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2019_09_30

パンらしきものをつくる

パンをつくってみようと突如思い立ちました。家にあるもので、こんなものを袋に入れミックス。

    ホットケーキミックス、ベーキングパウダー、薄力粉、卵、水
お昼まで時間があったので放置。ハム・タマネギ・トマトピュレー・ローズマリー・コショーをオリーブオイルでソテーし詰める。オーブン180度で20分。

結果、詰め物はウマイんですが、衣は少し甘くパサパサ。みなさん、パンは強力粉でつくりましょう。

 

2019_09_29

チェアリング

長崎水辺の森公園でチェアリング。気持ちよかったなあ。

古賀正裕さん「こりゃあ、日本じゃないですね」
オランダに行ってた氏の言葉。
「確かに」としんのじさん

Locoさんが奏でるアコーディオンの音色に様々な方が集う。押し車を押した子ども連れが来る。ワンちゃんが来る。外国人が来る。みんな幸せな顔をしてやってくる。「なんだろう、この光景」とワインを飲みながら思う。音楽の力を思い知る。

日本ラグビーがアイルランドに勝ったと情報が入る。
「ラグビーって紳士のスポーツだと思いますよね」と松尾順造さん。「モール終わったら小競り合いなくサッと次に進むし。会場では審判の話し声もオープンに流されているらしい」。「正々堂々」。「に比べてサッカー。ゴール近くで反則されたと演技(苦笑)」。「ラグビー見てると、アジアの意味が、インドシナ近辺からポリネシアなんかのオセアニアに広がるね」とかなんとか話が盛り上がる。

チェアリング秋期、始まりました。

 

2019_09_28

ジル1才

犬畜生の話を書く。わが家の犬が1歳となった。ドッグフードの粗食に耐え、年中裸一貫で過ごし、オヤジのトリミングに耐え、抜け毛なく、寒暖に強くいたって健康。「ケツも拭けんような奴は家族とは言わん」と日頃言ってきかせるが、いまだ分からぬ。犬畜生である。こう書くと批判が来る。そんな輩に言おう。その批判の前に、幕末期に卑劣なる条約締結とされた日米修好通商条約より愚劣なる日米貿易交渉合意をした安倍になぜ怒らぬ。そんな粗食じゃダメという前に、種子法廃止法を可決しこれから自身の食卓に遺伝子組み換え食品が並ぶことになったことになぜ怒らぬ。それを通した小泉進次郎がカッコいいだって?

オマエはバカか。平和ボケめらが。

ある宴席での会話 「どうしてこんな政治になっちまったんでしょうなぁ」
散人「お前らが一票持っているからだ」

 

2019_09_27

今日この佳き日かな

  • しんのじさんのコメント

    お蔭様で、いよいよ還暦まであと2年を残すところとなりましたm(__)m。

    今日この佳き日、というのは、別に僕が生まれた日だからというのではなく、実は今まで夢見ていたことの一部がちょっと実現出来たからなんです。敢えて仕事上のプライバシーを一部開示することを赦していただくこととして、昨日の素晴らしい思い出を少しだけご披露まで。

    その方は少々重い病を患う男性です。もしかすると愛娘の晴れの日まで生き続けることが難しいやもしれません。そこでご家族は決めました。今のうちに前撮りをしておこうと。痛み止めの微調整は僕の得意分野だからお任せあれ。そして当施設最上階(東京五輪開催のちょっと前には緩和ケア病棟をスタートしているであろうその場所)のウッドデッキを開放し、正装されたご親族に付き添われ、ドレス姿の愛娘さん、それにプロの演奏家による生演奏(今回は家内ではありませんが)付きで、本当に感慨深いご親族の撮影会は和気藹々の温かい雰囲気の中で行われ、ご本人の体力も何とかもって無事終える事が出来、スタッフ一同、胸を撫で下ろしました。

    ご家族は涙、また傍で付き添っていた我々スタッフも泣き笑いでした。このような場面に立ち会うことこそ、我々関係者がやり甲斐を強く感じられる本当に貴重な瞬間です。以前から、新しい病棟が開設されたら出たくても晴れの祝宴に参加が叶わない、病を抱えた親御さんが、入院したままみんなでお祝い出来る場を設けることが現役中の最後にして最大の夢の一つです。

    その夢の一端を先取りして実現出来たその晩に、自身の誕生日を迎えられたというのは何と幸せなことか。緩和ケア病棟と聞くと、諦めと共に「死にに行く場所」だよねと暗い顔をする患者さんやご家族もおられます。それは違う、したいことを少しでもやり残しなく楽しみ尽くして生き切るための場を提供することを日々夢見てやるんだ。胸を張って笑顔でそう言い続ける日々をもうしばらくしたら迎えられるといいな、なんて夢想しながら、日々コツコツ準備に勤しむ日々です。


    • 散人さんのコメント

      しんのじさん、おめでとうございます。 そしていいお話をありがとうございます。


    • 捨老さんのコメント

      良いお仕事をなさいましたね。 患者御本人への過干渉にならないようにとのお気遣いがよく伝わってきます。 これは 子供に対する「良い親」の蔭仕事に似ているようで感服します。 ますますのご活躍を願っています\(^-^)/


    • ryujiさんのコメント

      しんのじさん、誕生日おめでとうございます。 しんの持参の進めている仕事は、「人生をその人なりに仕上げるのを手助けする仕事」と私は思っています。 去年、鹿児島の古い友人は家族にも子供にも会える事無く、ただ病室で何も出来ないように躾けられて一人で亡くなりました。 彼にこんなチャンスがあったら、と残念に思っています。 (彼は、脳梗塞のために体は動かせ難かったけれど、ボケてはいませんでした。) 応援してます。


    • しんのじさんのコメント

      散人さん、いつもご指導ご鞭撻ありがとうございます。捨老さん、過分なお言葉に恐縮至極です。出しゃばらずに、しかし楽しくサポート出来ていればいいなと思います。ryujiさん、ご無沙汰しております。どうも有難うございます。貴ブログで一足早く紅葉の景色を楽しませていただきました。仰せの如く、人生の完成をお手伝いするのも医療の大事な使命なのだと常々感じております。

