2001年12月
里山道楽 里山オーディオ会
とあるバーで
「里山で、素晴らしい音楽を聴きたいですねぇ。 完璧なオーディオ・システムで森の中に鳴り響く音。それも、まだ開けぬ夜の中に始まって、しだいに空が白む。日の光が空に満ちる時間の中にそれを体験してみたいんです」
カウンターでグラス片手に、黒糖庵氏がつぶやいた。
「お、いいね。やってあげましょう」
あめふらしさんがその話を聞いて意気投合された。 その道のプロだ。こうして、夢のようなセッテングが行われることになった。
月に呼ばれて
実行前夜は、一同我が家へご宿泊。
翌日、早朝5時、起床。
私たちは闇の中を、こぞりて里山へ向かった。4時間の睡眠からの出発である。 見上げると行く手の空で、満月が私たちに手招きをしていた。
「来なさい。期は満ちました」
12月には不釣り合いな丸さで、ささやくように月は私たちを呼んでいた。
セッテイング
里山に着く。ランタンの点火、テラスにオーディオシステムのセットアップ、炉の着火。
里山は、いつものように穏やかな雰囲気の中にあった。そして、私たちの他には、物音一つしなかった。
山の神さあに五穀を蒔く。
「今から、この地に音を鳴らします」
私は散策路の奥へと入っていった。
テラスからずいぶん離れ、闇に囲まれ進む。
突然、背面から森一帯に音楽がよせる波のように広がった。一曲目の『アメイジング・グレイス』だ。その美しさに総毛立った。それは、鳴るというよりも里山の木立を浸しきるような、そんな暖かさに満ちた響きだった。全員それぞれ里山の方々の闇の中にいたのだけれど、全員が同じように感動している。不思議なことに、そんなことが私に伝わってくるのだった。
オーディオシステム
今回使用されたシステムは以下のとおり。
・Counter Point SA-20(パワーアンプ) NASAの技術を用いて開発された真空管とMOS-FETのハイブリッドアンプ。15年前で80万円。 ・dBX 20/20(グラフィックイコライザー) 10年前で50万円。 ・SONY MXD-D40(CD・MDプレイヤー) ・SONY SS-AL3(スピーカー) 電源はバッテリーから得られた電流を100Vに変換して使用された。
アメイジング・グレイス
草多さんの御感想
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あんな、奇跡のような時間が持てるなんて。
「沈黙と測りあえるほどの 音」 確かに、聞きました。
オーディオセットの向こう、 木漏れ陽のもりの中で、 時間のむこう側に行ってしまいそうなまつをさんの姿。 それらを静かに覆い尽くす、音。
形容する言葉を持ちません。
黒糖庵さんの感想
今にして思えば、あれはなるべくしてなされたひとつの「場の要請」であり、すべてが何者かに導かれるようにして運ばれた「行い」であったような気がします。単に音楽を聴きたいからそこで鳴らしたというのではなく、あの日のあの場所のあの時間にあのメンバーであのようなことがなされる必要があったのではないか、その必要性に動かされた5人がそのように集い「行い」をしたのではないだろうかと思うのです。
朝なお暗い予定の時間、まつを氏の実家から4台の車が里山へ向かいはじめた瞬間に、目の前に巨大で完璧な満月が現れました。そのときから私は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、里山に到着するまで常に眼前に現れたままの巨大な満月が、4台の車の連なりを見守るかのように照らしている状況に、ただならぬ緊張感を感じていたのです。
「これは僕らの意思なんかじゃない、もっと大きな力が僕らを動かしている。僕らは一体どこへ向かっているんだろう」そう思いました。