2012年10月
2012_10_05
通勤を旅化する
「家の近くの知らない曲がり角を曲がった途端、旅が始まっている」 そんな言葉を聞いたことがあります。早めに家を出て、細い路地を縫いながら知らない道筋を進み通勤する。そんなことをここ数日楽しんでいます。プチ旅です。
緑茶に戻ってきました
酒を断ってハーブティに凝った後、緑茶に戻ってきました。
これは長崎県が誇る無農薬茶の北村茶園さんの10種お試しセット。1575円
2012_10_08
おくんち彷徨
長崎市中心街はおくんち一色に染まっています。その表舞台は多くのサイトで紹介があると思います。ここではバックヤードをご覧にいれましょう。
アビーロード的ショット
おくだり。神々が普段いらっしゃる神社から、御旅所に下られるわけです。市内最大の基幹道路からこんな状態で道から車が締め出されます。関係者以外も歩道から観ることになるわけですね。中央に写っているのは世話役の方々。日本人ですね。エリアライン内にきちっと収まってらっしゃいます。
神様を上から眺めてはいけない
おくだりが始まるのは午後1時から。その行列を歩道で待っている皆さん方。これもまた日本人を感じさせられる光景。3段に自然と分かれていっています。
大通りが空いているのが分かります。市役所付近です。身内が出ていると俄然祭りが身近なものに感じてきます。
写真上部に歩道が写っていますね。
こうした歩道は通行止め。「神様を上から眺めるは不届き千万」というわけです。ですからビルの窓から眺めるのもタブーとされていまして、実際そうした光景にも出会いません。
とは言いましても、例外はどこにでもあるわけで、たぶんしきたりをご存じない外部からいらした方でしょう。基本的に地域の方から大声で指導を受けることになります。
数百メートル続くおくだりの行列が大通りを埋め尽くします。これが昨年、息子が務めた役どころ。しんのじさんお世話になりました。
歩道もびっしり
歩道もびっしり。ほぼ通行不能。進みたかったら裏路地に迂回しましょう。
「梅が枝餅は大宰府の名物じゃないの」という息子の疑問。賛同。なぜか、長崎ではおくんち名物のようになっています。
大宴会中
迂回路を探していて踏み込んだ県庁裏の江戸町公園の光景です。音楽が流れ屋台が並び、ビールを楽しむの図。緑の配置もあって、場の雰囲気もどこか成熟してきた日本社会を感じます。
出島ワーフ2階で海を見ながら一息。雑踏を離れやってきました。ここは今の時期でも空いてゆっくりできます。
街歩きトレッキングにいかがでしょう。
思案橋界隈 彷徨
長崎市の思案橋界隈は、今となっては全国でも有数の盛り場魔巣窟の様相を呈しています。表通りを折れて路地に入ってみます。
混沌
路地は混沌に来る者を誘います。外界から閉ざされ、巨大な生き物の内臓の中にいるような感覚。
コケむした壁面、剥き出しの配線、昼なお薄暗い路地。そこには、闇の魔法が解け、臓物が臓物として晒されている凄みがあります。
抜けました。深呼吸。仰ぎ見る空。複雑に絡み合う電線。その手前に吊るされた提灯。アジアです。
腰痛が昨日からし始めました。思い至ったのはその3日前の通勤旅。3日後に疲れがやってくるとは。いけません。しばらく長崎彷徨は停止。
本編はこちら(クリック)。
通勤旅化計画
ひたすら階段を登る
宵闇せまれば 悩みは果てなし みだるる心に うつるは誰が影。家路に着く夕刻。フランク永井のダンディズムを背にしょって立ち向かうは、丘越えのそそり立つ壁。初めてのルート。
ひたすら登ります。モノトーンの風景は迫り来る夜のにおいと相まって、辺りには侘しさが充満していきます。
赤瀬川原平らの言うトマソン発見。その上下ともフェンスで閉められた左の階段。
急な階段が続きます。息が上がりブレるカメラ。
抜けられません。最終的には民家の玄関で終わっていました。
