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1998年9月



1998_09_30

人類史を考える

プレ文明

極めて荒っぽくて申し訳ないのですが,プレ文明(というのでしょうか?有史以前に存在したかもしれない高度文明)っていうのは,考察してもいいのではないかなと思う気持ちが最近どこかにあります。人類史を「単純な右肩上がりのイメージ」で捉えるのは,どうも解せないというだけの理由なのですが。分かっているだけでも,文明史は山と谷を経験してきています。コロッセウムを作った古代ローマから,中世社会になり,そして近代へというヨーロッパの歴史だってそうでしょう? ルネサンスだって,古代ギリシャ・ローマを発見し,復興したんですからね。どうも人類史を単純な右肩上がりとする思想は,近代独特の時間感覚に囚われているという気がして懐疑してるのです。

プレ文明の証拠ってどこかにあるんでしょうかね?考えてみれば,現代人が今消滅したとして,12000年後に発掘されたとしますね。そうすると文明の痕跡として何が残っているのでしょうか?

海中に眠るプレ文明

ウルム氷期(最も最近の氷期,70000~8000年前)のころ,海水面は現在よりも130mぐらい低かったのです。これは海水が氷河となって陸上にあったからです。この氷期が終わるとき海面上昇が起こりました。これは均一に上昇してきたのではありません。10000~8000年前の2000年間には,海面の高さが急激に25m上下しています。これは大変なことです。氷期の頃,もしプレ文明があったとしたら,寒かったわけでしょうから,氷河が積もる山地ではなく臨海地域,それも赤道近くの臨海都市があったと想定できないでしょうか。そうなればその都市の遺跡はどこにあるか? 海中深く眠っていることになりますね。で,世界地図を見る。すると例えばインドシナ半島からオーストラリアに至る海中に,広大な大陸棚が広がっているわけです。う~ん。

現在俗にいう4大文明をはじめ古代文明といわれるものの多くは,基本的に地上で発掘されています(水中考古学というものもありますが未だその途についた状態)。もし8000年前にプレ文明があったとしたら,上記のような陸上発掘作業により文明発祥の地はA地だB地だと論じられていること自体が,滑稽だとは思いませんか。

わずか300世代で高度文明ができるとは思えない

私たちのような人類(これを新人,ホモ=サピエンス=サピエンスといいます)が現れたのが約40000~10000年前といわれています(笑)。中をとって20000年前を想定しましょう(爆笑)。そこから10000年間で,ある程度高度な文明ができるでしょうか?100年3世代といわれます。ということは10000年間で300世代。300世代で高度文明ができるでしょうか?いかがですか?新人がスタートするとき,すでに火,道具,言葉の使用などはあったことは前提とできます。

過去の気候

過去の気候をかなり推定することができるようになっています。近いところで特徴的な時代を見てみましょう。

6000~4500年前は今よりも温かく,海面も6mほど高かったのです(縄文海進といいます)。この時代に我が国では縄文文化が始まります。関東地方に珊瑚礁があり,今の奄美の気候でした。縄文時代は分厚い毛皮を纏っていたイメージというのは間違いです。

1645~1715年は気温がとても低い時代でした(マウンダー極小期っていうんですけど)。この時代に,旧来の神聖ローマ帝国は崩壊し,イギリスは英蘭戦争で覇権を奪い取りつつ議会制度を確立し,フランスでは太陽王ルイ14世が,ロシアではピョートル1世が絶対主義をとり,中国では明にかわって清が長きにわたる帝国を建設していき,日本では江戸幕藩体制の安定期に入っていくのです。江戸時代は寒かったのですね。

ミランコビッチ周期

寒い時期と暖かな時期が周期的にやってくるのはどうしてでしょう?基本的に三つの原因があります。これをミランコビッチ周期というんですが,ここでは一つだけ簡単にお話しておきます。地球というコマをイメージして下さい。コマは回転しているとき,その軸が円運動でふらつくでしょう? これによって26000年の周期がおるというものです。ただし現在起こっている温暖化は,人間が及ぼしているとはご存じのとおり。