     

    2019_09_26

    泣く子と地球温暖化問題

  • 散人さんのコメント

    泣く子と地頭には勝てぬ、という言葉があるが、先の米国下院委員会の公聴会の折、16歳の少女が地球温暖化に警鐘を鳴らす目的で訴えた。大いに注目を浴びた。
    がしかし「残念ながら、現段階では地球温暖化説は仮説の域を出ていない」(blogos 自由人)が定説だそうだ。

    その昔、総稽古を見た制作部長に呼ばれ「子別れを入れろ」とダメを出された。理由は泣かせの場がない。で無理やり入れると初日に客は涙を流していた。本筋とは全く無関係であったが「受ける」のだ。



  • まつをのコメント

    『いま世界の哲学者が考えていること』から。

      「コペンハーゲン・コンセンサス」はノーベル経済学賞受賞者をはじめ、多くの超一流の研究者たちから構成されている論文。 コペンハーゲンコンセンサス2004では、下表で15・16・17に「気候」と示され、温暖化対策は「だめな政策」に位置づけられている。


      またクライメートゲート事件についても書かれていて、これによると地球温暖化は疑わしいと。

    かわいそうだ。誰だ、彼女を国連まで持ち上げたのは。
    彼女は発達障害を自らカミングアウトしている。世間の逆風が彼女に吹いた時、強い自己否定に押しつぶされねばいいが。はなはだ心配だ。
    自分の考えに懐疑を持つ余地を準備していることが民主主義。広く学ばないと、都合のいい勢力に利用されるということを学習してほしい。もう一度。誰だ、彼女を国連まで持ち上げたのは。

    ただ私たちが近年体感している季節環境は地球温暖化的であるわけですね。



  • 捨老さんのコメント

    泣く子と学者。発達障害の「泣く子」や カイツブリ伝説(アースダイバー)の先生には、どうやら共通してトピックス間それぞれの関係の究明を曖昧なまま繫ぎ合わせる手法で膨大な拡大世界として理論構築してしまうという妄想癖があるらしく、これは先に話題になった令和先生の著作にも言える事のようですが(笑)。肩書が多岐にわたる学者は 自らの学問ジャンルや その学問に対する 学術者としての自覚や責任感が乏しいらしいようで、まともな研究をされている学者に比べれば はるかに出版物も多く、「リスペクトがあまり感じられない」と言われる。その多量な出版物の普及による 学者を簡単に信じてしまう一般への知的弊害が取り沙汰され始めてもいるようです。

    「学術的観点からあらため洗い直す必要がある」「よけいな事をしてくれたもんだ」と言うことのようです(笑)。



  • 散人さんのコメント

    そうかあ、捨兄、要するに「胡散臭い」ということですね。昔、島原に「まぼろしの邪馬台国」という著作のなかで「島原にあり」と言い出した御仁いたけど、まだでたらめ度が素人にも分かるから、ご愛敬で済む。

    スピリチャルを学問にしちゃイカン。単なる雲を「龍」という人もいる。「泣く子と似非科学には勝てぬ」ですな。



  • まつをのコメント

    グレタ嬢には、常にルイーザ・ノイバウアーという女性が付いている。ルイーザはドイツ緑の党員の大学生、慈善活動家でノーベル平和賞候補にもなったU2のボノ、ビル・ゲイツ、ジョージ・ソロスらが運営する財団"ONE Foundation"のメンバーとのこと。

  •  

    2019_09_24~25

    祐徳稲荷神社の位置の不思議

    どなたかご意見いただければ嬉しく思います。

    鹿島の祐徳稲荷神社の位置を不思議に思っています。昔の都市は、東北方向に神社仏閣を建て鬼門を守るように都市設計をしていたものです。

    ところが祐徳稲荷神社について
    1 鹿島城からみて風水による位置とは思えない
    2 神社のサイズが九州2位で、周辺都市の人口スペックをはるかに超えている

    これは偏に霊験あらたかと申すべきことなのでしょうか?



  • じだらくさんのコメント

    今,佐賀の地図をざっと見てみましたが,佐賀城を中心とすれば祐徳稲荷は裏鬼門に位置するということになるのでしょうか? 祐徳稲荷の創建は1687年とありますのでそれ以前にその地に何らかの祭祀をする場所なり,遺跡的なものがあったのかどうか興味深いところです。

    ちなみに鬼門の方向にはお寺としては東妙寺という古くからのお寺があるようです。
    近くには吉野ヶ里遺跡があります。祐徳稲荷-佐賀城ー吉野ヶ里遺跡とほぼ直線上に並んでいるのはおもしろいですねぇ。



  • 捨老さんのコメント

    >昔の都市は、東北方向に神社仏閣を建て鬼門を守るように都市設計をしていたものです。

    とのことですが

    先ず誤解されてならないことは、全ての神社仏閣が都市設計の風水学に則って創建されたわけではなく、むしろそのような寺社は少数にすぎず、多くの寺社は じだらくさんが興味を示されたように より古い土着の祭祀観念や由来を重視した創建だったようです。

    中でも『延喜式―神名帳』や『類聚国史』にみる伏見稲荷の創建は、社記によれば和銅四年(711)とも言われますが、勿論その時点で稲荷信仰が全国的に伝播していたわけではなく、流行の隆盛を見るのは江戸時代中期以降のことで、祐徳稲荷への勧請移斎と創建は、じだらくさん御教示の1687年鹿島三代藩主鍋島直朝のときとされており、おそらく素朴な古祭域の裔祀であったものと思われます。

