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2021年11月



2021_11_30

パリッシュ・ブルー

夕暮れ


自宅の窓から見たパリッシュ・ブルーの空。昨日の夕暮れです。


マックスフィールド・パリッシュは20世紀のアメリカのイラストレーションの黄金時代を支えた画家・イラストレーター。高校時代の私に鮮烈な印象を残した作家です。彼の描くハレーション的青はパリッシュ・ブルーと呼ばれています。


長崎の夜景が広がっています。中央に見えている影が私のワークデスク。照明を落としiPhoneのナイトモードで撮影。11月も今日で終わりですね。

昨日、Webサイト用コピーのお仕事をさせていただきました。「大変気に入りました」というお言葉。ありがたい限りです。Wherebyを使ったリモートによる打ち合わせ。クライアント様はご自分でサイトをおつくりになられる力のある方で、テキスト作成のご依頼でした。こんなコラボ的仕事も楽しい限りです。

 

2021_11_29

One Of These Days

ピンクフロイド

若者にこの曲はどう映るんでしょう。ささるかな?

ピンクフロイドのOne Of These Days。邦題は「吹けよ風、呼べよ嵐」って言います。当時のプログレシブ・ロックのタイトルってこんな大仰しいのが多くって、笑っちまいますが、曲は今聴いてもグッときます。

ポンペイ・ライブのリベンジ

演奏は後期ピンクフロイドの主要メンバー デヴィッド・ギルモアの2016年ポンペイ・ライブ版。世界遺産ポンペイ円形闘技場で、ほとんどピンクフロイド時代の曲をプレイしています。

実はピンクフロイドはこの45年前にもポンペイ・ライブやっててこれが散々なもの。ギルモアはそのリベンジでやりたかったのかもしれません。ですからピンクフロイドメンバー以外とプレイし、ローディも分厚い体制でやってます。

グッときます。あ、ギルモアはこの動画ではスティール・ギターをプレイしている人ね。

売れたけどヘタクソなドラマー世界一

45年前のポンペイ・ライブは映画『ピンク・フロイド ライヴ・アット・ポンペイ』として残っています。これを当時NHKが番組「ヤング・ミュージック・ショー」で放映しました。本当にひどい演奏です。ピンクフロイドはプレイヤーとしてギルモア以外は3流。おまけに当時の薄い機材でやってるので散々でした。

どれだけひどいかはドラマー ニック・メイスンに焦点を当てると分かりやすいでしょう。下のリンクした動画で、One Of These Daysを演奏してます。センスがなくリズムずれるわ、入り間違うわ、ワンパターンだわの歴史的ズタボロ演奏です。

クリエイター系に多いプログレオヤジ

若い頃プログレフアンだったプログレオヤジは、デザイナーなどクリエイター系に多いんです。

「ビートルズよりプログレッシブロックさ」って思ってるんですが、普段は語らない。プログレとはなんぞやから説明しなくっちゃいけないからね。ですから相手がプログレフアンだと分かると、一気に場が盛り上がるというのもプログレオヤジのあるある。

プログレ紹介

基礎基本だけ。プログレッシブロックの代表的バンドは、ピンクフロイド、ELP、キングクリムゾン。そして恐竜が鳥類に進化して現代に至ったようにクィーンもなんですけどね。

この記事を書いたことで久々のプログレ祭になりました。音量を上げ様々なYoutube動画を聴きまくり。次の三つは三大プログレバンドのオススメです。いやあ、すごい。

     Youtube ピンクフロイド
    ピンク・フロイドのトリビュート・バンド、ブリット・フロイドのコンサート。再現度に驚きます。デヴィッド・ギルモアも観客としてコンサートに来ていたというぐらい。リードギターの有名フレーズ奏法もよく分かってマニア必須。

     Youtube ELP
    エマーソンのみ本人。すっさまじいノリ。画像のいい最近のトリビュートプレイをご紹介しようと思いましたが、エマーソンのノリは他者じゃ補充できるものではありません。

     Youtube キングクリムゾン
    ロバート・フリップがエピタフをやってくれてます。

 

2021_11_28

家飲み

プレゼント


誕生日に娘と息子がそれぞれ酒のツマミのプレゼントを贈ってくれました。ありがとう。家飲みのつまみにしますね。

家飲みのつまみ

今は夫婦二人だけの生活になりましたので、わが家の夕食は酒のつまみ的メニュー。


基本的にポテトサラダやマカロニサラダがあれば、私はニコニコ。


家人もまあよくバリエーションあるなと感心するほど様々に出してくれます。「クックパッドさんのおかげです」というのが家人の口癖。


これはエタリのバジルオリーブオイル漬け。機械屋さんに買ってきてもらった食材を私が手料理。

家飲みは楽しい

今から13年前まであれだけ外飲み専門だった私も激変。


家飲みは自分の好きなようにやれて楽しい。

第一に上記のように好みのツマミが揃う。第二に好きなBGMやTVで飲め、好きな照明下で飲める。全体照明ではなくってスポット照明が断然落ち着きます。第三にそのまま眠れる。そう、これ大きい。もちろんコロナに気を使う必要なし。で、友人と話したくなったら、今の時代はネット飲みができます。

もちろん、たとえば受験生がいらっしゃるご家庭では無理なこと。子どもさんたちが育ちあがってくれた暁には、こんな楽しみが待ってますよ。

久々に部屋の写真撮りましたが、ホント写真ってウソつき(笑)。わが家はDIYの塊のような極小住宅です。

玉屋のサンドウィッチ

閑話休題。娘と昨日lineで話していた中で、「今は長崎市内で玉屋のサンドウィッチ買えるとこないみたい」という話題に。
あれって私の好物。佐世保に住んでいた私にとって、あれを食べることは贅沢の一つでした。ほら、腹いっぱい食べたい若い頃に、あの少量のサンドウィッチを選択するってね。
そんな玉屋のサンドウィッチが長崎市内で買えない。本当かなぁ。

