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  • 2013_02_03
    長崎インターネットラジオ・オフ会2013

    2月2日(土曜)、カフェ豆ちゃんで開催されました。その様子をアップしました(クリック!

    芳醇な会話とライブは夕方5時から深夜12時まで。エアコンが冷房設定される程の熱気に包まれました。ご参加いただいた皆様方、素晴らしい一時をありがとうございました。







  • 2013_02_05
    長崎インターネットラジオを支えるロジック
    複雑系ネットワーク理論は、長崎インターネットラジオ・オフ会をすっきりと説明してくれるものです。まだ若い学問分野で、はじまったのは1998年。なるべく分かりやすくお話してみますね。

    私たちは日常的に家族や職域の人間と接しています。ここを大切にすることは私たちの安定感を確保するためにとても大切です。けれどそこだけに留まっていてはマンネリになりますよね。だから外との接触を志向することになります。

    社会実験をしてみると面白いことが分かってきました。おおざっぱな言い方をすれば、どうもこの世界は6人ぐらいを介すれば誰とでもつながっているようなのです。例えばマダガスカルの住んでいる人と私でも、最も有力なツテをたどって手紙を渡していってもらえば、6人ぐらいで届く。そういう意味で、世界はとても狭いということが分かってきたんです。



    そのときに重要な役目を果たすのが、普段接している家族や職域以外とのつながり。そんな日常的には会わない弱い紐帯(つながり)が、とても大切だということが分かってきました。たとえば結婚相手を探す時、たとえば新しい情報を入手したい時、この弱い紐帯からもたらされることが多いというのです。だってそうですよね、日常的に会っている家族や職場集団は同じ情報を持っていることが多いわけですから。



    分野、老若男女、各経済階層、プロ・アマを超えた編み込みが、多くの刺激と情報の流通をもたらす。創造は異文化によって触発される。
    これが長崎インターネットラジオの基本的考え方です。
    長崎インターネットラジオのトップにはその象徴として次の写真を使っています。

    では、オフ会はどのようなかたちをとるべきでしょうか。これも複雑系ネットワーク理論、もっと簡単にいいますとインターネットのありかたが教えてくれています。結論から言いますと、中心点を持たないことです。

    一点集中型のつながりは中心点が消失する時、バラバラになる脆弱さを持ちます。複数でランダムなつながりを目指すことで、自己増殖と新陳代謝と創造が生まれます。弱い紐帯の強さ。そのために大切なのは、オフ会で事務局の存在を極力薄め、お集まりになられた皆様の高い文化嗜好性と大人度に委ねさせていただくこと。ですから、開会のあいさつ、乾杯、自己紹介タイム、〆の言葉、一本締め(笑)はありません。いつから始まり、いつ終わったのかさえ明確とさせないスタイルで楽しんでいただいております。

  • 散人さんのコメント
    やはりですね、Sophisticatedなんですね、全ては。
    音楽にしろ造形にしろ、いや人間にしろ「ソフィスティケイティッド」しなけりゃならんのでしょう。「一球入魂」みたいな手前勝手なこと言われてもですよ、暑苦しいだけの話で、もう体力もなくなった爺さんは咀嚼力が落ちてきてますのでどうもお歯が立たないのであります。
    オフ会もメンバーがその辺、まぁ「ソフィス」してるから成立しているのであります。ソフィスの対義語は「デコラ」です。造語ですよ、信用しないで下さい。モーツァルトを「デコラ」とは云ってません。おそれ多いことであります。でもですよ、あんな方がオフ会にいると正直迷惑です。
  • まつをのコメント
    会の開催方法は、ご存知のとおりいろんなやり方をためし試行錯誤してまいりました。その結果、観られる人は、観る人の存在があって、立てるということを実感しました。表現者だけではあと一歩うまくオフ会が循環しないことを実感した回があったのです。語る人は、聴く人がいて立てる。オフ会に様々にソフィスティケイテッドされた方々に御参加いただくことによって、全体としてあの濃厚な交流が生まれているものと拝察しています。



  • 2013_02_06
    地方都市の豊かさ
    情報化の波によって、世界はフラット化するという考え方はある面では間違いです。逆に、人や資本は集積化されていきます。これも複雑系ネットワーク理論で観測されていること。いうまでもなく首都圏への集中は私たちが日々目にしていますよね。

    このことを昔はパレートの法則とも言っていました。たとえば、商品の売上の8割は全商品銘柄のうちの2割で生み出しているとか、売上の8割は全従業員のうちの2割で生み出しているといった話です。

