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2016年6月



2016_06_30

ダウン


久々にダウンしていました。28日午前4時ごろ、ムカつきに目が覚め、起き上がろうと体を横にすると猛烈なめまい。しばらくその場に身動きできず、そしてマンガで描かれるような口を手で押さえたトイレへの猪突。以後、洗面器を枕元に置いて床に臥せていました。寝入っては3時間ぐらい経っていて、「ここは里山のカバノンだと思おう。ただ一人、世間から遮断された自然の中にポツンといると」と窓から見える大木をうつらうつらと眺めては、また寝入ってました。定期的に自分を空っぽにする時間の大切さ。いやはやなんでしょうね。歳かな。そう考えると政治家ってすごいですねぇ。

 

2016_06_28

いにしえの日本語

タ行は次の3つの行の混合体

タチツテトをローマ字で書くとta,ti,tu,te,to。このta,ti,tu,te,toを英語読みするとタティトゥテトという発音になりますよね。タチツテトの発音を英語で書くとta,chi,tsu,te,to。……混ざっています。タ行は次の3つの行の混合体になった不思議な行なのです。
ta,ti,tu,te,to
tsa,tsi,tsu,tse,tso
cha,chi,chu,che,cho
これは古代日本語ではタ行はタティトゥテトだったものが、ティとトゥは口の開きが小さいので発音しにくくてチとツに訛った名残。実は古代人が私たちに古代日本語で話しかけてきても、なかなか聴き取れないだろうと言われています。

(8:02頃より上代日本語、10:00頃より中古日本語)

現在のハヒフヘホは、古代ではパピプペポと発音されていた

もっと分かりやすいのはハ行。現在のハヒフヘホは、古代ではパピプペポと発音されており、中世でファフィフフェフォに変わり、近世以降に現代のものになりました。今も日本列島の端の方言には古代日本語が残っていて、奄美方言で花はパナ、人はピトゥと言います。そんな遠くを探すまでもなく、私たちは日本をニッポン、ニホンの二つの発音で読みますよね。
ハ行のHをフランス人は発音できません。ケベック州はフランス文化圏なのですが、HITACHIの電気釜が普及しており、これがイタチと呼ばれているらしいのです。ですから国際的舞台に出る国産ロケットにはNIPPONと万国で発音しやすい方で書いているわけです。一説には私の出身地である島原という地名も、水湧く地という意味の古代語チーマパーラから来ているといいます。Pの音が多いんですね。

オとヲの時代的に変化

もう一つ、松尾の「を」も時代的に変化してきたという話を。奈良時代にはオはo、ヲは woと発音され明確な区別があったのですが、平安時代に入ると混同されるようになります。決定打は昭和21年公布の『現代かなづかい』。ここでオとヲの表記は「お」に統合されます。ただし助詞の「は」「へ」「を」はそのまま残されました。松尾の「尾」は元々の和語では「を」と発音するのが正解。ですからMatsuwoとサインするのが正解。私が小学校に上がるとき、親は私に「まつを」と平仮名で練習させていたといいます。これは学校に上がり「まつお」に訂正されました。

あらゆる歴史上の大転換期の奥底には,人間関係の変化があった

「あらゆる歴史上の大転換期の奥底には,人間関係の変化があった。」西洋史の権威であった阿部謹也氏の指摘です。そして人間関係の変化が生じたときに、言葉も大きく変化しているようです。たとえば言語変化が大きい中世は、農民以外の非定住の人々が多く出始めた時代でした。スマホなどのニューメディアが,これから我々にどのような人間関係や言語をもたらすのか。
我々は歴史的転換点に立っているのかもしれません。