大掛かりな階段を持つこの一帯はディベロッパーでなければ開発できなかったはずです。かつてモータリゼーションの波に背を向けて、己が人生を坂壁に選択された方々がいらっしゃったという事実。
「長崎を歩く」新設
彷徨を楽しむシリーズ。写真が多いものですから月ごとの「これまでの記事」にまとめますと、ページが重くなりすぎる問題が生じました。そこで個別コーナー「歩くを楽しむ」を設けました。
思案橋界隈と銅座界隈フィールドワーク
長崎市の中心的盛り場である思案橋界隈と銅座界隈へフィールドワークに出掛けてきました。これまでネオンの中で歩いていた一帯を、日中の陽光の中で観る。町並みは味わい深く人間の営みの面白さに満ちています。このアップまでにはしばらくかかりそうです。気長にまとめていきたいと思います。
竹ン芸
若宮稲荷神社の大祭。竹ン芸。はじめて拝見しました。思っていたよりも小さな地域のお祭り。運営される皆さん方が、互いに見知っていらっしゃることがこちらに伝わってくるのです。暖かさに溢れていて、染みてくるよさがありました。
丸善団地
坂の街 長崎を象徴するかのような道を歩いてきました。
森三美(もり みよし)
青木繁と坂本繁二郎に九州で指導した画家
この絵はご存知のとおり明治期の天才洋画家 青木繁の『海の幸』である。
この絵は坂本繁二郎の作品。文化勲章受賞の近代洋画界の立役者の一人だ。
この二人は若き日に九州で一人の洋画家から指導を受けその才能が開花した。洋画家の名前は森三美。九州の洋画黎明期の画家だ。
森三美と家人は遠い親族にあたる。
青木は晩年、森三美の家に滞在することも多く、その際に三美の娘を描いたのが名作『二人の少女』。義父は「これ、○○ちゃんば青木が描いたと」とポロッと一言漏らしたことを覚えている。
大黒市場と恵比須市場
立ち退きを終えた市場。
ここも暗渠上。
人間味のある味が好きでした。
恵比寿市場の一部は建物が撤去されています。
フィンランド展
娘がずいぶん前から待ちわびていたフィンランド展が長崎県美術館であっている。多少は娘に影響を与えていたのかと嬉しくなるエピソード。娘はあちこちで展示の素晴らしさを語っているらしく友人達と何度か行くらしい。というわけで家人と二人で出かけた。
フィンランドって湿気があるんだね
館内展示の冒頭に掛けられた一連の絵画を見て少々驚く。描かれた大気の湿り方が、わが国の明治期のそれと酷似しているのだ。これはどなたでも感じられることだろう。両国に底通するデザインセンスはこんな風土で磨かれたのかもしれない。
天然資源に恵まれていない国はソフトで食っていくしかない
フィンランドにしろわが国にしろ、天然資源に恵まれていない国はソフトで食っていくしかない。フィンランドが北欧デザインとノキア等の頭脳集積で売っている方向性はそれを分かりやすく提示してくれている。
展示後半にプロダクトデザイン製品が並べてあった。もしかしたら長い間、決めることができずにいたわが家の玄関ライトと逢着したかもしれない。
カフェで一息。家人はスイーツ、私は野菜スープを楽しむ。
体調が少々優れず自宅へ帰る。付き合ってくれる家人に感謝。ありがとう。
サマーハウスを郊外に持つ
フィンランド展では建築にも触れている。かの地では小さく粗末なサマーハウスを郊外に持つのが基本的ライフスタイルだ。ぜひ皆さんもご一考を。
ただし展示で登場する丸太小屋は、寒い北欧向けの断熱中心の建物であることを頭に入れておくこと。わが国向けにアレンジされていないログハウスは窓が少ないため外光が差しにくく、風土に適さない。特に休暇小屋をミニログで建てると梅雨期のカビに悩まされる。私の場合は在来工法に天窓を付けることで防止した。
なお、フィンランドのライフスタイルを知る上で、読みやすくコンテンツも厚いサイトはこちら。ページの一番下に目次があり、サマーハウスや夫婦観も出ています。
http://www.1101.com/suomi/