    では、地方都市でできることはなんでしょうか。
    それは容積の小ささを活かした交流。長崎インターネットラジオ・オフ会のようなイベントは、首都圏では組織だったところがやらねば無理でしょう。また仮にオフ会を開催したとしても、これほど気さくな交流にはならないでしょう。サイズの問題があります。
    首都圏で開くとなると、第一に人数が桁違いになり、第二にフォーマルなマス(Mass)扱いになりやすく、第三に複数の自己増殖するつながりの形成からは遠いかたちとなりやすい。
    今回のようなオフ会は地方都市だからこそできる豊かさだと思います。

    私たち人間が求めるのは、最終的には人間のふれあいです。それがどのようなかたちをとるものであれ、私たちはマスとして十把ひとからげ扱いされず、人間として接し合うことで生きている実感を感じられるものです。
    このことがよくわかるトークとして、高砂樹史さん(小値賀で民民泊がPTP『学生大使』」から世界一の評価を獲得)と、岸川信吾さん(ホステル経営でHostel World の Best Hostel in Japanを受賞)のものがあります。お二人の周辺が活性化しているのは、人に人として接してらっしゃるから。そのことが語られています。お聴きなさることをお勧めします。



  • 2013_02_07
    愛着、自他認識、そして時間

    Clubfeet - Everything You Wanted from Oh Yeah Wow on Vimeo.

    生れ落ちてしばらくは我々に自己と他者の認識はなく、それ以前に乳を与える母への愛着を持つ。愛着は自他の認識以前に起こるものだ。やがて自他の認識も生まれ、その後に時間が生まれる。時が一方向へ進んでいると認識するのはずっと経ってからだ。
    自己を一つの統一体として認識するのは時間の感覚があってであり、成長の認識が生まれるのも時間の不可逆性によってのことである。
    以上、インフルエンザ罹患中に床の中で考えていたこと。



  • 2013_02_08
    昔はみんなその日の月を知っていた


    旧正月がやってきますね。今年は2月10日。長崎はランタンフェスがあるので意識も高いものです。
    大閑道人さんが「正月とは太陽復活祭である」とかつて掲示板で解説してくださったように、そのころが一番寒さも厳しい頃にあたります。
    旧暦では一月(ひとつき)は何日だかご存知ですか? 答えは、小の月が29日、大の月が30日。これが原則的に交互にきます。なぜかといいますと、月の満ち欠けの周期は29.5日だから。つまり一月(ひとつき)ってその言葉の通り、一つの月が生まれて死んでいくまでの期間だったんです。ですから、毎月、1日が闇夜、15日が満月。三日月というのは3日の月のこと。誰でも今日はこんな月の形と分かっていたんです。ロマンチックですね。そういえば詩(うた)に月を詠んだものは多いですよね。
    寒さの感覚といい、一月(ひとつき)の感覚といい、基本的には肌にぴったり来るのは旧暦だと思います。
    ただし旧暦でいくと12か月で約354日。そこで約3年に1度、閏月(うるうづき)を足して調整していました。今の閏月と意味が違います。
    では曲を(笑)。若き日につくった"I see the moon."(曲が流れます)



  • 2013_02_09
    プログレ

    プログレとはプログレッシブ・ロックの略。直訳すると前衛ロック。代表的バンドはピンクフロイド、ELP、キングクリムゾンなど。1970年代が全盛。
    その頃、中高生は50歳代になっているわけですが、これがクリエイター系の職業についている割合が非常に高い。昨夜もデザイナー2人。写真は仲むつまじい親子。

    こちらはELPの曲を大人アレンジしたライブです。沁みます。


    当時はこんな曲を3人でやってるのか、すごい、と言っていたものですが、今日見ていたら一人でやっている人がいました。こちらのプレイヤーの情報はここ。





  • 2013_02_09

    お見舞いをいただきました。おこころづかい痛み入ります。合掌。



  • 2013_02_10
    動画で見る長崎インターネットラジオ・オフ会


    こうして思い出が増えていきます。
    雲仙災害の頃、スコップを持って土石流に埋まった家屋にボランティアに行っていました。被災者の方々が見つけて欲しいとおっしゃるのは思い出が詰まったアルバムでした。
    かつて、魂を吸い取られると恐れさえされた写真という媒体は、今では人生の中で最も大切な宝物を乗せるものとして私たちの生活の中に溶け込んでいます。あらゆる媒体は、時間を経て私たちの皮膚感覚に馴染んでくるようです。
    ビデオが登場した時、フィルムに比べ生々しく表現手段としての適合性さえ疑う声さえ上がったことを憶えています。今から思えば懐かしい論議です。
    地には平和を。合掌。