 

2021_11_27

トルコライスの聖地

サテンドール


長崎の名物料理トルコライスで名が知れ渡っているのはツル茶んですが、今日はサテンドールを紹介します。 場所は長崎市三原3丁目497-2。


ドライカレートルコ、エビピラフトルコ、タカナライストルコ、唐揚げトルコ、いずれも850円。 写真では伝わりづらいかもしれないんですが量が多いんです。写りこんだスプーンのサイズをご覧いただくと分かるかな。あ、こちらのページが伝わりやすいかも↓。

訪ねた時、強者がいました。彼は上写真の盛りよりもさらに大きなプレート、それはお盆のようなプレートにこんもりと盛られたトルコライスを食していました。大盛は+100円。

発作

数年に一度、発作的に食べたくなり駆け込みます。炭水化物中毒かもしれない。懺悔します。

駐車場


この店に初めて行かれる方は、駐車場を迷われる可能性大ですので案内しておきます。上写真の向かって右がサテンドール。電気店をはさんだ左側の高まった頃に駐車場は設けられています。 なお、営業時間は月〜土、11:00〜15:00、18:00~22:00 (LO.20:00)。

この店の地下秘密


地下深くに掘られた長﨑バイパスと新幹線のトンネルはこの店の下でクロスしています。

トルコライスの語源


元祖トルコライスを自認される店「ツル茶ん」のダンディなご高齢の前店主さんからこんなお話を聞きました。今から13年前、ツル茶ん2階にある喫茶室での取材の場でのことです。

「東西の料理が一皿に乗って異文化が重なり合うトルコのようだからってよくいうでしょう? あれは違います。私たちが若い頃あった喫茶店に「トルコ」っていうのがあって、たぶんあれが長崎初期の喫茶店じゃないかな。そこで出てた料理をトルコライスって言ってたんですよ。当時は「トルコ」って語彙がオシャレだった。最近で言えば、プロバンスなんかがオシャレな感じなのと一緒ね。で、その名前が付いたトルコという喫茶店で出されていたのがトルコライス」

写真はお話しいただいた前ご主人と、喫茶トルコのマッチ。貴重な証言でしたので掲載しておきます。

 

2021_11_26

仮眠のつもりが

帰郷


これもまた昨日書いた港町で下宿生活をしていた頃の話。

金曜日の夜遅く、私は仕事を終えて帰郷の途につきました。
運転していたのですが、どうにも眠い。「これはいけない」と仮眠をすることに。田舎の道は車幅が細く、道路沿いに車を寄せることができる場所をやっと探し当て、しばらく仮眠に入りました。

気付くと朝でした。爆睡してしまったようです。多くの人の気配。
私が車を止めていたのはバス停でした。バスを待つ人たちは珍しいものを見るように車中の私を覗き込んでいました。

 

2021_11_25

真夜中の全裸男

この季節になると思い出す奇怪な思い出。

下宿に響き渡る大声


独身時代、小さな港町で下宿生活をしていたことがあります。警察官から会社員まで様々な職種の人が、1人4畳半の個室に10人ほど住んでました。年齢も様々。朝夕の食事付きで、食堂ではにこやかな会話も楽しんでいました。

ある冬の深夜、私は廊下の洗面所で歯磨きを済ませると床に。ウトウトし始めた時、あいつはやって来ました。
「あんた、誰ねっ!!」
下宿に響き渡る大声。飛び起きて廊下に出ると、住人の一人が洗面所の窓外を睨んでいる。視線の先にあったのは突き出された腕。
どうした、どうした。みんなが集まって来て外をのぞく。そこには、凍てついた空の下、全裸男の姿がありました。彼は頭から水を被ってズブ濡れになりそこに立っていました。
「わっ!」と皆の衆。

「ここはどこ?……」

「ここはどこ?……」と男は細い声を絞り出す。
なんだ、なんだ!
この男、UFOにでも拉致されて来たんか?
「けっ、警察には言わないで……」と男。
「警察には言わん!」と怒鳴る住民の警察官。

諸々あってその場が落ち着くと、その夜はプロである彼に任せて住人は各部屋に引き上げました。

顛末

翌日、食堂に降りていくと事の顛末報告。
「彼は潜水夫でした」
「潜水夫?」
「そう、潜水用具を装着して海中で作業をする仕事ね。彼らは依頼を受け全国各地に出かける。昨夜の彼もそう。だからこの地に疎かった」
「ほう、だからズブ濡れになっていた?」
「それは違う。知らぬ地に着任して飲みに出たんだね。したたかに飲んだ彼はヘケべれになって、暗い帰路で灯りがついていたこの下宿の洗面所にフラフラと吸い寄せられるように来たみたい。で途中、塩ビの水道管につかまってこれを壊し、全身に水を浴びた。凍えた彼は服を脱ぎ、助けを求めて洗面所の窓を叩いたというわけ」

一同、ほーう。

同日男は上司に同伴され謝罪に現れたと聞きました。真冬に全裸でズブ濡れの男を見たのは後にも先にもあの時だけ。

 

2021_11_24

年金は元をとれる

70歳代半ばまで生きてれば元をとる

松永氏との会話。
まつを「年金を払ってきてるけど、元とるのかな?」
松永氏「とります(キッパリ)。70歳代半ばまで生きてれば元をとるんです。自分で計算すれば分かることじゃないですか。計算しないから思い違いするわけで」

以下、計算。

国民年金について

国民年金の保険料はいくら?……月額16,610円 物価スライドするので基本保険料は月額16,900円。払込期間は40年(480か月)なので月額16,900円×480か月=8,112,000円を私たちは支払う。
一方、年間支給額は780,900円。
ということで自分の払込額を取り戻すのは、8,112,000円÷780,900円=10.388=10年5か月。国民年金支給開始は65歳だから、現制度ならば75歳5か月で元をとる。

