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  • 2012_04_01
    法事

    父の法事でした。実家に帰り親族でささやかにいとなみました。




  • 2012_04_03
    山菜
    頂きました。みずみずしい春の香。合掌。




  • 2012_04_04
    首相官邸バーチャルツアー
    ニュースでもしばしば舞台となる首相官邸。その内部を知る人は少ないものです。首相官邸キッズページにはこれが分かりやすく解説されています。キッズコーナーはあなどれません。

    http://www.kantei.go.jp/jp/kids/kantei/tour.html

    このスケルトンの建物や、サイトの情報公開をみて、セキュリティ的にいかがなものかと心配されるのは私だけではないでしょう。いくら立川広域防災基地があったとしても、有事の際いかがなものかと。
    参考:立川広域防災基地……首相官邸・中央合同庁舎・防衛省が使えなくなった際に、政府の拠点として使用される施設。



  • 2012_04_05
    画家 今道信子さんのインタビューをアップしました
    「長崎インターネットラジオ」今年度第一弾のゲストは今道信子さん。日展はじめ様々な公募展で入賞・入選を果たしてきた知的でストイックな氏の作品は、日本画・洋画あるいは抽象・具象の枠を超えた魅力に溢れています。




  • 2012_04_06
    食と文化と異性と経済
    米タイム誌が選ぶ「映画のなかの食の名シーン10」の中からご紹介。
    1位 チャップリンの黄金狂時代 (クリック!動画で観る)
    4位 ナインハーフ (クリック!動画で観る)
    同じ食事シーンでありながらこの格差。食事の意味が違っています。
    マズローの欲求段階説を挙げるまでもなく、食は生物の根源的欲求。だからこそ文化の爛熟度合いに応じて、単なる栄養摂取を超えた豊満な形態へと発展します。文化の根源。何を食べるか、どう食べるか、その際のタブーは何か。性もまた生物の根源的欲求ですから、2者が結び付き絡まり合う「ナインハーフ」のこのシーンは強烈な印象を残します。
    そこでヴェルナー・ゾンバルト。彼は著書『恋愛と贅沢と資本主義』で、贅沢こそが資本主義の生みの親の一人であり、人々を贅沢へと向かわせたのは女性と断じております。
    なお「ナインハーフ」でも女性にイチゴを食べさせますが、イチゴを食べさせるとは自由に解き放つという意味があったのではかったですかね。下は同じくイチゴを食べさせるシーンで有名なポランスキーの「テス」。この作品はこのシーンから撮影に入ったと聞きます。



  • 2012_04_07
    キリスト教と大乗仏教は、根本思想が同じ
    「Barヨタ話セレクション」「掲示板 Bar指のつけね」で繰り広げられるお話の中からとりあげ、みなさんにご紹介するコーナーです。今回は、キリスト教と大乗仏教は、同じ宗教から強烈な影響を受けて出来たものであるというお話をご紹介。



  • 2012_04_08
    「ネットは仮想空間」という表現が姿を消した
    十年ほど前、ネットは仮想空間と表現されていました。現在その表現をみかけなくなりました。ネットはもはや現実世界を動かしているからです。
    これと呼応して、近年、社会に関 する研究と認識がかつてなかったほど急速に、そして根本的に深まっているようです。社会、個人、公共。きっかけはネット上のコミュニケーションの進化と、金融資本主義の高度化が、経済混乱と終身雇用制と中間共同体を崩壊させていっていること。かつて歴史学者 網野義彦氏が、人間関係の在り方が急速に変わるとき、歴史は劇的に変容するという旨をおっしゃっていました。この点についてはまた個別にアップすることとしましょう。
  • 今日は灌仏会(かんぶつえ)、釈迦の誕生日です。