    いわば京―伏見での流行にあやかっての祭祀だったのでしょう



  • まつをのコメント

    『アースダイバー』中沢新一著に次のようにありますね。以下要約。

    いまの東京は縄文海進期でも、洪積層は陸地のままだった。水が浸入してきたところは沖積層という砂地の多い地層となった。神社や寺院の場所は、きまって縄文地図における、海に突き出た岬ないしは半島の突端部である。縄文時代の人たちは、岬のような地形に、強い霊性を感じていた。そのためにそこには墓地をつくったり、石棒などを立てて神様を祀る聖地を設けた。そういう記憶が失われた後の時代になっても、まったく同じ場所に神社や寺がつくられた。



  • 捨老さんのコメント

    中沢新一さんの本を例によって読んだことがありませんがm(_ _)m、想像力の訓練になりそうな本ですね。同書でなくとも地図店で地質学地図を手に入れて眺めているだけでも、大いに想像力を掻きたてられるものです。

    不読の身が口を挟むのもおこがましいですが、一般的に16,000年にも及ぶと言われる縄文文化を安易に一括りで語るような、超古代史もどきの夢想論はなるべく避けるように心がけているところです(笑)。

    そこで、まつをさんが要約して下さった文節に限って言わせて戴くならば、一般論とは言え大いに魅力的な説ではありますが、単純かつ初歩的な疑問も湧き上がって来ます(笑)。
    それは一千年二千年と言わず、時間差をもって定住し始めた新居住者達も、同じように新しい岬を聖なる場所と感じ 墓や石を建てたのか。
    そして、その霊性が亡失したと言うのであれば、同じ縄文文化の内で起ったことになるが、何故かその亡失文化が 突如弥生人に受け継がれたと言うのならば、弥生人は一体どのような祭祀文化として受け継いていたのか、と言うような単純な疑問です。
    この極めて大いなる断裂の空白を、何事もないかのようにいとも平然と遥か後代の墓地や寺社文化に結びつける論述は、短い文節とは言え、やはり充分に気を付けざるを得ません。

    中沢説の「強い霊性」とか「聖地」などという多少ともマジカルで恣意的な言葉の陰で、実は縄文文化の遺跡地のほとんどが誰の目にも明らかな「日常生活の場所」であったという重要な一語が抜け落ちていることは明らかで、岬が海洋民にとって 或は 内陸民と海洋民にとっての接合のシンボリックな場所であったと言う基本的考察が、省かれているように思いますが 如何でしょうか。



  • まつをのコメント

    ご指摘鋭く、まったく同意です。

    なお、今回の吉野ヶ里について言えば、最も内陸部まで有明海が入りこんでいた頃の海域は次のとおりです。吉野ヶ里は岬にあらず。

    出典:『有明粘土層の堆積環境とその鋭敏性につい て 』三浦哲彦・赤峰剛徳・下山正一から作成

    また祐徳稲荷神社は標高40m程ですので、岬にあらず。
    ただし、周辺に遺跡が多いことは間違いありません↓。


    祐徳稲荷神社 奥の院は、0157と記された縄文時代の散布地に位置します。実は、半島形山稜に散在する遺跡の多くは縄文時代の散布地(茶色着色)。黄色着色の弥生時代の散布地は河川近くの平地に位置し、稲作文化を色濃く表しています。
    ※ 散布地とは、地表面から遺物の散布がみられるものの、その性格が未だ明確でない遺跡のこと



  • まつをのコメント

    乗りかかった船、もう少し進めてみます。

    地図は祐徳稲荷神社周辺の地質を表しています。これから祐徳稲荷神社の所在地は、洪積層(更新世)と沖積層(完新世)が交わる地点、つまり岬と見なすことができるかもしれません。
    洪積層は更新世の始まりから更新世末期までの層、沖積層は更新世末期(約 18,000 年)から完新世(現在)までの層です。 詳細は下表。



  • 捨老さんのコメント

    つまり縄文時代を完新世(沖積層)以降と見做し得るとすれば、その放射状的な蛇行状況から察するに、仮に「むりやり岬(笑)」を想定するよりも、むしろこの地形は河川(河口を含む)流域~水域を想起させますが。
    完新世以降の地形変貌の詳細に興味をそそられます 。



  • まつをのコメント

    そうですね。扇状地ですね。河川があって、人々が昔から住みついてきた土地であったと。

    更新世カラブリアン期の地層の突端、つまり流れてきた溶岩流跡の突端に、奥之院が建てられているって象徴的ですよね。



  • 捨老さんのコメント

    地図および写真上では 「更新世カラブリアン期の地層の突端」と連続して、ジェラシアン期層の半島形山稜が形成されているようですが、縄文文化は未だ影を見せない時代の事であれば、何故 後に登場した縄文人は岬らしい岬の突端ではなく、遥かに古いカラブリアン期の地層の突端を重視したのでしょうか。
    縄文人は地層を分別したのでしょうか あり得ないこともありません(笑)。

    ですが「溶岩流跡の突端」が明晰であったのなら、これは記憶にもない太古の岬が重視されたものではなく、巌崖(溶岩流特有の多孔石などの奇岩を含む)そのものが着目され これが重視され、加えて小さな水源の地であったとすれば、まさに弥生後期~末期の信仰形態に連続し得るものとなり、歴史にも連続し得た可能性も生まれますが、やはりこの地を岬と見做すには無理があるようです(如何でしょうか)。



  • まつをのコメント

    ご指摘の巨岩信仰と、湧水がカギかも知れません。

    ジェラシアン期層の半島形山稜があって、その後にカラブリアン期層をなす溶岩流が流れ被さった。確かにこの一連の半島形山稜の中では、奥之院のところが一番高い。奥の院は143m程。半島形山稜の他の部分よりも高いんですね。

    巨岩信仰も、奥の院に続く坂に見られます。岩本社も切り立った高い崖の中腹に鎮座されています。
    https://ameblo.jp/may-199704/entry-12277656554.html

    溶岩流ですから、ご指摘のとおり湧水もあったことは考えられますね。調べてみると、湧水があるようです。今はわずかですが、かつてはいかほどだったでしょう。



  • 捨老さんのコメント

    例え祐徳稲荷神社 奥の院が位置する《0157》が縄文期の遺跡地であったとしても、それは完新世期半ば以降の物であったと見なければならず、カラブリアン~ジェラシアン期に形成された山稜が縄文人にとって、岬(水域―海に突き出た土地)と見做されたはずはないと言うことです。

