• 2012_05_07
    ムカデに噛まれた
    朝、起きて三歩歩いたところでチクリとした。サイズは10センチ超の奴だ。くそっ。
    1度目は随分若いころだ。病院に行ったが大々的に足が腫れ上がった。
    2度目と3度目は一昨年だ。真夜中だった。すぐに噛まれた箇所を吸出し、ネットを調べて温水シャワーと石鹸でその箇所を洗い流し、病院に行った。 「歯跡から見て大きいムカデにようですが、よくこのくらいの腫れで済みましたね。初期対応がよかったのでしょう」と医者から褒められた。
    立て続けに2度やられたので対策を考えた。一つは家屋の周辺に竹酢液をスプレーで噴霧した。これは我らが御茶ノ水博士の機械屋さんの御指南による。おかげで昨年は被害がなかった。もう一つは、噛まれたときに毒を吸い出すポイズンリムーバーなる機器を購入した。注射器型の本体先に、バッキューム口がついている。噛まれた部位 に当てピストンを押すと、強く傷口を吸う。海外製品である。

    はたしてこの機器を使う時が今朝やってきた。噛まれた後、よっこらしょと椅子に座り、ポイズンリムーバーをやおら取り出して吸い、3分ほど待つ。 歯跡から血液などが少し吸い出される。痛みは襲って来なかった。これを何度か繰り返してはティッシュで拭き取り、最後に風呂場に行ってシャワーと 石鹸で洗い流して、前回医者からもらっていた薬を塗った。これを落ち着いてやること。慌てふためくと毒素が血流に乗って回りやすいと聞く。
    結論。初期対応こそが大切。今回はまったく腫れがない。アナフィラキシー・ショックにも留意しつつ様子を見たが、体調良好、腫れなし痛みなし。憎くきムカデを見つけ出し熱湯をかけて駆除。今度生まれてくるときはもっとましなものに南無。その後、竹酢液を家の周りに吹き付けた。家中の換気口にも網を張った。



  • 2012_05_08
    ソロ
    時間の流れというものは場によって異なるものです。ソロ滞在する野営ではトロンとした時間が流れています。食事は粗食。ただ脱力しています。

    寝転んで読書、樹木を眺め、そんなこんなで一日が過ぎていきます。なにもない一日。
    レジャーと聞いて、我が国ではアミューズメント施設での消費活動を想起する人が多いと推察しています。レジャーはラテン語の「自由であること」が語源とされ、拘束活動以外の時間のこと。この国でも徐々に価値観は変化し、北欧の人々のようにゆったりとした大人時間を理解していくのかもしれません。

    里に降りてらっしゃいとご厚情を頂くこともあります。有明海の恵みは豊か。魚の新鮮さはもとより、魚種の豊かさを前にすると、都市生活がいかに画一化されたものであるかを実感します。
  • 散人さんのコメント
    まぁ、散人が買う「魚屋」は姿を見て裁いてくれるので「平目」はヒラメと分るが、世間には「回転すし」という代物があって、ここでは「偽装魚」「代替魚」のオンパレードだそうだ。B級グルメというバカ達は本物を知らないから騙し易いのだろう。偽装魚のスターはナイルバーチ。ナイル河で捕れる大型魚である。回転すし屋での変名は「スズキ」「ヒラマサ」「銀ヒラス」「沖ヒラス」どうですか?忍者みたいでしょ。続いてはアメリカナマズ。これは凄いですよ。回転すし屋ではなんと「マダイ」「ヒラメ」「スズキ」「アイナメ」で出演します。
  • 代治朗さんのコメント
    スズキの代用魚として名高いのはナイルパーチ。この魚を主題にして撮られた映画『ダーウィンの悪夢』。タンザニアのビクトリア湖が舞台の映画です。くせのないおいしい魚として、日欧米で需要が高かったため三枚におろした切り身にし、冷凍され輸出された。弁当や、給食で供される白身フライは、一時期、いや今もかな?この魚だったそうですよ。



  • 2012_05_15

    時折無性に動物を飼いたくなるときがあります。住環境がなかなかペットを飼うには難しいことと、幼い頃息子がペットの毛でアレルギーを起こしたこともあって控えています。できれば室外犬を飼いたい。動画のキャベツをガシガシ食べている犬。見ているだけでスカッとしませんか。いい食いっぷりです。