厚生年金について

ねんきん定期便に今までの支払った額と、支払われる額が記載されているので、これから計算すれば元をとる年齢が分かる。今支給を受けようとしている人たちの場合は77歳前後で元をとるという報告もある。

 

2021_11_23

ベッドを解体し捨てる

知らない世界と出会えました。大人の社会科見学。楽しかったな。現代文明を俯瞰して見ることができました。島原市の場合を見ていきますね。

解体する


先日里山カバノンのロフトに置いていたベッドを不衛生になったので解体しました。「マットレスなど可燃・不燃が混ざったものは、事前に分別してください」と島原市の粗大ゴミ処分サイトにあります。カッターの入れ具合でペロンとさばけて1時間半。マグロの解体もこんな感じか? ベッドは燃えるゴミ2袋分とスプリングに。

軽トラに積む


散人さんところの軽トラをお借りしました。「農道のポルシェ」と称えられるよく働く名車。解体した燃えるゴミとスプリングを乗せ、さあ、まだ未体験の施設に出かけるぜ。島原市はさばけていて搬入券不要で直接施設へ。

燃えるゴミ


はいここが浜辺にある施設「東部リレーセンター」。SF映画に出てきそうな風景。無人。「おいおい、どうやりゃいいの? 受付はどこ?」と普通思うでしょ? いきなりこの坂を上るのはねぇ。

近くを通りかかった人にきくと、受付なしで上っていくんだと。左側の坂にある停止バーまで上って行き、ボタンとカードで受付。初めての人は「これでいいんかい?」状態になると思う。弧を描いて上がっていって初めて人間を見ます。ホント映画『未来世紀ブラジル』みたい。


これは帰りのボタンコーナー。上っていく時と下ってきた時に車ごと重さが測られ廃棄物重量を算出。料金をここに投入します。私の場合200円でした。

それから肝心な話なんですが「ここは燃えないゴミは受け取らんよ」とスプリングを断られました。「え!」。確かにサイトをよく読むとこの施設でないことが書かれています。理解してなかった私が悪い。説明サイトのレイアウトもどうにかしてほしいなあ。


燃えるゴミは浜辺の東部リレーセンター、燃えないゴミは山間部の島原リサイクルプラント。結構離れています。

燃えないゴミ


尋ね尋ねてえっちら登り、島原リサイクルプラントにやってきました。こんな施設があったなんて。周辺に家屋がない山林部です。重量を前後に計測するのは前施設と同じ。こちらは対人で受付。料金は無料でした。


親切な案内で奥に進みます。すると燃えないゴミの種類別に廃棄コーナーが設けてあって、ベッドスプリングは金属コーナーに降ろしました。
家庭や工場から出された金属や陶磁器・ガラス、炊飯器などの家電などの廃棄物が最終的に行きつく所です。文明を象徴する一つの姿がここにあります。私たちが享受している快適な生活を裏支えしてくれている風景。しみじみ。心に染みる場所でした。

思わぬ社会科見学ができて楽しい体験でした。以上の処理を解体からなにから業者に任せると5,000円ぐらいかかります。やってみて確かにそのくらいほしい作業ではあります(笑)。軽トラを貸していただいた散人さんに重ねてお礼申し上げます。

 

2021_11_22

深紅のガマズミ


島原 旭亭のガマズミ。深紅の実を付けました。

 

2021_11_20

イタリアンバル レ アーリ


長崎市浜口町。深紅のドアのイタリアンバル。夫婦で外食に出かけたのは2年ぶりかな。コロナ新規感染者0が続いた週の金曜日。


店内はカウンターのみ。いさぎいいですね。落ち着きます。カラーコーディネイトも統一され遊び心が刺激されます。バルということでワイン1本入れて料理は気ままにフリーでオーダーさせていただきました。コース2人分ですと飲めないんですよね。


前菜盛合せ


鮮魚のカルパッチョ


牛肉のワイン煮


チーズたっぷりパスタ


ドルチェミスト(盛合せ)


 

2021_11_19

天才たちのライフスタイル


クリエイティブな天才たちがどんな生活をしていたのか。それを示した表です。

少しだけ点描。

バルザックのライフスタイルは破格です。大食いと女性遍歴で知らるバルザックは夕方6時には寝て真夜中1時に起床。1日50杯のコーヒーを飲み天才的文筆力を長時間にわたってふるい、執筆が終わると社交界に顔を出すという生活。

一方、村上春樹は健康的な生活を送っていることで知られています。午前中に執筆し、かつては1日60本であった喫煙を絶って、午後からジョギング等を習慣としています。

カントは規則正しい生活を送っていたことで有名。彼が散歩する姿を見て、周辺の人は時計の狂いを直していたといいます。

ベートーベンも朝創作するタイプで、豆を60粒自分で数えコーヒーを淹れ飲んでました。大の酒好きでもあります。

モーツアルトはショートスリーパーだったって表を見れば分かりますね。他にレオナルド・ダ・ヴィンチやエジソンもショートスリーパーです。逆にロングスリーパーとして有名なのはアインシュタイン。

人間的にはいい人だったカフカですが、不眠症に悩まされていました。

エロおやじピカソは、比較的今の作家たちに近いですね。

 

2021_11_18

本棚を白くペイント

白い光景


早朝の光を受けた私の部屋。リビングダイニングから見たショット。現在、壁面側の白色化進行中です。

起床時の色彩構成がいやで


元々、壁面側に本棚はありませんでした。先日、窓側からこちらに移動。 以後、毎朝起床する私の視界に写るのは、白いベッド越しの木調の本棚。ここにこれだけ大きな面積の木調はいけません。室内色彩の分散化は避けねば。木調は窓際に集め色彩の塊を構成します。本棚は白い色彩に変更ペイントします。