文明は初期に攻撃的・侵略的で,徐々に穏和で循環的に

「農業でもして,ゆっくり暮らします」なんて言葉を耳にします。農業には穏やかなイメージがあるんですね。けれどこのイメージは昔からあったものではないんです。それどころか農業文明はその初期,極めて凶暴なものでした。これは農業文明を持ち込んだ弥生の遺跡,例えば長崎県壱岐の「原の辻遺跡」などをみれば明らかです。農具と一緒に多くの武器が出てきますし,戦いで傷ついた人骨も出てくるんです。

今回は,文明はその初期には攻撃的・侵略的だが,それが飽和すると穏和で循環的な性格に変わっていくということを書きます。

そのことを日本を例にとってみてみましょう。まず紀元前300年頃,農業文明をもった弥生人が,縄文人のいた日本に武装侵略してきます。この農業文明の侵攻と紛争の波は,戦国時代にピークを迎えます。その後江戸の鎖国政策とあいまって文明の飽和状態を迎え,循環的経済が志向されるようになったんです。人糞を畑にまくなんていうのは,その代表ですね。こうして農業のおだやかなイメージが定着していきます。

18世紀後半に始まる工業文明もいっしょ。初期は植民地化政策に明け暮れ極めて攻撃的です。そろそろこの文明も飽和状態が見え始めました。温暖化など地球的問題ですね。そして循環的経済を志向する穏やかな集団が,今,各地で立ち上がろうとしているのだと思います。

現代人の右肩上がりの時間観と、近代以前の振り子のような時間観

この前少しふれた現代人独特の時間感覚について。私たち現代人は時間がたてばたつほど,物事は発展するんだというイメージを持っています。未来という言葉は,今と異なった文明の姿をイメージさせるでしょう?これがいわゆる「右肩上がりの歴史観」と私が呼んでるやつです。

けれど,かつて人類は時間に対してそんなイメージは持ってなかったんです。近代以前,時間は振り子のようなイメージでとらえられていました。自分の父も祖父も曾祖父も私と同じ生活をし,そして私の子孫も永劫まで私と同じような生活をするという感覚です。たとえば中世ヨーロッパでは,人間が歴史を作るっていう発想はなかったんです。つまり,全能の神に抱かれたキリスト教の歴史観ってやつです。ところが,こんな時間感覚に疑問を抱く連中が現れ,近現代の時間感覚を植えつけ始めます。まずイギリスのベーコンという学者は,進歩とは物的進歩と捉え,思想を技術的問題としてとらえることで,現在への流れを導きました。その後,弁証法を唱えるヘーゲルやマルクスの思想がこれに裏打ちをしていったのですけどまあいいか(ジョン=ロックの機械体系的社会認識やアダム=スミス以来の経済学ってやつも,この発展をめざす時間感覚に沿ったものです,なんてうるさい補足)。

このように時間感覚の変化には,学問が「理由」を問ってた時代から,「方法」と結びついた時代への移行が背景にあるんですね。「理由」を問い続ける文化では「人間ってなんだろう?」という点にいつも帰りますが,,技術を追い続ける文化は効用性・能率が支配する直線的なものなんです。

でプレ文明ってやつを考え始めたのも,私自身ももしかしたらこの「右肩上がりの歴史観」にとっぷり浸かってしまって今まで疑ってこなかったんじゃないかい?という自分自身への懐疑があったからなんです。だれか論証立てて否定してくれたら,まるで地下鉄はどうやって地下に潜ったんだろうという疑問が解決されたぐらいさっぱりするんですが。よろしくお願いします。

 

1998_09_29

鳥取砂丘は環境破壊の跡

鳥取砂丘は環境破壊の跡です。古墳時代(4C~6C),中国地方の山中で砂鉄を原材にした製鉄業が始まりました。この砂鉄を溶かす木炭を作るため,山中の木々が伐採されました。そのため土砂が流失し海へと流れ出て,さらに細かい砂だけが冬の季節風によって打ち上げられ長年の間に堆積したのです。大砂丘になったのは安土桃山時代。中国地方ではこのような被害がひどかったようで,松江藩ではこの保護に乗り出しているほどです。実はこの製鉄場のことをタタラといい,映画「もののけ姫」の舞台ともなりました。