  • 2012_05_14
    Geo Genesis ~新しい地球を探して~

    長崎県島原市平成町にある雲仙岳災害記念館において、ヨーロッパ・日本現代美術プロジェクト「Geo Genesis ~新しい地球を探して~」が開催されています。この企画は、本年島原市で、第5回ジオパーク国際ユネスコ会議が開催されることを記念して、雲仙岳災害記念館の企画展として開催されるものです。ヨーロッパから10名、日本から野島千里さん田邉朗さんなど10名の現代美術の作家が参加します。
    開催期間: 5月11日(土)~6月24日(日) 9:00-18:00
    会場: 雲仙岳災害記念館
        長崎県島原市平成町1-1 Tel/0957-65-5555
    入場無料(記念館の特設展示物をご覧になる場合は、入館料1000円)



  • 2012_05_17
    コストコの長崎出店計画
    このことを知ったのはラリラリピノさんのサイトででした。要約しますと「ネット上でコストコが長崎に進出するとの噂。大型チェーンが地方都市を席巻。1店舗当たり250~500名を雇用。破壊されるのは地場産業。父ちゃんはクビになったけど、ねえちゃんはアルバイトできるということ」
    コストコはご存じかとは思いますが、アメリカ資本による桁外れの大型量販店。コストコのサイトを見ますと、絨毯爆撃を開始するかのような重点出店計画が示され、その中に長崎エリアが明記されています。敷地面積七千坪以上の土地を求めていることも書かれていますね。
    では出店する場所とはどこか。これほどの大型量販店が成立するためには広域から消費者を呼び込めるところ。単なる私の想像であることを断りつつ、出店予想地を以下に示します。

    長崎からはバイパス、嬉野・佐世保からは高速ICと鉄道の駅。そして撤退した工場跡地。これほどの好条件の場所はないでしょう。もしそうならば……。



  • 2012_05_18
    巨匠のモデルたち
    アーティストにとってモデルはインスピレーションを湧き出させてくれるミューズそのものです。歴史に残る巨匠のモデルたちをご紹介します。
    • マネ

      ベルト・モリゾ。マネのモデルにして画家。マネの弟と結婚しています。上作品は美術史上最も黒を粋に使った作品だと思っています。
    • ルノワール

      シュザンヌ・ヴァラドン。彼女はルノワールやシャバンヌ、ドガやロートレックなどのモデルをし奔放な関係を持っていたようです。自身も後に画家となったのですが、それ以上に画家モーリス・ユトリロの母というとお分かりが早いかも。
    • モディリアーニ

      ジャンヌ・エビュテルヌ。モディリアーニのモデルとして、そして妻として献身的な愛を捧げた女性です。モディリアーニが他界した2日後、彼女はアパートから投身自殺しました。お腹には二人目の子供を身ごもっていたといいます。
    • マン・レイ

      キキ。マン・レイの恋人でモデル。キスリング、モディリアーニ、藤田など数多くのモデルにもなった女性です。モンパルナスの女王と呼ばれ、多くの表現者たちのアイドルでした。ナイトクラブの歌手・女優として売れていたこともあります。
    • 藤田嗣治

      シュジー・ソリドール。藤田、ヴァンドンゲン、レンピカ、ローランサン、キスリングなど多くの画家のモデルとなりました。その数226点。モデルとなる条件は自分がモデルとなった絵を自分の店に飾ること。彼女はナイトクラブを経営し歌を歌っていました。
    • ミュシャ

      サラ・ベルナール。ミュシャの出世作となったポスターは彼女を描いたポスター。サラは、ミュシャにとってボスのような存在だったでしょう。彼の作品の秘密を知ることができる、作品そっくりの格好をしたモデルの写真も残っています(クリック)。
    • クリムト

      エミーリエ。恋人でモデル。クリムトは複数のモデルとの間に非嫡出子が判っているだけで14人いる作家。エミリーエはトップモードを扱うブティックの経営者で、クリムトとの年齢差12歳。彼女の別荘に出入りするなど名実共にパートナーでしたが結婚というかたちはとりませんでした。
    • ピカソ

      フランソワーズ・ジロー。生涯何人もの妻、愛人がいたピカソですが、その中で一人挙げるとすれば彼女でしょう。二人の年齢差40才。10年ほどピカソと一緒に暮らし、二人の子どもをもうけました。その後ピカソと別れ、画家として独立します。
      動画はピカソが愛した女性とその当時の作品。
    • ダリ