本棚をペイントする


本棚をペイントと一言で言いますが、これが大変。デカいし重いし、複数の重ね塗りで1週間ぐらいかかりました。写真はローラー塗装前の、エッジ部分の刷毛によるペイント。塗料はカンペ 水性シリコン多用途塗料 ハピオセレクト オフホワイト 0.7L 2,500円


完成。室内に取り入れてからも、臭いかとれるまで1週間ほど窓を開け放っていました。

 

2021_11_17

夢をみていた


夢をみていました。今は真夜中の2時半。それほど夢を見る方ではありません。写真は起きた時の私の視界。

小浜

小浜の古い旅館に泊まっていました。構造が複雑で部屋に帰れなくなるようなやつ。ウロついていると裏路地に出て、小さなヒノキ風呂にかけ流しの温泉が満たされていて、そこに浸かりました。

氷のはった露天風呂

見やると路地を少し進んだ所に公衆露天風呂がありましたので行ってみると、地域の人たちで賑わっていました。入ろうとすると10㎝ぐらいの氷が張っていました。手をつけると氷はざらざらと砕けて、これをかき分け温泉を楽しみました。

点在するドルメン

車で出かけました。「小浜にもこんなところがあったんだね」とか言いながら、海を眺めつつ小高い丘に登っていくとドルメンが点在していました。イエスのアルバムジャケットを描いていたロジャー・ディーンの作品のような風景。ドルメンの一つは巨大な坂本龍一の顔のようでした。


ごめん。今回はこんなとりとめもない話題に付き合わせちゃって。ここまで読んでくれてありがとう。

 

2021_11_16

オランダだより
DEPOT

世界の美術界から注目を集めていたオランダのDEPOT(デポ)! いよいよオープンしました。

グッドマンさんによるリポート

DEPOTは美術館の保管倉庫


このほどオープンした「デポ」に行ってきました。
ここは隣接する現在補修中のボイマンス・ファン・ベウニンゲン美術館の保管倉庫にあたります。ボイマンスでは,現在所有する全作品の10%程度のみが美術館に展示可能ということで,残りはこのデポで保管されています。

見ることができる保管作品


一般の人は見ることができなかったものが,ここで公開されています。外側は鏡張りで,周りの景色を巻き込み圧倒的な存在感を示しています。また,建物内部の中心部分は大きな吹き抜けになっており,写真のように至る所がガラス張りになっていて,作品が見えるようになっています。


どのような状態で作品が保管されているのかもじっくりと見ることができます。こういった試みは世界初とのことです。

まつをのコメント

作品はみんなのもの

グッドマンさん、ガンガン作品を写真撮影されてますね。撮影可。ヨーロッパのスタンダードになってます。
公立美術館の収蔵作品はみんなのもの。この考えが徹底されているのがDEPOT。素晴らしい。公共のもの=「お上のもの」ではありません。

美術品は有名なほど価値は上がる

美術品はその名が知れ渡れば知れ渡るほど評価が上がり、作者も所有する美術館の評価も上がります。教科書で見知った美術品あるいはその作者の作品は天文学的な額になっていることは皆さんご存じのとおり。

所蔵作品を奥直しする対応は、作者を世間から忘却させる行為ともいえます。たとえば長崎県美術館は鴨居玲の素晴らしい作品を所蔵し奥直ししていますが、これは作品価値を下落させることに繋がると心配しています。

撮影禁止の口実の奇妙さ

写真撮影を禁じる口実に使われるポイントは次のとおり。上記のことを考慮してもおかしいですよね。

  • フラッシュから美術品の保護……掲示と監視スタッフで対応すればいい。
  • 他館から寄託された美術品……撮影禁止の部屋・コーナーを設ければよい。
  • 所有権と著作権について……美術品の著作権は70年。美術館が持つ所有権と作者が持つ著作権とは別物。そこで美術館は70年未満の作品について、収蔵する際に作者に写真撮影の許諾を取っておく必要がある。前述のとおり、美術品はその名が知れ渡れば知れ渡るほど作者の評価が上がり、所有する美術館の評価も上がる認識を前提とした交渉となる。

    散人さんのコメント

    南島原市のアートビレッジ・シラキノ

    アートにおける日本と欧州のスタンスの違いが話題になってますが、本日の長崎新聞に自治体がこれ以上芸術に支援出来ないという件の話題が載っていた。

    南島原市のアートビレッジ・シラキノである。市側は開設以来毎年千万円単位で補助してきたが、この程市議会で「身の丈にあった予算配分を」と削減を示唆し、アートビレッジ側は「20年30年先の文化振興を」と今までどうりの予算を要求して対立しているそうだ。議会はまた「何しているのか地域の人でさえ知らない」とも言っている。

    以下散人感想。
    どっちもどっち。市は「わかり易い、例えば漫画みたいなものを欲してたのか?」、ビレッジ側は「一千万円も補助があるから好き勝手にするもんね」だろう。基本行政がアートは触らんほうがいい。愛知博の件もある。芸術表現は毒を内在している。いつ毒吐くか分からんのだ。
    アートは個人が買うべきだ。私は微力ながら実践している。誰にも文句は言わせない。私の勝手であります。

    岩永嘉人さんのコメント

    開かれた美術館に

    「まつをのコメント」 その通りだと私も思います。

    美術館には、作品だけでなく美術関係の書籍もあります。作品がみんなのものであると同時に美術書もみんなのものです。福岡県美には司書が常駐する図書室があります。長崎県美術館にも図書館機能を持たせて欲しいと思います。美術書を公開・貸し出しすることを公にすると、美術研究者や美術愛好家は活用するはずです。

    アートビレッジ・シラキノの価値は池田俊彦さんにある

    アートビレッジ・シラキノの価値は銅版画家でエデュケーターの池田俊彦さんにあると言っても過言ではありません。コロナ後を見据え、行政と池田さん、地域住民が話し合うことです。行政には池田さんと地域住民をつなぐアートマネージャーがいるのです。