    勿論 縄文の遺跡を重視する古伝承は神話のみならず各地に残っており、それは当然弥生後期以降の記憶と言わなければなりません。

    どうやら祐徳院の地は多くの民俗伝承や日本神話に語られる古斎地の特徴を示しており、稲荷神分霊の勧請以前から 麓の集落や川(錦波川)との関係によって、育まれ斎祀された古神裔祀の地であったものと思われます。
    それを示す幾つかのポイントがありますが、長くなるといけませんので 老腦を整理してからということにします(笑)。

     

    2019_09_23

    『蜘蛛の巣を払う女』

    信じられないほどに凝ってシャープな映像が、途切れることなく最後まで続いていきます。適当にカメラを置いて撮られたショットは全くなし。映像好きの方には100%オススメの映画です。
    監督フェデ・アルバレス。『ドラゴン・タトゥーの女』に続く物語。同監督デビッド・フィンチャーは製作総指揮にまわっていますが、そのテイストはしっかり受け継がれていて、『ドラゴン・タトゥーの女』オープニングをリスペクトしたショットも出てきます。

    原題は『The Girl in the Spider's Web』。邦題を付ける時にモメたことでしょう。原題のシャープさが無くなっていますし、Webに掛けられた意味も失われています。

    台風で外出できないためDVDを借りてきて、早朝から観ていました。大きなクッションに身を横たえ、毛布をかけて作品を観ていると、ジルが枕元にやってきて添い寝してくれます。朝の散歩の際も、不思議なほど私がとろうとするコースを察して歩む。だんだん息の合った相棒になってくれています。

     

    2019_09_22

    『ファーストマン』

    人類最初に月に降り立った人物ニール・アームストロングを描いた映画です。

    子どもの頃、ライブで月着陸の映像を観た感動は忘れません。それと同時に、写真から受けるアームストロングの印象がドライであったこともよく憶えています。立花隆はアームストロングを「精神的に健康すぎるほど健康な人で、反面人間的面白みにはまるで欠けた人物。驚くほど自己抑制がきく人で、いかなる場面でもパニくるとか、感情が激するといったことがない」と書いています。そのことは映画の中でも描かれていまして、子どもながら感じる印象って結構正しいもんだなと。

    この映画で最も秀逸だったのは、コクピットの中で飛行士たちが体験する状況。空想していたものをはるかに超えた破壊的五感の刺激。実に生々しく描かれていまして、なるほどこりゃあ大変な中で宇宙に行ってるんだなと生易しい概念が吹き飛ばされます。映像描写が、セリフや演技を超えて観る者に迫ってくる映画でした。

     

    2019_09_21

    グリーグ

    エドヴァルド・ハーゲルップ・グリーグ。ノルウェーの国民的作曲家。『ペール・ギュント』組曲などの作品で知られる。

    グリーグの名言
    「若い時は何でもそうだが、友人があるのは当たり前だと思っている。老境に入れば、友人を持つことの意味が分かってくる」

     

    2019_09_21

    悪なる所業

  • 散人さんのコメント

    さいたまの小4生が殺害された。犯人は義理の父親。悪である。悪の所業である。じゃ、一体なぜこのような「悪」が人間社会に存在するのか? 浅学者の私には手に負えない命題だ。だから識者の意見を聞くことになる。以下肯けた説。

    ナベールは自我の「自愛」にそうした悪の根源的原因を見て取っている。自愛は「自らの存在への執着」、「自我の自身に対する愛着」とも言い換えられる。要するに他なる存在との関わりを絶つことで自らの利害を守り自らの存在の存続を図る。そうした精神的原因性である。

    では自我が自愛から解き放たれるためにはどうするのか? ナベールは「脱ぎ捨て」が不可欠だという。「脱ぎ捨て」とは「自己自身ならびに自らへの利害関心への断念を何らかの形で含む諸行為」という。自ら悪を成す可能性の多さに自身驚いたとしても、「脱ぎ捨て」の行為に、意思の関与する余地が残されているだろう。

  • 写真はナベールとナベールモドキのジル。

     

    2019_09_20

    『フリーソロ』


  • しんのじさんのコメント
    やっと世間が散人さんに追いついてきたのでしょうか(笑)。
      「老後はむしろ孤独な方がうまくいく 」>
      • 孤独な人は、案外大きな病気にかからない
      • 子や孫の財布になっていないことを喜ぼう
      • 夫婦は別々に行動し、薄い関係の友だちがいれば十分

  • 捨老さんのコメント

    人それぞれ「孤独」の把え方にもよるのでしょうが、人は「孤独」と言う語に対して神経質なようで、最近は孤独死に替って孤立死と言う表現も目にします。しかし生とは元来孤独なもので、孤独死であろうと孤立死であろうと 死に何ら変わることもなく、生を不随意的な総体性に投げ遣ろうとするならば、大袈裟にも 生は宇宙に属し地球に属し 生物に属し人類に属し(笑) あまつさえ(笑)社会に属し 関係に属し 家族に属すなんてことになり、思わず 孤独~孤立は消え失せるかのような錯覚を覚える人もありましょう(笑)。そうのような人が 一たび孤(個)に対峙しようとするとき、どうやら「孤独」を加飾するとは言わないまでも 往々にして 定義づけ理由づけしたがる傾向にあるようで、孤独には文学的な(笑)尾ヒレまで付き纏うことになるようですね。

    「孤独」とは本来「自由」と等格語であることを思えば、―老後はむしろ孤独な方がうまくいく―とおっしゃる方は、はじめて生において「自由」の価値に目覚めた感が否めません(笑)。世間には 長年連れ添った古女房と二人で一つの孤独を全うなさってる 優秀な老夫婦も多々いらっしゃるようです(笑)。