      ガラ。マザコンで性格破綻者のダリ。この不安定な青年に出会った10歳年上の人妻ガラは、彼の才能を見て彼の元に走ります。レノンのオノヨーコに匹敵。ダリは彼女に囲われ叱咤されて現在に名声を残しています。「ガラは僕の魔法のランプ」。ダリの言葉です。
      ダリを巡る女性と言えばもう一人、アマンダ・リア。年の差40才。18年間ダリは彼女をそばに置き、ガラもそれを許しました。デヴィッド・ボウイやブライアン・フェリー他のロックスターたちとも昵懇に。男性という噂も根強くあります。
    • アンディ・ウォーホル

      イーディ・セジウィック。ウォーホルは同性愛者。しかし彼のモデルでアイドルと言えば彼女。彼のファクトリーと呼ばれるアトリエに出入りしていたこのファクトリー・ガールは、60年代ポップカルチャーのアイコンであり、ウォーホルの数々の映画に出演しました。
    • フランシス・ ベーコン

      ジョージ・ダイアー。ベーコンは同性愛者で、ダイアーはモデルにして恋人。ベーコン55歳の時に彼と出会い7年間パートナーとなります。62歳の時にパリで大回顧展。時同じくしてダイアーはパリのホテルで自殺。これは下記の「愛の悪魔/フランシス・ベイコンの歪んだ肖像」という映画になっています。
      また、このサイトにベーコンがダイヤーの写真から作品に変形していく過程が伺えます(クリック)。
    • マイヨール

      ディナ・ヴィエルニー。マイヨールが73歳で、彼女が15歳。ここから10年間モデルをつとめマイヨール作品は第二の絶頂期を迎えます。後に彼女は自分の裸婦像などを展示するマイヨール美術館をパリに開くことになります。



  • 2012_05_19
    指のつけね大学
    昨夜、「指のつけね」で、代治朗さんの卒業証書授与式がとりおこなわれました。代治朗さん、これからもよろしくお願いします。
    御臨席賜りました皆様方、誠にありがとうございました。
    学ぶは楽し。交わるは嬉し。



  • 2012_05_20
    雲仙の新登山道

    雲仙災害で地中から生え出た溶岩ドームが固まりできた新山頂。これに近接できる新登山道が出来たと聞いていました。このルートに川おじさんが登山され、ご自身のブログに詳細な写真付きでアップされています。オススメです(クリック)。



  • 2012_05_22
    人生の選択
    「海のほかは何も見えないときに、陸地がないと考えるのは、けっしてすぐれた探険家ではない。」フランシス・ベーコン

    親しくさせていただいている方のネット発信が5月18日から途絶えました。独特の美学を持った人です。ひっそりと発たれたのでしょう。幸運を祈ります。

    人生で大事なことには、たいてい締め切りがありませんから、いつかやろうと思って先送りにしているうちに、何年も何十年もたってしまい、ある時、突然、「その瞬間」が訪れるということになりやすいものです。

    有名な逸話を紹介。
    とある大学での話。教授が「大きな壺」をとり出し教壇に置いた。その壺の中に、一つ一つ石を詰めていく。壺がいっぱいになるまで石を詰めてから、教授は学生に聞いた。
    「この壺は満杯か?」
    学生は皆「満杯です」と答えた。「本当に?」教授は、教壇の下からバケツに入った砂利を取り出した。そして、砂利を壺の中に流し込み、壺を揺らしながら、石と石の間を砂利で埋めていく。教授はもう一度学生に尋ねる。
    「この壺は満杯か?」
    学生は答えられない。しばらくして、ひとりの学生が「多分、違うだろう」と答えた。教授は「そうだ!」と笑い、今度は教壇の下から砂の入ったバケツをとり出した。砂を石と砂利の隙間に流し込んだ後、教授はもう一度学生に尋ねた。
    「この壺は満杯か?」
    学生は今度は声をそろえて「いいえ」と答えた。教授は水差しをとり出し、壺のふちまでなみなみと水を注いだ。
    「私が何を言いたいか、わかるかい?」
    一人の学生が答えた。「どんなにスケジュールが忙しい時でも、最大限の努力をすれば、いつも予定を詰め込むことが可能ということです。」
    「そうではないんだよ」と教授。
    「重要なポイントはそこではないんだよ。この例が私たちに示してくれている真実は、大きな石を先に入れない限り、それが入る余地は、そのあと二度とないということだ。ここでいう大きな石とは君たちにとって一番大切なものだ。それを最初に壺の中に入れなさい。さもないと君たちは、それを永遠に失うことになる。もし君たちが小さな砂利や砂……つまり自分にとって重要度の低いものから自分の壺を満たしたならば、君たちの人生は重要でない何かで満たされたものになるだろう。そして大きな石、つまり自分にとって一番大切なものに裂く時間を失い、その結果それ自体を失うだろう」
    出典