    音楽:ブラームス「バイオリンとピアノのためのソナタ第1番(雨の歌)」 ピアノ:松尾薫 バイオリン:佐藤美代子



  • 2013_02_12
    歌舞伎

    はじめての歌舞伎。
    一幕上がる。済んで、幕の内弁当。館内を巡る。弁当屋は分かる。お菓子屋も分かる。お茶屋も分からんではない。でも、舶来品屋までドサクサに紛れ勢いで出店。世の混沌の縮小図の有様。

    35分間の食事時間の後、二作目始まる。色彩の使い方がデザイン的だ(これについては現代美術作家 井川惺亮氏のインタビューをお聴きください)。日本から平面処理のデザインテイストが始まったことを再認。
    披露されるあらゆる芸が、観客にウケることを基盤に置かれていることも伝わって好感。イヤホンガイドも借りていたが、三作目の解説者は手抜き過ぎ。隣の方が困ってらした。



  • 2013_02_13
    大友克洋
    第16回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門の大賞受賞作品は大友克洋の『火要鎮』でした。つくづくと、コンテストとはなにかと考えさせられる受賞。
    審査員が応募者よりあきらかに格下。大御所の大友克洋が応募してきたら、そりゃ審査員は「へへ~っ」とならざるをえなかったでしょうね。
    コンテストで「審査員の目は節穴か」と思われた経験は皆さんにもおありになるでしょう。昨夜のR-1でアンドーひであきがグランプリにならなかったこととか。
  • 代治朗さんのコメント
    佐伯泰秀『密命シリーズ』では、町火消しの活躍で鎮火した後始末を、火事場始末請負業者「荒神屋」が引き継ぐ。町火消しは、汚れ仕事を嫌ったためだ。札差等の大店からは始末両を貰い、引き取った焼古材で使えそうな物は、再生利用する大工へ売り、その他は、細かく切断し湯屋へ売っていた。火事と喧嘩は江戸の花、と言われた時代、大店は店が消失後一刻も早く再開するために、切込みまで済ませた材木を、そっくり一軒分、保管していたという。
  • 散人さんのコメント
    「火事と喧嘩は江戸の華」は頭に「男伊達」が入ります。
     男伊達火事と喧嘩は江戸の華。
    伊達男とは伊達政宗のことであります。秀吉の許しを請うため、都大路を家臣にはりつけ台を持たせ、正宗は白装束で練り歩いたため、派手な男前を「伊達者」、「男伊達」と。
    助六のだらりとした鉢巻の色が「江戸紫」であります。永谷園のアニメCMに助六の格好をした三木のり平も鮮やかな江戸紫色の鉢巻をしていました。「なにはなくても えどむらさき」海苔の佃煮の瓶詰め。
    秋葉原の火除け地や上野広小路は大火の教訓で類焼を防ぐ為であす。溜池もその由来であります。



  • 2013_02_14
    岡野マンガ、文藝春秋に登場

    びっくりした。どのくらいびっくりしたかというと、雲仙岳が噴火した時ぐらいびっくりした。生きているうちにこんなことが起こるとは思っていなかった。
    二十代以来、文藝春秋を愛読しているが、30年このかた一度もこの雑誌にマンガが掲載されたことはない。氏のマンガの社会性と文化性が高く評価された結果。文藝春秋の愛読者層の目に留まれば、また流れも変わってこよう。
    誠にめでたい、呑もうと昨夜カクウチ。驕り高ぶることなく安酒場で呑む岡野雄一さん。聴くと、作品「ペコロスの母に会いに行く」はアマゾン・ノンフィクション部門、楽天ブックス・文学部門一位。NHKのBSプレミアムでドキュメントドラマ化され、2月17日(日)夜10時から1時間放送。

    各種メディア化された後、夏公開の映画へとつながる。
    なお←私を描いたマンガは岡野さんによります。





  • 2013_02_15
    Perfumeという名を借りた現代アート


    いやはや、Perfumeの周辺がたいへんなことになっています。Perfumeという素材をハブにして、各分野の才能が寄ってたかってやりたいことをやり、その相乗効果が半端ではない状態。プログラマー、振付師、音楽家、映像作家、デザイナー。これはPerfumeという名を借りた現代アートです。すばらしい。
    本人達は当初自分達が向わされている方向を理解できなかったといいます。そうだったでしょうね。