  • まつをのコメント

    映画『フリーソロ』を観ました。最近ドキュメンタリー映画づいています。カメラアングルが信じられない作品。で、クライマー恋人の芝居がかった挙動にうんざりしました。ドキュメンタリーですよ。カメラ向けられると、あんななっちまう女っていますね。パートナーには御免こうむります。

  •  

    2019_09_19

    イラスト

    こんなイラスト描いてみました。
    デザイン上必要とあらば、どんな作風ででも描きます。前職の時はオーダーしとりましたが、今では自分で描ける幸せ。


    本日、中島カーテン撤収。

     

    2019_09_18

    田舎者と貧乏人を初めて見た話

  • 捨老さんのコメント

    久々にあちらこちらネット散策していたら、若者の面白いページを見つけたので紹介しておきます。

    一見 自己および社会を解析するかに見えて、大いに誤謬や欺瞞を孕んだ この程度の話題の齟齬は、若者のブログではなくとも よく目にするところであり、そのRe:blogも含めてなかなか勉強になります(笑)。けっしてバカとは言えない若者たちの心理が露呈しているとも言えましょう。


  • しんのじさんのコメント

    捨老さん、私は大学を佐賀で過ごしたものですから(三十数年前の佐賀市西部は、見事にド田舎でした)、まさに都会の高校出身者で件のエピソードにピッタリ嵌るような学生が数名いましたね。鬱病を起こしそうになったり、実際、辞めた人や別の大学を再受験しそうになった人もいました。

    個人的には、思いっきりのんびり過ごせて悪い誘惑もほとんどなく、それはそれで居心地が良かったですが(それで一年余分に過ごしたのはご愛嬌(汗))。


  • 捨老さんのコメント

    そうでしたか しんのじさん。確かにボクも 長崎からポッと出の学生として 東京で御多聞に漏れず アノニ"増田"イアリー(匿名ダイアリー)の投稿者たちと似たような想いを あれこれ抱いていた頃があったように記憶しています(笑)。

    ただ、ボクが多少とも自己憐憫の裏返しのような他者批判や、社会批判に執着したり埋没することなく過ごせたのは、偏に自己の未来像や 辿り至るレールを思い描くことが苦手な性格だったせいもあったろうと 今となっては思います。

    つまり将来の設計などというものとは、まるで無縁の若者でありました(笑)。やみくもにやりたい事に手を出しては すぐにも挫折する事を 懲りもせず繰り返す若造にとって、世間―社会は 分析や批判の対象である前に 即臨戦態勢を強要する修羅場でしかありませんでしたから。未熟とは言えボクにとって その格闘系(笑)の社会こそが、昔から変わりのない世界に思えたのです。

    独りよがりの大いに楽しい青春ではありました。その成り行きまかせの人生も もう否応のない終盤です(笑)。


  • まつをのコメント
    この若者のコメントは、今年3月にツイッターで話題になっていました。東京出身で地方医大に進みカルチャーショックを受けた話。以下はその際の私のコメントです。
      正直に書いてらっしゃる一文。現在、タイを襲う政情不安を思い出しました。タイの富裕層の子弟は欧米に留学し帰国しても、富裕層間で交友する。長じて様々な組織の管理職になったときに庶民からの支持を得られず、クーデターが起こったという事実。

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    2019_09_17

    第二の人生の適職診断


    日本IBMの「第二の人生の適職診断」というサイトがあります。

    やってみた結果がこれ↑。私へのAIからの提案は「カフェオーナー」だって。ふううん。

     

    2019_09_16

    久々の肖像写真


    結婚式に出席させていただきました。
    いい結婚式でした。幼い頃から見てきた子が嫁いでいく姿は美しいものです。一層幸せになりますように。グランドハイアット福岡。

    写真は久々に正装の私。娘が撮影。

     

    2019_09_14

    島原半島

    島原半島観光連盟の気の利いたホームページができていました。

    「湯せんぺい」の包み紙を彩る鳥瞰図がトップです。


    山本さんから、小浜の塩を頂きました。 「塩の宝石」。
    地元橘湾の海底深くをボーリングし、ポンプで汲みあげた海水と小浜温泉の温泉湯を混ぜ、天日干しで製造した塩。上動画は山本さん編集の塩作り青年ルポ。

     

    2019_09_13

    偽られたアメリカ史

    当サイトに集われる諸氏のこれまでのコメントをまとめ綴ります。下の歴史の諸問題の多くは、「勝者が歴史を作る」の原則に当てはまります。

  • コロンブスは大虐殺者。南米に行ったスペインのピサロは大虐殺者として書かれている。しかし、コロンブスはそう書かれていない。おかしい。
    彼は1492年、南米エスパニュラー島に入った。原住民はその時30万人は居たが、最終的には500人になった。コロンブスが殺したのだ。その後、500人を奴隷としてスペインに連れ帰るが、航海中200人が死亡。西インド諸島はそれまで800万人原住民が居たが、20年間で2万8,000人まで減った。実に99%以上は殺している(米歴史家 ハワード・ジン)。
    その所業がさすがにスペイン王家より咎められ、新大陸はコロンブスの名からとった「コロンビア」でなく、アメリゴ・ヴェスプッチの名からとった「アメリカ」と付けられた。

  • 折々に「アメリカはプロテスタントのつくった国だから、そんなはずはない」という意見を耳にする。 アメリカは、メイフラワー号に乗ってやってきたピルグリムファーザーズたちから始まるプロテスタントが作った国という認識。アメリカ道徳の根底にはプロテスタント道徳が流れているという認識(マックス=ウエーバーの説)。これが教科書なんかでいまだに流布されているイメージだ。
    違う。それはステレオタイプのプロパガンダである。資本主義をつくったものたちが誰かを考えれば、資本主義の雄アメリカをつくったものたちが分かるはずだ。

  • 1776年、アメリカ独立宣言では「すべての人間は生まれながらにして平等である」と高らかに謳われた。 しかし黒人が事実上の選挙権を得たのは、1960年代の公民権運動によってである。 つまり、連れてきた奴隷と先住民インディアンは、人間とみなされていなかったのだ。