    もう一つ。苦痛緩和医療に従事してきた看護師のBronnie Wareさんは、人々が死の間際において表現する後悔の内容を記録してきました。今際の際に語られる人々の気持ちをまとめると次のようになるといいます。
    1.自分に正直な人生を生きる勇気を持つべきだった。他の誰かが自分に期待する人生ではなく。
    最も共通して表される後悔。人生がもうすぐ終わると知って、叶えられなかった夢の多さに気がつく。
    2.あんなに働くんじゃなかった。
    Wareさんが看護した全ての男性が口にしてきた。
    3.自分の感情を表現する勇気を持つべきだった。
    多くの人が、周囲とうまくやっていくために自分の思いを抑え込んでいる。結果、なれたであろう存在になれないまま終わる。
    4.友達と連絡を絶やすべきではなかった。
    死を目前にして古い友人のありがたみに気づくが、もはや探し出して会えるとは限らない。
    5.自分自身をもっと幸せにしたかった。もっと幸せになるべきだった。
    最期の時を迎えて初めて、幸福は自らの選択の問題であったことを理解する。
    出典



  • 2012_05_23
    居酒屋「安楽子」

    大人の居酒屋「安楽子」。「あらこ」と読みます。
    雑誌『Pen』にも長崎を代表する居酒屋ということで採り上げられた店。確かに名店だと思います。

    よく注文しますのは、オーダーしてすぐに出てくるネギのぐるぐる。これをあてに冷酒を飲んでいますと、そのうちにアジとサバの刺身がでてくるという按配。昨夜はブリカマ定食750円也に冷酒。〆て1500円。味は割烹、値段は居酒屋。店内にテレビが置いてあるところが気どらぬ姿勢の表れ。
    客筋は50-60代が多いようで落ち着いた雰囲気。カウンターは満席状態がほとんどです。『長崎酒場穴場指南』に掲載しないのは穴場といえぬ有名店である故。
    場所は浜屋デパートの裏手あたりです。



  • 2012_05_24
    客は自分が必要なものを伝えられない
    ジョブズの元で働いていたガイ・カワサキ氏。彼がジョブズから学んだ教訓のTOP12を紹介しています(出典)。この中で次のフレーズに注目。
    -----------------------
    ○客は自分が必要なものを伝えられない
    客にどんなもの欲しいんですかと聞いても「もっと良くて、もっと速くて、そして安いもの」というぐらいしか言えない。かれらは今使っているものの文脈の中でしか発想できない。
    -----------------------
    クリエイターの仕事の半分以上は、クライアントの頭の中の整理作業。腕利きほどそのあたりを自覚しているものですよね。



  • 2012_05_25
    作曲家自身が自分の曲を弾くと

    ドビッシー。なんと伸びやかに弾いているのでしょう。

    ラベル。
    ここらあたりは、自動ピアノによって甦った巨匠たちの演奏だと思います。

    このガーシュインはライブですね。

    ショスタコーヴィチ。今聴きますと、君はどこに行こうとしているんだって感じですね。
  • ポプリさんのコメント
    作曲家と演奏家は違うんだなあと思いました。ドビュッシーはどちらも兼ね備えているような音で、ラヴェルはいかにも作曲家タイプな弾き方と思いました。技術が卓越していても、解釈なくしては作品を奏でられないですが、デッサンだけではまた物足りないものです。
    ペルルミュテールというピアニストはラヴェルの前で彼の曲を演奏し、解釈と奏法について直々に薫陶を受けたといいます。楽譜には記載し得ない感覚的な部分があります。行間を読むというのは楽譜も同じです。CD聴くと、作りこまず、さらりと流すような弾き方です。デッサンが透けて見えるような感じでいて色彩豊かです。