    今回Perfumeを刮目したのは、以前からPerfumeフアンだった娘と第16回文化庁メディア芸術祭の話をしていて。Perfume "Global Site Project"がメディア芸術祭のエンターテインメント部門で大賞を受賞しています。

    Perfumeのブッとんだサイトはこちら(クリック)。
    今回のスタッフ真鍋大度らの作品↓。


    真鍋大度、木村浩康らによるインスタレーションはこちら(クリック)

    CDが売れず斜陽産業と言われる音楽業界。Perfumeのライブはこれからの方向性を示してくれるもの。これまで難解だと思われていた現代アートもこうしたかたちで融合し、現代人の祭典として多くの支持を受けていくことになるのでしょう。



  • 2013_02_16
    オデッサの階段


    最近録画して観ているテレビ番組と言ったらこれだ。
    やっとこんな番組を局首脳部が作らせるようになったなと思った。これでネットがより隆盛になろうと、テレビは支持を集め続けられる。テレビに集まった才能のきらめきが溢れ出ている。昨日とりあげたPerfumeのライブと似たにおいがする。デジタル時代の才能のきらめきだ。



  • 2013_02_16
    見得を切る文化
    日本のパフォーマンス文化に低通している特色のひとつとして、見得を切ることがあげられますよね。
    歌舞伎で主役は見得を切ります。
    仮面ライダーやゴレンジャーも見得を切ります。


    Perfumeのパフォーマンスも見得的な所作が散見されます。


    見得を切るとは、簡単にいいますと見せ場でストップモーションをかけるわけで、そういう意味でも歌舞伎は漫画にも影響を与えているわけなんですね。
  • 捨老さんのコメント
    まさしく「ストップモーション&ズームアップ」効果。この効果を最大限に生かす「隈取」であり「大顔」役者であったと思われます。これは当時の照明文化も併せて考慮されなければなりません。夕暮れの街の暗さは言うまでもなく 掛け小屋の内ともなると、明治になってもなお 現在では想像するのも困難なほどの暗がり。大袈裟ではなく闇の中で芝居をやっているような有様だったようです。そのため「面灯り(つらあかり)」といって、長い 二間もある柄のついた灯明を 役者の顔前に差し出して、「さァ よっく見やがれ~」と言わんばかりに、役者がこの灯りに隈取面を突き出す所作が「みえ」だったわけで、それなりに おもむきがあったらしい。昭和になって照明が発達するにしたがって 色々差障りも生まれたようだ。文楽など 人形芝居となると 黒子が目障りとなって、人気も下火になったとか。



  • 2013_02_17
    ソフトパワーとしてのマンガ
    マンガは日本が誇るソフトパワーだ。諸外国との友好的関係を築く平和のための力となりうる。
    日本政府も国策として動き始めた(経済産業省『コンテンツグローバル戦略報告書』)。けれど注目すべきは民間の力でここまで世界的支持を得てきたこと。
    歌舞伎もサブカルチャーから発生してきたもの。庶民から発生する文化はもともとはサブカルであって、これに熱中する後続の才能がメインストリームへと成長させていくということが歴史上で繰り返されてきたこと。サブカルチャーの強みはイズムから発生していないことだ。世界への強い伝播性の訳はそこにある。