ところが現代日本人の多くは,このことを読んで驚くかも知れません。このような歴史を教えられていないからです。歴史が,人間と人間の抗争中心の記述では,大切な側面が欠落してしまいます。歴史は人間と環境の関わりをもっと記述すべきではないかと思うのです。未来を見通すための道具として歴史は語られるべきです。
もう少し,そんな例を語ってみましょう。

メソポタミアは塩化現象で衰退した

メソポタミアについて。前8000年頃から人類最初の農耕牧畜がここを含む「肥沃な三日月地帯」で始まりました。メソポタミアとは「川の間の土地」という意味で,ティグリス・ユーフラテス川にはさまれた地域です。ここに成立した都市を地図上に確認していくと,面白いことがわかります。最初シュメール人が前2700年頃に建設した都市国家ウル・ウルク・ラガシュ,次に古バビロニア(前19~前16C)の都バビロン,さらにアッシリア(前11~前7C)の都ニネヴェ。これらの都市はだんだんと川の上流へと上がっていっているのです。これは環境破壊によります。灌漑農業にともなう塩化現象で土地が白く水産化カルシウムで覆われてしまい,上流へと逃れていった跡なのです。この地の収穫量はかつての最盛期(前2400年)と比べると現代4分の1だといいます。

革命期は天候不順

このように環境が歴史に与える刻印には,大きなものがあります。フランス革命期は寒冷期であり食料が不足気味でしたし,1989年の東欧革命の際も,天候不順による農作物ととりわけ食肉の深刻な欠乏がその底にありました。

 

1998_09_18

二日間断食

二日間,断食をした。体重が増え,体がだるく,頭が冴えなかったためである。数週間前から運動を心がけていたが,どうも埒があかなかった。絶食の間,次のものは取った。お茶類,マルチビタミン(武田食品),松寿仙(和漢薬研究所,人参や松葉のエキス),野菜ジュース(1日1缶/190g)。9月16日朝から開始。スタート時体重は69.5kg。その日の午後,気のせいか体が軽い。だるさがなくなったのだ。パワーは落ちており,感情の起伏も緩やかになってくる。職場から帰り計測すると68.5Kg。夜,眠れるかなと心配していたが,野菜ジュースを飲んで横になると,10時半には爆睡していた。6時半に起床。爽快である。職場でも体のだるさが取れ,思考のフットワークが快適である。鈍行列車から,快速に乗り換えたようだ。家に帰って計測。67.8kg。しかしその後1時間ほど脱力状態となる。野菜ジュースを飲む。しばらくすると活気が出た。10時半就寝。1時15分目が覚める。腰が痛い。66.2kg。野菜ジュースを飲む。断食は2日目昼食までにしておかないとダメージがありそうな気がする。3時45分再び床について6時半起床。体重は結局66.3kg。2 日間で3.2kgの減。朝食はお粥から戻していき,運動を習慣化する予定。まず胃を小さくすることが必要なのだろう。最近の日本経済と同様だ。

 

1998_09_15

聴いてきた音楽

聴いてきた音楽のことを書き止めてみたくなりました。

最初に買ったレコードは,メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲」。高校1年のことです。あの耽美性にまいったのでしょう(笑)。クラシックフアンだったかというと,そうはいえません。お金もありませんでした。格安レコードを1枚買うと月の小遣いの半額が吹き飛んでいってました。その頃,すり切れるほど聴いたレコードはバルトークの『弦楽器、打楽器、チェレスタのための音楽』です。あの不安さが,高校生時の私に響いたのでしょう。

ピンク・フロイドも好きでしたねえ。演奏が恐ろしいほど下手なバンドでした。プログレッシブ・ロックっていうものです。1ヶ月前にドラムを始めたみたいなニック・スイメンの,ズ・ポンポ・ド・ポポンという(本当にこのワンパターン)へなちょこリズムに,草履のように長い顔をしたロジャー・ウォーターズのベース(長い顔と言えば元XJapanのボーカルが,顎が長いことがコンプレックスで自己啓発セミナーに行ってどうのこうのと騒いでますなあ。なんだか平和だなあと気が抜けるというか呆れるというか)。一番のお気に入りアルバムは『エコーズ』でした。

