜の思念力トレー二ングだけは,いっこうに向上の兆しが見られなかった。自分の破壊力に恐怖をいだいていたためだろう。
 訓練が終わると,僕は毎夜自分の部屋まで,長く薄暗い回廊を一人歩いた。



 霧。
 物憂い午後。
 霧見台……。
 陽光は朦々とデッキを照らし,霧はビーカーの中の無数のプランクトンのように浮遊し,水滴はイワサキと僕のダウンジャケットをしっとりと濡らしていた。
 見舞いのついでにと,イワサキはここに僕を誘った。
「霧見台は初めてですか?」
「ええ」
「そうですか。各塔のゾーン奥地へ面した高層階には,こうした霧見台がいくつか突き出しているんですよ。夏場になるとデッキチェアーに寝そべり,ひがな霧を楽しむ人も多いのです。しかしこの時期はさすがに荒涼としたものですね」
 我々以外誰もいなかった。しかしそのことが今はとてもくつろげる。僕はハンカチでぬるぬるとしたカビを拭うと,冷たい金属製の手摺にもたれかかった。
 手摺の向う側は,霧だけに許された世界だ。視界全面に漠とした乳濁が沸き上がる。霧は一時も止どまることを知らない。滲みは刻々と変り,その様は見るものを不思議な内省にいざなう。時折霧はルーレットのように小さな渦をあちこちで巻いては平静に戻る。その度にチカチカと線香花火のような光が飛び散った。ずっと上空では虹色のたゆたいがうっすらと認められる。霧はゆっくりと笑い,ゆっくりと悲しむ。
「アーケードの方には?」イワサキがきいた。
「出かけてません。このところなんとなく……」
「分ります」
「なんとなく悲しいのです。ミルのみんなは元気ですか?」
「この前,立ち寄ってみました。相変らずでしたよ。アーケードはまだ騒然としたところがあって,パトロールが巡回しています」
 イワサキは一メートルほどのホース状の器具を手にとると,頭上で回した。
「エイを呼んでみましよう。この辺りにはエイがいるのです」
 器具は回転しながらホーッという白い音を響かせた。幼い日に落してきた深い溜息のようだ。
「どうですか。マーゼンには大分慣れましたか?」
「僕の放浪は長すぎたようです」
 エイはさほど持つことなくその巨体を現した。
「そこにある綿菓子を取って下さい。彼等の好物です。あんな顔をしていますが,性格は実に人なつっこい連中です。人を乗せて飛んだという話さえあるくらいです」イワサキが言った。
 綿菓子をちぎり,虚空へ投げ浮かす。空飛ぶエイは,とてもうまくそれを捕えて食べた。ゆったりと反転をするたびに,彼等の身体はジュラルミンのように輝いた。
「綿夢を食べてばかりいるエイは,実に滑稽な顔をしているでしょう?」
「お父さんとは、あれから会っていますか?」と僕が問う。
「あなたは、お父さんとは?」
 イワサキは霧の向こうを見ながら僕にそう言うと,ホース状の器具を回し続けた。
 僕らは綿菓子を投げ続ける。
 エイは綿菓子を食べ続ける。
 以来,霧見台は僕のお気に入りの場所となった。それほど持つことなくして,エイは僕の手から飼をもらうほど懐いた。



