2010年5月



2010_05_31

インタビューアップ鰻家小にょろさん

FMしまばらパーソナリティ 鰻家小にょろさんへのインタビューをアップしました。

2010_05_19

キャンプ場をつくる

今でこそ山を買って自分好みのキャンプ場をつくりあげていく人の話を見かけるようになりましたが、私が購入した時はまだそんなことが採り上げられていませんでした。親族筋から購入の話があって手に入れ、その土地を長いこと放置していました。
ある日、樹々の中を歩いて土の柔らかさに驚き魅了されました。そしてキャンプ場づくりが始まりました。多くの友人の力を借りました。合掌。


2001年5月。枕木ステージが作られるあたりです。この年の2月に里山道楽開始。テントを持ち込み、木製ケーブルドラムを机がわりにしてキャンプを楽しんでいました。まだ地面がむき出しですね。私の土地にはヒノキが立ち並んで雑木がない状態でした。現在の様々な雑木は私が一つ一つ移植したものです。


2001年10月。来ました、枕木ステージ。現在でも最も長く重い枕木は1年目にやってきているんです。早岐から大型クレーン車をチャーターして運びました。今のスタイルの原型が伺われ始めてますね。人間って水平な土地が大好きなんです。


2001年12月、休暇小屋カバノンに取り掛かります。写真は建設予定地にロープを張ってみているところ。これはキャンプで雨に降られた時の惨めさを体験した人なら分かるはず。雨が降ろうとへっちゃらな小屋が欲しくなるんです。


2002年6月、本格的な取り掛かり。半年間、四隅の木を埋め立てるための竪穴を掘っていました。これがね、もう大変な仕事。土台となる木組みにはプロの指導もいただきました。


2003年12月、約2年の歳月を経てカバノン完成。6畳の小さな建物です。


2004年2月、デッキ製作。先に完成していた枕木ステージとは別に、カバノン前につくり始めました。このときは枕木ではなく船底板を使ってました。


2009年3月、119本の枕木を長崎電気軌道から入手し大型クレーン車に山盛りにして運びました。昔の長崎市のチンチン電車の枕木の一部は今ここにあります。枕木でカバノン前のデッキと、昔つくっていた枕木ステージをつなぎ始めました。


2009年5月、回廊でデッキと枕木ステージがつながれずいぶんワイドになりました。周りの木々も茂ってきました。雑木の数もだいぶん増やし育ちました。2010年5月に枕木を使い切ってデッキ完成。
お世話になった方々、本当にありがとうございます。

 

2010_05_18

インタビューアップ シンさん

長崎インターネットラジオに、ウクレレプレイヤー シンさんのインタビューをアップしました。

2010_05_16

里山新緑祭


ザッパーン! 波のようにデッキに押し寄せる新緑。

今、里山はベストシーズンを迎えています。3月から4月にかけての降雨量のせいか、今年の新緑の美しさには驚きます。今日は、昨日の幸せな余韻を抱きつつ朝起きた時から、一人で呆けたように新緑に見とれていました。木を移植してぼーっ。ご飯を食べてぼーっ。温水シャワーを浴びてぼーっ。本当に美しい。気付くと1日が過ぎていて日が傾きつつありました。

デッキ拡張計画完了


ではその一日前、つまり土曜日のようすを。お蔭様ですばらしい1日でした。

里山四銃士。機械屋さん、しんのじさん、川おじさん、シバタさん。機械屋さんのリーダーシップのもと、すばらしいチームワークで遂にデッキ拡張計画完了! 10年の里山の歴史の中でエポックメイキングな一瞬。デッキについてはまた別項で。

シェフの腕前


冴えまくる、ご存知しんのじシェフの腕前。写真は、ニンニクの効いたムール貝のトマト風味蒸し焼き。この他に肉じゃがも。うまい!