大学でジャズも好きになって(田舎じゃジャズは生まれませんよね),でもライブに複数回行ったのは憂歌団。これは巧かった。

どれ,僕の好きな曲って何でしょう?まるで20代のHPのようですね(笑)。『カインド・オブ・ブルー』 マイルス・デイビス『アバロン』 ロキシー・ミュージック,『鏡面界』 ブライアン・イーノ『レクイエム』 フォーレ……あげればキリがないので止めときます。

 

1998_09_13

黒澤明逝去

黒澤明が亡くなりましたね。素晴らしい才能だと思っていました。晩年の映画は,長回しがどうも厳しかったですね。そういえばスタンリー・キュブリックも実際に見ると本当にワンショットが長いんですね。しかし見て暫くして振り返ると,とてもいい映画になって私の中で反芻されるんです。キュブリックの『バリー=リンドン』という作品をご覧になったことがありますか? 最も心に残る作品の一つです。

 

1998_09_12

高千穂、鹿川渓谷

キャンプに行ってきました。

 

1998_09_12

安全圏の思想

自分ではなにもしない。なのに批評はうまいという輩は,こまったものです。自分を見せず,外部化した問題を批評する態度は,安全圏の思想ですね。「そこに,なおれ」と言いたい。「私はこんな事をやる者です。で,もの申すが……」ということで,同じ土俵に乗ったことになるのです。もう一度書きますが,「やること」と「批評すること」では雲泥の差があります。ささやかな食堂の調理人と,口の肥えた料理の出来ない男なら,私は前者と語りたいと考えます。私は現場が好きです。

 

1998_09_06

待たされて

俵山氏が言うのである。
「まつをさん,キャンピングカーの整備が終わったので,すぐ出掛けよう」
彼は夕方5時半に電話してきて,確かにそう言ったのである。
そして待つこと3時間。
私は食事もせず待っていた。
彼はたらふく食って,夜9時に現れた。

「ばかやろう」とキャンピングカーに乗り込むと,後ろの座席に陰があった。
「あれは,なにか?」
「あ,紹介する。Dさん」
後ろの陰がわずかに動いて,「こんばんわ」と女の声がした。

武雄の保養林に行った。到着したときは深夜11時半。
氏は,ガガガと飲んで,ゴゴゴと喰って,ゲゲゲと笑って,キャンピングカーに入った。出てこないので,覗いてみると,もう寝てやがった。

9月。秋の夜長。
目の前には,女性が一人。
虫が鳴いていた。
「キャンプは?」と私がきく。
「はじめてよ」と彼女。
大人の女性だ。
「ものすごい自己中なので,びっくり」
「でも,いつの間にか,彼のリズムにつき合わされているだろう?」
「そう,不思議に」
「それが彼の魅力」
「なるほどね」
「もう一つ。俵山氏は自分を笑い飛ばせるんだ。彼をけちょんけちょんの話に,書いたことがある。本人に見せるだろう?すると爆笑しながら読めるんだ」
「あ,私にはできないことだわ」
そして彼女は,自分のことを語り始めた。

長い夜だった。それは,そんな話なんかしなけりゃよかったと思うほど,重苦しい話だった。
アダルト・チルドレン。
私はそうなのよ,と彼女は言った。

高校時代,初めて心理学の本を読んだ時,とても落ち込んだ。読めば読むほど,そこに書かれた様々な病癖は,自分を指さされて書かれているようだった。そんなもんだ。そう思えるようになったのは,だいぶ経ってからのことだった。
ここを読んでいる人で,自分は24時間ノーマルだと思っている人,手を挙げて。
はい,手を挙げた人,帰ってよろしい。あなたと私は,所詮分かり合えない。
よく評論家が犯罪者を分析し,こんなことを言っているのを耳にする。「彼はその時,もう正常な状態じゃなかったもので,殺してしまって」 バカタレが。誰が「そいじゃ殺しますよ」ってな感じで人殺しするやつがいるか。
近頃は,次から次に精神的な病名だ,症状名だが量産されている。こりゃあれですな,ヘボい奴はその病名に捕らわれ,それと同時に自己責任の免罪符をもらうことになるな。「これは病気。だから私の手は放れている」と。
実はそんな話を,その夜数時間聞いた。
「私はいつも喧嘩の絶えることのない家庭に育った。母親はいつも私につらく当たった。そんな家庭に育った人をアダルトチルドレンといって,私がそうよ。結婚してもうまくいかず別れ,仕事もうまくいかず,友人も離れ……」
はじめは同情した。
話が進むにつれゲンナリした。お前はどこにいるんだ。いい大人が,いつまで親のせいにしてる。