「春過ぎて……」の当時の発音

  • 散人さんのコメント
    パルーツンギーテー ナトゥキータルラチ チロタフェノ
    カラマポチータリー アマノカングヤマ

    春過ぎて夏来るらし白妙の 衣干したる天の香具山

    仮名が「表記方が未成熟」だっただけのこと

  • 捨老さんのコメント
    どの時点から「日本語」と定義するかは大いに問題ですが(笑)。
    p基音やタティトゥテトの問題は、昔から指摘されていた問題ではあります。阿部謹也さんに限らず、そのほとんどはローマ~英語の発音を発想基盤とした説で、仮に日本の縄文時代に似たような発音が存在したとしても、散人さんご指摘の後の万葉の時代にそのような発音がなされていたという積極的な証拠は存在しないばかりではなく、たとえば有名なところで「蝶々」など「てふてふ」と表現されますが、これを「てふてふ」と発音したのではなく、漢字に頼り過ぎて仮名がいまだ「表記方が未成熟」だっただけのことで、「ちゃふちゃふ~ちょほちょほ」などの表記が「ちょうちょう」の安定をみるのは鎌倉以降、さらに後代の事だったようです(笑)。「文字(かな)」自体が一般文字とは言えなかった時代だったのです。
    方言などに少数の例を指摘する説も存在しますが、確証するほどの体系的研究がなされているわけではありません。
    >実は古代人が私たちに古代日本語で話しかけてきても、
    >なかなか聴き取れないだろうと言われています。
    ――幕末・明治の書物すら 同じ日本語とは思えないほどです(笑)

    階級や地域でまちまちの話し言葉

  • 散人さんのコメント
    日本は永らく階級的(公家言葉)や、地域的(方言)に、まちまちの話し言葉を使用していた。秦始皇帝時代の言語革命も、フランス革命後のフランス語改革も成功していない。が、明治新政府は「全国統一話し言葉」を苦労の末実行し成功した。

  • 捨老さんのコメント
    仰せの通りです。中国の古文献ともなると、まるで「方言」など存在しなかったかのような記述に充ちていて、南方熊楠は「支那人流の法螺(ほら)や虚譚(うろたん)」と気分よく喝破しています(笑)。

    現代とは,言葉が同じ感覚で伝わる時代範囲を言う

  • まつをのコメント
    「現代」とはどこまでをいうか。これについて阿部謹也氏が面白いことを書いていました。現代とは,言葉が同じ感覚で伝わる時代範囲を言う。そんなことです。つまり明治期の書物の中には,すでに現代訳しなければならない書物も出てきていますので,現代ではないというわけです。

     

    2016_06_27

    フロイスが見た日本人の宴会


    ポルトガルの宣教師、ルイス・フロイス。彼が日本にやってきたのは1536年。以降12年間日本に滞在しました。そのため彼が書き残した書籍には、興味深い当時の日本の風俗が記されています。その中から「日本人の宴会」をピックアップ。変わってないなあ(笑)。

    • ヨーロッパの貴人は、夜に寝て昼に楽しむ。日本の貴人は昼に寝て、夜に宴会や娯楽を行う。
    • 我々は招かれた者が招いた者に礼を言う。日本では招いた者が招かれた者に礼を言う。
    • 我々は食事をするのにひどく音を立てたり、葡萄酒を最後の一滴まで飲み干すのは卑しいことだとされている。日本人は、そのどちらも立派なこととみなしている。
    • 我々は、誰かが酩酊するとそれは大いなる恥辱であり不名誉であると考える。日本ではそれを自慢する。
    • 我々は、自分が飲みたいだけしか飲まないし、他人に強要することもない。日本ではひどく無理にすすめ合う。そのためある者は吐き、ある者は酔っ払う。
    • 我々は焼いたり煮たりした魚を好む。日本人は生のままで食べることを喜ぶ。
    • 我々は、甘い物が大好きだが、日本人は塩辛いのを好む。
    • 我々は食事のはじめと終わりに手を洗う。日本人は食物に手をふれないから、手を洗う必要がない。
    • 我々は葡萄酒を冷やす。日本では酒を温めて飲む。

     