  • 2012_04_09
    NHK「日曜美術館」はクリムト。久々に絵を描きたくなりました。
    今から40年前と比べると、クリムトの評価は明らかに上がっています。一方下がってきたのは例えば、クールベミレー。ダサッと一言で断じられそうな気配さえあります。アートは生活問題を掘り下げるのではなく、生活の付加価値を増すものとして扱われるようになってきています。また男性よりも女性にクリムト好きが広がっていることも時代を感じさせます。



  • 2012_04_12
    ゴシック教会のようにそそり立っていたマスメディア
    ヨーロッパゴシック様式の教会は、天に舞い上がろうとするかのごとく高さを志向しました。パリのノートルダム大聖堂、ドイツケルンのケルン大聖堂。それは天に在す神へ近づく思いを表すものとしてしばしば説明されます。けれど高さへの羨望はより実利的意味を持つものでした。教会が遠方から見えること。それが共同体の及ぶ範囲でした。その時代において一つの教会を共有する意識が、一つの共同体への帰属意識を生むものでした。時代は下りますが、夕暮れ時に教会に向かい頭を垂れて祈るミレーの絵画『晩鐘』はそのことをよく表しています。同じ一つの教会に向かい祈りを捧げる共同体。教会が己の領域を拡大するには、遠方からが見えるように高くあらねばならなかったのです。

    私の故郷は島原。そこは長崎県なのですが、テレビ番組は熊本のものを見て育ちました。雲仙に阻まれ長崎からの電波は届きませんでした。十代までは熊本の店や動向は知ってましたが、長崎のことは知りませんでした。高校時代に熊本市中心にある太陽デパート火災が発生したとき、まだ見たことのないその大型店舗のことを心配したものです。このようにかつて教会が果たしていた大きな物語の共有による共同体形成機能は、戦後テレビ局をはじめとしるメディアが果たしていました。
  • 大閑道人さんコメント
    戦国時代の武将たちのお城も同じ狙いなのでしょうね。その延長線上に天守閣もある、と。
    (明日に続く)



  • 2012_04_13
    ネットの登場による多様化の加速
    さてネットが登場し、人々は選択的にメディアに接するようになりました。新聞、テレビ、ラジオ、ネットの選択に留まらず、ネットでは特に選択的に見たい情報にだけ接することができます。かつてゴシック建築の高塔の様にそびえたテレビ局や新聞の影響が薄まり、我々の共有意識の多様性が進み我々が共有する大きな物語は徐々に薄まってくるのかもしれません。そして思想界と国民には相対主義の風がいよいよ強く吹き始めのかもしれません。
  • 田屋敷酒散人さんのコメント
    戦後教育はこの「時代や文化が違えば道徳も違う」という相対主義に陥り、「生徒に価値は押し付けるべきではない。生徒間で話し合い議論すべきだ」とした。結果 未成熟な生徒間話し合いは混乱の極致となった。教育に素人を入れた「教育委員会やPTA」が戦後教育を無残なまでにダメにしたのである。彼ら教育の素人の拠って立つ思考は「相対主義」であった。
  • 大閑道人さんのコメント
    価値観の多様化を主張する人は、自分自身の価値観が硬直化していることに自覚がない。
  • 捨老さんのコメント
    なまじ価値観にこだわる人は、えてして 価値そのものに 気づかぬものでございます。
    (明日に続く)



  • 2012_4_14
    古代ギリシアは相対主義に陥り衰退した
    今から2500年前、似た状況がギリシアで起こりました。この地で現れた人類最初とされる哲学はやがて相対主義へと突き進みました。ソフィストと呼ばれる家庭教師たちは有力者の子弟に弁論術を教えていました。なぜか。それは民主主義で身を立てるには多数の支持を得る弁論術が必要だったからです。相対主義はアテネに「カラスの勝手でしょ」という風潮を生み、大きな物語を失っていこうとしていました。
    これに意義を唱えたのがソクラテスです。この世界には絶対的基軸がある。万人が目指すべき真実があり、万人が目指すべき善があり、万人が目指すべき美がある。一人一人の勝手というものではない。こう彼は主張しました。ソクラテスは人心がバラバラとなり、享楽的となり、国力が衰退していくことを憂いていました。
    ソクラテスの生涯は象徴的な結末を迎えます。青年たちを惑わす罪で裁判に掛けられたソクラテスは、市民の多数決によって死刑とされたのです。