  • 1862年、リンカーンの奴隷解放宣言は広く流布されている。 これもまた、黒人が事実上の選挙権を得たのは、1960年代の公民権運動によってである。 なぜ、現実とは違う情報が広く流布されているのか、私たちは考えねばならない。

  • インディアン戦争を、不思議なことに日本の生徒は習わない。1622年から1890年の間の、アメリカ合衆国におけるインディアンの征服戦争のことだ。これなくしてアメリカ史は理解できないのにだ。大学受験生でもこのジェノサイドを詳しく学習しない。

  • 1919年に日本は、国際連盟に人種的差別撤廃提案を提出した。世界初である。そしてこの提案を潰した国はアメリカである。

  • 日本の子どもたちは、自分の国が提出した人種的差別撤廃提案を学ばず、実行性なきアメリカの奴隷解放宣言を小学校の時から習う。ゆがみがあると思いませんか。

     

    2019_09_12

    昨今のジル リラックスモード


    なんでしょね、この足。ぺちゃっ。

     

    2019_09_11

    CO・OP博多風やわらかうどん


    牧のうどんのフアンであることを公言してはばかりません。ダシを吸ってタルンタルンになったうどんを頂く悦楽。けれど長崎市からはあまりに遠い。と、思っていたところ家人が一言。
    「こんなもの、買ってみたんですがどうですか?」
    おお! 冷凍うどんは讃岐うどんがほとんどの状況の中に毅然とした反旗。普段稀にしか使わぬ感嘆詞まで動員して表現する驚き。よくできてます。根性なしになった麵がスープを目いっぱい吸い込みます。

     

    2019_09_10

    ブループリント


    長崎は夢彩都前のカフェ。

    市図書館よりもゆっくりと過ごしたいときに使うかな。私好みの書籍がそろっています。

     

    2019_09_09

    お礼


    皆様方のおかげをもちまして、息子が成人となりました。心からお礼申し上げます。

    • 息子のコメント
      20年育ててくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

    • しんのじさんのコメント
      祝 元服。大人になると、いろいろと辛いこと、理不尽なことが次々と押し寄せてくること必定ですが、自身の嗅覚と知性を信じ、笑顔で乗り切って下さい。未来に幸多からんことを!

    • 散人さんのコメント
      トモ君、20歳おめでとう。初めてお会いしたのは確か小学校の高学年だったと思う。とにかく愛くるしいお顔をしていてまた利発な感じもした。それから会うたびに「将棋」を指し、最初は余裕で勝っていましたが、中学に入ると手強くなり高校で五分、今は逆に三本に一本勝てばいいほうですネ。成長とはそういうものでしょう。
      世の中は「IT以前と以降」では全く違う世界です。半世紀も違う僕らがあれこれ云う立場ではありません、が父母に早く死に別れ(戦争の為)した私らの世代の無念さを、少しく思って頂きたい。といっても貴方のご両親はまだまだ元気。父上とお酒を酌み交わす姿が今から見たいものです。
      おめでとう。

    • トモのコメント
      しんのじさん、散人さんはじめ、皆々様。ありがとうございます。
      お陰様で成人となることが出来ましたが、まだまだ大人と呼べる程ではないと、知識人の皆様に頭を撫でられながら育った私は思うのであります。大人とは何か、熟考し続け自覚した人間でありたいと考えます。
      これからは私も酒を片手に。

    • 大閑道人さんのコメント
      トモさん
      あの日、あの当時の異様な胸騒ぎ。とても忘れられません。私にとっても、人生の変わり目の経験でした。
      実は、この数日、妙な胸騒ぎがあって、あちこち、うろうろしていたのですが、今朝を迎えて、ようやく、スッキリしました。
      あなたの前途が、文字通りに「洋々と」あるように!

    • まつをのコメント
      大閑道人さん
      本当におかげさまで成人の日を迎えることが出来ました。
      貴兄と息子の誕生当時交わしたメール集を二十歳になったら渡そうと、本のかたちにしていました。1か月ほど前見たらありました。ところがこの数日探すのですが見当たりません。まだ渡さないでおきなさいということなのでしょう。出てきたときに手渡そうと思っています。
      ありがとうございます。合掌

     

    2019_09_08

    脆弱国家ランキング


    脆弱国家とは、社会的、政治的もしくは経済的な破綻が見られ、国家の機能が低下し、危機によって深刻な影響を受ける国のこと。
    図中の色は、青が持続可能、緑が安定、黄が要注意、赤が警告。

    以下データはアメリカのシンクタンクである平和基金会(FFP)によります。

    2019年度で、状態のいい国第1位はフィンランド。ノルウエー、スイス、デンマーク、オーストラリア、アイスランド、カナダとそれに続きます。先進主要国では、ドイツ・カナダ以外は「持続可能」ではなくワンランク下の「安定」に分類されています。日本は22位、アメリカは26位で「安定」。中国は91位、ロシアは106位で「要注意」。

    日本は東日本大震災の影響もあり、2017年には一時G7の中でイタリアに次いで脆弱性の高い国になりました。最新版と5年前を比較すると、悪化しているとされてる要素は次のとおり。

    • 人口構成圧力の増大
    • 人材及び頭脳流出
    • 難民および国内避難民の大量移動

     

    2019_09_07

    法の支配指数ランキング


    「法の支配」は民主主義の根幹。これに対峙する概念が「人の支配」、為政者が好き勝手に行う政治です。

    以下データはアメリカのシンクタンクである世界正義プロジェクト(WJP)によります。

    世界正義プロジェクトが発表する「法の支配指数」(2019年)によると、法の支配が行き届いている国第1位はデンマーク。これで二冠ですね。ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、ニュージーランド、ドイツとそれに続きます。やはり北欧などノルマン人の国々って整っています。日本15位。香港16位。アメリカは20位。中国は82位、ロシアは88位。
    ワースト1位ベネズエラ(こちらに記事書いてます。クリック)、2位カンボジア、続いて3位コンゴ民主共和国、4位アフガニスタン。