    2016_06_25

    散人会

    お疲れ様でした。第2回散人会。 散人会は、少数シニアで呑んだときに意気投合し、その場で会長決定。 会長曰く、少数の原則60代以上で、この種の話題を楽しめる方と共に。 補充は欠員が出たとき(欠席、あるいは会員逝去)。 今回出た一つの話題の一部を挙げてみます。 酔った記憶を手繰りながらですのでそのおつもりで。以下記録。

    • 現在のハヒフヘホの発音箇所は、古代ではパピプペポと発音されいた。これが中世でファフィフフェフォに変わり、近世以降に現代のものになった。今も日本列島の端の方言には古代日本語が残っていて、奄美方言で花はパナ、人はピトゥと言う。
    • 日本もニッポン、ニホンの二つの発音がある。は行のHは発音しにくい。フランス語圏では無音化していてHITACHIはイタチと発音している。だから国際的舞台で語られる国産ロケットにはNIPPONと書いている。
    • 一説には島原という地名も、水の湧く平地という古代語のチーマパーラから来ているらしい。Pが入っている。ローマ字ってなんだったんだろう。あれができる奴は、中学校に上がって英語で混乱していた。
    • 私も授業中にdanger(危険)を「ダンガー」と読んで爆笑されたのが心の傷。
    • いつから日本という意識は生まれたのか?
    • そのことで歴史書も時々間違いをやらかしている。たとえば「この時代に農業技術が日本にもたらされた」とか。日本という国家はその頃は成立していない。古代中国の書に認められるのは倭(わ)から。海を行き交う粗野なる輩という意味。厳密な「日本」の成立は律令国家に向かって走っていた7世紀後期。
    • 明治以前までは日本という意識は薄くって、だから「拙者の国」と言えば「自分の藩」のことを指す。我が国なんて明治以降。
    • 現代日本の倫理観をはじめとする意識は、思いのほか明治期に意図的に作られたものが多い。富国強兵を達成するため天皇制という絶対体制をつくるため。
    • けれど長州ファイブを見れば、日本人だけで明治の制度を作ったと考えるのは疑問。
    • 金融システムに関わった高橋是清とか胡散臭い。
    • 自力で絶対権力者になった者はバランスを崩す。毛沢東は好きなときに寝て、好きなときに起きていた。24時間のリズムではなかった。
    • 女性関係もむちゃくちゃである。
    • 私も帰ったら呑んで寝る。12時ぐらいに目が覚めたりランダム。
    • 私も昨夜は朝5時まで呑んでいた。昼12時に目覚め、今また呑んでおるわけである。
    • 私たちも数日前にこの店で大いに気勢をあげておったわけである。

    こんな感じで酔うほどに弁舌流暢に話題は連なっていきましたね。

     

    2016_06_24

    学校の勉強は人生に役立つ

    人はみな己の責任を回避したがる

  • 散人さんのコメント

    よく周りの人から「私もっと勉強をしておけばよかった」と嘆くのを聞きます。
    過去を悔やんでいるのでしょう。この人の後悔の内容は多分に「もっと勉強していれば」現状よりよい職業に就いて収入も多くなっていたに違いない、と言いたいのでしょう。が、現実はこの人は勉強しなかった。また、したけれど世間でいう安定的な職業である(私は云ってない)公務員、医師、弁護士には届かなかったのかも。

    人はみな己の責任を回避したがる。自分の積極的意思?で「勉強をしない」ことを、その人は選択したのであるにもかかわらず。

    「学校の勉強は、社会に出てから役に立たない」と言う人は、学校時代にきちんと勉強していない

  • いわさんのコメント

    もう一つ 良く聞く言葉が「学校の勉強は、社会に出てから役に立たない」。
    これを言う人は、まず確実に学校時代にきちんと勉強してません。

    きちんと勉強すれば、役立てることはできる。四則演算は、日々役に立てているわけですが、これは、確実に習得しているからです。確実に習得できていない人(時々いますね)は、やはり日々の生活で役立てられません。