     

    2021_11_15

    写真家とシャーマン的能力

    Twitter上でのやり取り

    雲海的雲がたなびいてます。長崎市。


    こんなツイートをアップしました。昨日9時半の状態の写真です。

    するとある方から「こんな写真を撮りたいですね(拍手)」とコメントを頂き、これに「どもどもども。今、もう消えちゃった」と。

    偉大な写真家が持つシャーマンのように必要なものを呼ぶ能力


    このやり取りで偉大な写真家 東松照明さんについてのエピソードを思い出しました。長崎新聞に記事「追悼 東松照明さん」を寄稿した写真家の濱本政春さんそしてTVマン山本正興さんと飲んでいた時のこと。

    その記事で、東松さんが写真を撮ろうとすると、不思議なことにベストショットになるように物事が揃っていたということが書かれていました。 確か山本さんからもその話を聴いたことがありました。「まるでシャーマンのように必要なものを呼ぶ能力が、東松さんにはあった。優れた写真家はそんなもんなのでしょうね」と。

     

    2021_11_14

    ドローイング

    筆ペン・ドローイング


    本棚を整理してたらクロッキーブックが出てきて、こんなドローイングがありました。いつ頃のものだろう。

    多分これって金属彫刻家の田邉朗さんを飲みながら描いたんじゃないかな。使っているのは筆ペン。飲みながらですからグシャグシャって早描きしてますね。

    この手のドローイングは家のあちこちに潜り込んでるんですが、創作アイデアなんかとゴッチャに同じページにあったりするんで整理できないでいます。

    ダリ


    長崎県美術館のダリのブロンズ作品『ガラのニュートン』。

    相棒ジルと楽しむ長崎水辺の森公園の散歩コースの一環に立ってるんですよね。こんな寒い日に出会うと「アンタも裸で大変ね。肩ガッチガチや。凝るでえ、明日」って、そんな所感。

     

    2021_11_13

    ジャズ


    ロフトテイスト

    ロフトテイストで撮影したわが家のリビングダイニング。
    ジャズでも流したくなります。

    ブルーノート福岡

    私たち夫婦が新婚旅行最初の訪問地として選んだのがブルーノート福岡でした。被り付きの席で日野照正のトランペットを堪能した思い出のジャズライブクラブ。

    雲仙岳噴火災害の只中ということもあって結婚式の2次会はできず、式後すぐに福岡に飛びました。宿泊はできたばかりのデザインホテル イル・パラッツォ。ここに荷を置いてブルーノート福岡に。ライブを堪能した後、当時イル・パラッツォにあった複数のデザイナーが各々手がけたバー巡り。懐かしい思い出です。

    手掛けたジャズの曲

    自作曲。ピアノトリオです。このあたりの曲を作り始めた頃「もう手引きの多重録音では無理」と打ち込みへ移行しました。

     

    2021_11_12

    伊王島灯台


    ダークシー

    島国日本に設置されている灯台は現在3,000を超えます。江戸末期、日本にやって来た諸外国は日本近海を「ダークシー」と呼び恐れていました。暗礁が多い上に暗かったからです。

    1866年、幕府は4カ国(米・英・仏・蘭)と江戸条約を締結。8つの灯台を設置することとなりました。伊王島灯台はこの一つで、九州に唯一設置されたもの。長崎に灯台が設置された理由はオランダの要望によります。やっぱりね。

    設計は高給取りブラントン

    伊王島灯台は1870年に完成、翌年から本点灯されました。設計は「日本の灯台の父」と讃えられているリチャード・ヘンリー・ブラントン。
    彼が「お雇い外人」として来日したのは1868年。ちょうど明治新政府へと切り替えの大混乱の時期ですから大変だったことでしょう。彼は当時のことを著書として記していますが、日本人はゆるいわ、プライドは高いわ、政府役人が口出すわで苦労したようです。

    お雇い外人は高給をもって招聘されていることは有名です。どのくらいの高給だったかといいますと、1871年の右大臣 岩倉具視が600円であったのに対しブラントンは最高月俸500円。ね、すごい高給でしょう。ただし、お雇い外人の中には無茶苦茶な者もいたそうなんですが、ブラントンは几帳面で実直な人物だったと伝えられています。多くの功績を残し、一般的には2-3年契約で雇われるところを彼は更新され1876年まで日本に滞在しました。

    撮影へ


    この日は早朝開けやらぬ頃に相棒ジルと出かけ、カメラを構えました。晴れわたった空。伊王島灯台が闇の中から徐々にその姿を現し、朝日の清々しい光を受け止めた類ない美しさに魅了された瞬間を撮影。
    背景は向かって左側が朝日が昇ってきた長崎湾、右側が豊かな日本海。現場に出向きますと、伊王島灯台が150年に渡り担ってきた役割の大切さを改めて実感しました。

    なお撮影現場にはまだ陽が昇らぬうちに到着したのですが、闇の中の駐車場に車が。人里離れたこんな所に。嫌な予感。灯台の袂まで進み待機。陽が昇り始め夢中でシャッターを切っていると、海辺から登ってきたカップルが私を発見して「お・おうぅっ!」と声をあげていました。ジルがいてくれてよかった。

    2006年、日本で最後の職員滞在灯台であった長崎県五島市の女島灯台が自動化され、これで日本の灯台はすべて無人のものとなりました。

     

    2021_11_11

    フェイジョアとカフェオレボウル

    ジャムをつくる


    フェイジョアでジャムづくり。果実を半分にカットしてスプーンで中を取り集め砂糖で煮る。簡単です。砂糖を少なめにして、新鮮なうちにいただきます。

    カフェオレボウル


    カフェオレボウルの存在を知ったのは世界的にヒットしたフランス映画『ベティブルー』で。作品中、カップルがカフェオレをこの小さな丼みたいな器で飲むんです。「へえ~、フランスではこんなんで飲むんだ」と。