  • 捨老さんのコメント
    サブカルチャーとは申しますが 本来文化のコアとも言うべき庶民の発想は、おおよそは 江戸に花開していたようで、特に武家文化が終焉期に向かう時代 あらゆる規制が崩壊していく渾沌期には、庶民文化が爆発したような時代が続いたようです。
  • まつをのコメント
    日本の庶民文化の発芽は西欧より早いと思っています。
    江戸時代となって、都市と農村の格差が広がり、都市の庶民文化が発生する。これは、長年の天下泰平と、貨幣経済に立脚したライフスタイルで、消費者が成立すると。流通・消費の中で、商品と情報の流通が都市住民にあまねく広がる。今で言うところのマーケッティングとデザインがモノに付加されていくようになる。で、記号、つまりブランドを購入するようになる。このあたりのことが、庶民文化の隆盛に大いに影響してるんじゃないかな。
    近代といったとき、世界史的には大きく二つに分けて考えるようです。政治史的近代を1789年のフランス革命から、経済史的には18世紀後半のイギリス産業革命から。西欧では18世紀後半から近代社会が成立するわけです。で、日本史の場合は江戸時代から近代として捕らえている。元禄文化が17世紀終わり~18世紀初頭に上方で、化政文化が19世紀に江戸で。日本のほうが少し庶民の文化発芽は早いんじゃないかな。
  • 捨老さんのコメント
    同感です。代治朗さんの おでんの元となった田楽文化や歌舞伎流行の兆し、また 倭寇やルソン助左衛門などから察せられる海洋民交流の闊達などを考えると、もっと古い時代、藤原貴族文化の衰退にともなう地方豪族たちの隆盛の時代を背景に、織田・豊臣の時代にすでに庶民文化は花開き始めていたのではないかと考えたりします。
    殊に織田信長は、下位の者や地方者の能力を吸い上げる才に満ちていたいたように察せられますし、突如としてあの城郭建造に代表される文化の変容には、天才をさえ感じるのですが(笑)。後を継ぐ秀吉の出自を思えばなおのこと。藤原の匂いの濃い頃とは打って変わって、庶民文化の吸い上げと混淆の武家文化が構築されて行ったのではないかと言う思いに誘われます。残念ながら軍政の歴史に隠れて庶民の歴史の影が薄い時代のようにはみえます。
  • まつをのコメント
    なるほど。江戸期の庶民力について追記するならば、読み書き能力の差が、日本と西欧では歴然とした格差があるわけで。日本の時代劇では高札に書かれたお上のお触れの前に、庶民がわいわいと集まっているシーンが描かれますが、これはその時分には庶民の少なからぬ者が読み書きができたことを表す光景であります。これと同時代を描いた欧州映画では、お上が高台に立ってお触れをどなって読んで聞かせています。つまり字で書いては伝わっていかない庶民の読み書き能力だったということ。確か江戸時代末期で、寺子屋に一度は通う割合は8割ぐらい。同時代、イギリスで何らかの教育機関に通った経験のあるものは2割ぐらい。文化の基礎力が違うんですね。



  • 2013_02_18
    邪悪なランタン

    長崎ではランタンフェスティバル開催中。ランタンの中にはいささか邪悪な顔つきをしたものがある。それが暗闇の中に浮かび上がっている。「PM2.5? 知らねえよ、そんなもん。稼がせていただきまっせ」的邪悪な豚野郎だ。

    極めつけはこのパンダ。邪悪の極みである。現物をみていただくと、これが薄汚れている。残忍な薄汚れ方は、暗黒世界を歩いてきたものだけが持つドスがある。観光客もひけ人々が寝静まった深夜、ランタンたちは肩の荷を降ろし、酒盛りをしながらチッと唾を吐いているに違いない。



  • 2013_02_19
    さよなら小林秀雄
    小林秀雄の文章への痛烈な批判が、昨日の産経新聞に寄稿されていた(クリック)。筆者は早稲田大学の石原千秋教授。要約すればこうなる。

    「今回のセンター試験国語の平均点は過去最低だった。小林の随筆を採用したからだ。難解なようだが小林の文章にはパターンがある。学問や現代を否定しながら、その時代の実用性が美を鍛えたという結論に至る。ただし、根拠は示さない。根拠のない文章は好みの押しつけだ」
    この後、今回の出題がいかに不適切であるかが論じられている。一見、出題者への批判のように書かれているが、奥にはご本尊への批判がある。

    私たちが大学受験をする時代、小林秀雄と亀井勝一郎は避けては通れぬ文章だった。亀井勝一郎は伝えようと書いている。一方、小林の文章では伝えることよりも文章の質が重視される。海上に出た氷山の頭だけを書き、読者に跳躍し続けさせるようなスタイル。こちら側の読書筋力がなければ次の氷山に飛び渡っていけない文章だった。
    では、伝えることを重視した文章とはどのようなものか。これを読みたかったら、今回の石原教授の寄稿文に当たるとよい。鋭い分析が読み手に実に分かりやすく書かれている。

    自分の権威付けのために文章を書く人たちがいる。基本的に読まれなくても自らは困らぬ立場の人たちだ。困ったものだと思う。文章というのは、読み手の時間を拘束する表現手段だから、読みにくい文章の挙句がくだらない指摘に行き着いたりすると腹立たしい。小林の文章は美しいが、このレベルのことならばもっと分かりやすく書けるはずだと思うものがある。実は、小林秀雄と岡潔の対談を収録した『人間の建設』を最近読んでいて、岡に比して小林の発言を凡庸に感じていた。話し言葉では露呈する。
    今後、センター入試に小林は出題されることはあるまい。一つの時代が改めて幕を降ろした。今から20年前ならばこうした文章は恐ろしくて寄稿できなかっただろう。つくづく時代が変わったと思う。