    昔、会社の会議で、在庫調査結果の報告をしましたが、統計処理して、「この数値の差は5%有意で意味がない。1%有意なら意味があるが、それに対応したら在庫数は倍必要になる。命に係わる製品ではないから5%有意で評価しよう」と説明したら、参加者の面々はほぼ目が点でした。別に理系でなくても、経営とか経済とか社会学を勉強していたら、統計は習ったと思うんですけどね。分かるように説明してくれ、と言われましたが、困りましたね。

    医療機関だと、在庫切れして、患者さんの緊急事態に対応できないことが、1%でも起こったらいけないでしょうから、在庫管理は大変でしょうね(過剰に持つしかない?)。

    これは、実は、結構ショックでした。日本の会社は、まあまあ有名企業でも結構どんぶり勘定で経営されている。多分、今は違ってきていると思いますけど。となると、学校時代に統計学をきちんと学んでおかないと、経営企画系の仕事には就けない。もちろん、学校での勉強だけでもダメなんで、まあ大変ですね。

    お前は、良く勉強したのか、というと、そうでもないのですが、まあその分良く遊ばせてもらったわけで、後悔はしてないですね。社会人になってからは、仕事の面で二つ三つ後悔していることはありますが、別段他人に迷惑をかけたということではないので、自分事だけでであります。
    結論的には、おめでたい奴で過ごせていて、幸せ者なのだろうと思っています。もうちょっとお金があったら言う事なしです。(^_^;)

    「この学問は将来こういったことに役立つ」と言ってくれる先生がいたら最高

  • しんのじさんのコメント

    いわさんにやや近いですが、強いて申せば、若い人をものすごく甘やかすような意見になるかもしれないけれど、「この学問(分野)は将来こういったことに役立つから、今のうちにしっかり勉強しておきなさい」と言ってくれる先生(小・中・高・大を問わず)がいたら最高ですし、そのような言葉と共に勉強した内容は特によく覚えている印象があります。

    でも、常に今習っていることは無駄ではない、将来きっと役に立つはずだと思って勉強した人は、いわさんのおっしゃるごとく、それを生かせる力がつくものだと思います。

    面白いのは、ちょっと些細なことでも授業中に褒められた科目、先生の話が面白かった科目、先生の態度・生き方が素敵だと思った科目は、どちらかというと得意になり、そう思わなかった科目が苦手になった私(笑)。少々影響され過ぎだったと反省しています……

    何かの勉強をしないということは、将来の可能性を消していく行為

  • いわさんのコメント

    私は、何かの勉強をしない、ということは、将来の可能性を消していく、行為だと思ってます。今は分からない将来含め可能性を消す。しんのじさんよりも、根暗な考え方かな(^_^;)

    「勉強」の語源は気の進まないことを強いること

  • 散人さんのコメント

    「勉強」の語に「強」が付いてるのが気になっていたが、やはりというか、語源辞典を引いてみると、「勉めを強いる」とある。気の進まないことを強いる、とある。

    本人が気乗りしないことをじゃ一体誰が強いるのかといえば、親たちも含めた社会なのだろう。「おれは勉強した」と言う人は語源的に云えば、「俺は周りから学習することを強いられた」が正解だろう。

    じゃ何で強いるのか? 我が子の立身を望んだりという功利的な場合もあるだろうが、一旦獲得した果実(科学的知識等)等を失いたくない、というのもあるだろう。

    勉強ができた人は耐性・分析力・計画力がある

  • いわさんのコメント
    それは、漢字の意味の通りの所がありますね。 勉強ができた人は、
    ・嫌な事に耐えて、先の成功を思ってこつこつ頑張り続けられる
    ・自分を分析して、良い計画を立て、その通りに実行でき、計画の修正もできる
    という能力を示してます。 サラリーマンとして、欲しい要素であった(である? 依然今も?)ということでしょうか。