    ほどなくしてミスタードーナッツがロゴの入ったカフェオレボウルをプレゼントとして発表しました。たぶん『ベティブルー』が影響してたんじゃないかな。ドーナッツ購入ごとに配るチケットを集めてもらうプレゼントグッズでした。

    婚約中だった私と家人はその日諫早駅のミスタードーナッツで、カフェオレボールのデザインの美しさを話題にしながらドーナッツを頬張っていたんです。すると「これどうぞ」と笑いながら隣席の見知らぬ若い女性がチケットを置いていってくださって、今手元にある一品となりました。なんだか不思議な思い出です。

     

    2021_11_10

    炊飯ジャーの時限爆弾

    騒々しい


    わが家のIH炊飯ジャー「タイガー炊きたてJPX-A」。購入時からうるさい作動音で、早朝目が覚めてしまいます。

    さらに今回、表示もだめになりました。買って6年。10万円ぐらいしたのに。

    表示が出ない

    そう、タイマーや炊き方をセットする表示が出なくなりました。取扱説明書を読むと奥の方にこう書いてありました。リチウム電池? なんのこと?

      ・リチウム電池の寿命は、差込プラグを抜いた状態で4~5年です。
      ・リチウム電池の容量がなくなると、自国表示の「0:00」が点減します(以下略)。
      ・リチウム電池は、ご自身で交換はできません。新しいリチウム電池の交換は有償となりますので、お買い上げの販売店、またはタイガーお客様ご相談窓口まで修理をご依頼ください。

    ネットで調べてみますと、炊飯ジャーの表示板は内部に固定されたリチウム電池で作動していて、交換は素人では無理な設計になっているとのこと。そんな説明は受けてませんし、一般に認知もされていません。取扱説明書の長い文章の中に隠れるように書かれていてもね。時限爆弾、発動。

    修理には6~9,000円ぐらいかかりだいぶ待たされるようです。自分で交換をしている人もいらっしゃいましたが、これは友人のthomさんレベルじゃないと歯が立たないみたい。

    ネット上に溢れる批判

    この電池の交換はどこのメーカーも修理での対応らしい。業界の姿勢を疑います。実際、ネット上には批判の声があふれています。

    • 何を考えた設計をしているのか。本体底にでも電池蓋付けて、汎用のニッケル水素電池くらいを入れられる様にした方が無難だったろうに。
    • 設計者の意図が理解できません。仮に買い替えを促進させるつもりでしたら、消費者をなめていると思います。
    • メーカーに問い合わせてた回答。「ボタン電池のように簡単に開け閉めして取り替えることができるようにすると、開けた部分に水が入ったり、水蒸気が入って……」。ボタン電池ケースから水の浸入が無いようにする位は別に大したことじゃない。
    • 皆、エコや『地球、環境に優しい』を謳って居るのに、何で炊飯器メーカーは揃ってこんな馬鹿なことをしているか、とても信じられません。

    で、わが家の話し合いの結果、以後は土鍋で炊くということになりました。この炊飯ジャーは廃棄します。

    thomさんのコメント

    電源ケーブルが抜かれた間に、現在時刻や設定の保存を記憶しておくための電池なので、ケーブルを抜かない前提で設計されています。腹立たしいのはよくわかります。

    正直なところ、家電品で何事もなく20年以上稼働し続ける製品を作るとなると、恐らく現在の5~10倍位の価格になると思います。なかなか難しい問題です。

     

    2021_11_09

    オランダだより

    グッドマンさんのコメント

    フォールリンデン美術館


    自宅から車で40分ほどのところにある,フォールリンデン美術館に行ってきました。ピカソとジャコメッティの企画展をやっているということで訪問したのですが,まさかここでこの作品が見られるとは……! あまりの内容の良さにビックリ! そして常設展のほうも作品の魅力はもちろん,その見せ方にセンスを感じました。今まで見たオランダの美術館の中でも,一番と言っていいほど充実した内容でした。


    ピカソ


    ロン・ミュエク


    レアンドロ・エルリッヒ

    まつをのコメント

    収蔵作品を撮影できる美術館。公の美術館の収蔵品はみんなのもの。こうあるべきだよね。

     

    2021_11_08

    DIYリフォームとリートフェルト

    塗装


    陽が昇るのを待ち構えて内窓枠の塗装。カラーはオフホワイト。2mぐらいの長い板柱をせっせと塗ります。早朝の空気が気持ちいい。

    散歩


    重ね塗りのためには4時間待ちます。この間にジルと散歩へ。行程3キロ。キンモクセイの花が敷き詰められた坂を進みます。ジルはいつだってゴキゲン。

    配線リセット


    帰宅して、先日からやりかけていたパソコンの移動作業に。たかが机の右側から左側へ移動させるだけなんですけどね、まあ絡まる絡まる、泣きそうなほどコード類が知恵の輪状態。

    重ね塗りと取り付け

    午後から内窓枠を重ね塗りしてよく乾かします。その後に部屋に取り付け。ふぅ。こうして牛歩の歩み、DIYはよたよたと進みます。今日は大ぶりなパーツでしたので、思った以上に足腰にきたみたい。

    リートフェルト


    余った端材を見ているうちに、頭にリートフェルトの「赤と青のイス」が浮かびました。イスはいいけどさ、デ・ステイル派のような棚を作ってみようかなとか思い始めている私。

    リートフェルトといえば彼の代表作「シュレーダー邸」は2000年に世界遺産に登録されました。この建築はカラクリ屋敷みたいになっていまして、こちらのWebサイトで動画で見ることができますよ。建築好きの人にはオススメサイト。

    グッドマンさんのコメント


    リートフェルトの椅子に,実際に座ったことがあります。座り心地は……。写真はユトレヒトの現代美術館で撮ったものです。


    じだらくさんのコメント


    こんな椅子うちで使ってま~す。パクリかなぁ? 職場のバザーで買いました!