  • 散人さんのコメント
    実は今月の芸術新潮は小林秀雄特集なのであります。奇異な感じがしますが、小林は骨董品や美術品の鑑定や売買で生活の糧を得ていたそうです。
    学生時代にフランスかぶれで、詩人乃至小説家を目指していましが、谷崎や永井荷風には比するべくもなく、その上日本独自の私小説隆盛の当時自らが受け入れられないのは「日本伝統の私小説や遊郭文学の所為だ」とそれらを生涯の憎しみの対象とする。尺度は「フランス文学」。今で云うと日本文学はグローバルではないと、スタンダードではないと、批判することでその文学上の地位を確保する。
    彼が持てはやされたのは「戦後」で、敗戦で打ちひしがれたのは文学者も同じであり、彼はパージ(戦争協力者の追求)を逃れ、サルトル、ボーボーワール、カミュなど怒涛のように流れ込んだ仏文学者の流れに乗った。戦後の時流に乗ったのだ。
    30年代半ばより植民地独立が澎湃(ほうはい)と世界を覆うとアジアラテン文学の時代になった。代表選手はガルシァ・マルケス。そうなるとフランス教養主義では商売にならなくなった。現在は仏文(ふつぶん)は誰も行かない、むしろ仏教文学か、と思われる。
    そこで「美」の世界に入る。これは金になった。
    というのが大まかな散人の小林批評です。神様に対し恐れ多いことですが、ここだけの話です。



  • 2013_02_20
    シュンペーターの未来予測
    「Bar指のつけ根」の話題に聞き耳を。

  • 散人さんのコメント
    地方に経済的活性化は金輪際やって来ない。我が県もいろいろと経済活性化の政策を打ち出してはいるが無駄だろう、とあっさり云う。以下散人なりの考察。
    チェコ生まれの偉大な経済学者ヨーゼフ・シュンペーターは資本主義終末論を説いた。従来資本主義は新資本主義から内部的に崩壊されるだろう。静止状態ではいけないのであって、常にイノベーション(改革)しないと直ぐに崩壊されるだろう、と。
    資本主義はシェアー(分かち合う)でなく寡占独占を目指すものである。資本主義の主人公はブルジョアジー(中産階級)であった。長崎など地方都市には30年前には確かに地方ブルジョアが存在した。例えば家具屋さん家電特約店GSのオーナーなどである。が今は見る影もない。大資本が直接販売する、家具はニトリ、家電はヤマダ、GSは元売販売店などである。地方ブルジョアは瓦解したのであります。
    資本主義は政治的支配層の経済的基盤を取り込むことによって着実に成功を収めていった。がシュンペーターが云うイノベーションを怠り新たなる資本によって駆逐された。
    「農民に初期自由主義のあらゆる祝福===自由な保護なき農業経営と、自分自身の首を吊るに入用な個人主義という綱、を押し付けた」
    これが初期で資本主義の暴走は止まらない。グローバル化や新自由主義的市場経済は内部からそれまでの資本主義を崩壊していった。
    崩壊させられたのは国内的にいえば地方資本であり市民でいうと地方ブルジョアジーである。もはや日本もそんな現状で地方経済の沈没は火を見るより明らかである。
    この辺のことを踏まえないと、地方行政が何をやろうと巨大な新資本にはなす術もなく潰されてしまう。

  • まつをのコメント
    シュンペーターの説明、皆さんに分かりやすいように補足してみます。最初にお断りしておきますが、シュンペーターはコミュニストではありません。国際経済学会会長を勤めた人物です。
    シュンペーターはこう言います。資本主義は自然と社会主義になっていく。革命でではなく自然に社会主義に変わると。
    資本主義というのはエンジンのようなものです。いつも回っていなければなりません。大量生産のエンジンです。このエンジンの燃料は、新しい製品だったり、新しい生産方法だったり輸送法だったり、新しい市場だったりします。こんなことが次々に起こって資本主義エンジンは回り続けます。
    ですから、ちょうど自転車に乗っている人が止まれば倒れるように、企業はただひたすら稼ぎ、技術革新をし続けます。そのためにはより多くのお金が必要になります。
    ですから企業は独占を進めます。こうして大企業の時代になります。ところが企業が大型化すると、そこの重役たちは官僚機構の中で働く者のような心情になっていきます。「自分の」工場、「自分の」企業という感覚が薄れていき、社会化していきます。ヤリ手のオヤジから、委員会・官僚のようなものに決定機関が移っていきます。
    資本主義というエンジンは資本主事的な感覚や活動を狭め、ついには社会主義的なものへと移り変わっていきます。こうして自然と社会主義が現れます。
    資本主義は若いころ放蕩をつくしたあげく、寝込んでしまった巨大な老人のようになります。エンジンがゆっくりと回る静かな時代がやってきます。ちょうど西洋史でいうと、中世のような時代がやってきます。