     

    2016_06_21

    半夏生には早すぎる

    いやあ、すごい暴風雷雨でした。外出した家人が言うには、中心街は水に溢れていたとのこと。浸水している店舗も多いようです。

    長崎では集中的豪雨を「ハゲ」と称した

  • 捨老さんのコメント

    むかし、長崎のお年寄りの中には集中的豪雨を「ハゲ」と称し、その後カラリと明けて夏になることを、「ハゲる・ハゲた」などと言ってましたが、今はない言葉なのでしょうね(笑)。その頃説明してくれる人もなくて、ボクは勝手に「激しい」から出た言葉か、あるいは重い曇り空を「剥がす」ことを言うのかな~などと、ぼんやり考えていたことがありましたが、随分後になって半夏(烏の柄杓)から出た言葉じゃなかったろうかと思い至りました。「半夏生ず」は季語だったんですね。けっしてペコロスさんには関係なかったんですね。

    天草でも

  • 岡野さんのコメント

    捨老さま、天草出身の母も半夏(ハゲ)雨と言うてました。半夏生の時期に降る、梅雨の終わりの大雨。 漫画のネタにも唄のネタにも(笑)すでに。それにしても昨日の雨は凄かった。

    半夏(ハゲ)は雑節の1つで、7月2日頃

  • ウィキペディアから

    半夏(烏柄杓)

    半夏生(はんげしょう)は雑節の1つで、半夏(烏柄杓)という薬草が生える頃。一説に、ハンゲショウ(カタシログサ)という草の葉が名前の通り半分白くなって化粧しているようになる頃とも。様々な地方名があり、ハゲ、ハンデ、ハゲン、ハゲッショウなどと呼ばれる。毎年7月2日頃にあたる。 この頃に降る雨を「半夏雨」(はんげあめ)と言い、大雨になることが多い。地域によっては「半夏水」(はんげみず)とも言う。

    農家にとっては大事な節目の日で、この日までに「畑仕事を終える」「水稲の田植えを終える」目安で、この日から5日間は休みとする地方もある。この日は天から毒気が降ると言われ、井戸に蓋をして毒気を防いだり、この日に採った野菜は食べてはいけないとされたりした。なお、七夕にも農作業を休むとする伝承が多くの地域に伝わる。

     

    2016_06_20

    THANKS !


    父の日のプレゼントは里山カバノンのフォトブック。写真セレクトは家人と息子。それからさらにセレクトし、フォトブックにデザインしてくれたのは娘。さすがにプロのテイストです。一番好きなものを贈られました。ありがとう。

     

    2016_06_18

    イラストとは光

    先日、偉大なるイラストレーターであったドーミエを採り上げましたが、皆さん、イラストという言葉の語源をご存知ですか。手元に『高山宏 表象の芸術工学』という散人さんから譲り受けた書籍があります。これから以下引用。
    ----------------------------------


    ショイヒツァー『神聖自然学』より、「出エジプト記」。光は蒙(くら)きを啓(ひら)く神そのものだ。
      ヨーロッパの知識形成史上世界界最大といわれる「百科全書」の第一の特徴は、チェンバースの百科からアイディアをもらったということもあって、一つにはABC検索ですが、言葉で説明できないものはすべてpictureで見せるという編集方針が画期的でした。そしてその頃、挿し絵のことをillustrationと呼ぶようになる。それまでは、たとえば英語で言うとillumination。illuminatio(イルミナティオ)というラテン語は、「光」という意味から出て、聖書やほかの写本の隅に描かれた動物など、今日ではグロテスクと呼ばれるような絵を指しています。飾画、彩飾とか訳す。比喩的にいえばilluminatioがなぜillustrationに変わったのかということです。この説明は絵画全史を語るにも等しい。一つの答えは、聖なるものの喪失です。