    (明日に続く)



  • 2012_04_16
    ソクラテスに源を発する哲学はアンチ民主主義

    ソクラテスが民主主義によって殺されたことを見た弟子プラトンは、哲人政治を主張します。民主主義ではなく、克己心強き賢人によって政治はなされるべきであると。プラトンの弟子がアリストテレス。そしてアリストテレスが家庭教師家庭教師を務めたのがアレクサンダー大王。アレクサンダー大王の国マケドニアはギリシアを征服します。ソクラテスに源を発する哲学はアンチ民主主義の系譜なのであり、系脈の結晶として生まれたアレクサンダー大王によって古代ギリシア民主主義は封じられたと見なすこともできます。
  • 映画「アレクサンダー」から、アリストテレスに教えを受ける幼いアレクサンダーのシーン(クリック)。
    (明日に続く)



  • 2012_04_17
    民主主義は持ちこたえ得るか
    民主主義が現在採用とされているのは、人類史上で様々な政治形態を採ってきたが、他の政治形態よりも民主主義のほうがましだからというのが、政治学における基本的考え方です。
    けれど、と思います。このままいくと民主主義を世界は採り続けるのだろうか。EUの混乱や、アメリカ市民の疲弊、日本の混沌と、政治が世界経済に敗北し続け、あらゆることが遅々として決定できず、先進国の多くの住民が将来への明るいビジョンを持てなくなるとき、現在の民主主義体制への疑問が世界同時多発的に発生しアンチ民主主義の潮流が渦巻き始めるのではないかという思いがふと頭を過ぎるのです。
  • 捨老さんのコメント
    「民主主義」ったって、あーた、「のようなもの」と言うのが襞裏に包み込まれているのが本来の姿で、これを制度化しようとすれば自ずと実験的民主主義にならざるを得ず、キケロ言うところの「犯罪の多い民族ほど多くの法律を持つ」という結果に陥り、実験ならばすぐやり直せる鷹揚さが必要なことすら忘れられて、ガンジガラメになっていくのがオチ。「市民の運動」もアンチどころかそんな民主主義の中で育っていくひこばえさ。
    日本には元来、制度以前に、江郷衆や名主・庄屋に似た賢人政治と民主主義のアイの子のような長老監査型とでもいうべき民主主義の根が民衆の中に伝統的土壌としてあったからこそ、為政者としてはやり易かったワケで、これがやがて徳治主義と言うか賢人政治と言うか、つまるところ貴人政治への道となって、独裁の形は強固なものとなって行く歴史がそこいらじゅうに転がっているワケさ。共産主義にだって同じ運命が待ち受けてるのは、既に証明済み。
    人間、長ぁ~い歴史をかけてこの程度のことしかできないのかなと思うと、少しさみしいね。他に手はないのかな~。
    (明日に続く)



  • 2012_04_18
    ジャー・ジャー・ビンクス的正義感の危うさ
    映画『スター・ウォーズ』でオッチョコチョイで善良なキャラクターとして描かれるジャー・ジャー・ビンクス。しかし彼はその思慮の薄さから、悪の権化パルパティーン議長に非常時大権を与える演説をします。あな恐ろしや。



  • 2012_04_18
    春が来ました
    朝。萌える若葉。ウグイスの声。デッキに降り注ぐ陽光。目に青葉。

    夕刻、街へ。書家の龍一郎さん、ケンちゃん夫婦と合流。色紙数枚を合作。

    この後ペシャワール会会員でもある龍さんと激烈なる論議。人生は楽し。なおペシャワール会は皇后陛下もその活動展示にご覧においでになったほどその人道的活動から様々な賞を受ける民間団体。