  • 大閑道人さんのコメント
    ううむ……。昨日の朝日新聞に、ケインズが解説されていました。「資本主義に成長は必要か」という記事です。
    ------
    資本主義に「成長」は必要か アベノミクスに踊る前に
    「アベノミクス」で、世間が踊っている。企業が活動しやすいように規制緩和を進める成長戦略などの3本柱を掲げた安倍政権に、株式市場は活性化。アベノミクスを扱った本もヒットする。だが、メディアであまり論じられない疑問も残されている。いわく、資本主義社会に、〈成長〉は必要不可欠なものなのか?……
    ------

  • まつをのコメント
    朝日新聞の問いが間違っている。シュンペーターはそういうでしょう。資本主義に成長が必要か、否かではない。資本主義というエンジンは常にふかし続ける特性がある、と。

  • 大閑道人さんのコメント
    ああ、なるほど! 中途半端な理解をしていると、朝日の記事をすんなりと認めてしまいますね!

  • 散人さんのコメント
    飲んで帰ると花盛り。
    シュンペーターが云うのは「資本主義」は寡占が目的であるということです。
    成長が必要か否かは国内的問題であって、現下の資本主義は国家なんて相手にはしてないですよ。
    もう政治(国家的)は新資本主義に蹂躙に前には体をなしていない。国家解体が現前に来てる訳でして、そんな大げさなという人が多数と思うけど、TPPの理念にしろ「米(こめ)は日本の国体」という理念を解体しています。
    成長しなければ例えば、今医療と介護で47兆円、我々団塊の世代が後期高齢の75歳を迎える2025年には87兆円という試算が国から出ています。否が応でも成長しなければならないのであります。
    これは資本主義の持つ「フェテシズム」であります。当初は物品への「フェチ」でありましたが今は長生き「フェチ」になってしまい、コストがかかります。長生きフェチは脱宗教であります。資本主義は「政治」も「宗教」も蹴散らして今日の姿になったのであります。

  • 捨老さんのコメント
    おもしろいですね。
    完全競争などと絵に描いたボタモチよりも不鮮明な理論図式をもって、たとえ寡占の邪悪な渦が世界を飲み込もうとも それもやがては霧散する闇は訪れる。経済学などと言うものはよく言えば審美学なのかも知れないが、その実 予測不能のアクシデントと死や戦争さえも咥え込む博奕で成り立つ暗い闇を核としており、予想屋とさほど変わらない学問なのである。そこにはイカ様も蠢くのです。過去死滅した夥しい経済理論を一瞥すれば自明のこと。どのようにしかつめらしい理論であろうと 経済流動の端緒さえ鮮明な定式で解き明かした学説もないのと同じく 未来を予測しうる理論が生まれようはずもない。博奕ならば 当分は胴元が稼ぐに決まっているが、それもいつまで続くことやら。
    酒場の会話に似合うのかも知れないが どうか喧嘩のないように(笑)。同じく酔ってます(^_^)v

  • 捨老さんのコメント
    創りたくないものは造らない 売りたくないものは売らない。
    買いたくないものは買わない やりたくない仕事はしない。
    このきわめてシンプルな原則を忘れることで資本主義地獄は成り立っている。
    創りたいものがある 売りたくなるものがある。
    買いたくなるものがある やりたい仕事がある。
    と言う 気持ちの良い世界があったはずである(笑)。



  • 2013_02_21
    2050年までになくなるもの、先細りになるもの
    「Bar指のつけ根」の話題に聞き耳を。
    絶滅タイムラインプロジェクトというのがあります。いまある何が、2050年以前に消えるでしょうか? あるサイトではこのように予想していました。
    ------
    2009:繕い物
    2014:迷子
    2016:退職
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    2050年を越えて:見にくい容姿、国民国家、死
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  • 2013_02_22
    春の気配
    温度は上がらないものの、日の光が春の気配を含み始めました。写真は朝、わが家に差し込む外光。写りこんでいるのは愛用の加湿器