      両方とも、「光」を意味し、illustrationの中のillustroは光らせること。illustrationは「光」という意味であり、そしてそれが同時に「絵」なのです。頭の悪いあなたには絵がないとわからないのかもね、ということらしい。

     

    2016_06_16

    東京オリンピック時系列、再び


    次はウィキペディアから要約。「東京オリンピックは、JOC竹田恆和と、東京都知事が、招致活動をした結果、選出された。」
    トップの座の一人が去ることが決まりました。同日、残る一人に報道がフォーカスを当て始めました。中止となれば、この国の国際的信用は暴落し、不況が訪れ、私たちは没落します。また世論はマスコミが焦点化したことに引っ張られるのでしょうか。

     

    2016_06_15

    この人を見よ

    ピラトはユダヤ人らに言った、「見よ、これがあなたがたの王だ」。すると彼らは叫んだ、「殺せ、殺せ、彼を十字架につけよ」。(『ヨハネによる福音書』)


    「この人を見よ」 オノレ=ドーミエ作。

    ドーミエは私が中学校の頃憧れた画家でした。本来は新聞にイラストレーションを提供していた作家です。絵筆を武器にして闘った社会的リアリズムの画家と称されていまして、ここをクリックしていただくと他の作品を見ることができます。この「この人を見よ」という作品をドーミエはどんな動機で描いたんでしょうね。

    今、民主主義は衆愚の渦の中に漂っている

  • 散人さんのコメント(2010年11月25日)

    民主主義は本来「賢人」を前提にして発生した。しかるに今は真逆の「衆愚」の渦の中に漂ってしまっている。そりゃ確かに、王を倒すにゃ、「衆」を頼みにもするだろう。だからと云って、「衆」を王にしちゃイケナイ。

    それでも30年前まではまだ無邪気な「衆」が多かった。だが今は、バブル勢いと衆のコンプレックスにつけ込み、大学を大量に増やし、名ばかりに高学歴とあいなった。そのうえ、商売の輩が「お客さまは神様」と神棚に持ちが上げるものだから、衆の鼻は天狗様より高くなった。が、衆は衆である。バブルはじけりゃ鼻が折れた、やれ「給料が上がらない」、やれ「就職がない」など。

    天狗から元の衆に戻ったのに、気分は天狗様のまま。鼻折れ天狗がガァガァ言うもだから、「政治」は右往左往、迷走。マスコミという「衆」頼みの輩も右往左往。

    マスコミのリードで視野狭窄症になっちゃいけない

  • まつをのコメント

    マスコミが焦点化したことに引っ張られてはいけませんよね。この対象は叩いていいという空気があると、キャンキャンと吠え叫ぶ犬になってはいけません。

    先の戦争も、このようにマスコミがリードし、民衆の目がそれに焦点化し、世論が熱狂し始めてしまったことは、歴史が教えるところです。 天災の非常時には並外れた冷静さと秩序を見せる日本人も、煽られるとこのような視野狭窄症を起こす習性を持つことを見せつけられた思いです。

     

    2016_06_14

    バルコニーバル


    今夜の一等つまみは、しんのじさんご持参の手作りウインナー。極うま。風そよぐ山の頂。よろし。

     

    2016_06_11

    旅先で立ち寄ったあの店

    旅先ではしばしば引きこもっています(笑)。食事さえ出かけるのが億劫で、用件が終わるとホテルの近くのコンビニで買い物して部屋で過ごすことも少なくありません。

    水戸 立ち飲みはちじゅう


    出かけるとなると決まってカクウチ・立ち飲み。隣同士になったしがらみのない方々とその土地の会話をたのしむにはカクウチに限ります。上は水戸市の立ち飲みはちじゅう

    佐世保 注連蔵下京店


    これは佐世保で見つけたカクウチ注連蔵下京店。長いこと佐世保の街を流離ったことがなかったので、ふらふらと歩いていたら出会い、土地のオジサンたちと会話を楽しめました。