 僕のガイダンス役のヒガキは,特別機動局の将校だ。彼に付き合いアーケードのパトロールに出た。途中,ミルに立ち寄ろうかという思いが一瞬よぎったが,なぜかためらわれた。過ちを操り返すのは好ましくない。
 アーケードからは,未だテロの被害者達の姿は消えていなかった。狭い路地でアルコールに満ちた体臭を放つ男が,僕達の袖を引いて物乞いをする。途端にヒガキは左手でその男の頬を激しくはった。男は鼻血を流して横転した。「あんまりじやないか」通り過ぎて僕が言う。「あんな輩を見ると無性に腹が立ってきます」「彼等は,テロの被害達だよ」
「もう何日経ちましたか? 未だに自力で這い上がろうとしない」
「放っておけばいいと……」
「そうです」
「野たれ死にする人も出てくるんじゃないかな。」
「それでいいではないですか」彼はそう言い切った。
「議会はなぜ手をうたない?」と僕。
「馬鹿な」ヒガキは憤然として言った。「退廃の病弊そのものが議会じゃないですか。精神の崇高さが,多数決という数の論理で生まれ出るとする思想こそ,根本的に誤りなのです」
「そうかな?」
「いいですか沢田さん。本来的に人間は崇高であると謳うゾーン憲章は,十八世紀的遺物に過ぎません」
「君も人間だ」
「そして研磨を心掛けています。現在の自己を永遠の自己と決め付け,日溜りの中に伸びやかなあくびをする輩は,ペルモス教徒達と何等変わるところがありません。ペルモス教徒は彼岸の世界にばかり夢を馳せ,一方繁華街に群がる大衆は現状に満足し腐敗していくのです」
「君はペルモス教徒を疎んじてるのかい?」
「ええ。快楽の申し子など」
「彼等も,人間の被害者じゃないか」
「沢田さん,まだお聞きになっていませんか。近く沢田さんはペルモス教徒地区の自治会長と会われることになるでしょう」
「というと?」
「沢田さんはもう充分に我々の同士たり得る。局長が,是非沢田さんにと申しておりました」
「何を?」
「実は最近ペルモス教徒の動きに,あわだたしさがある。その原因調査です。三日後にはゾーン創造祭も控えています。近々伝達があるでしょう」



 ビデオ画面の中では,穏やかに呼吸が続いていた。
「神を呼んでいるのですか,彼等は?」
 僕が唸る。ジシュウインは答えなかった。
 ペルモス教徒達の神儀だ。
 岸壁の中ほどにある出っ張り。そこに座ったリーダーと思しき影が,抜けるほどのファルセット・ボイスで何かを叫ぶ。途端に岸壁の下に広がる平地で,人波が揺らめいた。多い。四,五千人はいる。こうして見ると水面に広がる波紋のようだ。面像は隠しカメラで盗み撮りをしたものらしく,とても荒い。おまけに霧だ。ゆっくりとカメラが,教徒達へズームインしていく。眉間に中指をあてて祈っている彼等の姿がみとれる。
「今から始まる。画面をよく見ておくように」
 ジシュウインが僕の背中に言った。
 カメラは群衆の中央にある空き地を映し出す。たいまつの光で照らし出された直径十メートルほどのスペースだ。数千人分の完璧な静寂,時々たいまつからパキパキという音が響く。
「始まった」
 ジシュウインが呟く。
 地表がたゆたいだしていた。やわらいだ地中からゆらゆらと光が漏れ出す。
 カリスマの形成。ペルモス教徒たちはそれに取り組んでいるのだ。
 地中から霧に満ちた天空に向かう幾筋もの光の帯が,今やきらめきながら絡まり合っていた。
 強い黄金色の光が,くねりながら鎌首をもたげる。あまりの光量に画像が乱れる。ガガガ……と雑音があがったかと思うとでたらめに走査線が飛んだ。光の氾濫。ブラウン管が唸りを上げる。
 画像が平生を取り戻した時,少年がいた。溢れる光の粒を浴びて,少年は静かに立っていた。ペルモス達の歓声が聞こえる。少年は緩やか首を捻って,周囲を見回した。群衆の中から一人の黒服が走り出したかと思うと,おずおずと少年に手をさしのべる。二歩,少年は進んだ。三歩目を踏み出そうとした時,彼の体躯は不自然な痙攣を始め,輪郭をたゆたわせ,そして細やかな銀粉となって風に散っていった。
 スイッチを切ると,ジシュウインはソファーに身をもたせ首を振った。
「かくして彼等はカリスマの形成に失敗したというわけだ。大祭最終日の明け方,毎年彼等はこれに挑み,毎年これに失敗する。懲りんのだ。宗教というものは,こういったものかもしれん。多くの人々の多大なエネルギーが,不毛の対象に注がれていく。君はどう思うかね」
「鳥肌が立ってます」
「分かる。私も最初に目にしたときは,心動かされたよ。厳粛な心持ちになったものだ。しかし,こうした行為は,隣の芝生へのうらやみと変らぬ。他の世界のみを目指し,今の脆弱な自分の姿を正面から捕えようとしない。赤裸々に自分を見据え,自己改造へ進む勇気を持たぬ軟弱な集団というほかはない。群れを作り,互いの傷をなめあい,その場から離れようとしない」
 彼はマホガニーのテーブルを軽く小突いて続けた。
「このゾーンを救済し,ペルモスに祝福を与えるというカリスマ。これは一種の逃避だな。そして先ほどのビデオの画像は,病んだ集団の妄想の象徴にすぎん」
「行かせてください。ペルモス教徒達と接触を持ってみようと思います」
 彼は豊かな笑みを浮かべた。
「皮膚で世界を理解していけば強い信念も持てよう。ヒガキと共に出掛け給え」



