ペンションは実に込み入った造りをしていて、一旦中に入ると迷路のようだった。どこかである人が、建物は作り手の精神構造が現れるといっていた。なるほど。けれども、僕はマスターの思慮の深さが、あの建物を現出させたとは思わない。あれは彼の行き当たりばったり、思慮不足の賜だと思う。一番近くにいた私がいうのだから確かだ。めちゃくちゃ、計画性がないのである。

けれど、もう一つ知っておいてもらいたいことがある。彼はその家に住むことに関心がない。どうでもいいと思っている。しばらくは事務所のソファーの上に寝泊まりし、それで十分満ち足りていた。分からない人だ。彼と過去付き合った女性は、そんな混乱を起こして彼の元から去ったんだろう。南無。無常である。
ペンションの入り口も、五年間に三度移動した。
客室は徐々に増えていって、最後には七つぐらいあったんじゃないかと思う。「思う」というところが凄い。常連だった僕でさえ、よく思い出せない程の構造で、全室仕様も異なっていた。迷路だ、本当に。改めてある種の感慨に耽ってしまう。そういえば屋根裏部屋という隠し部屋もあった。あそこで何してたんだ、おい。

右側奥に大きな原木から作られたカウンターが設えられ、止まり木についた者の背中側は「星の間」になっていた。この部屋は天井の一部がガラス張りで、夜に寝転がると満天の星が望めた。
ベランダは二つあった。上のベランダは真っ白に塗られた三十畳ほどの広さで、天体望遠鏡が置かれていた。「いやあ星をみるとロマンチックで、心が吸い込まれていきますよ」とかなんとか彼はウンチクをたれていたが、実は望遠鏡の使い方など知らなかった。買ってはみたものの、使用法が面倒で、近寄ったことがない。一種の詐欺である。買った瞬間から飽きるという類のものは、彼の場合多い。そういう人なのだ。夜になり、客から望遠鏡の取り扱いを頼まれると、急に台所仕事が立て込むことになっていた。「ご自由にお使い下さい」と満面の笑みをたたえて、彼は台所に消えていっていた。
長崎県深江町。ここに「星のきかんしゃ」はあった。