    東京 鍵屋


    一緒に呑みにいける方がいるときはルンルンと昔から行きたかった居酒屋に出かけます。これは東京の鍵屋という江戸時代から続く居酒屋。

    沖縄 節子鮮魚店


    土地土地で居酒屋の形態も様々。これは沖縄で出会った魚屋で呑むやつ。節子鮮魚店。長崎でもぜひこういった形態が現れていただきたいと。

    東京 神谷バー


    東京で心に残っている店に神谷バーがあります。ryujiさんにご案内頂いた超レトロなバー。なるほど、バーはこういった形態から派生したのであるなと感じさせてくれる魅力的空間。

    八ヶ岳 八ヶ岳倶楽部


    一生忘れられないといったらここも挙げないわけにはいきません。八ヶ岳倶楽部。こちらは、ぞうさんにご案内頂いたエルドラドでありました。長年夢見ていた場所での食事。強く焼き付いています。

     

    2016_06_10

    美意識の耐久性

    その作品を支える美意識には、耐久性のあるものとそうでないものがあるように思います。白井晟一の作品には耐久性を感じます。彼の作品はいつまでたっても古さを感じさせないでしょう。常々申していることですが、ピカソの作品はその色彩に関しては耐久性の薄い作家だと思っています。

    取り壊された長崎県立美術館はそういう意味では耐久性のない美意識に支えられていました。ファサードのレリーフなどはまるでシケイロスの壁画並みに悪趣味だったと思っています。

     

    2016_06_09

    白井晟一(しらいせいいち)


    私にとって特別な魅力を放っている建築家は白井晟一。皆さんがご存知の彼の作品としては、佐世保の親和銀行本店・懐霄館などがあります。

    今回東京出張の際には、写真の渋谷区立松濤美術館を観に夕日を浴びながらてくてくと行ってきました。その時間帯はすでに閉館していることを知っていても、訪ねて行って観たくなる魅力に満ちています。彼のプロフィールをみると謎に満ちた人物でもあるのですが、その作品は別格な深さで魂に響いてきます。他に作品は、静岡市立芹沢銈介美術館等があります。

     

    2016_06_07

    『(日本人)』


    日本人は世界で最も世俗的な損得勘定で動く民族であると論じられている本です。どう思われますか(笑)。以下引用。

      「私たちは日本を「ムラ社会」だと思っているが、アフリカや南アジア、ラテンアメリカなどの国はもちろん、ヨーロッパ諸国や中国・韓国と比べても、日本人は伝統的な価値観を重視しておらず、「ムラ社会性」が高いわけではない。逆にイングルハートの調査では、日本人の世俗指数の高さは突出しているのだ。」 「日本人の特徴は、①国のためにたたかう気がなく、②日本人としての誇りがなく、③権力や権威をきらう」 「もっとも「個人主義的」な生き方をしているのは私たち日本人なのだ。」 「世俗的というのは損得勘定のこと」 「日本人は万葉のむかしから世俗の価値しか認めなかった」 「ワンルームマンションというのは日本独特の居住形式」 「日本は本質的に無縁社会だった」

    この本にデバイスを感じるのは私だけでしょうか。本の後半はTPP礼讃となっていきます。筆者は海外投資に身を浸し、国民年金廃止論者です。

     

    2016_06_05

    新聞のワイドショー化


    北海道で行方不明男児が発見された件。そっとしておくべきです。その家族が傷を癒すようにそっと。発見後の報道に、写真・名前を入れることが適切であるとは思えません。

     

    2016_06_04~

    ベーシック・インカム (最低生活保障)

    今後、年金支給額は減り、70才支給開始となる

  • 散人さんのコメント

    年金問題。34才女性職員(労務担当)が「私の年金は計算すると年額13万円ぐらいです」とため息混じりに云った。そこで専門家の意見を調べると。今すぐは「年金破綻」はないが、確かに現状のままだと危険水位域に入る。で今後確実に実施されることが二点ある」と言う。
     一、毎月の年金支給額を減らす(これは2000年改正に織り込み済)
     一、受給開始を伸ばす。70才支給開始にする。
    この二点は確実に実施されるそうだ。今の50才の人は70才支給開始が微妙な段階にある。この意見が消費税10%を含んでいるのかは分かない。