     

    2019_09_06

    世界腐敗度ランキング


    今年1月発表の腐敗認識指数。黄が腐敗が少なく、赤は腐敗が多い国家・地域。

    清潔度1位はデンマーク。ニュージーランド、フィンランド、シンガポール、スウェーデン、スイスがそれに続きます。北欧などノルマン人の国々ってすごいですね。今大騒動の香港14位。日本は18位。アメリカはトランプ政権下で22位に脱落。中国87位、ロシアはなんと138位。最下位180位は海賊で知られたソマリア。

    このデータを発表しているのはトランスペアレンシー・インターナショナルというNGOです。

    「腐敗は民主的な基盤が弱い場所で、多くの国で起きていることであるが、非民主的でポピュリストの政治家が権力を自らの利益になるように濫用する場所で蔓延る傾向が強い」と彼らは語り、以下のように各国政府へ呼びかけています(出典)。
    • 政治権力に対してチェック&バランスが効く、そしてそのことに責任を負うような機関を強化し、その機関が恐れることなく行動できることを保証すること
    • 反腐敗の法規制と、その施行・執行との間の履行ギャップを埋めること(訳者注、法あれども守られずではダメ、そしてそういう国も多い)
    • 市民社会や市民団体が、政治公約や政府調達、特に地方レベルでの支出を公に監視するのを支援すること
    • 自由で独立した報道機関を支援し、ジャーナリストの安全を確保し、恐怖や嫌がらせを受けることなく仕事ができるように努めること

     

    2019_09_05

    旅行づいています

    9月は肥前浜宿、8月は小浜・戸畑、6月は嬉野、5月は島原半島さすらい。
    安近短な旅。そこそこ楽しいですし、第一に疲れない。
    しばしば旅してますんで、安い宿を探す。調べるとあるんです、木賃宿。この前泊まった宿は立派な露天風呂付きで素泊まり3,500円。

    今はゲストハウスがあるから若い人はいいなあ。私たちの年齢になると、ゲストハウスに泊まるにしても個室をとらないと迷惑をかけます。

    昔、大村公園に50代の旅人がいたんですね。全国さすらいの旅してるっていう。その姿に教えられました。歳いったら、きちんと仕事について、きちんとした格好してないといけない。
    若い頃は、夢を求めて全国を巡る姿はロマンに満ちてますし、「よ、ちょっと語ろうか」って感じになります。でも、歳いったら人は浮浪者と呼びます。

    そんなこと認識した上で、若者と話してその感覚を学びたいんですね。今回の肥前浜宿の旅でも、地元の方々との何気ないトークがすこぶる楽しい思い出になっています。
    そうそう、先日、散人さんに電話したら、無償で近所の中学生の男の子に数学を教えてらっしゃるところでした。若者と接する楽しさ。

     

    2019_09_04

    一人遊びの夏休み

  • しんのじさんのコメント

    今時の風は、夕刻から時々刻々と湿度と温度が下がってきて、秋の香りがイイ感じ。数日前から鈴虫をはじめ、秋の虫たちの合唱コンクール状態なのも涼しげで心地よい。

    しんのじの一人夏休みは、九州北西部に大雨が降る前のある週末。金曜が急に休めるようになり、木曜の夜、小雨をついて久留米まで車を走らせる。相棒は屋根の上に乗せた川用の短い舟。休みのうち、漕げたらいいな。着いた六ツ門近くの宿から歩いてほどなく、通りのはずれにひっそりと佇む「G」という寿司店。本当に地味な小さなお店だったが、学者然とした寡黙なご主人はジューシーでしっかり仕事のされた江戸前のお寿司を格安で楽しませてくれた。

    そのお店に陣取って口角泡を飛ばして議論していたのが、わが同業者と思しき30歳前後の男女数名の若者たち。やれ教授がどうの、患者がどうのと賑やかにやっていた。幸い、彼ら以外には僕しか客がいなかったので、僕はただニヤニヤしながら時折視線を向けていたと思う。僕が先に辞する時、席を立って「お騒がせしました」と会釈してきたものだから、ちょっと溜飲が下がった僕は、「君たち、僕と同業者みたいだね。やり甲斐があるけどストレスが多い頃だもんね。今後の日本の医療を支えるのは君たちだから、しっかり頑張ってね」と言い、当地の大学の教職である元同級生の名前も出すと、彼らがカチコチの直立不動になったのは可愛かった。そうだ! この感じは東京で散人さんのお供をさせて頂いた際、散人さんを見かけた舞台関係者の豹変ぶりにちょっと似た光景だ(笑)。少し気分が良くなったので、こっそり多めにお金を置いて帰った。

    彼らが満足いくまで議論し終えて会計する頃、先に帰った変なおっさんが少々気を利かせて行ったと知り、またちょっと直立不動になったら面白いなと、爆弾に見立てた檸檬を丸善に置いて帰った梶井基次郎よろしく宿へと歩を進めたのであった。

    翌朝は菊池渓谷に出撃したけれど体調不良で漕ぐことを断念し(少し寒かった)、熊本市内に降りて、地元の名物料理や馬刺しに舌鼓を打ち、翌朝は球磨川の水量が多そうなのにびびって断念し(笑)、帰りは八女の隣、広川に寄り道したら、インターからほどない所に馬刺し専門の肉屋があったので各種たっぷり購入し(特に赤身が絶品だった!)、帰り着く前にせめて佐賀の川上峡では漕いでみようと高速を降りてみたが、以前あった駐車可能な川への降り口がなくなっていてまた断念。でも久々に爽やかな渓流が見られてよかった。丘サーファーならぬ丘カヤッカーのまんま雨の長崎に帰着した。思い切りグダグダな、似非スポーツマン漫遊記でしたとさ(笑)。

  •  

    2019_09_03

    遊ぼう

    テニスボールを持ってきて、遊んでのポーズ。

     