 生きたい。しかし我々形成人に与えられた命の蝋燭は,三十年しか灯りません。それは形成により生じた不安定な分子構造に,我々の存在が乗っているためでしょう。
 死とはなにか。もし肉体が消滅した後も魂が存在し続けるのなら,我々の不安は激減するでしょうに,それとて確証がありません。
 人間もいつ他界する時が来るか。知っていようものなのに,なぜ暴君のようにこの世を我物顔で闊歩できるのでしょうか。
 世界がすべて己れに基因していると想像することは,恐怖に近いと思いませんか。己の身に降りかかるあらゆること,三百六十五日の天候,あらゆる四角で出くわすあらゆるメンバー,自分に対処するあらゆる人々の所作,それらが渾然一体となってじっと自己の選択を待ち続けている世界。それは恐怖の世界です。己の意思を離れた力が見え隠れして,我々は時として笑い,時として泣き,時として希望に満ち,時として悲喚にくれる。こうして初めて人は存在しうるものだと我々は信じます。
 あなた方マーゼンの思想は,畏怖を忘れた驕れる思想に感じられてならないのです。
 我々に与えられている時は,あなた達人間の半分にも足りません。その分世界に対する謙虚さを持ちえています。短くとも生を与え給うたゾーンに我々は感謝し,そして救いがいつの日か来ることを信じます。

 ペルモスの自治区長は,淡々とそう語った。
 ゾーン祭の夜だった。ペルモス教徒にとって聖なる夜にして,多くの市民にとって狂乱の夜だ。アーケードのあちらこちらで花火や爆竹が放たれ,人々は踊り狂っている。祭は深夜,全アーケードの電灯が,一斉に消されることによって,ピークを迎える。しかしその時間も近いというのに,このスペースは噂のように喧噪を遮断している。
 マーゼンは自治区長との交渉の場を持つことに成功した。テロリストの足取りを追うマーゼンの自治区への立入り承諾が目的だ。ペルモス側はゾーン祭の夜ということもあって渋ったが,テロヘの世論の憤りと警務省の後立てを前面に押し出すことで,区長の引き出しに成功した。交渉は,我々がヒガキを含む将枚三名と僕の計四名,ペルモス側は区長以下四名によるものとなった。
 ゾーン祭のため適当な部屋が空いていませんので,と通されたのがこのスペースだ。
 庭園。そう呼ぶに相応しい場所だった。アーケードの突き当たり付近に,ペルモス達の店鋪が並ぶ。それらの間を縫って細い通路を奥へ進むと,ここへ出る。彼等の礼拝の場でもあるらしい。左手奥に祭殿が見える。時折人が通り過ぎる以外は,いたって清爽なスペースだ。高くとられた空間。空調設備は温暖な空気を満たし,どこかで鳥の声がしていた。
 緑の聞から現れた豊かな池は,岩にもたれた自治区長の顔を波紋の揺めきで嘗めた。幾筋もの反射光の輪に,彼の表情は時には恍惚と,時には疎ましげに照らし出された。形成された時点で既に四十を越していたという彼の荒い髭には,白いものが目立った。余命を数える歳だ。うつむきがちな目線は,ヒガキたちの言葉を柔らかく流し去らせる不思議な権威をたたえていた。
 交渉に休息を入れる。
 砂利を踏む足音が,向うの方でした。何気なく振り向き,僕は呟いた。
「失礼……」
「どうしたのですか」ペルモスの役員が尋ねる。
「この辺りを巡ってきてみたいのですが」
「どうぞ。お持ちしています」
 先ほどの人影が消えていった木陰の方向へ,僕は足早に向かった。先ほど見かけた白いコートの後ろ姿。あれは,まぎれもなく妖精だ。

 


 


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Profile まつを


Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。