アウトドア雑誌を開いていると、マスターが僕にたずねた。
「まつをさん、カヤックはどうかな?これで釣りはできると思う?」
「大村湾は波が静かだからね」
「ふうん。カヤックに乗って、無人島にでも行きたいね」
「いいね。釣った魚でキャンプだ」
数週間後にアメリカからカヤックが着いた。二人乗りである。氏が購入したのだ。
「ちょっと高かった。ハンマーで叩いても割れないんだ。これで岩場も大丈夫。行こう」

シャンパンを開けてシェラカップに注ぎ、進水祝いの乾杯を掲げる。
「生きてるって感じだね」と彼が呟く。
「そうだね、俵山さん」
「マスターって呼んでくれ。昔どおりマスターでいいよ」
シャンパンを一杯、海に捧げる。
携帯電話が鳴った。知人からのものだった。
「今日は来れないよ。今、海の上」
島には六畳ほどの平坦なサイトがあって、ここに陣取ることにした。マスターはいそいそと釣り糸を投げる。僕はテントやかまど作りに取り掛かる。昔からこの役割分担でやってきた。当方、釣りだけはご免被りたい。糸は絡むし、餌付けはチマチマしてるし、投げたら巻き挙げなきゃならない。面倒である。

生きているだけなんだ。それだけなんだ。
そう思った。
夜、マスターの釣ったクサビを流木で焼いて酒を呷った。
時折、海上空港に着陸する飛行機が、最上のイルミネーションとなって頭上を過ぎていっていた。