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 そしてマスターは、キャンピングカーを購入した。やっぱり。分かりやすい人生である。
 キャンピングカーはでかい。
 車にはお決まりの流しやトイレやベッドがある。常設ベッドは運転席の上に位置し圧迫感があると思いきや、よくできたもので顔の前に天窓が開いている。ここに三人が眠れる。一階のソファーを動かすと、二人が眠れるベッドも出現する。
 納車の日には、僕が立ち会い説明をうけた。マスターに任せると、ガス爆発をおこす可能性がある。本人もそう言った。
 納入後十日目から早くも車内には、異臭がたちこめだした。
 何回か飲んで車中泊をしたが、次の日、寝覚めが不愉快極まりない。ひどい二日酔い状態だ。どうしてだろうか?縷々考え、一つの結論に行き着いた。こういうことだ。フィールドで飲んでると不思議なほど酔わない。ところが狭い部屋で飲むと酔う。広い空間は酔いにくく、狭い空間は酔いやすい。キャンピングカーは究極の狭い空間。で、その中で飲む。これが効く。効いた上、同じ空間にそのまま寝る。良くない。体に極めて良くない。冬場は寒いので、車内で鍋だ何だわっせわっせと料理をする。結果、味噌と醤油と肉と魚と野菜と醤油と焼酎と酒とワインとビールが湯気に煽られ、ごったごったになった匂いが、車内の壁といいカーペットといいソファーといい、ありとあらゆるものに染み込んでいく。車内に入ると、なんというか、目の上のちょっと奥まったところに、ツーンとくるようなそんな軽い痛みを伴った異臭が刺す。「臭い」という僕の指摘に、彼は安物の芳香剤を買ってきた。これが実に効く。臭気は、吐き気を伴うものにグレードアップした。
 トイレもついている。「これは使わない方がいいですよ」と業者は念を押して帰っていった。「面倒なことになりますから」と。その三日後に彼は使っていた。まあ、慣れているけど、こういった彼の行動パターン。トイレは狭く半畳ほどだ。この前開けたら、その中につり道具一式が詰め込まれていてた。彼はこの空間に身を器用に滑り込ませ、小便をする。目眩がする。
 こうして空気の漏れた風船のように急速に、キャンピングカーはファッショナブルな存在から、どこいらの飯場の如きものに変容をとげた。訪ねると、つい最近まで憧れていた女性が、泥を塗りつけられ街角に立たされているような、そんな気持ちになる。

 今日も氏は般若心経を小脇に抱えつつ、浪費をくり返す。たぶんキャンピングカーもあとしばらくしたら、罵りの対象になるだろう。そして世界で一番不幸な人間は、自分であると僕に語るだろう。
 時は過ぎていく。
 肉体は、確実に老いていく。
 抗いえぬ事実だ。
 十年後はどうなっていることだろうと思う。
 彼の人生は、まるで夢膨らませて走るキャンピングカーのようだ。時には掃除してその室内の異臭を取れよ、と、ここまでが、安住できない一人の男のお話。どう? 楽しんでいただけた? そして少しだけ考えてもらえたかな?
 彼は、僕の知る人間の中でも、ある意味じゃ最低の部類に入る。モラルは低く、計画性ときたら目を覆うほどだ。けれど、彼をみていると、僕たちは何だってできそうな気がする。彼は教えてくれる。結局僕らは生きてるだけなんだと。なにを後生大事に守っているんだいと。なにを縮こまっているんだいと。
「俺が死んだら、骨を拾って海にまいてくれよな」
 彼は時々そう呟く。
 そう呟いて、豪快に彼はハンドルを切り、ルアーを投げ、酒を煽る。