    ポン酢は手作りの方がうまいと最近気付きました。体重が減少してから、なぜかポン酢が好きになってよく使います。手づくりができないかと検索したら、出てくる出てくる。つくってみると、これがおいしい。私の場合は、乾し柚子を漬け込んでつくっています。
    写真はポン酢を入れているドレッシングボトル。漬け込んだものを後で取り出すのにとても便利です。

    最近購入したものといえばイーゼル。意外かもしれませんが生まれてはじめてのマイイーゼルです。油絵セットを贈られたのが中一のとき。それから50年の月日を経てやっと手元に入った感慨があります。ぼちぼちとまた絵を描こうと思います。モデル募集。メイルミーです。




  • 2013_02_23
    緑を描く日本のアニメーション
    びっくりしますよね。時々、この分野の情報に触れると、才能のきらめきに驚かされます。


    文学のかおりもさることながら、絵の質の高さ。その根(こん)の詰め方にめまいを覚えます。わが国はアメリカほどは巨大資本が映画周辺に集結できないので、こうした分野に才能が集まっていますね。
    緑を描いたと言えば『借りぐらしのアリエッティ』も美しかったですよね。ディズニーでもピクサーでもないオリジナリティを生み続ける日本のクリエイターに拍手。


    この映画で出てくる場所のモデル、盛美園はここをクリック
    わが家のベランダの寄せ植え。エリカカルーナの育て方があと一歩分かりません。




  • 2013_02_23
    クリムト ウィーン分離派
    長崎県美術館でクリムトとその時代の芸術家達をあつかった展覧会があってます。観てきました。お勧めです。
    「困ったらクリムトのところに行け」 当時のウィーンの娼婦達の間で言い交わされていた言葉。彼のアトリエには複数の女性達がわずかな報酬を求めたむろしていたといいます。

    あそこまでの意匠を施した上で絵画作品として成立していることは驚くべきこと。下は恥ずかしながら影響を受けていた私の学生時代の作品。

    今回の展示会は少ない元手をどうにか活かして入場者に当時の時代を観せるキュレーターの苦労が見られるものでした。ヨーロッパ文化のご本家がパリではなくウィーンだとつくづく分かります。ハプスブルク家のアカデミズムと、新興ブルジョアジーに支持された分離派の激しい相克。宝飾品の素晴らしさはパリのものより一層洗練されています。それらに決定的な影響を与えているのが日本の美術であること。何度も書きますが、近代アートの発火点はわが国です。


    パリの洗濯船、つまりピカソやモジリアニが棲み、多くの若い芸術家が出入りした安アパートの隆盛が20世紀初期ですから、ウィーンのクリムトが別荘で遊んだ晩年と時代がかぶります。両者の絵の質の違いを象徴的に表すことがらですね。クリムト、マーラー、シェーンベルク。享楽と前衛の爛熟した文化がウィーンを満たしていました(この時代の人間関係を知りたかったらアルマ=マーラーをチェック)。
    1918年クリムト没。翌1919年世界で始めて社会権を規定したドイツ・ワイマール憲法成立。これを激しく批判しヒトラーは政権の基盤を固めていきます。文化の爛熟と国家の瓦解を考えさせられる史実。





  • 2013_02_25
    銅座川 暗きょ撤去へ

    本日の長崎新聞のトップ紙面。ついに表に出てきました。記事はこちらで読むことができます。このテーマを詳しく知るには、昨年記していた当サイトの下ページをご覧ください。
    ●銅座界隈
    暗きょから記事は始まります。長崎の盛り場を昼間歩きレポートしています。
    ●思案橋界隈
    長崎最大の盛り場 思案橋の国道沿いが暗きょ上にあることを記しています。あまり語られることのない歴史を迷路を歩きながら解説しています。



  • 2013_02_28
    PM2.5を天気予報で
    喉がムズムズします。「中国から汚濁大気がやってくる」と1月に掲載していたPM2.5。さらに春になりますとオキシダントが上昇してもっと被害が広まるでしょう。
    測定状況広報サイト「そらまめくん」はアクセスが殺到し障害が発生したりしている状況のようです。これらをTVやラジオの天気予報コーナーで伝えてもらえないでしょうか。混乱は緩和されると思います。よろしくご検討お願いします。

     

     

     

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    Plofile まつを


    デザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」。↓これは私の作品たち。

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。