セントラルアイランド・ビールも、相変わらずハイレベルを維持されておりました。これを飲んで、ビール飲んだと言え、セントラルアイランド・ビール。

夜の部は、がんがん燃える焚き火に、地元ラジオ局のパーソナリティ鰻家小にょろ御夫婦と、小粋なプロのウクレレを聴かせていただいたシンさん。この模様は長崎インターネットラジオで。

ご参加いただいた皆様方、まことにありがとうございました。

2010_05_14

山下清展

家人と美術館。彼が残したセリフにふきだす。

ヨーロッパの屋外彫刻を観て、「ボクたちはパンツはかなかったら恥ずかしくてしょうがないのに、彫刻になったらどうしてパンツはかなくて恥ずかしくないんだろう」

長崎である人が「私は山下さんに毛の生えたようなもんです」と言うのを聞いて、「ボクはおとなだから毛はもういっぱい生えているのに、もっと毛をはやしたらこの人みたいになるんだろうか。言ってることがわからない」

2010_05_06

インタビューアップ長谷川武雄さん

長崎インターネットラジオに、元日本デザインクラフト協会会長の長谷川武雄さんのインタビューをアップしました。

2010_05_04

大ボラ 猪原先生 釣り御指南実録




「朝の5時に僕の家に来るように」と師はのたもうた

確かに猪原先生は、のたもうたのである。

「ダメ。朝の5時に僕の家に来るように」

私の「じゃあ猪原先生、明日の朝5時に起きてこちらに伺い釣り場に向かうということで」という言葉に対し、先生は毅然と私たちを見やりのたもうた。

その日、私と息子トモスケは釣り道に精通されると聞き及ぶ猪原先生のところに出向き教えを請うた。出かける前「先生の前では、伸ばした中指をズボン側線に沿わせ、背筋を伸ばし90度に上体を折って挨拶すべし」と息子に言い渡した。息子も猪原先生の偉大さを理解しこれによく応え、整然と親子共々先生の前、深々と頭を垂れたのである。

秘伝の絶対釣れる撒き餌の伝授

猪原先生は快くこれを受け、一枚のメモを渡し、「これが秘伝の絶対釣れる撒き餌の調合。買ってくるように」と命ぜられた。「浮き釣りを教授したい」 

「先生、まだ息子は初心者のペエペエ。よければ数で楽しむアジゴでも」
「それでは私が出かける意味はない」
「ははっ!」

ということで店に走り、四千円弱を投入し餌を入手してきた私たち親子に、先生はのたもうたのである。

「ダメ。朝の5時に僕の家に来るように」

寝てやがった

翌朝4時50分、まだ日も昇らぬ漆黒の闇の中、私と息子は息を殺して、先生のお宅前でお姿を待った。ご尊宅の小窓からは、ほのかな光が漏れているようにも見受けられる。はたして5時、猪原先生のお姿は見えなかった。すわ一大事、ご病気では。恐る恐る携帯電話を鳴らす。電話に出るや猪原先生はこう発せられた。

「どこ居ると?」

……寝てやがった。

叩いたろうか。

全然釣れぬ、哀れなほど釣れぬ

ということで、釣り場へ向かう。


秘伝の調合を伝えられる猪原大先生。


ご指導のもと、撒き餌を放つトモスケ。


が釣れぬ。
1時間が経ち、2時間が経ち、「こんなはずでは」

撒き餌を放つ猪原大先生が、ボランティアで魚に美味しい餌を振舞う福祉士にだんだん見えてくる。


あまりの釣れなさに、呆然とする親子。結局この日、朝5時半から昼11時半まで6時間いて、収穫なし。完全ボーズであった。夕方、リベンジでまた釣りに出かけ3時間粘るも、またボーズ。人生は厳しい。

スナメリを見た


そんな中、スナメリを真近に見た。私たちが釣っている堤防近くに寄ってきて、背を見せたかと思うとパフーッという呼吸音を残し海中に沈む。これをなんども繰り返してくれた。感動。

連休中の多忙な中、お時間を割いていただいた猪原先生には感謝申し上げる次第です。

 


 


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Profile まつを


Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。