  • 2012_04_20
    国名を元々の意味で書いた地図
    「Bar指のつけね」で話題になっています。興味深いですね。

    (地図をクリックで拡大)

    出典:
    http://blog.livedoor.jp/meaningless88/archives/2494989.html
    興味が尽きません。
    訳が図に乗りすぎているものもありますね。アメリカ合衆国は「商人の息子の合衆国」ではなくて「(新大陸であることを確認した冒険家)アメリゴ=ベスプッチの合衆国」、ブラジルは「赤い森」ではなくて「(発見した)カブラルの地」、ロシアは「ボートを漕ぐ人たちの国」ではなくて「ルス族の国」。それからアフリカ唯一の植民地化されなかった誇り高きエチオピアを「焼かれた村」とはひどいもので「日焼けした顔」が正しかったと思います。
    なおイエメンの「右」っていうのはメッカから向かって右側ってことです。
    また国名の語尾に「~イア(ia)」がつくのが多いのは、ローマ帝国の公用語ラテン語で「~の国」「~の土地」の意味だからです。まあ、ローマ帝国的視点の命名の多いこと。国名だけでなくアジアとは、アッシリア語で「東」の意味を持つアスにイアがついてアジア、つまり東の土地の意味です。



  • 2012_04_21
    名画を細部まで観る Google アートプロジェクトの凄さ
    Google幹部が「私たちがやろうとしていることを簡単にいえば、世界政府というものがあるならば、そこがやらなければならないいろんなことだよ」と言ったという話は有名。で、今日はそんな中から「Bar指のつけね」でも紹介しましたGoogle アートプロジェクト。

    日本の美術館・博物館も対象とされ広がりつつあります。
    このプロジェクトのすごさを実感していただくために、下の有名なブリューゲルの「バベルの塔」をクリックしてみてください。

    するとアートプロジェクトに飛びます。出てきた画面でアップしたいところをクリックしてください。ね。ブリューゲルがどうやって描いているかわかるでしょう? もう一つ、レンブラントの作品(クリック)。

    左側の髪の表現をアップしてみてください。仕上げの細い毛髪は筆で描かれているのではなく、一旦塗った絵の具を引っかき削り取って描かれていることがわかります。白い襟の表現も、油を絵の具に練りこんでたっぷりつけて凹凸を付けて描いて乾燥させ、その上を油に薄くバックの茶と同系色の絵の具を溶かしたおつゆで撫でて、その後に布で拭き取っていることが分かります。そう、このプロジェクトによって、絵を描く者は、数え切れないほどの絵画技術を神の如き腕を持つ作家から学び取ることが出来るようになったのです。画集ではとてもここまで読み取れません。
    一般には、各国有名美術館・博物館内をバーチャルツアーできるということで売っているようですが(たとえばMOMAはこちらクリック)、本質的には名画を超アップで読み取ることが出来ることにこのプロジェクトの大きな意味があります。



  • 2012_04_23
    美しい人

    以下は各国女性の平均顔。その国の多数の顔写真を被せていった結果とのこと。日本人は最上段右から3番目。美しいですね。各国の平均顔も特色はあれみな美しい。容姿の美しさとは、ありふれている、平均的ってことでしょうか。

    出典

    ということは、文明の交差点、古代から世界的に血が交じり合ってきた地域は、美人が多いということが推論されます。風説ではありますが、下記地域がこの手の話ではよく挙げられますし、薄ぼんやりした記憶では明治政府はアルメニアから美人を移住させようと計画したことがあったとか聞いたことがあります(詳しい情報をお持ちの方教えてください)。

    旧ソ連地域を美人コンテストの勝利者(GlobalBeauties.comが算出した点数) の2010年ランキングは下記のとおり。
    1 ロシア 4,897.4
    2 ウクライナ 1,995.9
    3 カザフスタン 803.4
    4 ベラルーシ 736.2
    5 グルジア 446.0
    6 キルギス 243.0
    7 アルメニア 135.0
    下は美しすぎる首相として話題になったウクライナのティモシェンコ