     

    2021_11_07

    フリーランス

    事務局長

    フリーランスになってから一度、「やっていただけませんか」と仕事のお誘いを受けたことがあります。
    職種は県下の某組織事務局長。私ごときにありがたいことです。
    二人に相談しました。
    一人は友人。「まつをさんの今の生活が一番うらやましい」と彼は応えてくれました。もう一人は家人。「フリーランスになった時はどんな思いででしたか?」と。
    私は人に恵まれてます。

    受話器を取って、その職へと声をかけてくださった方にお礼を申し上げ、丁重に辞退させていただきました。Web作成進捗状況と着任時期が合わないという具体的な事柄もありました。

    フリーランスってどんな感じ?


    「フリーランスになった感想は?」と時々尋ねられます。
    「恐竜が鳥類に進化した気持ちが分かるよ。デカい図体を維持するために大量の捕食が必要だった状態を捨て、その身を小型化してどこへでも飛んでいける身軽さを手に入れたんだ」

    鴨長明の『方丈記』の例を待つまでもなく、質素で簡潔な生活に身を置いて、心を自由に遊ばせる生活は大人の捨てがたい夢のライフスタイルの一つ。私はやっとそこに身を浸すことができています。
    ただ子どもを育てている間はしっかりと職に就き巣を守る。これは大人の務めですね。

     

    2021_11_06

    私ができない仕事

    旭亭の剪定


    私の傾向としてプロの仕事にトライしてみたいという傾向がありまして、その一つに剪定も入ります。今日、剪定師に対応してもらっていますが気持ちがいいですね。潔い。迷いなく作業が進んでいきます。
    実際、植物の世界に対応するには深い知識が必要。森を育て初めて四半世紀の私ですが、剪定はまた別の世界。

    私が絶対できないなと思う仕事

    長崎市のバス運転手。
    あの細く曲がりくねった坂道の運転技術は曲芸と呼ぶに値します。山の上のホテルに向かう他県の修学旅行バス運転手が、泣きそうな顔で対応しているのを見ることがあります。分かる、分かるよ。

    狭隘(きょうあい)……せまいこと。

     

    2021_11_05

    DIYと工房ナカシマ

    工房ナカシマにないものはない


    「機械屋さん、こんな道具ない?」
    「あるよ」
    「今から借りにきていい?」
    「今日と明日は忙しかっさ」

    モノづくりに行き詰った時に相談すると、たちどころに解決する「工房ナカシマ」。機械屋さんこと中島洋一郎さんの工房に揃うアイテムは、ホームセンターのレベルをはるかに超えています。ないものはない。博物館並み。そして「忙しい」も氏の口癖。


    今回も工具に困りました。インパクトドライバーでネジを打ち込みたいのですが、写真のとおりインパクトドライバーが入る縦幅がない。普通の手動ドライバも入らない。そこで工房ナカシマからお借りしてきた写真の道具。インパクトドライバーをつないで直角方向にネジを回すもの。これがなければ作業は止まってました。中島さん、ありがとうございます。

    「この眺望をなくしちゃだめよ」


    借りるのは道具だけでなく知恵も。今回、機械屋さんに内窓取り付け予定の現場を見てもらうと一言。

    「まつをさん、この窓にポリカを付けて夜景を眺望できなくしちゃだめよ。もったいない」

    計画変更。既製品で行くことにします。以後、私が現在着手しているDIYは窓枠の拡張作業。既製品を取り付けるには幅70mmの窓枠が必要なんです。

    ナフコ時津店はいい

    カットは ホームセンターのパネルソーという機材で行うカットサービスにお願いしています。

    ホームセンターでのカット技術は格差が大きい。ダメなところはダメ。やり方が荒い。今回頭を抱えた問題も。店を変更するとたちどころに解決しました。長崎近辺ではナフコ時津店が私は信頼置けます。係員さんが当たりで実に慎重な対応をしていただけました。

     

    2021_11_04

    ウイスキー知多

    ハイボール


    「サントリーウイスキー知多」の魅力は、ハイボールで花開きます。
    こうサントリーはWebサイトで語りかけます。

    決して安くないウイスキー。散人さんに旭亭宴席にお持ちいただきました。合掌。
    「私はサントリーがすすめるハイボールで参りまする」
    しかしながら、散人氏、松永氏には響かず。うまいのになあ(笑)。

    ハイボールや水割りはヨーロッパでは一般的ではない

    確かにハイボールはヨーロッパでは一般的ではない。実は水割りも。じゃあ、ウイスキーはどんな飲まれ方しているのかというと、ストレートあるいはロック。確かに映画007ではストレートでやってますね。ただし仕事中に飲んでるのはフィクション。

    職場で飲むってことは私がいた職場ではありました。それは仕事納めの日の一種のセレモニーの一日だけ。勤務時間が終わると机上をそれぞれ片付けてビールを注いで軽く飲むというやつ。その後街に忘年会に全員で出かけるのに、なんでわざわざこんなことしてるんだ、と思ってました。

    世界アルコール消費量ランキング

    第1位:ベラルーシ(17.32リットル)
    第2位:リトアニア(12.65リットル)
    第3位:チェコ(12.43リットル)
    第4位:クロアチア(12.18リットル)
    第5位:オーストリア(12.04リットル)
    第6位:ポルトガル(11.92リットル)
    第7位:フランス(11.8リットル)
    イギリスは18位(10.67リットル)、日本は第59位(7.4リットル)。ヨーロッパ勢は強いね。