  • 2012_05_26
    岡野さんマンガが映画化

    呑み友だち岡野雄一さんのマンガが実写で映画化されることが決定。監督は『男はつらいよ フーテンの寅』・『釣りバカ日誌スペシャル』の森崎東(島原市出身)。写真の記事が西日本新聞に掲載されました(5/23)。昨今の進展状況はこのページで(クリック)。



  • 2012_05_27
    人は物語なしには生きられない
    複数の人々の証言が、訴訟や取り調べの場で異なりをみせるのは、あながち偽証によるものだけではありません。利害関係のない第三者の証言さえも相違を見せることがあるのはその証です。なぜこんなことが起きるのでしょう。それは私たちが各々自分を巡る物語を形づくりながら生きる生き物だからです。私はこうこうこうして今の自分に至っているという物語です。私はそのことを拙作『自分のいる風景』で次のように書きました。
    ----------------
    「ええ、犬です。転出するその日、僕は母と小学校に行ったんです。手を引かれた妹も一緒でした。手続きはとても事務的でしたね。終わって僕らが帰るとき、校庭はカラッポでした。夏休みが終わったばかりで生徒もいたんでしょうけど、なぜか校庭には誰も見えませんでした。そして、一匹の犬がいたんです。妙によく憶えています。薄汚れた犬で、鉄棒の辺りを横切ってましたよ」
     鮮やかなイメージのある光景だと思った。そしてとても悲しい話だ。アンドリュー=ワイエスの絵を私は連想した。
     どうも幼い頃の想い出は、鮮やかなイメージを持つ一枚の絵として心の縁に沈殿していることが多いような気がする。それも単なる絵ではなく、まるで紙芝居のように裏側にはメモ程度のト書きが付いたやつだ。人はこういった絵を、必ず何枚か持っていて、それがその人のトーンを象徴しているように感じる。
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    各人の物語は小さな物語として個々人の中で綾織られ成長し、各々異なったものとなっていきます。その際にスコトーマという心理的作用が絡んできます。心理的盲点と約され、人はそれぞれの立場や思い込みによって実際に見たり聞いたりした情報でも、脳がスルーしているものが多いと指摘するものです。
    次の動画を見てください。赤いカードが1枚だけ青いカードに変わります。トリックがわかりますか?
    (明日に続く)



  • 2012_05_28
    見直される物語
    自分を巡る物語は自己認識の土台となるものです。記憶喪失した人や、洗脳から解けた人が、漠として根元的不安に包まれるのはそういうわけです。私の知人に某カルト集団の洗脳から抜けた人がいます。その際彼はアイデンテティの揺らぎに悩まされ、自己との苦闘を続けました。それはまるで痛みを感じることでしか自己存在を確認できないような苦闘でした。一貫して語られる物語の大切さが分かります。
    物語は、始まり・展開・結果という時系列の基本形をとります。ですから物語のほうが論述よりも人の心に容易に入り込みやすい。論述は、概念と概念の関係構成であるため認識への流れ込みがそれほど容易なわけではありません。それは私たちが幼子に物語を語ってきたことからも分かります。また物語は心に留まりやすいという特色も持ちます。人間の脳は、細かいことは忘れても、時間的な順序はあまり忘れないようにできているようです。
    私たちの頭の中には、自分とその周辺を巡る様々な物語が彩織られています。そしてまた私たちが他者に語りかけるとき、論述としてではなく、物語の形式に変換して伝えることは大切なことですし、また私は多くの皆さんに語りかけねばならないときほどそのことを心がけています。
    「物語には、形式的な解決手段が置き去りにしてしまう要素を、的確に捉えてくれるすばらしい能力がある。論理は一般化しようとする。結論を、特定の文脈から切り離したり、主観的な感情に左右されないようにしようとするのである。物語は、文脈を捉え、感情を捉える。論理は一般化し、物語は特殊化する。論理を使えば、文脈に依存しない汎用的な結論を導き出すことができる。物語を使えば、個人的な視点で、その結論が関係者にどのようなインパクトを与えるか、理解できるのである。(D.A.ノーマン『人を賢くする道具―ソフト・テクノロジーの心理学』から)
    (明日に続く)