    2019_09_02

    スタイリッシュ 肥前浜宿

    あなたがお酒が好きで、ほろ酔い旅に憧れてるなら、とっておきの場所があります。
    とっておきの場所があると書いたものの、私たちも知りませんでした。酒蔵で飲めるところってないかな。そう思って探していたら、ばったり出会ったんです。鹿島市の肥前浜宿。

    行きました。最高。

    上の写真。ね、すごいでしょ、この通り。江戸期の佇まいを残す酒蔵通りです。水路が設えられ、鯉が泳いでて。タイムトリップした不思議な感覚に包まれます。


    これが私たちが楽しんだほろ酔いエリア。サイズ感を説明すると、宿泊した「ゲストハウスまる」から試飲できる「峰松酒造場」まで徒歩8分。オレンジの線が私たちが歩いたコース。ね、ふらふらと楽しめるエリアでしょ。大人なら午後3時ぐらいから廻ってちょうどいいんじゃないかな。


    自分の魅力を知らなかった子が、磨かれ輝き始めたころ。女の子で言えば、そんな時期にあたる街。華やかな歴史の上に、現代にフィットするようまちづくりが始動し、外に開かれ始めた場所。
    私たちが訪れた時、通りがほぼ貸切、食事処が貸切、バーが貸切、宿泊所も貸切でした。
    各スタッフの方々が、観光地ズレしてらっしゃらなくて、対応がみずみずしくキラキラと輝いています。会話も楽しかったな。通りを散策していると、自転車に乗った中学生の女の子が、「こんにちは」と笑顔であいさつしてきてくれたり。

    ここにご紹介するお店はすべてスタイリッシュでした。

    ゲストハウスまる

    「ゲストハウスまる」に宿泊しました。今年4月にオープンしたばかりで、とてもセンスのいい古民家リフォームがされています。1階は広々としたフリースペース。貸切状態でしたから潤沢に使わせていただきました

  • 個室タイプ(5,500円+金土日祝500円+朝食500円)
  • ドミトリータイプ(3,800円+金土日祝500円+朝食500円)
  • 佐賀県鹿島市浜町1204-4、電話:0954-68-0902
  • https://editors-saga.jp/editors/ykitamikado/20190530_660.html
  • 1階奥のキッチンとカウンター。飲み疲れた朝、コーヒーを飲みながらここでゆったりと過ごす贅沢。
    そうそう、目の前に「金時食堂」っていう夜も開いているお店があって、酒蔵通りほろ酔い散策後、ここの皿うどんと宿スタッフが出してくださった漬物で、宿飲みも満喫させていただきました。

    こんな照明が置かれた階段を上がっていったところに……

    私たちが宿泊した部屋がありました。静寂の中でゆっくりと眠れます。



    浜宿キッチン

    日本酒飲み比べをした「浜宿キッチン」。

  • 佐賀県鹿島市浜町乙2751、電話:0954-60-4788
  • https://www.hamasyuku-kitchen.com/
  • 地酒の飲み比べができます。ほのかにスパークリングしていることに、お酒の状態がいいことが推し図られます。うまい。
    飲んでいる時の感覚は、この酒蔵通りの地霊に抱かれながら飲んでいる感覚。あれは他所が真似しようったってできません。

    誤解を恐れずに言うなら、予想を遥かに超えていいお店でした。
    「浜宿キッチン」って店名で、ホームページをみると洋食ランチメニューが並んでいたら、ね、分かるでしょ? 

    ところがどっこい、いい店です。地酒のラインナップがよく、そして対応力の素晴らしさに驚きました。ツマミに出されたのが、刺身の盛り合わせと、アラ炊きですよ。いやあ感心しました。

    ここですっかり気をよくした私たちが次に向かったのは……



    HAMASHUKU KURABITO

    「HAMASHUKU KURABITO」。日本酒バーです。

  • 佐賀県鹿島市浜町八宿乙2688 電話:090-8098-7389
  • https://www.yasuhitokawasaki.com/hamashuku-kurabito
  • 日本が世界に誇る『鍋島』が楽しめます。美術家・川崎泰史氏の制作スタジオがあって、そのスタジオで制作された作品が鑑賞できるギャラリーがあって、その奥に日本酒バー。

    酒のうまさはもちろん、空間が超スタイリッシュ。川崎さんご夫婦と至福の時を過ごさせていただきました。
    照明代行ができる岡野さん。

    というわけで、上機嫌でお店に別れを告げて、チョイワルオヤジたちはもう一度酒蔵通りという異界に出かけるのでありました。

    早い時間には、ご紹介したお店以外にも複数のお店で日本酒を楽しむことができます。



    帰路、海の中に伸びる道を見たりとか。


    • 肥前浜宿・酒蔵通り -【鹿島市公式観光サイト】
      https://saga-kashima-kankou.com/spot/1114

    • エリア案内地図
      http://sakagura-tourism.com/site_files/file/sanpomap/sanpo_hamachiku.pdf


      • 岡野さんのコメント
        まつをさんの的確なガイドによる肥前浜酔いどれツアー、最高でした。どっかで失くした日本酒も持ってきていただき、感謝です。今度は日本酒の好きな妻を案内してみようかと思っています。

      • ポプリさんのコメント
        旅のお写真拝見しました。羨ましい限りです。日本酒のかぐわしき香りが漂って参りました。9月に入り秋の気配、しみじみと飲むお酒のおいしい季節になりますね。

      • 散人さんのコメント
        おっつあんズ・ツアー。ありがとうまつをさんや他の方々。宿に帰って来たら相当酔がまわっている自分に気づいた、いや待てよ「酔に気づく」ならまだ酔ってないのだと解釈し、テーブル囲んでまだ飲んだ。アテは近くの中華屋さんから届いた「皿うどん」。麺は酒に障るからアンをすすりながら飲んだ。イケるのである。果てしなくいくのである。と、突然グローブの「デパーチャー」のメロディが浮かんできた。「どこまでも? どこまでも?」である。酒は、一 仲間を選び 二 場所を選び 三 時を選ばず、と勝手に決めつける。今回はその三要素が全て整った。みなさんありがとうございました。

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。