    先日伝えられていたベラルーシ人デザイナーによるランジェリーショーもすごいことになっています。ともあれ、ワールドワイドな視点ではその地域あたりが麗人が跋扈する地域ということになるのでしょうか。
    ただし、私あたりの年齢になりますと日本女性が愛おしく見えるもの。また歳を重ねた際の美しさでは、日本人女性は変わらないと海外でも評判のようです。
    下写真は、日本のミスコン優勝者第一として有名な末弘ヒロ子。当時、彼女は学習院に在学中でしたが、この一件で院長 乃木希典によって退学にされます(詳しくはこちら)。

    小谷野敦著『美人好きは罪悪か?』にこんな文章が出てきます。「それにしても、今の私が、お嫁さんにしたいと、という目で美人を見るようになると、美人集結の場というのが、また違ってくる。最近そういう意味で、美人をしばしば発見するのは、国会図書館である。そこでは、一般的な美人とはちょっと違った、知的美人が数多く見られる。」 これは図書館利用者についての記述。
    というわけで、こんな名言をご紹介しておきましょう。
    「16歳で美しいのは自慢にはならない。でも60歳で美しければ、それは魂の美しさだ。」(マリー・ストープス)



  • 2012_04_24
    人類の故郷としてのアフリカ
    言葉のルーツはアフリカという説をご紹介。世界にあるすべての言語は、5-7万年前にアフリカにいた人類の言葉から枝分かれしたものであるとする説です。調査の結果、最も音素が多い言語は西南アフリカ、最も少ない言語は南米と太平洋諸島にあり、アフリカから遠ざかるにつれ音素が同心円状に減っているとのこと(出典:The New York Times)。

    人類進化に関するミトコンドリア・イブ説を思い出しますね。これは現生人類の最も近い母親方のルーツは、約16±4万年前のアフリカにいたというもの。



  • 2012_04_25
    トップページをユニバーサルデザイン化
    だれにでも優しいデザインを目指し、文字サイズを12ポイントに拡大しました。



  • 2012_04_25
    ソウルフード
    生まれ育った土地の食べ物をいただきました。合掌。

    東京にいる80歳を超えた伯父が、島原のものを食べたいと私の母に時々電話してくるといいます。彼は若い頃に裸一貫で東京に出向き、会社を興し、業界の協会理事長にまでなった立志伝の男。私たちが幼いころ接した原風景と食べ物は、本当に色濃く私たちのパーソナリティに食い込んでいますね。
    幼児期には苦味や酸味を本能的に危険な味と判断して嫌がります。これは腐敗につながりやすい味だから。逆に安全な味の代表は甘味。なぜなら、おっぱいや炭水化物はこれに属しますから。ですから放っておけば人間は味覚に走り、甘味以外の味の感覚が鈍い人間に育ちます。
    まわりを見渡せば、ビールや発酵食品を好まない人が増えていることに気付きます。これは日本人が食卓に並ぶ料理を選択的に食べられるようになったことに起因しているのでしょう。家庭の大人と同じものを食べることなく、子どもが自分の好きなものだけを食べられる環境。それが味覚の発達を阻害してしまっています。
    あれだけ嫌いだったネギが好きになっている自分を発見した時、自分が大人になったことを自覚したものでした。人生と同じで、苦味を知って深みも出るものなのでしょう。幼い頃、えり好みなく料理を食べる。大人と同じものを食べる。これが数十年後に開花する多彩な味覚ワールドを育成することになります。
    文化は全般にそうだと思います。たとえば学校で今は直接に役立たないと思うものもきちんとやっておけば、成人になって発想の根幹を支える基盤になっているものなのでしょうね。
    というわけで、ソウルフードがあったからこそ、大人の味覚の世界は今広がっていると感謝。

     

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。