  • 2012_05_29
    大きな物語
    個々人の持つ物語を小さな物語と呼びます。
    これに対して大きな物語という概念が近年よく論じられています。これは哲学者リオタールが持ち出した言葉で、あまねく社会構成員をすっぽりと包み込んでいるような物語を言います。例えば、人間は失楽園以来の原罪を負うが神の愛によって救済されるとするキリスト教の物語、無知蒙昧な人間は理性の覚醒により解放されるという啓蒙思想の物語、労働者は搾取され貧窮へと向かうが階級闘争によって社会主義社会を実現し救われるとするマルクス主義の物語、貧しき社会も自由競争が神の見えざる手の導きによって経済活性化し社会の豊かさを向上していくという資本主義の物語などです。
    リオタールはあるインタビューに応えてこう言っています。
    「もう『大きな物語』の時代は終わったんですよ」
    昨今のグローバル化の進展によって大きな物語が崩壊し、あとは個々人の小さな物語によるしかないと彼は語っています。確かに旧社会のコミュニティは揺らぎつつあるように見えますが、どっこい人間はそうは動かない。私はそう思うのです。
    (明日に続く)



  • 2012_05_30
    大きな物語の復活
    リオタールの功績の一つは、大きな物語という概念を提示したことにあるように思います。今では大きな物語という言葉は様々な解釈で共同体を覆うものとして語られています。民族の大きな物語、そして地域共同体の大きな物語などです。

    1979年映画『クレイマー、クレイマー』が封切られました。ある家族の崩壊と復活への道程を描いた作品です。このころから家庭が映画の主題として頻繁に描かれるようになりました。残念ながら離婚率は上昇していますが、これと相反するかのように家庭の大切さが確認されるようになったのです。

    今の若者達は、高度経済成長期に青春時代を過ごした私たちの世代よりも、家庭や地域への愛着が増しています。家庭と地域への愛着の復権。低経済成長期に入ることに伴って、人間の精神構造が徐々に変わってきているように思います。親世代の乱痴気騒ぎにウンザリしているからかもしれません(笑)。
    低成長経済下では、人口動態が静的なものに変わって行きます。高度成長期の集団就職は遠い日の記憶となりました。人口の縮小によってニュータウンの建設も徐々に止まろうとしています。こうして生まれ育った地で一生涯を送る人が確実に増えていますし、退職後に故郷に戻る方々も多くなってきています。ワーク・ライフ・バランスの視点も進み、家庭や地域社会で過ごす時間が増えています。家庭や地域への愛着は今後一層増していくと予想しています。

    「未来社会を想像してください」 この問いに対して想起される未来像は、二つの類型に分かれます。一つが鉄腕アトム的未来、もう一つがナウシカ的未来です。鉄腕アトムで描かれる未来は科学技術を信頼するピカピカの高経済循環社会ですが、アトムは生みの親である天馬博士から遺棄された出自です。ナウシカで描かれる未来は腐海という科学技術の負の遺産を背負う低成長経済社会で、高齢化した村人達の濃密な人間関係が描かれています。高度経済成長期と現代。人々の抱くイメージはかくも違うのです。
    前者に属する私たちは、地域社会のコミュニティは今後も衰退していくであろうと予測しがちです。けれどそれは違うのではないかと思っています。そして、地域の共同体を包み込む大きな物語の必要性が増してくるものと思っています。
    (明日に続く)



  • 2012_05_31
    崩壊する三つの傘
    ここまで書いてきたことを、おさらいします。
    自分はこうして生きてきた。私たちは皆、そんな自分の物語を持っており、これなくして生きられない。この物語を小さな物語と呼ぶ。論述や説明よりも、物語の方が多くの人の心に入りやすく残りやすい。広く社会構成員の心に入っている物語を、大きな物語と呼ぶ。リオタールは「大きな物語の時代は終わった」と言っているが、そうじゃないだろう。人々は家庭に帰る傾向が現れたのと同じように、これから地域に帰っていくだろう。そんな地域コミュニティを被う大きな物語が必要になる。
    ま、ザックリいいますとそんなとこです。

    先に進めます。
    戦後わが国では、三つの傘で人々は庇護されてきたといいます。三つの傘とは、国家、企業、そして父親を中心とする家庭です。国家が背策の元に企業を庇護する。企業が従業員の家庭を終身雇用制によって庇護する。従業員が稼ぎを持って帰って家族を庇護する。ところが現在、この三つの傘制度の解体が進行している。国家はグローバル化という欧米の横槍に対抗できず政策は付け焼刃的で、企業は終身雇用制の維持は難しく能力給が進み、家庭は所得格差が進行し父ちゃんの給料だけではやっていけず共働きが進行しています。
    (後日に続く)

     

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。