秋の虫が何度も何度も鳴いて,月が傾いて,彼女が言った。
「寝ましょうか……」
「寝よう」
彼女はキャンピングカーの中へ消えた。
私は食料を野犬に荒らされぬように納め,ランタンの光を極小に絞り、そしてテントを引きずり出した。シュラフを広げテントの中に潜り込むと、胃の中の酒は,砂が入ったもののように感じた。

朝,目覚めて辺りを散歩。
丘に登ると,整備された展望台があった。
散歩から帰って,ラジオを聴きながら一人ぼうっと過ごす。
まあこんな日曜日もいいか,と思った。

 

1998_09_05

うらびれた飲み屋が好き

私はうらびれた飲み屋にたまらなく惹かれます。そこに人生の澱みたいなものが集まってきているような,濃いその地域の色が漂っているような,そんな場末の飲み屋に惹かれます。

こう書いた後,店名を挙げるのははばられるのですが,昨日そんな場所に知人と二人で行って来ました。長崎県は大村市にある「もとむら」です。工事現場をすり抜けてたどり着く朽ちかけた入り口がたまりません。中にいると,値段の書いてない茶色に変色した品書きが張ってあります。BGMなどありません。我々の会話と,注文した焼き鳥の焼けるジュージューという音しかありません。親父さんは無駄口など叩かずむっつりと仕事をこなします。いい味出しています。そして極端に安い。しかしここも後暫くで新装になるとか。残念です。

これを書いてる今,テレビでプロポーション作りのダイアナという会社がCMを流しています。これは何を私たちに訴えようとしてるのでしょうか? 私たちの会社にかかれば,贅肉と同時に,脳味噌もそぎ落とすことができますと伝えてるのでしょうか?

 

1998_09_04

独占は不景気の時に進む

独占は,好景気の時ではなく,不景気の時に進みます。これも歴史が教えてくれること。

 

1998_09_03

現在が末法であるという発想は,すべての世代が犯してきた過ち

現在が末法であるという発想は,すべての世代が犯してきた過ちです。

 

1998_09_02

国民国家の弱体化

(国民)国家が弱くなってきている,とよく言われます。そして国家に変わって,力を持ってきているのが世界的規模の企業です。

マイクロソフト社がWindows98を発売しました。これに裁判所は独禁法に反する疑いがあるといって発売をひかえるようにいいました。この意見を,無視して発売に踏み切ったのです。もはや一企業が国家を恐れなくなってきているのです。(この弊害をマスメディアはあまり書きません。なぜなら大スポンサーだからです。)

大企業は,国によって法律が違うと,仕事をするときにめんどうです。そこで各国の規制をとっぱらって同じものにしようとします。このことは,言い方をかえれば国家を溶かすことです。そしてこの時グローバル・スタンダードという表現で,その国に圧力をかけます。

世界連邦は巨大企業によって実現化する?

かって私たちは「世界連邦」という言葉を夢見たことがありました。それはバラ色に輝く言葉でした。でも世界は,最終的にこうした大企業の力で結ばれ,一つになるのかもしれません。

 

1998_09_01

未来は「鉄腕アトム」的イメージか、「風の谷のナウシカ」的イメージか

「未来」をイメージして下さい。どんな風景が頭の中にでてきますか?
これを読まれている方のイメージは,2つに分かれます。「鉄腕アトム」的イメージと,「風の谷のナウシカ」的イメージです。
戦後,私たちの生活は,活性化し続けてきました。この右肩上がりのイメージが,多くの人の中に染みついています。その上に人生設計がなされ,保険が契約され,国策が立案されています。
しかし歴史が,活性期と沈滞期を繰り返すというイメージはいろんな学者が語っています。そして,それはいつになるか分かりませんが,沈滞期におちいらぬ社会はないということを,歴史が教えてくれています。

 

 



 


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Profile まつを

Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。