    飲まれてる酒の種類では各国でバラバラ。ベラルーシはスピリッツ(蒸留酒)、ワイン消費量世界一はポルトガル、ビール消費量世界一は赤道ギニア。

    なおイスラム教圏では原則飲酒は禁止。厳しいところでは観光客の飲酒も禁じられています。イランに派遣された駐在員が酒飲んで、翌朝罰則恐怖のあまり目が覚めて砂漠に酒瓶を埋めに行ったって読んだことがあるなあ。

    岩永嘉人さんのコメント

    知多について。値段のことを考えなければ、ハイボールの一押しはシングルグレンウイスキー知多で決まりです。知多はハイボールに特化したウイスキーだと思います。2,000円程度であれば、ホワイトホースの12年がいけます(最近発見)。
    安いウイスキーだとハイボールに黒胡椒をミルで引き入れ、スパイシーハイボールにするのもおすすめです。元々はシングルモルトタリスカーで飲まれていたハイボールです。

     

    2021_11_03

    里山新緑祭へと始動

    里山のカバノン(休暇小屋)に久しぶりに一人で出向きました。下写真は春の美しい里山。

    里山復活計画

    コロナ禍もあって長いこと里山で楽しむこともありませんでした。 アンコールワットが顕著ですが、放置していると自然は人間の造形物を飲み込んでいきます。里山も例外ではなく、樹々が覆い始めています。 巡り来る春を目標に、里山復活計画を開始。まずはカバノン。また↓こんな感じで皆さんと楽しめたらいいですね。

    里山新緑祭とは、プライベートキャンプ場で、新緑に囲まれながら、気の合う仲間と、美食とうまい酒と焚火を楽しむ、私たちにとっては究極キャンプのことです。詳しくはこちら↓。

    ベッド解体

    復活に向けた第一段階としてカバノンのロフトに置いていたベッドを解体します。寝心地抜群でしたが、長年締め切った小屋のため不衛生になってきました。


    カッターでサイドを切り裂いていきます。表面を覆っている生地、スポンジ、ネットが姿を現します。へえ、そうか、こうなっていたのか。


    これらを取り除くとスプリングが現れます。以上を両面処理。


    ベッドは燃えるゴミ2袋分とスプリングに。ここまで1時間半の作業。昨日は帰宅後久々に爆睡しました。

    解体したベッドは市焼却場に運んで処理の予定。長年、処分したいと思っていましたので、心の中がすっきり。

    今後のプラン

    今後はバルサン、大掃除、食器の洗浄となりますが、これは春が近まってからゆっくりやることに。その際は助っ人よろしくね。里山新緑祭に向かって行きます。

     

    2021_11_01

    ラヴァーズ・コンチェルト

    閉店を知らせていたラヴァーズ・コンチェルト

    閉店時にサラ・ヴォーンの『ラヴァーズ・コンチェルト』を毎回流している店がありました。曲が流れると客達は「お、閉店の時間か」という具合で毎晩お開きになる店。客の大半は常連で、私も一時期その中の一人で、ほぼ毎夜『ラヴァーズ・コンチェルト』を聴いて帰宅していました。

    酒に救われていたあの頃

    人生の中には辛い時期があって、今でも仕事内容を思い出したくないほどの一時期。実際、その仕事の記憶のほとんどが飛んでます。辛すぎる時代の記憶って神様が消去してくれるようです。

    そんな時期、酒が私を助けてくれました。酒を飲むしかないじゃないですか。
    でも職場のグチをこぼしながら飲む酒じゃありません。グチをツマミに飲む酒はマズいこと極まりない。大嫌いです。酒は楽しく飲む。ジャズの話したり、絵や小説や映画の話したり、キャンプやバカ話をしながら飲む。じゃないと人生の時間がもったいない。

    その店の玄関を一人くぐると職種の違う馴染みが飲んでいて、やあやあとその緩やかな中に入っていくわけです。確かな名前も知らない顔見知り。不思議なほどそのメンバーは毎晩カウンターにいて、独身者が多かったですね。安いツマミと愉快な話題で安い酒をあおる。ひと時の安らぎがそこにはありました。

    転勤とそれから

    やがて転勤となって職場がその店から遠方となり、自ずとその店は徐々に縁遠いものになっていきました。

    それから8年経って馴染みだったデザイナーの訃報を受けました。彼は自宅のようにその店にいつもいてワインを飲んでいて、私が辛いときでもその店に行けば仕事からポンと別世界の話ができました。クセはもんのすごい強かったですがいい奴でした。

    葬儀に出かけると別の友人が私を見かけて話しかけてくれました。

    「知ってますか?」
    「ん?」
    「あの店でいつも飲んでた常連たちいましたよね」
    「うん。同年代ぐらいの人たち」
    「それがですね、もうかなり他界されたんですよ」

    あの愉快な常連たち。集い酒を酌み交わし一時を共にしていた男たちにとってあそこはシェルターだったのでしょう。それぞれが抱える辛さや、迷いや、悩みを抱えつつあの場に身を寄せつつも、それに触れることなく馴染みと過ごしていたのかもしれません。
    「もし、私があのままの時代が続いていたら。業務も変わらず独身で家族がなく、あのまま続けていたら……」

    街のどこからともなくサラ・ヴォーンの『ラヴァーズ・コンチェルト』が聴こえてくると、ほろ苦さが身体の内から湧いてくるのを感じます。

     

     


     


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    Webデザイナー。長崎市・島原市との多拠点生活化。人生を楽しむ。仕事を楽しむ。人に役立つことを楽しむ。座右の銘は荘子の「逍遙遊」

    「よくこんな事をする時間がありますね」とおたずねになる方がいらっしゃいます。こう考えていただければ幸いです。パチンコ好きは「今日は疲れたから、パチンコはやめ」とは思わないもの。寸暇を惜しんでパチンコ玉を回します。テレビ好きも、疲れているときこそテレビをつけるもの。ここにアップしたものは、私が疲れたときテレビのスイッチを押すように作っていったコンテンツです。