    ベーシックインカムに収束させてしまうといい

  • いわさんのコメント

    個人的には、社会福祉はベーシックインカムに収束させてしまう、というのが昔からの考えです。

    ベーシックインカムの中味がどういうものか、知らない人が多いんですよね。興味を持たれた方は、是非検索して、賛成意見も反対意見も読んでみてください。新しく知る事がいっぱいできると思います。

    • スイスのベーシックインカムの概要
       (出典:TBS Newsiから抜粋)

      働いている・いないにかかわらず、国民1人あたり30万円、未成年には7万円を支給する……。スイスで5日、国民全員に一定のお金を支給する「ベーシックインカム」と呼ばれる制度を導入すべきか国民投票が行われます。議論を後押ししたのは「ロボット」技術の進化でした。「全ての人間にはベーシックインカムが必要です。ロボットがいずれ、ほとんどの仕事をするようになりますから」

    • スイスのベーシック・インカムの仕組み
       (出典:SWISSINFO.CHから抜粋)

      発起者の提案は次の通り。非就業者にはベーシック・インカムを無条件で給付する。就業による収入がある人の場合、給与の中からベーシック・インカムに相当する金額が吸い上げられ、その代わりに、ベーシック・インカムが給付されるので、収入に変化はない。

      具体的な例を示すと、月1500フラン(約17万円)の収入がある人は、ベーシック・インカムを仮に2500フランと設定すると、千フランの追加収入を得る。給与が2500フランの場合は、収入に変化はない。

      6500フランの収入がある場合は、2500フランがベーシック・インカムの財源としてすい取られ、給与の金額は4000フランとなる。だが、ここにベーシック・インカムとして2500フランが支払われるため、最終的には合計6500フランの収入となる。

      社会保障の給付金にもこれと同じ方法が適用される。上限の2500フランまではベーシック・インカムによって補償され、それ以上の分はこれまで通り社会保障制度から給付される。

      この方法で、ベーシック・インカムに必要な財源の約88%をカバーできる。残りの12%については、新しい税金を導入するなどして別の財源を確保しなければならない。

    • スイス ベーシックインカム否決
      (出典:business.newsline
      スイスで5日、ベーシックインカム導入の可否を問う国民投票が行われた結果、反対票が1,896,963(76.9%)に対して、賛成票は568,905(23.1%)に止まり、圧倒的多数をもって否決された。

    • ベーシックインカム導入実験
      (出典:ウィキ

    スイスのベーシックインカムの投票結果、賛成が予想より多くて驚きました。反対する人は
     ・財源がない。(明示できない)
     ・現在ベーシックインカム未満の収入の人が働かなくなる。
    というのを理由にすることが多いのですが、私は、後者については、そんなことはないだろうと思っているんです。無理したり、したくない仕事をする、ということはなくなると思いますが、今、働いている人は、収入増をはかりたいというのが大多数だろうと思うので。働いたら、損ということにはならない制度ですので。

    今後、これを機に論議が活性化すれば、賛成する人は増えるだろうと思います。日本で、導入するとして、金額を幾らにするのが良いでしょうね。質素に、ギリギリやっていける金額、健康保険制度は存続(ただし、一部年齢層の無料は廃止)、他の社会保障は廃止として、なんとなく、大人一人月10万円位、16歳未満は、半額の5万円位でしょうか。我が家だと、夫婦、高2、中2ですので、月35万円ということになります。働くのを止めはしませんが、週に3日~4日休み、長期休暇も取るかもしれませんね。

     

     



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    生きてることを楽しもう。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。長崎県。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。